[雀部] |
今回の著者インタビューは、なんとも可愛いぶたのぬいぐるみが主人公の《ぶたぶた》シリーズをお書きになっている矢崎存美先生です。ちょっと普通のSFやファンタジーとは毛色が違うので迷ったのですが、なんせ面白いのでぜひインタビューさせて頂きたかったんです。では、矢崎先生よろしくお願いします。 |
[矢崎] |
こちらこそよろしくお願いします。ジャンル分けしづらいものを書いて、すみません……。 |
[雀部] |
《ぶたぶた》は、《ぶたぶた》であって、ジャンルを超越しちゃってますよね。
私の本の買い方は、ハヤカワ文庫SFとか創元SF文庫は取りあえず全部買って、あとの本は、書評とか評判を聞いて面白そうだったら買うことにしているんです。だから著者のネームバリューで買うことはあっても、今までは表紙で買うようなことは無かったんです(珍しいって言われます)でも、書店で平積みにされている『ぶたぶた』を見た時は霊感がはしりました(笑)この本は読まなきゃいけない、絶対に面白いって。
矢崎先生は、後書きでモデルとなったぶたの縫いぐるみがお好きで、小説に登場させたとありましたが、他にぶたのぬいぐるみ(新井素子さん風に言えば“ぬいさん”)を主人公になさった理由がおありでしょうか。 |
[矢崎] |
ありがとうございます。表紙は、廣済堂版でも徳間デュアル文庫版でも、私自身いろいろ悩みましたので、その甲斐がありました。
それで、ぬいぐるみを出した経緯ですが−−たまたまあったからです……というと元も子もありませんね……。
『ぶたぶた』の最初の作品『初恋』は、講談社の雑誌“メフィスト”用に書いたものです。ショートショート特集の原稿を依頼されて、〆切までに二本書いて送ったのですが、どうしても気に入らなくて……。それで、何か新しいものを送らなくては、と思った時、たまたまそばに“ぶたぶた”という名のぬいぐるみがいたもんですから、それを主人公にしてしまえ、と思ったのです。元々、無機物に人格を与える、という手法が好きなので、その段階では「ああ、楽なものに逃げてしまった」と思いました。しかし、結局それが“メフィスト”に載り、廣済堂出版さんから「本にしないか」とお話が来たのです。
ぶたぶたをおじさんにしたのも、とっさに考えたことです。ぬいぐるみの印象が、女性じゃないし若そうでもないし−−と消去法で残ったのが“おじさん”だったのです。
モデルになったぬいぐるみは、昔から大好きなものでしたが、人にプレゼントするだけで、自分では持っていませんでした。人からもらいたくて、夫にねだって買ってもらい、名前もつけてもらいました。だから、夫がいなかったら、『ぶたぶた』は生まれなかったかもしれません。 |
[雀部] |
ぶたぶたを“おじさん”にされたのはヒットですよねぇ。可愛いぶたのぬいぐるみが、中年の“おじさん”ってのが意外そうでいて、はまってます。
《ぶたぶた》シリーズも、ドラえもんとかオバQの世界だと思ってるんですよ、基本的には。日常生活にひょいと非日常的なものが現れるという。ドラえもんなんかだと、登場人物はもはや誰も驚かないですよね。でも《ぶたぶた》は違う!初めて見た人は、みんな律儀に驚愕しちゃって・・・その驚き方も、似ているようで人それぞれ微妙に違っていて、あの部分を読むと、いつもクスクス笑いがこみ上げてきてしまうんです。あそこらあたりの絶妙の匙加減にはいつも感心しているのですが、矢崎先生は、ああいうところは最初から計算されて書かれているのでしょうか? |
[矢崎] |
計算というほどのものではなく、このキャラクターだったら、こんなふうに反応するだろう、というぐらいで……。
『ぶたぶた』のシリーズに出てくる人間たちは、基本的にいわゆる“普通の人”(あくまでも私から見た、ということですが)、と決めています。問題や悩みやトラウマもあるでしょうが、読者からほど遠い人たちではないようにしているつもりなので、そういう人たちに当然あるであろう常識や価値観にあてはめて驚かせたりしています。
ドラえもんやオバQみたい、という感覚は、確かにありますが、むしろ私の中のぶたぶたは、“非日常的なもの”というよりも“異物”。でもこれは、ぶたぶた側の視点です。人間側からすれば、ぬいぐるみだから見た目かわいいんですけど、ぶたぶた自身は自分を“異物”と自覚して生きているんだ、と思って書いています。 |
[雀部] |
ああそうだったんですか。水戸のご老公が印籠を出すシーン、浅見光彦の兄が刑事局長だと分かって、刑事さんが慌てるシーンと並んで何度読んでも(見ても)面白いです。ちょっと種類は違うかもしれませんが(汗)
ぶたぶたさんが、自分を“異物”だと思って生活しているとは思いませんでした。そう言われて読み返すと、そういう気もしますけど(頼りない感想ですみません)
私自身は、ぶたぶたさんは、“触媒”ではないかと思って読んでいたのです。ただそこに居るだけで(自分は変化しないで)周りの人間関係を明るく暖かくしてくれる存在ですよね。一家に一匹とはいかなくても、ご近所に一匹居ればどんなに社会からギスギスした感じが無くなることでしょう。あ、一匹って呼ぶのは失礼ですね(汗・汗) |
[矢崎] |
そうですね、近所に住んでいれば、とても楽しい毎日になると思います。
それから、ぶたぶたが自分を“異物”と思っていることについては、自覚はしていますが、もうふっきれているんじゃないかと思っているのです。かつてはいろいろ葛藤があったけど今は気にしていない、という経験からの影響を黙って発する人って感じで、ぶたぶたは書いたつもり−−いえ、最初からそう思って書いたわけではなく、結果的にそんなふうになっていたってだけなんですが。
最初はほんとに、「ぬいぐるみがしゃべったら楽しいなあ」と思って書いただけなんです……。 |
[雀部] |
お〜、ぶたぶたさんにも、それなりの心の葛藤があったんですね(微笑)
『刑事ぶたぶた』で、歯医者へ行くシーンがありますよね。あ〜、早く口の中を見せてくれ〜って思いましたけど、叶えられませんでした(泣)歯ブラシも豚毛のものがあったりと、ぶたさんと歯科というのは、けっこう結びつきが強いんです。
普通の豚さんは、歯が44本(人類は32本)あるのですが、ぶたぶたさんの口の中は、ど〜なっとるのでしょう、商売柄とても気になりますね。星先生の「おーいでてこーい」みたいに、どこかに繋がっていて、ある日突然・・・・(笑) |
[矢崎] |
あのエピソードは、義兄から聞いた話を元にしています(歯医者さんなのです)。実際に刑事さんが治療に来ていて、外で歯科助手の義姉が会った時にマスクなしで挨拶をしたら、ものすごく怪しまれた、というのを聞いたので、じゃあ、それを書こうと思いまして。
「ぶたぶたの口はどうなっているのか」「トイレはどうしているのか」「どうやって車を運転しているのか」とか訊かれたりしますが、「それは私もよくわかりません」としか言えないのであります(考えていないわけではないのですが、まあ、お楽しみということで……すみません)。ただ、『刑事ぶたぶた』下書きの段階では、ぶたぶたがトイレから出てくるところに立川刑事が通りかかる、というシーンから始まっています(結局カットしましたが)。 |
[雀部] |
あ、それは良く分かります。今日もカミさんのお供で、スーパーのレジに並んでいたら、前に列んでいる三姉妹がこっちを変な顔で見るんですよ。私も見た顔だなぁと思いにっこりしていたら、お母さんが気が付いて「歯医者の先生だよ〜。白衣着ていないから分からなかった?」って(笑)
全然ストーリーと関係は無いのですが、登場人物の名前に“森岡浩”さんて方が出てきますが、“森岡《星界》浩之”さんと関係あるのでしょうか。もう一人“村松桃子”ちゃんは、“村松《紫の砂漠》栄子”さんとは? |
[矢崎] |
すみません、両方ともまったく関係ありません……というより、キャラの名前にはいつも悩んでいて、適当につけていると、作中でも似たような名前を並べてしまうんです。知り合いや有名な方などとはだぶらないように、と思っているのですが……。森岡さんも村松さんも、もちろん存じておりますけれども(面識はありません)、言われて初めて気がついた、というていたらくです。
それから、『刑事ぶたぶた』の桃子と妹の茜に関しては、松谷みよ子さんの『モモちゃんとアカネちゃん』からとったのではないか、とも言われたのですが、これも偶然で……。このシリーズは大好きなんですが、すっかり忘れておりました。無意識に拝借してしまったようです。 |
[雀部] |
そうなんですか。それは変な質問をしてもうしわけございません(汗)
山崎<YAMAZAKI>ぶたぶたという名前も、矢崎<YAZAKI>先生のお名前に似ているので、何か関係あるんかなぁと思ったりして・・・と苦しい言い訳(汗)
私が、ぬいぐるみ文学というのを意識するようになったのは、ぬいさんが大好きな新井素子さんと、『ペン』('97、引間徹著)なんです。『ペン』ではぬいぐるみのペンギンが主人公なのですが、ペンが意識を持つようになったのは、ある会社が試作した繊維が原因らしいのです。一方、ぶたぶたさんは、そういう屁理屈や説明は全く無くて、清々しいくらいなのですが、やはりこれは意識して説明をされないようにしているんですよね? |
[矢崎] |
どうして山崎にしたかというと――昔としまえんのCM(多分東京ローカル)が俳優の山崎努氏を起用して、「山崎はいい人だ」というコピーを使っていまして……それから「いい人=山崎」→「いい人=ぶたぶた」→「ぶたぶた=山崎」ってことになったのです(わけわかんない理由ですけど……)。『ペン』は、確か私が廣済堂版を執筆している最中に出た本だと記憶があります。ちょっと先越されたかな、と思ったのですが、童話やマンガの世界ではぬいぐるみが歩いてしゃべってごはんを食べる、なんて話はざらにありますから(^^;)、あまり気にせず書きました(結局まだ未読です)。
ぶたぶたについての説明や理屈は、確かに意識して排除していますが、これは『ぶたぶた』に限らず、私の作品はたいていそうです。現実世界には謎がたくさんありますが、誰も説明できないのにそれでも惹かれてしまう――そういう魅力を表現できたら、と常に思っています。 |
[雀部] |
それでは、《ぶたぶた》の世界に魅せられて、可愛い縫いぐるみを自作され、ホームページで公開されている“ゆき★うさぎ”さんにバトンタッチします。 |
[ゆき★うさぎ] |
ぶたぶたを読んで以来、愛らしいぶたぶたさんのトリコになってしまったゆき★うさぎです。今では勝手に自称ぶたぶた普及委員会と名乗って本好きな皆様とぶたぶたの話題で盛り上がってます。ちなみに広報部長まで昇進しました。( ̄∀ ̄*)ニヤリ |
[雀部] |
おお、広報部長ですか。それは頼もしい(^o^)/
私も、広報部係長くらいにしてもらえませんかねぇ(汗) |
[ゆき★うさぎ] |
私がぶたぶたを読むきっかけとなったのは、ネットの友人(ぶたぶた普及委員会・専務)からの紹介なのですが、基本的には身近に感じられるミステリを好んでおり、見事にツボにはまってしまったのです。確かにぶたぶたさん以外は、私達の日常でも出会えそうな方々ですよね。その中で矢崎先生は、ぶたぶたさんを異物として捉えていらっしゃるそうですが、ぶたぶたさん本人がその事を自覚するまでの過程や、ぶたぶたさん御一家の生活を今後文章にする予定はありますか?それが出たらぶたぶたさんの非日常な存在感が変わってしまうかしら? |
[矢崎] |
いろいろ考えてはいますが、ぶたぶたはネタに比べてちゃんとストーリーになる確率が、とても低い作品なので……。適当に話しているだけで、ネタはすぐに出てきますが、実際書くとなるとなかなか形になりません。ボツになったネタはたくさんあります。
でも、ぶたぶたが何らかの自覚を得るまでの話というのは、おそらく書かないと思います。もし書くにしても、ぶたぶたが主人公になってしまうと、それは『ぶたぶた』でない別の小説になると思うのです(わかりにくい説明ですが)。『ぶたぶた』シリーズは、主役が人間で、ぶたぶたは通りすがりだからこそ、ああいう形になったんだと考えています。……いや、ほんとは、「ぬいぐるみの気持ちってよくわかんない」というのが本音なんですが。
ぶたぶた一家の話なら、もしかして書くかもしれませんが(家族を主役にすれば)……しかし、これもちゃんと話ができたら……。とても頼りないんですけど。
それから、ぶたぶたのぬいぐるみ拝見いたしました。どうもありがとうございました。 |
[ゆき★うさぎ] |
登場人物の名前は実際とダブらない様にとの事ですが、ぶたぶたさんの作品のキャラはとても生活感溢れると言うか、日常要素が強いですよね。これは矢崎先生や周りの方の実体験に基づかれる物なのでしょうか? |
[矢崎] |
実体験も入っていますが、どちらかというと細かいいろいろな要素を組み合わせて作り出している方が強いかもしれません。普通に、と思うと、日常から離れることはできにくいようです。
作品に関する裏話のようなものは、私のホームページで公開しておりますので、それを見ていただけるとうれしいです。
(都内ぶたぶた出没マップhttp://www.bekkoame.ne.jp/‾leiya/butamap.html) |
[ゆき★うさぎ] |
矢崎先生のお手元にご主人からプレゼントされたぶたぶたさんがある様に、私の手元にもぶたぶたさんを・・・と思うのですが、残念な事に、あのぶたぶたさんは製造中止と伺った事があります。是非、再販を希望してしまいますね。例えば、本と一緒にぬいぐるみが売られているとか・・・。読者プレゼントで●名様にプレゼントなどの企画があったらとっても嬉しいですね。
さすがにプレゼントは図々しいかもしれませんが・・・。(苦笑) |
[矢崎] |
廣済堂版の『ぶたぶた』が出た頃はまだ売っていたので、帯の推薦文を書いていただいた新井素子さんにプレゼントしたりできたんですが……。再販運動でもしますか? 署名でも集めて。
それはさておき、これから絶対に手に入らないというわけでもないと思うのです。私個人でも、企画を立てるつもりでいます。ただ、私一人でできることではないので、いつとはお約束はできませんが……。 |
[ゆき★うさぎ] |
私も雀部さんと同じ様に、ぶたぶたさんがいるだけで、周りが和むような・・・まるで一家に1人いれば繁栄すると言われている座敷わらし的な存在の様に思うのですが、座敷わらしと違う所は、ぶたぶたさんと触れ合った町全体を明るくしてくれる事と、彼がいない所でも、幸せが続きそうな所だと思います。ただ、ぶたぶたさんはこれと言って何かをしている訳ではなく周りの心が変化してゆくといった所でしょうか・・・。 |
[矢崎] |
そうですね。人間、本人が変われば周囲も変わるといいますし。ぶたぶたはきっかけにすぎないと思います。現実にしか目を向けられない人に対して、ちょっとよそ見をさせるぐらいの存在なんじゃないでしょうか。
ぶたぶたに限らず、不思議なものをすんなり受け入れられると、人間少し余裕が出てくるような気がするんです。だから、ぶたぶたがいる世界では、ぶたぶたしか不思議なものはありません。一つだけだったら、受け入れやすいではないですか。 |
[ゆき★うさぎ] |
SFバカ本に掲載された「片頭痛の恋」・・・。
私も片頭痛持ちなため、ふとした時に悩まされております。
片頭痛は私にとって嫌な事ですが、サラッと書かれたこの作品で違った見方をする事が出来そうです。
私にもこの様な事が起こらないかと期待してしまいますね・・・。 |
[雀部] |
8/17に出た『SFバカ本−人類復活編』ですね。私は頭痛に悩まされたことは無いのですが、普通なら悩みの種になる片頭痛も、こんなエピソードが絡むと、なんか体験してみたくなるから不思議です(笑)
矢崎先生は、『休日』の後書きで、整体に行かれて頭痛が治ったと書かれていらっしゃいますが、良かったですねぇ。やはり普通は、痛いのは願い下げですよね。 |
[矢崎] |
『片頭痛の恋』、お読みいただいてありがとうございます。片頭痛持ちの人に怒られるんじゃないかと思ってました。頭痛には奥深い世界(?)がありそうなので、また書いてみたいと思っております。まだまだ長いつきあいになりそうですし……。 |
[ゆき★うさぎ]
[雀部] |
これからも、矢崎先生と、ぶたぶたさんの末永い活躍を願っておりますので、どうぞよろしくお願いします。 |
[矢崎] |
ありがとうございます。ぶたぶたともどもがんばります。 |