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Interview


ミステリ・オペラ〜宿命城殺人事件

『ミステリ・オペラ〜宿命城殺人事件』
ISBN 4-15-208344-1 C0093

山田正紀著

インタビューア:[雀部]

早川書房 2300円 2001/4/30
 ビルの屋上から転落し死亡した夫が残した便箋、そこには遺書ともつかない文章と、謎の数字が記されていた。そして半分に引き裂かれたハートのクィーンを含む16枚のカードがテーブルの上に残され、同じように引き裂かれたスペードのクィーンは、転落した夫のポケットに入っていた。残された妻萩原桐子は、寂しさからか『量子力学の多世界解釈』に思いを巡らす。
 また、唐代に建造された城砦寺院であった宿命城は、真矢胤光の手によって再建されていた。昭和初期、満州に攻め入った日本軍は、満州国を確立するために、建国神廟を創立し天照大神を人格神として押しつけるため、オペラ『魔笛』を奉納するという計画があり、同時に満映の協力で宿命城をロケ地にして映画を撮ろうとしていた。
 一方萩原桐子は、過去に生きたという考えに取り付かれていた。その過去とは、昭和初期の探偵作家小城魚太郎の書いたかも知れない探偵小説『宿命城殺人事件』の小説世界の中の可能性があるというのだ。
 エラリー・クィーンやら、小栗虫太郎を引き合いに出した、ミステリーの形式を借りた昭和史とも言えるもの。『平行世界』とかの単語は出てきますが、SF色はほとんどありません。様々な謎が、見事に解き明かされ、一本の糸で繋がっていく様は、まさにミステリの醍醐味ですね。



[雀部]  今月の著者インタビューは、平成13年4月30日に、『ミステリ・オペラ』を出された山田正紀先生です。山田先生、よろしくお願いします。
[山田] こちらこそよろしくお願いします。
[雀部]  執筆3年と裏表紙に書いてありましたが、私は、あまりミステリのほうは詳しくないのですが、三年前というと『氷雨』を出された頃ですね。『氷雨』とは打って変わり、幻想色の強い本書ですが、やはり満州事変とかあの時代にご興味がおありになって長年温めておられた題材なのでしょうか。
[山田]  最初は、どこかに進軍していた軍隊が、密室状況になっている山のなかで、消滅してしまうというアイディアから始まりました。全軍、巨大な穴のなかで焼かれてしまう、ということで、それを擬装するために、何人もの骨をつなぎあわせて、巨人の骨、にしてしまう、ということから始めた小説だったのです。何人もの骨をつなぎあわせて、巨人の骨にするということが難しくて、というか、まあ、不可能なアイディアですよね、あれこれ考えているうちに、しだいに話が巨大に複雑になっていきました。結果、ぼくの代表作になったと思っています。
[雀部]  そういうアイデアが元になっていたんですか、聞いてみなきゃわからないもんですね。
 骨とか歯の偽装は難しいですね、身元の判定に使われるくらいだから。
 何人もの死体が、ごっちゃになってと言うと、ハルキ・ホラー文庫の『ナース』を思い出します。全然別のタイプの小説なんですが、ひょっとして根っこは同じということはないですよね(笑)
[山田]  いやいや、関係ないです。もともとのアイディアは、密室状況になっている山のなかで、行軍している分隊をいかに消すかというきわめてミステリー的な発想からでしたから。
[雀部]  軍の分隊全部を消してしまうというのは豪気ですね。
 実は、カミさんがミステリ・ファンなんです。山田先生の《女囮捜査官》シリーズは、特に好きだったようです(もちろん私も読ませていただきましたが)ついでに、山田先生の持っている本をあれこれ読ませたところ『火神を盗め』が気に入ったようです。SF色の強い小説には拒否反応を起こしていましたが(泣)
 早川書房の「SFが読みたい!2001年版」の鏡先生との対談で“SFを書くとみんな誉めてくれる。でも何を書いても誉められるというのは、何も言われないのと同じだ”というご発言がありましたが、ミステリ分野だとどういう違った反響がおありだったのでしょうか?
[山田]  最初のうちは、外部の人間、ということで、あまり相手にされなかったという記憶があります。「人食いの時代」、「ブラックスワン」、自分ではいい出来だと自負していたのですが、あまり反響がなかった。「女囮捜査官」のころから、やや状況が変わって、徐々に評価されるようになりました。 おかげさまで、最近になって、とくに「ブラックスワン」、現代ミステリの傑作、という評価もいただけるようになって、非常に嬉しいです。そのことに力を得て、現代ミステリの新しい方向性を模索しているところです。
 SFも含めてのことですが、まず売れること、1冊でも多く売ることが、いまの自分にとって(またSFの状況にとっても)非常に重要なことではないでしょうか。もちろん、批評が重要なのは言うまでもないことでしょうが、いまのぼくは1冊でも多く自分の本を売りたい、というみっともないところであがきにあがきたい、とそう考えているのです。
[雀部]  『ミステリ・オペラ』も幻想的な雰囲気にも関わらず、謎解き自体にはそういう要素が全く無いので、本格ミステリと呼ばれるのでしょうね?
 それと『ミステリ・オペラ』では、主人公の一人である“****が実は**だった”というトリックには参りました。そういう思いで読み返してみると、そこここに伏線がいっぱい張ってあるしで。
[山田]  自分では本格ミステリーを書いたつもりです。もっとも本格ミステリーは、その歴史的ななりたちから言っても、幻想小説と地つづきのようなところがありまして、その部分をあえて強調してみたい、という野望めいたものは持っていました。パラレルワールドとの関連から、SFとミステリーとのハイブリッドのように言われると、ちょっとがっかりします。そうではありませんし、そうでないことは作品そのものが明らかにしていると思います。
[雀部]  あ、私はSFだとは思いませんでした。一瞬ファンタジーかなとは思いましたが(爆)
 SFとミステリとは、割と近い関係にあると思うので、SFファンにもお薦め出来ると思います。ラストで全ての糸が解され、事件の全体像が見えてくるときの感じは、SFの“センス・オヴ・ワンダー”と近しいものがあるように感じますから。
 私は、検閲図書館(黙忌一郎)という存在にとても興味を引かれたのですが、モデルとかはあるのでしょうか?私自身は、後半になって検閲図書館の役目がつまびらかになったところで、あ、これは『死者の代弁者』と共通点があるなぁと思いましたが。
[山田]  検閲図書館にモデルはありません。強いて言えば、ボルヘス、ということになるかもしれません。ボルヘスは『薔薇の名前』では否定的にあつかわれていましたが、図書館の知的巨人という存在感には捨てがたいものがある。そう思ったものですから。
[雀部]  ボルヘスですか。SFファンには『幻獣辞典』でもお馴染みですね。
 本格ミステリというと、読者の意表をつくトリックの比重が大きいと思うのですが、どういうところから、それを思いつかれるのでしょうか?ネタ本とかを付けられているのでしょうか。
[山田]  私はアィディアに困るということはほとんどありません。七転八倒するのはむしろプロットのほうで、それはSFもミステリーもあまり事情は変わらないです。
[雀部]  アイデアに困らないんですか。う〜ん、百冊を越える著作をものにしてらっしゃる山田正紀先生の創作の秘密をかいま見た気がします。
 うちのカミさんの頭の中では「山田正紀=ミステリ作家」ですから、なんか悲しいですけど(泣)近所のまあまあ大きい本屋さんでも活況を呈している(平積みされている)のは、ヤングアダルト系の文庫がほとんどです。(徳間デュアル文庫の『チョウたちの時間』は平積みですね)ハヤカワ文庫SFも一つの棚の半分くらいしか無いし、創元SF文庫は消えて久しいです。いまの30歳台以上のサラリーマンは、切実にお金がないですから、単行本を買うのは難しいかもしれません。知り合いでも『ハイペリオン』シリーズが読みたいけど、文庫に落ちるまで待つという人を数人知ってますし・・・
 前から言っているんですが−誰も相手にしてくれないけど−潜在的な中年のSF読者はたくさん居ると思うんです。でも諸般の事情で、SFが読めない。だから、時間という面から言うと、SFの敵は忙しい仕事だろうし、ライバルは、ホラーやミステリではなく、キャバクラや飲み屋のような気もします。キャバクラとか飲み屋は、お金の面から言ってもSFのライバルではないかと。だからどうだと言われると困るんですが(汗)「キャバクラのお姉さんと遊ぶより、面白いSFをより安い価格で」というキャッチはどうかと(笑)
[山田]  なるほど、お説のとおりかもしれませんね。キャバクラのお姉さん、か。ウーン、敵を知れば百戦危うべからず。キャバクラがどんなものだか、まず取材しないと(笑い)
[雀部]  ぜひ取材して、キャバクラを舞台にした本を書いて下さい(笑)
 私も良く知らないんですが、売れっ子のキャバクラ嬢の顧客リサーチは、かなりのものみたいです。また仕入れた情報を元に、各人に応じた店外のサービス(誕生日にプレゼントとか、こまめに電話するとか)もやっているようですし、SFが彼女たちに勝つにはよほど褌を締めてかからないといけないのではないかと。
 私がSFを読み始めた36,7年前は、毎月のSFマガジンと、創元推理文庫のSFと早川の銀背だけが生きる糧だったから、これだけSFと周辺書が出版されている現在、SFが衰退していると言われてもピンとこないのです。逆にSFの出版点数が多すぎて選択肢が増え、いわゆるコアSFが売れなくなっているというのはあると思っています。昔のようにSFに対する慢性飢餓状態におかれて、まだかまだかと本屋さんに日参し、手に入れたら貪るように読むという経験は、もう25年以上もしてません。
[山田]  SFにかぎらず、燃えるような読書体験というのは、青春に特権的なものかもしれません。最近、若いころに読んで、あれほど感銘を受けたドストエフスキーを読み返そうとして読めなくなっていることに気がついて愕然としました。悲しかったし、これはSFもよほど頑張らないと大変なことになる、と思いを新たにしました。
[雀部]  ドストエフスキーですか。あれもミステリですよね(笑)
 SFとミステリは、似ているところもありますが、違う面も多いと思います。この二つを比べた場合、創作方法の違いとかはおありになりますでしょうか?
[山田]  以前はぜんぜん違ったアプローチを試みましたが、このところ幻想小説という共通母を見つけたような気になって、あまり違いを意識しないようになりました。いま、書いている作品は「バロック」といって、講談社の新書シリーズいで出る予定ですが、時間SF、異世界SF、それに本格ミステリーをハイブリッドしたものにしたいと考えています。このあたりになると完全に発想はシンクロしています。
[雀部]  「SFJapan」誌'01年春期号の対談で、山田先生が「僕自身が、一番恐れているのは自分自身の老いです」と発言されてますが、私も老いぼれてSFを読んでも面白く思えなくなることが一番恐いです(爆)なにか気を付けていらっしゃることがあったらお教え下さい。
[山田]  気をつけていることはなにもありません。誤解を招く表現だったかもしれませんが、私が老いを恐れているとそう言ったのは、自分が老いぼれて、才能も感性も衰えているのに自分ではそのことに気がつかずに駄作を書きつづけて、まわりから迷惑がられ嘲笑されているという状況が怖いのであって(晩年、武者小路実篤がそうでした)、老いそのものは怖いとは思っていません。
[雀部]  あ、確かにそう発言されてますね(汗)ファンといたしましては、いつまでも新作をお待ちしております。
 同じ対談で「次は時代小説を書きたい」とおっしゃられていますが、もう構想はあるのでしょうか?(SF作家クラブの紹介のところにも書かれていますが)
[山田]  構想は二本ばかりあります、いずれも幕末が舞台です。これは、まあ、老後の楽しみですね。
[雀部]  じゃ、私も山田正紀先生の時代小説を読むのを老後の楽しみに取っておきます。(笑)
 「SFが読みたい!」のほうの対談で、「人間の思いとか感情とかを入れてみたら、もしかしたらSFがまた回転しはじめるんじゃないかってことに気がついて、それでSFを書いてみる気になった。」とありますが、この新作はもう構想が決まっているのでしょうか?
[山田]  はい、それがいま言った「バロック」の最初の発想だったわけですが、さあ、どうなりますか、書いているうちに、多少、スタンスが変わってきたようにも思います。
[雀部]  そうなんですか、「バロック」楽しみにしています。
 本日は、お忙しいところをたいへんありがとうございました。
 また読者の度肝を抜く新作を待望しております。

[山田正紀]
 '50年名古屋市生まれ。明治大学政経学部卒。'74年にSFマガジン誌に「神狩り」でデビュー(星雲賞受賞)SFの他にも、冒険・秘境・ミステリ・ホラーと創作の領域は極めて広い。
代表作
SF系  :『神狩り』『宝石泥棒』『エイダ』等
冒険系  :『火神を盗め』『謀殺のチェスゲーム』『謀殺の弾丸特急』
秘境系  :『崑崙遊撃隊』『ツングース特命隊』
ミステリ系:『人喰いの時代』『ブラックスワン』『女囮捜査官』『妖鳥』『螺旋』『神曲法廷』
ホラー系 :『ナース』

[雀部]
48歳、歯科医、SF者、ハードSF研所員。
ホームページは、http://www.sasabe.com/


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