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Interview


果てなき蒼氓

『果てなき蒼氓』
ISBN:4-15-208338-7 C0093

谷甲州&水樹和佳子著

インタビューア:[雀部]

早川書房 1800円 2001/3
 滅びゆく星を脱出し遙かな宇宙へと旅だった「彼」は進路上に星嵐を見付けそこを終着点に選んだ。「彼」の死とともに放たれた遺伝記憶と生態系情報は新たな世界と生命を育むこととなった。
 そこで生まれ、過酷な環境をものともせず生きていく人々は、何かに導かれるように星々を巡る長い旅に出た。彼らの知る世界を創った「彼」と「彼」の故郷を探す旅に・・・
 SFマガジン誌上で、'99/1月号〜12月号の一年間連載されたものの単行本化。
 土木系SFとも評される谷先生の作風と、少女SF漫画界きってのSF者との噂もある水樹先生の絶妙のマッチングが楽しめる作品です。
 いろもの物理学者さんこと、前野昌弘先生の科学的背景の説明も分かりやすくハードSF的設定を理解するのに絶好の解説となっています。



[雀部]  今回の著者インタビューは、三月末に『果てなき蒼氓』を出された谷甲州先生と共著者でイラスト担当の水樹和佳子先生です。谷先生、水樹先生よろしくお願いします。
[水樹]  はじめまして。よろしくお願いいたします。
[雀部]  実は、谷先生には草上先生の作家デビュー15周年記念パーティー席上でお会いしたことがあるのですが、よろしくお願いします。
[谷]  こちらこそ、よろしく。
[雀部]  谷先生にお伺いしますが、後書きに「この本はネット上の雑談で生まれた」とか書かれていらっしゃいますが、それ以前にお二人は面識はおありだったのでしょうか。
[谷]  ありました。ただし実際に会ったのは数えるほどで、年に一度か二度程度だったと思います。ネットでは毎晩のように、やり取りがありましたが。
[雀部]  普段書かれているSFと描き方で違うところがありましたでしょうか?
 科学的な背景の描写などはいつもより少ないように感じたのですが。
[谷]  もともとSFには科学的な背景をどの程度まで書きこむか、その匙加減が難しいところがあります。SFというジャンル自体は読者との了解事項が多く、あまり懇切丁寧に書きこめば古手の読者にはうるさく感じられてしまいます。かといって読者にとって自明のことだと判断して省略しすぎると、ビギナーにはとっつきにくいものになってしまうと。
 本書に関しては、最初に枚数制限がありました。SFマガジン連載時の枠組みが一回につき12、3枚程度、多くても15枚までという物理的な限界があったのです。そうしないと、イラストとのバランスがとれなくなるから。でも、この枚数では科学的な背景を書く余裕などありません。仕方なく背景の具体的な記述はさけて、状況の描写のみにとどめました。
 ところが作業をすすめるうちに、編集部から前野さんに解説をお願いするというアイディアがでてきました。実際にそれでやってみると、これが実に具合がいい。いつもは小説の中に科学的な説明をどう組み込むかで頭を悩ませるんですが、解説が別にあると大胆に省略してしまえたので。そらもお、ばっさばっさと切り捨てました。でないと、枠内でストーリーが完結できませんから。それが結果的に、小説としてもすっきりしたものになったと思います。
[雀部]  あ、それは連載当時から感じていました。連載時は、各章毎に前野先生の解説が入っていて、小説のほうを読んだすぐ後で、解説をみていました。単行本になったら、解説は後にまとめられちゃったから、ちょっと参照しにくいような気もします。まあ、各章毎に解説をいれるのも、なんか鬱陶しい気もしますが。
 冒頭の使命感に燃える宇宙船。こういう描写に私はすぐ感情移入しちゃって、弱いんですが(笑)<航空宇宙軍史>の最終巻『終わりなき索敵』とも何か共通する部分があるようにも思えました。このシーンは、何かに触発されて書かれたのでしょうか、それとも前から温めておられたアイデアなのでしょうか?
[谷]  あんまりアイディアという認識自体がないんですが(笑)。組織にしろ機械にしろ、目的が消え失せても存在しつづけることはありますね。本来は意味をなさなくなった役所が、政治的な判断で生きつづけるとか。パーサーカーみたいに目的を見失った機械知性というのは、SFの普遍的な大道具ではないのでしょうか。
 あと、揚げ足とりみたいで恐縮ですが、『終わりなき索敵』は航空宇宙軍史の最終巻とは考えておりません。いつか機会があれば、つづきを書いてみたいと思っています。
[雀部]  あ、そうでした。最新作と書いたほうが良いですね、申しわけありません。でも<航空宇宙軍史>のファンの方には朗報が聞けたから良いかな。
 林譲治先生の『侵略者の平和』の冒頭にも、健気な宇宙船が出てきて、ロケットの打ち上げを見学していて思いつかれたと伺ったものですから、もしや谷先生もなにかおありかと考えたんです(下手な考え休むに似たりですね^^;)
 ハードSF的には、特に荒れ狂う降着円盤付近の描写は、ベンフォード氏の『荒れ狂う深淵』に、基本的には<ある力>を持った人類の末裔たちの故郷探しの旅と言える点からは、<彼>の存在も含めてカード氏の<帰郷を待つ星>を連想しました。世代を越えて受け継がれる使命感(既に本能かも)というのも泣かせますね。
 なんというか、こういう果たすべき使命を持った人たちの物語というのは、我々を引き付けますよね。フリーターたちに代表されるように、現代の日本人は本当に自分が何をしたいかというのを見失っていると思いますから。そういうところは、意識して書かれていらっしゃるんでしょうか?
[谷]  前の質問に対する答と重なりますが、あんまり深刻に考えていないような
(笑)。最近の若いもんも、結構あれで芯がしっかりしてるのではないかなあ。ただ自分を表現するのが下手というか、照れがあって考えを表にだせないだけという気もします。あんまり質問の答になってないな。つまり現代の日本人に関しては、特に意識していないと。
[雀部]  そうですか。まあハードSFで、あまり現代世界を意識すると、変になってしまうかも知れないですね。やはり悠久の時間の流れを描いて欲しいですから。(うちの長男が二十歳なんですが、ちっともしっかりしてないから^^;)
 水樹先生の描かれたシャンカラとアグニのイメージ、とても素敵なんですが、このイメージは谷先生と水樹先生のディスカッションで生まれたものなのでしょうか。
それとも、谷先生の文を読まれた水樹先生が生み出されたものなのでしょうか。
[谷]  シャンカラについては、多少ディスカッションがあったかな。中国風の竜みたいな外形にすると、鱗を一枚ずつ描かないといかんので水樹さんがしんどそうだ、それなら宇宙空間を飛翔する渡り鳥の方がいいんではないかい、とか。これでラムジェットのエンジンをどうくっつけるのか、実は少しばかり心配しましたが、うまくクリアできたようです。むしろ光翅鳥という名前の方にこだわって、あれこれ意見をかわした記憶があります。
 アグニに関しては、水樹さんにおまかせだったような。デザインの源泉がどのへんにあったのか、きいたことはあるが忘却の彼方、ということにしておこう。
[雀部]  光翅鳥というネーミングも素敵ですね。ハードSFファンなら、すぐに薄くて広大な膜様の翅が、太陽の光を受けてゆっくりと広がっていくイメージが湧いてきますもの。

 水樹先生におうかがいしますが、私は水樹和佳子先生の漫画は、SFマガジンで連載が始まるまで読んだことがなかったと言うけしからん読者なのですが、マガジン誌上で『果てなき蒼氓』を読みまして「あ〜この絵のタッチ、好きやなぁ」と。連載が終わった次の年ですか『イティハーサ』が出始めて「ん、これも面白いやん」で今年『樹魔・伝説』を読みまして「ぎゃ!水樹さんて、二十年以上も前に、こんな凄いSF漫画書いていた人なんか!」と遅すぎる認識に至りました(爆)
 遅すぎましたが、至福の時を与えてくれた水樹和佳子先生と早川書房に感謝しております。ところで、後書きを拝見しますと、水樹先生はどうも年季の入られたSF者でもあられるようなのですが、SF&ファンタジー分野ではどういう作家がお好きなのでしょうか。
[水樹]  ヴァン・ヴォークトが一番好きです。友人達が『夏への扉』を読んで情緒に浸っているときに、横で『非Aの世界』に一人静かにはまってました。
[雀部]  なんとヴォークト氏ですか、それは意外ですね。あの叙情的な作風からだと、月並みですがブラッドベリ氏とか、クラーク氏を連想するくらいかなぁ。
 『アウトサイダー』で有名なコリン・ウィルスン氏が、ヴォークト氏の大ファンですよね。ヴォークトの短編を元ネタにした長編も書いているほどですし。
 どういうところがお好きなんでしょうか。またヴォークト氏へのオマージュとして書かれた作品がありましたらご紹介下さい(無い場合は、これから書かれる予定があるかどうかお教え下さい)
[水樹]  あの固い(^ ^;)触感がすきなんでしょうね。理屈っぽいかと思うと案外飛んでるし。オマージュを意識して描いたものはありませんが、『樹魔・伝説』にでてくる「研究都市」とかは影響大ですね。これからSFを描かどうかはわかりません。 SFは大変なので。
[雀部]  あ、ゲーム機械=研究都市だったのかな。む〜ん、全く気が付かなかった私(爆)
 共著の谷先生と言えば、日本でも有数のハードSFの書き手としても知られていますが御自分で書かれるときと比べてどういうところが難しかったですか。
 またどういったところが楽しかったのでしょうか。
[水樹]  谷さんの描かれるハードSFの世界観とわたしが描くSFの香りのする世界観(笑)はなぜか根本のところでオーバーラップしているような気がするので、世界観についての違和感はありませんでした。でも第1話は生物が出てこないので思わず谷さんに「もしかしてそういうのだけ描くんですか」とおびえて訴えたことがあります(笑)。自分じゃない、人のイメージを探るのは楽しかったです。才能と技術がおいつかず、なんども地団駄ふみましたが……。
[雀部] (爆笑)  最初から最後まで生物が出てこないSFの挿し絵ですか。それは見てみたいような気がしないでもないですね。ロボットやAIだけだと、なかなかストーリー展開も大変でしょうけど。
 この本で、例えばスタジオぬえ謹製の挿し絵がつくのは普通ですよね。水樹先生の柔らかな絵だから、また違う雰囲気が味わえて良かったです。
 水樹先生の方から、こういう絵を描きたいから、こんなシーンを入れて欲しいという要望を出されたことは無かったのでしょうか?
[水樹]  「植物の実が膨らんで葉球となり、不思議な癒しの音を鳴らしながら空を乱舞する……というイメージが浮かんだんですがいかがなものでしょう」……と谷さんに報告したところ『歌う種子(クシュティア)』として見事にストーリーに取り組んでくださいました。
[雀部]  あ、やはり水樹先生のイメージも、谷先生のストーリー展開に取り入れられているんですね。ちょっと納得。
 芥川賞作家の川上弘美さんは、書かれているのはファンタジーというか幻想譚なんですけど、作品から理系の匂いがするんですよ。それを水樹先生の漫画からも感じました。萩尾先生の数十倍理系の感じがします(笑)あ、こんなこと書いちゃっていいのかな。子供の頃から、理科の実験がお好きだったとかあります?
[水樹]  理科、特に化学は好きでした。家には若い頃に読んだブルーバックスがまだ50冊以上残っています。ほとんど忘れてますが(笑)。理数は強い方ではありません。数字勘定はいつもどんぶりです。でも円周率を「3」にしてしまうのは反対。あれはどこまでも数字が続くから美しいのです。
[雀部]  やはり!ブルーバックスで培われた知識が、あの雰囲気の元になっているんですね。50冊というと、なかなか普通の人じゃ読まない冊数ですし。私も50冊も読んでないです〜。"π"については、同感です。だいたいこれ以上義務教育のレベルを下げてどうするんでしょう。狭い日本、公害を出さずに海外に対抗できるもので一番有望なのは、頭脳だというのに。
 最後になりますが、水樹和佳子先生の今後の執筆予定をお教え下さい。とくにSF、ファンタジー関連の新刊を熱望しております。
[水樹]  今書いているのは漫画ではなくて小説なんですが、このレーベルが一応ホラー&ファンタジーというくくりになっています。ホラーは怖くて書けないし(笑)頭はファンタジーの構造になっていないので、ジャンルはよくわからないのですが、それらしきものになる予定です。予定どうり上がれば発売は7月(EXノベルス(株)エニックス)です。タイトルは『共鳴者』です。あ、タイトル発表するのここが初めてですね。小説は新人ですので、みなさん暖かい目で見過ごして(^ ^;)やって下さい。
[雀部]  え〜っ、今度は小説に進出なんですね。ぜひ読ませていただきます。『共鳴者』というと、能力者が出てくるのかなぁ。

 先ほど<航空宇宙軍史>は、続きが出る可能性が大であるというお話がでましたが、友人が「ぜひ、CB-8越冬隊と航空宇宙軍の溝を埋める作品を書いてください」と申しております。
 谷先生は、これからも『果てなき蒼氓』のようなハードSF的な骨格を持ち、なおかつ叙情的なSFをお書きになる予定はおありでしょうか?
 もうひとつ、私は『エリコ』(早川書房)が大好きなんです。これは、谷先生の他の本、例えば『終わりなき索敵』とか『白き峰の男』のなんかは、ちよっとストイックで生真面目な印象を受けますが、この作品のノリは、大阪のどづき漫才に近いものがあり、びっくりしました。考えてみれば、谷さんは兵庫県のご出身なので、大阪人のノリの良さを持たれていてもなんの不思議もないのですけど、こういう路線の作品も、またお書きになる予定はおありでしょうか。・
[谷]  ふたつの質問に、まとめて答えます。基本的に私のSF的なアイディアは、ガジェットよりも形式の方を重視する傾向があります。たとえば仏教的な世界観をとりいれたハードSFは可能か、とか、本格SFでしかも本格派のミステリはやれないか、とか。結果的に前者が『天を越える旅人』になって後者が『36、000キロの墜死』になりました。亡くなられた星新一さんは、ショートショートの極意を「異質なものの組み合わせ」といっておられました。私の場合は大道具や小道具の組み合わせではなくて小説を書く上のフォーマットで「異質なものを組みあわせ」ているわけです。
 その延長線上で『果てなき蒼氓』や『エリコ』ができたのですが(『果てなき蒼氓』の場合は前述のような事情がありましたが)、基本的にこれは一度きりのアイディアと考えています。したがってこういった形式の小説は、もう書く予定はありません。というか『果てなき蒼氓』のような仕事は、もう二度とできんのではないかなあ。ただ作品自体のノリとか雰囲気に関しては、結果的に似たようなものができる可能性はありますね。これは狙ってやることじゃないので、成り行きまかせということになりますが。
 もしかして、質問の意味をとり違えてたかな。
[雀部]  期待していた答えとは違いましたが、たいへん良く分かりました。気が付きませんでしたが、なるほど異質なフォーマットの組み合わせをされているんですね。
 今回はお忙しい中、インタビューに応じていただきありがとうございました。
 お二人の新作を楽しみに待っております。

[谷甲州]
 '51年、兵庫県生まれ。大阪工業大学土木工学科卒、建設会社勤務。退社後は青年海外協力隊(ネパール)に参加。その間に創作を開始し、'79年<奇想天外>誌でデビュー。広報誌の編集、国際協力事業団の派遣専門家(フィリピン)などを経た後、執筆活動に専念。『惑星CB−8越冬隊』『仮装巡洋艦バシリスク』『終わりなき索敵』『遙かなり神々の座』『天を越える旅人』(以上早川書房)など数々のSF・冒険小説を発表。'96年『白き嶺の男』で第15回新田次郎文学賞受賞。
 公式略歴は、こちら。
 http://www.sfwj.or.jp/member/TANI-KOSHU.html
 ファンクラブ「青年人外協力隊」は、こちら。
 http://www.asahi-net.or.jp/‾ft1t-ocai/jgk/Kosyu/Personal/kosyu.html

[水樹和佳子]
 東京都出身。'75年<リボン>にてデビュー。後に<ぶーけ>に移行。長い少女漫画歴に反して、読者の半数近くが男性という変わり種。'79年に発表した「樹魔」でSFファンに注目され、「伝説」で'81年度星雲賞コミック部門受賞。漫画家歴のおよそ半分、13年をかけて描き上げられた、SF超古代ファンタジー『イティハーサ』は、読者の圧倒的支持を受け、手塚治文化賞の候補となるほか、2000年度星雲賞コミック部門を受賞した。
 感想はこちらまで
 gec03272@nifty.ne.jp
 ご自身のホームページはこちら
 http://www.fbook.com/waka_mizuki/

[雀部]
48歳、歯科医、SF者、ハードSF研所員。
ホームページは、http://www.sasabe.com/


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