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Author Interview

インタビューア:[雀部]&[彼方]&[白田]

『宇宙に暮らす
―宇宙旅行から長期滞在へ―』
> 松本信二監修/清水建設(株)宇宙開発室編/長谷川正治画
> ISBN 4-7853-8754-8
> 裳華房
> 1600円
> 2002.11.30発行
 現在NHKの朝の連ドラ「まんてん」は、宇宙飛行士を目指す女の子が主人公ですが、これは、宇宙開発の夢についてまとめられた本です。
 夢の一は、未知の世界を見ること。その二は、宇宙環境の利用。その三は、私たち自身が宇宙へ行くことなのですが、主としてこの三番目の夢の実現に付随する様々な問題点と解決方や、宇宙空間での安全性確保、また居住空間のデザインについて語られています。
 詳しい内容紹介や一部画像などは、裳華房で見ることが出来ます。

建築から宇宙へ

雀部 >  今月はユニークな本を取り上げてみました。私は全然知らなかったのですが(勉強不足^^;)
1987年に、宇宙開発分野を専門とする調査・コンサルティング会社として設立されたシー・エス・ピー・ジャパン株式会社CEOの松本先生が監修された『宇宙に暮らす』です。
 松本先生よろしくお願いします。
松本 >  こういう形のインタビューは初めてですが、よろしくお願いします。
雀部 >  SFファンなら一度は勤めてみたい非常に夢のある会社だと思うのですが、松本先生はSFは読まれたりされるのでしょうか(もしくは、昔は読まれていたのでしょうか?)
松本 >  私は、本来の専門は建築技術であり、長年清水建設で研究開発の仕事をしてきました。そのような仕事の一環として、十五年ほど前から宇宙開発に関わるようになりました。すなわち、宇宙における建設および居住について研究することによって建設に関する新しい発想を得る事ができるのではないかと思ったのです。しかし、建設会社が急に宇宙のことを研究するといってもポテンシャルがありません。そこで、アメリカの大学や企業と共同研究をやり、人脈作りと技術ポテンシャル向上に努めました。
 そのような活動の一つとして、アメリカのコンサルティング会社であるCSPアソシエーツ社と提携して、この会社(シー・エス・ピー・ジャパン)を設立しました。
 日本の政府機関や宇宙関連企業のために調査・コンサルティングを行うことによって、宇宙開発の将来的な課題を把握できるのではないかと考えたのです。
 ということで、この会社で行っている業務はほとんど宇宙に関連していますが、宇宙開発の商業化や人工衛星システムの将来動向等という実務的なものが多く、夢のある話はそれほどありません。しかし、各種のイベントにおける宇宙関連の展示やシンポジウムの企画等もやっていますので、時々は夢のある話にも接触することはあります。
 SFについては、残念ながら、あまり読んでいないと言ったほうがいいと思います。しかし、SF的なものは好きですし、昔はいくつか読んだと思います。
雀部 >  あれま、そうなんですか。SFファンとしては、宇宙関係者は全員SFファンであると信じていたんですが(笑)
彼方 >  もう十五年にもなるんですね。ロケットやシャトルなんかと比べると、軌道上の基地や月面上の基地の開発については、たまにISSが出てくるぐらいで、あまり話題になりませんが、この十五年でどれぐらい進歩がありました?
松本 >  ISS(国際宇宙ステーション)は実際に建設が進行中であり、この実績は宇宙建設技術という観点からも非常に大きな意味があると思います。具体的なプロジェクトがないとなかなか技術開発が進みません。そこで、今、私が期待しているのは、宇宙太陽発電衛星の建設です。まだまだ基礎研究の段階ですが、このような大型宇宙構造物を建設するということになれば、いろいろな関連技術の開発が必要となるからです。
 月面基地の建設技術に関しては、約十年前はアメリカが本気で検討しており、アメリカ国内で各種の研究が進められました。私の研究グループ(清水建設)はアメリカのマクドネル・ダグラス社(現在はボーイング社)と共同研究をを行い、随分技術的な蓄積ができたと思います。その概要については、今回の『宇宙に暮らす』でも少し取り上げていますが、もう少し詳しく知りたい方は、清水建設宇宙開発室編『月へ、ふたたび』(オーム社、1999年)を読んでいただければありがたいと思います。
 しかし、現在は、アメリカの宇宙政策が変わり、ほとんど技術進歩がありません。
 私としては、人類が生活圏を拡大していくということはまだまだ継続すると考えており、そのうち、また、月面基地の建設を本格的に推進するようになるのではないかと期待しています。

ポジティブな面を強調するようなSFも沢山書いていただきたい

白田 >  シー・エス・ピー・ジャパンのウェブサイトを拝見しました。私も宇宙に関係する仕事をしていますが、実際の現場ではなかなか夢を語るようなところは少ないですよね。
 それでも、『宇宙に暮らす』を読んで思ったのは宇宙開発についてとても肯定的であることでした。NASDA内部でもここのように有人宇宙飛行へのプランはあるようですが、宇宙開発委員会での結論ではここ十年間は有人宇宙飛行への行動は行わないということになっていたと思います。
 今の時点で、松本さんはどれくらいのレベルで有人宇宙活動が広まるとお考えでしょうか。
松本 >  私は、長年研究開発の仕事をしてきましたので、多くの人があまり可能性がないというものを可能にするということに非常に興味があります。もちろん、理論的に考えてどうしても不可能という場合にはなかなか難しいのですが、経済性の問題や制度上の問題が支障になっているような場合にはいろいろな可能性があります。現時点の情況から判断すると、そう簡単に宇宙旅行時代が到来するとは思えませんが、宇宙旅行における最大の問題は経済性の問題であり、何らかのきっかけがあると急に可能性が出てくるというように考えています。経済性の問題を解決するのはやはり技術であり、技術革新が必要ですが、社会的なニーズが高まることによって技術革新が推進されるのではないかと思います。
 ただし、これまでは、技術革新のきっかけは、多くの場合、戦争であったと思いますが、宇宙旅行が実現するきっかけは戦争であってほしくないと思います。もっとも、旅行というビジネスは、それ自体に、平和指向的な要素をもっていますので、それほどは心配していません。
 日本の有人宇宙政策についてですが、確かにこの数年間で大分トーンが落ちています。経済の低迷やロケット打ち上げの失敗が続いたためだと思います。しかし、中国は近々有人宇宙を本格的に開始すると言われており、中国の今後の成果によっては、日本における意識も相当変わってくるのではないかと思われます。宇宙技術に関して、日本を追い抜き、一気に引き離してしまう可能性があります。このことは、科学技術全般に非常に大きな影響を与えるのではないかと思います。
雀部 >  やはり、アジアでは日本のライバルは中国でしょうね。
 ところで、昨年のSF大会にもゲストで登壇されたとお聞きしましたが、それはどういうテーマだったのでしょうか。
松本 >  確か、月面基地の建設に関わる話をしたように思います。私のセッションにはかなり大勢の方が参加してくださり、かなり活発に討論ができました。特に、月でコンクリートを作ると言う話に高い関心がもたれ、質問や意見が沢山ありました。
白田 >  SF大会ともなれば、そう宇宙に関して否定的な人が集るとも考えにくいですからね。
 ただ、現実的には宇宙開発に否定的な人はかなり大勢いると思います。そういった人達への対策はなにか考えてらっしゃるでしょうか。また、関連することですが、私はこういった人達へいかに宇宙開発への関心を持ってもらうかどうか、ということが今後の宇宙開発の発展への鍵をにぎっていると思います。そのあたりについてどのようにお考えでしょうか。
松本 >  各種の人工衛星が現在の私たちの生活になくてはならないものになっていることは多くの方が理解していると思います。いわゆる地球環境問題を正しく把握できるようになったのは、宇宙開発を行ったからだということも容易に理解できると思います。
 また、宇宙開発には多くの先端技術が必要であり、宇宙開発の目標を達成することにより、関連する多くの技術が必然的に進められます。宇宙開発に関わる人達が、一般の人達と日常的に対話し、その意義をわかりやすく説明するということがまず大切だと思います。
 単純に、宇宙という別世界に興味を持ってもらうということも大切です。そのような意味で、現在日本でも上映されている3Dアイマックス映画「スペースステーション」はすばらしいと思います。私も多くの方にお薦めしていますが、この映画を観た方は、子供さんもお年よりも、ほとんどの方が大変感動して、いっぺんに宇宙ファンになってしまいます。
 宇宙を取り扱ったSFもこのような役割を果たすことが大いにできそうです。そういえば、私はほとんどSFを読んでいないといいましたが、昔、アイザック・アシモフの宇宙を舞台にした小説をいくつか読んだことがあります。しかし、これらの小説では、宇宙のすばらしさを示すというよりも宇宙時代における新しい問題点を示唆するようなものが多かったように思います。このような科学技術に対する警告も重要ですが、ポジティブな面を強調するようなSFも沢山書いていただきたいと思います。
 子供達や学生の皆さんに興味を持っていただくことも重要だと思います。そのようなことから、私もできるだけ子供達のための絵本・講演会・テレビ番組などに協力するようにしています。今回出版した『宇宙に暮らす』も若い人達に読んでいただいて、少しでも宇宙に興味を持っていただければいいのではないかと思っています。

宇宙における建設の問題を解決する方法

雀部 >  アシモフの宇宙を舞台にした小説というと、初期の頃の短編かなぁ。
 ところで、ポジティブな面というと、宇宙あるいは月面で基地とか居住地を建造するには様々な困難があると思いますが、建築に関してこんな思いがけない利点もあるんだよという点がありましたら、お聞かせ下さい。
松本 >  宇宙での建設における最大の問題点は、輸送費が非常に高いということです。したがって、どうしても軽くて強度の高い材料を使わざるを得ないということになります。建設作業をするための人間の輸送は特に費用がかかります。それに、どうしても危険な作業となってしまうので、宇宙での作業を自動化・ロボット化させる必要があります。そのような宇宙における建設の問題を解決する方法として、展開式構造やインフレータブル構造のアイデアが数多く出されています。展開式構造というのは、折りたたみ傘のように、折りたたんだ状態で宇宙に持っていき、宇宙で展開させる軽量構造です。インフレータブル構造というのは、風船を膨らませるような方式の構造です。すなわち、やわらかい布状の材料で作った袋のようなものを宇宙に持っていき、宇宙で中に気体を入れて膨らませます。膨らませた状態で布状の材料を固めたり内部から補強したりして構造体にします。
 月面基地の建設の場合には、条件が大きく異なります。月面上にある材料を使うことができるかもしれないからです。ほとんどの金属やセラミックス系の材料は月にある資源から作ることができそうです。もっとも、建設材料の形にするためには大掛かりな生産施設が必要となるので、初期段階の月面基地ではかえってコスト高になってしまうかもしれませんが、規模が大きくなれば、地球から材料を運搬するよりも安くなります。
 そのような建設材料としては、月の砂(レゴリス)で作ったレンガやブロックがあります。それと、前にちょっと話に出たコンクリートが面白いと思います。コンクリートは、セメントと砂利・砂と水を混ぜて作ります。そのうち、セメントは月にある資源から比較的容易に生産することができそうです。砂利・砂は月面上に豊富にあり、強度も問題ありません。水だけが問題ですが、水は、酸素と水素から作ることができます。そのうち、酸素は月にある岩石や砂の中に豊富に含まれており、エネルギーさえあれば、抽出することができます。水素だけはあまり月になさそうなので、地球から持っていくことになりそうです。しかし、水素は一番軽い原子であり、比較的安い輸送費で運搬することができます。使用する水をできるだけ少なくするような調合にすれば、コストを下げることができます。ある調査では、月の極地に氷があるかもしれないということが推定されており、これが事実だとすると、月におけるコンクリートはさらに有望なものとなります。
彼方 >  月面基地の建設について研究が進んでいて、その中でロボットが使われるだろうということですが、これらのロボットの実用化についての目途は立っているのでしょうか?
松本 >  ロボットといっても、ローバー(月面車)にいろいろな冶具が付けられたものが中心であり、基本的な技術については、かなり研究が進んでいます。しかし、全体をいかに軽量化するか、エネルギー源としての電池の性能・耐久性などの問題があります。また、ロボットが作業を行っているときに発生した各種の障害や事故に対してどのように対応できるかという問題もなかなか難しい問題です。すなわち、ロボットの自律性の問題ですね。ロボットの近くに人がいてロボットを制御できるというような場合にはまだいいのですが、建設の初期段階で、ロボットを地球上から制御するという場合には、通信時間が大きな問題となります。地球から月まで電波が届くのにどうしても約1秒はかかります。そうなると、いわゆるフィードバック制御が難しくなりフィードフォワード制御が必要となります。すなわち、どのようなことが起こるか、少し先を予測しながら制御しなければなりません。
彼方 >  関連質問なんですが、宇宙での建築技術の研究開発で、地上での建築に適用できるようなスピンオフってありましたでしょうか。
松本 >  わかりやすい形のスピンオフは今のところありませんが、今後は十分に期待できると思います。先ほど述べた展開構造やインフレータブル構造も地上で使うことができそうです。宇宙での建設の自動化・ロボット化も地上での建設に将来応用できると思います。私が宇宙における建設に興味を持っている一つの理由は、そのような期待にあります。厳しい条件の中で何かを実現するためにはいろいろなアイデアが必要となり、そのようなアイデアがヒントとなって別のアイデアに発展するということは十分に考えられます。
 先ほどお話しした月面コンクリートに関しても、昔から熱心に研究しているT.D.リン博士が面白い技術を開発しています。水をできるだけ使わないコンクリートを可能にするために、水の代わりに水蒸気を用いたコンクリートです。あらかじめセメントと砂を混ぜて密閉容器の中に入れます。その中に高圧高温の水蒸気を注入するという方式で、無駄な水分を使わずに高強度のコンクリートを作ることができます。まだ、実用化までにいろいろと研究する必要はありますが、非常に期待できる技術です。

宇宙観光が実現したら

白田 >  先に挙げましたNASDAの有人宇宙飛行プランのように、輸送系に関しては現在の日本の技術でも十分に人を宇宙に運ぶことはできるようになっているといえるようです。
 仮に、日本の有人宇宙飛行プランがうまくいかなかったとしても、現実にアメリカのスペースシャトルやロシアのソユーズなどによって結構日常的に人が宇宙に運ばれています。
 それに対して、宇宙に滞在する技術に関しては、現在どの程度のものなのでしょうか。宇宙ステーションの次のステップとして、どの程度のものが実現可能であるとお考えでしょうか。
松本 >  宇宙ステーションが稼働することによって、宇宙に数ヶ月居住するということはそれほど特別のことではなくなります。しかし、現在の宇宙ステーションはあくまでも研究・観測のための施設です。次の段階は、やはり、宇宙飛行士という特別の人ではなく、もっと幅の広い一般の人が宇宙に滞在するという段階を期待したいと思います。
 現在の宇宙ステーションを別の目的に利用するということも十分に考えられますし、新たにもっとローコストの簡易宿泊施設を建設することも考えられます。技術的には現在の宇宙ステーションとそれほど変わらないかも知れませんが、もっとローコストで安全性の高いものが必要になります。機能的にも、必要に応じていろいろと変化させることのできる工夫が必要ではないかと思います。さし当たっては、それほど大きな空間を必要とはしませんが、宇宙での居住が一般化するにつれて、いろいろな要求がでてくるのではないかと思います。
 いずれにしても、いろいろな分野の専門家、いろいろな職業の人、いろいろな世代の人達が宇宙にいけるようになることが重要だと思います。現在は限定された業務を行うために、いかに効率的な空間を作るかという観点から室内設計をしていますが、いろいろな人達のアイデアが出てくれば、これまでの宇宙船とはまったく異なった空間が要求されるようになるかもしれません。
雀部 >  昨年末の英国惑星間協会誌などでも、宇宙資源をさらに利用し発展させるには、宇宙観光(最初は低地球軌道旅行、次の段階は軌道ホテルへの宿泊など)の実用化が、大きな経済・金融的な推進力になると主張する人たちが増えてきていると紹介されているみたいですね(長期的な経済的発展の点から見た場合、そのオペレーションの中心は地球上ではなく月に置いたほうが良いそうですが)
松本 >  私もまったく同感です。宇宙観光が実現し、一般の人々が宇宙に行くようになれば、宇宙に関する幅広い情報が各種のメディアから発信されるようになり、経済的にも大きなインパクトがあると思います。そのようになると、関連する新しいビジネスも登場し、現在予測していないような技術開発も必要となります。ただし、オペレーションの中心を月に置くべきかどうかは、難しい問題だと思います。月面上に拠点を置けば、経済特区のようなものを作りやすいということもあり、地球上とは異なった形で開発シナリオを考えることができるかもしれません。また、エネルギー供給基地という機能も期待できます。しかし、地球近辺に比べるとあまりにも環境が厳しく、様々な危険性があります。今後、いろいろと議論する必要がありそうです。

やはり最初のステップは月面基地ではないでしょうか

白田 >  レーベジェフの日記によると閉鎖空間でのメンタルな問題や人間関係が重要になっていましたが、ISSでさえ、人が生活をしていく空間としてはかなり狭いものだと思います。
 こういった問題を解決する糸口はどこにあるとお考えでしょうか。
 やっぱり娯楽環境などの整備とかが必要なんでしょうか。
松本 >  宇宙における居住施設はどうしても狭いものになってしまいますが、狭いなりにいろいろな工夫は可能だと思います。どんな居住施設でも、そこに居住する人が自分自身の空間にする事ができるかどうかがポイントだと思います。しかし、人はみな異なった過去を持ち、異なった趣味を持ち、異なった感覚を持っています。そこで、室内デザインとして特に大切なのは、各々の居住者がその人の生活感覚に合う空間造りができるようにできるだけフレキシビリティのある空間を提供することだと思います。
 自分の空間にするということは、「自分の居場所」として気持ちがリラックスできるような空間になり得るということであり、ちょっとしたことで大きな効果があります。たとえば、文房具や書類の配置、気に入った写真や絵の存在、室内の配色や照明、等々です。そのような身の回りの雰囲気を居住者自身が調整することができるようになっているといいのではないでしょうか。
白田 >  ステーションでの恒常的な活動が安定したものになってくると、やっぱりその次は月、そして火星と目が移ってきますよね。
 月並で、しかも抽象的な質問で申し訳ないのですが、21世紀が始まってまだ日が浅いですけど、今世紀中に月や惑星に「住む」ことに関してどのレベルまで到達できるものとお考えでしょうか。
松本 >  やはり最初のステップは月面基地ではないでしょうか。個人的には、21世紀の前半には月面基地の建設が始まるのではないかと考えています。比較的早い時期に、現在の南極基地と同じような観測基地として機能するようになるような気がします。そうなると、何人かの専門家が常に滞在するということになります。
白田 >  月や惑星上ではそれほど問題にならないでしょうけど、そこに移動するまでや宇宙ステーションに滞在するスタッフにとって、微小重力環境はかなり問題になるものだと思います。
 SF的に考えると、微小重力環境に適応した新たな人類の出現とか、もしくは人工重力を定常的に供給し続けるスペースコロニーのようなものに思考が行ってしまいがちなのですが、人類というものは微小重力環境に適応していけるようなものなのでしょうか。(まぁ、倫理面から言って、逆に地球に適応できなくなるようなことは問題になるとは思いますけど……)
松本 >  微小重力環境に人間がどのように適応できるかという問題は、確かに大きな問題です。何しろ、人類が地球上に発生して以来、長い年月をかけて造られて来た人体システムは、すべて1Gの重力環境が前提となっています。今後の研究に期待したいのですが、何世代も微小重力環境で生活すれば、人体の形状も大きく変形してくることは容易に想像できます。重力が人体システムに大きな影響を与えることは明らかですが、数ヶ月の宇宙滞在ならば何とかなりそうだということがわかっていますので、そのような条件の中で、経験を積んでいくしかないような気がします。

宇宙が一般の人々にもっともっと親しまれるようになるといいと思います

彼方 >  月面基地などでの滞在で、放射線被爆や脱カルシウムが大きな問題となると思いますが、放射線はレゴリスで厚く被覆したり、脱カルシウムは運動やカルシウム豊富な食事と、なかなか対策も大変ですが、これらの対策についての研究については、まだまだかかると思いますか?
松本 >  放射線被爆の問題も脱カルシウムの問題もどの程度長期間月面上に滞在するかということが問題になります。これまでの実績から、1週間程度ならそれほど問題にならないということがわかっていますが、あまり短期間で帰ってくるというのでは、効率が悪いので、もっと滞在期間を長くしなければなりません。宇宙ステーションなどの滞在実績をもとにして、さらに研究を進める必要があると思います。しかし、月の場合、何らかの問題の兆候があった場合、4〜5日で地球に帰還することができるので、まだいいのですが、火星のように地球から遠くなると大変です。地球から火星までの飛行時間は少なくとも数ヶ月かかります。そのような意味で、私は、火星へ人を送るためには、月面基地で多くの滞在実績を作る必要があるのではないかと思います。
雀部 >  最後にSF的な質問をさせていただいても良いでしょうか。
 宇宙旅行を身近なものにする最も効果的な方法として<軌道エレベータ>があると思いますが、これに関する研究は実際に進められているのでしょうか。
 もう少し現実的な案としては、<極超音速スカイフック+超超高層ビル(高さ100km)>というのも考えられているようですが、現在の技術では採算を度外視するとどのくらいの高さの建造物が可能なのでしょうか。また将来は、それがどの程度まで高くなるとお考えでしょうか?
松本 >  <軌道エレベータ>は、SFとしては、非常に面白いと思いますが、技術的には、種々の課題があり、国家プロジェクトとしては、いずれの国でも開発プログラムには入っていないと思います。その概要については、石原藤夫・金子隆一著『軌道エレベータ』(裳華房)を読んでいただくといいのではないでしょうか。超超高層ビル(超超高層構築物)を利用して宇宙へ発進するというアイデアもいろいろと提案されていますが、あまり現実的ではないようです。十五年くらい前に、いくつかの建設会社から超超高層ビルの建設構想が発表され、技術的にも種々の検討がなされました。その場合の超超高層ビルというのは、高さ1〜3kmだったと思います。その程度の高さなら何とかなりそうだというのが、当時の検討結果だったと思います。しかし、その程度の超超高層ビルでも、ビルの重さが非常に大きくなり、そのようなビルを支持できる地盤を見つけるのが非常に困難だと言われていました。基礎構造には、成型が自由になるコンクリートのような材料が適していますが、今後開発が進んだとしても、金属材料に比べて強度がどうしても不足します。
雀部 >  裳華房の『軌道エレベータ』はもちろん読ませていただいております。
 そうですか。まだまだSFの中だけのことなんですね(残念)
 今回はお忙しいところありがとうございました。宇宙開発に関わる現場の方の貴重な想いをうかがうことが出来て、有意義なインタビューとなったと思います。
彼方 >  今回はありがとうございました。
 普段、なかなか表に出てこない宇宙における建設や、長時間宇宙に滞在したときの問題点など、興味深いお話が聞けました。今後も、様々なお話を様々な場面で聞けると良いなと思います。頑張ってください。
白田 >  今回はありがとうございました。
 今後もこのような宇宙への興味を喚起するような活動をされることを望みます。
松本 >  こちらこそ、ありがとうございました。宇宙が一般の人々にもっともっと親しまれるようになるといいと思います。いろいろな機会をとらえて、宇宙の話をしていきたいと思います。今後ともよろしくお願いします。


[松本信二]
シー・エス・ピー・ジャパン株式会社代表取締役社長。工学博士。
'41年、福井県生まれ。東京工業大建築学科卒。清水建設(株)技術研究所副所長兼宇宙開発室長を経て、2001年シー・エス・ピー・ジャパン(株)社長、現在に至る。
[雀部]
50歳、歯科医、SF者、ハードSF研所員。
ホームページは、http://www.sasabe.com/
[彼方]
コンピュータシステムのお守となんでも屋さん。アニメとSFが趣味。最近、ハードなSFが少なくて寂しい。また、たれぱんだとともにたれて、こげぱんとともにやさぐれてるらしいヽ(^^;)ぉぃぉぃ ペンネームの彼方は、@niftyで使用しているハンドルです。
[白田]
白田英雄:謎の宇宙関係者。
日本宇宙開拓史および、魔法物語とヤーヴェイの翻訳をしていた。
今月号で最終回の「初めに光ありき(SF読者のための相対論入門)もよろしく。
現在、次の連載にむけて準備中。

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