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Author Interview

インタビューア:[雀部]&[かやのふ]&[ケダ]

『海を見る人』
> 小林泰三著/鶴田謙二画
> ISBN 4-15-208418-9
> ハヤカワSFシリーズ Jコレクション
> 1700円
> 2002.5.31発行
収録作:
「時計の中のレンズ」小林流リングワールドでの少年の成長物語
「独裁者の掟」帝国と連邦。対立する宇宙コロニーが融和する道は?
「天獄と地国」裏リングワールド世界での恋と冒険(笑)
「キャッシュ」仮想世界を舞台にしたミステリ
「母と子と渦を旋る冒険」特異ポイントに囚われた宇宙機の冒険
「海を見る人」場所によって時間の進行が異なる世界での恋愛譚
「門」未来に通ずる『門』を破壊しにきた地球艦隊に対する宇宙コロニーの長老は。

『家に棲むもの』
> 小林泰三著/田島照久画
> ISBN 4-04-347005-3
> 角川ホラー文庫
> 514円
> 2003.3.10発行
収録作:
「家に棲むもの」「食性」「五人目の告白」「肉」「森の中の少女」
「魔女の家」「お祖父ちゃんの絵」

電卓が必要でしょうか?

雀部 >  もうお気づきでしょうが、ここ四カ月のインタビューは、ハヤカワSFシリーズJコレクションの刊行順に著者インタビューを行っております。早川書房から、日本SFの将来を担って行くに違いないとのお墨付きを得た作家の方ばかりだと、私は理解しております。ということで、今月は『海を見る人』の小林泰三先生です。
 小林先生、前回に引き続きよろしくお願いします。
小林 >  ほぼ二年ぶりですね。よろしくお願いいたします。
雀部 >  そうか、もう二年にもなるんですね。北野先生や野尻先生に、二回目をお願いしたのも当然の年月なんですね。
 インタビュアーとしては、小林先生のファンサイト及びメーリングリストも主宰されているかやのふさんと、そのメーリングリストに参加されているケダさんにも加わって頂きました。かやのふさん、ケダさんよろしくお願いします。
かやのふ >  古くからのファンの代表として、小林さんとファンとの橋渡しの場を提供している「かやのふ」と申します。MLや掲示板では、ファンの疑問や質問に丁寧に答える小林さんの姿が印象的なので、今回も楽しみにしてきました。
ケダ >  こんにちは、小説を読みながら計算したことがないケダと申します。
 えーと、このインタビューには電卓が必要でしょうか?(こわごわ)
 十二桁の普通の電卓しか持ってないんですけど……(おそるおそる)。
雀部 >  あの〜、私も……。
 ハードSFファンを名乗りながら情けないんですが、計算強くないっす(泣)
 関数電卓は持ってるんですが、使ってないという(爆)
小林 >  大丈夫です。「時計の中のレンズ」や「海を見る人」を解析するためには最低でも関数電卓は必要ですが、「天獄と地国」とか、『ΑΩ』でしたら、普通の電卓で充分です。
 そもそも、小説なので、基本的に計算しなくても理解できるように書いています。本当に計算しながら読んでいるのは日本で五人ぐらいではないでしょうか。
かやのふ >  私は計算機は持ち出さずに絵を思い浮かべながら読みますね。
 「時計の中のレンズ」の世界である<歪んだ円筒世界>と<楕円対世界>を想像しながら読むのは楽しいものです。
雀部 >  ぱっと絵が思い浮かぶんですか、すごいなぁ。私は色々考えないと想像できませんでした(爆) ハードSF研所員でもあられるいろもの物理学者さんのところの解説を見ても良く分からなかったりして(汗)
かやのふ >  正確なイメージかはわかりませんが、小林さんがかなり細かく描写しているのでそれを自分なりに噛み砕いてという感じでしょうか。上記のページを見たら、だいたい合っていたので安心しました(笑)
雀部 >  すげぇ(爆)
ケダ >  一SF読者としての小林さんが『海を見る人』を読んだとします。
 「ここはぼくだったら絶対計算しちゃうな」というのは、どの作品の、具体的にどこでしょうか?
雀部 >  これは私にも分かるな(笑)
小林 >  「時計の中のレンズ」の世界の形状と「天獄と地国」の世界の半径と周期は基本ですね。
かやのふ >  「時計の中のレンズ」はダイソン球を一瞬想像してしまいました。でも、惑星を覆っているので、よく考えると違いますね。そもそも『円筒世界』なので、球じゃないし・・・。ガンダムなどで見るスペースコロニーイメージが基本ですが、地球(?)がすっぽり入っているので、はるかに大きいですね。
小林 >  そもそもの思いつきのはリングワールドの設計をしていて、リングワールドの表面が単純な円筒面にはなりえないことに気付いたんです。リングワールドの表面にあるものには、遠心力の他に中心星の引力も働いています。リングワールドを形成する帯の中央付近では、引力は遠心力で相殺されてしまいますが、端の辺りでは、2つの力の向きが正反対でないため、すべての物体は帯の中央へと引っ張られることになるのです。それを防ぐためには、中央部分を中心星に向けて、ぽこんと飛び出させる必要があります。
 ここまでくれば、誰でも、高速回転する中心星の表面と歪んだリングワールドが接した世界を思いつくことでしょう。
雀部 >  誰でもってそんな。一部の人だけだと思いますが(笑)
かやのふ >  「時計の中のレンズ」の世界って、リングワールドがベースだったのですね。
言われてみればまさにその通りなので、目からウロコがボロボロ落ちました。
ケダ >  それで、計算するときには、何を使って計算されますか?
小林 >  ノートと鉛筆、電卓、表計算ソフト、数式処理 (数値計算含む) ソフトぐらいです。自分でプログラムを書くことは滅多にありません。
 あと、軌道計算用のフリーソフト (宇宙機エンジニアの野田篤司さん作) なども使います。

SF小説として成立するために絶対不可欠なもの

ケダ >  ちょっと長くなってしまうのですが――
 以前、徳間書店のSF Japan(二〇〇〇年秋季号、筒井康隆氏の特集号)で、筒井さんと京極夏彦さんとの対談があり、筒井さんが横田順彌さんの短編で横断歩道が訪ねてくる話をとっても気に入っている、と話しておられました。それについて、大森望さんが、「犯人が横断歩道だった!」というオチなら引っ張れたかも、といったお話をなさっていたんです。うろ覚えで申し訳ないのですが。
 このお話、わたしのひっじょーに大雑把なSFの捕らえ方にとても近いので面白いな、と思ってひっかかったのです。
 「最初に横断歩道が訪ねてくる」というような「びっくり」をまず持ち出し、そこで世界観を定義してしまい、その枠組の中で持久走をするのが、わたしにとってはSF(っぽいもの)です。
 一方、パーツを小出し小出しにしていって、それを使ってブロックを組み立てて、途中の予測を裏切りつつ、最後の最後で全貌が明らかになるのがミステリ。
 小林さんの作品は、量子なんとかとか、目がすべってしまうような難しいものがいろいろ入っているので、たしかにハードSFなんだろうな、と予想できますが、小説の骨組は、わたしにとっては限りなくミステリ的なのです。オチのある小説、といってもいいかもしれませんが。
 長々とすみません。そこで質問です。
 小林さんが作家として、あるいは読者として、SF小説として成立するために絶対不可欠なものはなんでしょうか?
 そして、ズームインではなくズームアウトによって全景をだんだん見せていくミステリ的骨格で書かれた小説が多いのは、作家として意識してそうなさっているのでしょうか。ジャンルに関係なく、そういう作りのほうがご自分の書きたい話が書けるからそうなさっているのでしょうか?
 あるいは、読者として、そういう小説が面白かったからでしょうか?
小林 >  実はハードSFはかなりミステリと似ているんじゃないかと思うのです。
 ミステリもSFも核 (コア) の領域では、論理的に辻褄が会うことが重要です。
 ミステリの場合、基本的には日常の枠組みの中で物語が始まり、そこで一見辻褄の合わない事件が起きるけれども、結局最後には辻褄があっていることが証明される。もちろん、例外は山ほどありますが、原則的にこういう展開です。
 それに対して、SFではまず読者を非日常の世界に放り込む訳です。そして、物語の冒頭で、その世界の設定、つまりルールを説明します。その後はやはり理詰めで辻褄があっていることが証明されます。
 つまり、ミステリではこの世界の常識をそのまま前提として論理を展開するのですが、SFではこの世界ならざる常識を前提にするのです。
 ミステリの核の領域は本格ミステリと呼ばれ、SFの核の領域はハードSFと呼ばれます。
 両分野とも、当然核から離れた領域もあって、ミステリの辺境はホラーとSFの辺境はファンタジーと緩やかに繋がっているようなイメージです。
 ただ、気を付けなければならないのは、核イコール主流 (メインストリーム)ではないことです。核と主流を混同してしまうと議論が混乱してしまいます。
 ミステリの場合、核は本格ですが、主流はたぶんサスペンスということになると思います。
 SFの場合は、現代ではヤングアダルトが主流なのかもしれません。ただし、この場合の「ヤングアダルト」とはレーベルのことではなく、SFのサブジャンルとしての「ヤングアダルト」です。
 それで、サスペンスは結構ミステリの核に近いところにあるのに対して、ヤングアダルトはどちらかというとSFの辺境にある。
 野尻抱介さんの《ロケットガール》シリーズなどは、「ヤングアダルト」レーベルから出ているハードSFなので、ややこしいですが。
 そんな訳で、ミステリ全体の印象とSF全体の印象はかなり違ったものになっているのだと思います。
 で、僕の作品がミステリ的なのは、たぶんSFとしては、主流ではなく、核の領域に親近感があるからなのかもしれません。
 SFとして成立するためには、センス・オヴ・ワンダーさえあればいいんじゃないでしょうか。
ケダ >  あー、それが実はさっぱりわからないんです。センス・オヴ・ワンダー。小林さんが、センス・オヴ・ワンダーを感じた作品、センス・オヴ・ワンダーゆえに好きな作品には、たとえばどんなものがありますか?
小林 >  日本の作品でしたら、小松左京さんの『果しなき流れの果に』があげられると思います。
 海外だと、フィリップ・ホセ・ファーマーの《リバーワールド》シリーズや、ジェイムズ・ブリッシュの《宇宙都市》シリーズ、フィリップ・K・ディックの『ユービック』ですなどですね。
 最初にとてつもなく、奇妙な世界に投げ込まれるような作品に強いセンス・オヴ・ワンダーを感じるのです。
雀部 >  リバーワールドは、ネアンデルタール人から21世紀人にいたるすべての地球人類が、何物かによって再生された謎の惑星リバーワールドでの冒険譚。宇宙都市は、ニューヨーク市が、まるごと宇宙に飛び立つという、これまた凄い設定。ユービックは、超能力者たちの力場を中和する不活性者たちが、奇怪な時間退行現象に襲われるという……(まあ、一行で要約は無理だ^^;)
ケダ >  えーと……ユービックだけは小林さんのお勧めということで買ったんですがまだ読んでない……。小林さんの作品で、思いついた瞬間「お、これはセンス・オヴ・ワンダー」と思われたものはどれでしょう?
 ご自分のアイデアだと、なかなか「ワンダー」な感じはしないものでしょうか、それとも……?
小林 >  難しい質問ですね。ワンダーには「突然予想だにしなかったものに出会う」という要素も含まれると思います。そういう意味では、元々自分の中にあったものは、本当のワンダーにはなり得ないのかもしれません。自作関連で一番ワンダーだっのは、「玩具修理者」がホラー大賞の候補になったと知らされた時と、田中麗奈さんや桜井幸子さんが自作の主演女優だと知らされた時かもしれません。(笑)
ケダ >  たとえば『海を見る人』所載の「独裁者の掟」は、SFシリーズJコレクションの正当な読者にとっては、ブラックホールの説明とか総統のやろうとしている科学的な挑戦が面白く、大切なんでしょうけど、量子とかプラズマとかが出てきただけで目が文字をはじくようなわたしでも、そのあたりをごそっと削って、自然の異変、それと戦う人間社会、社会的必要と私欲で混乱する政治という世界の中で、小さい純真無垢なカリヤちゃんと、大きく恐ろしい総統の二つの物語が一つの物語に融合していくところだけを楽しめる小説になっています。
雀部 >  あ〜、横入りしてすみません。
 SFファンにとっても、科学的な挑戦だけが面白いわけではないです。
 限られた資源(エネルギー)を使ってしか生き残れないというシチュエーションでは、冷徹な物理法則―**の資源では、**人の人間が**日しか生き残れない―が支配しているわけで、設定が異なりますが、SFでは「冷たい方程式」という有名な短編があります。
 この小林先生の短編の醍醐味は、そういう冷徹な物理法則とそれに挑戦する独裁者の対比にあると思います。
 まあ、考えて見れば我らが宇宙船地球号も、そうなのですが。
ケダ >  ああ、なるほど。ちょっと安心しました(笑)。
 扱っている内容はSFだけれど、骨格がミステリ、しかも専門的なことがキモになっていながら、それを抜いても楽しめる「物語」として成立する――なんというか、泡坂妻夫さんの袋とじ小説『生者と死者』の逆みたいな感じです。袋を綴じてあっても開いてもお話が成立する、という意味でですけど。
 量子とかプラズマとかいった「ムズカシーもの」(という表現しかできなくて申し訳ありません)と、それを抜いても成立する不思議の国の話という一枚の絵でいろいろ見える仕掛けにしていらっしゃるのは、「愚かな読者にも楽しみを与えて本を買わせよう」という戦略なのか、「どっちも書きたいので、どっちもつっこんだら、そうなっちゃいました」なのか……それとも「できあがったら、そうでした」なのか……(笑)。
 小林さんがSF小説を書くとき、「ムズカシーこと」がわからない読者というのは、意識されているのでしょうか? 『海を見る人』の巻頭の対話形式の詩が、両方の読者をとりこんじゃうもーん、という宣言のようにも見えますけれど……。
小林 >  あんまり何も考えてないなあ。(笑)
 自分が面白いと思ったものを書いたら、ああなったというのが正直なところです。
『ΑΩ』にしてもそうですね。自分が書いていて楽しいのだから、みんなにも喜んで貰えるだろう、と。みんな、これ読んで愉快な気分になってや〜、みたいな。

ジャンルを越えて…

ケダ >  わはははは。最初は、「うわぁ……」と声が小さくなるようないやーな滑りだしでしたが、たしかに楽しませていただきました>『ΑΩ』。
 小林さんはご自分は特定のジャンルの作家だという意識をお持ちですか?
小林 >  SF作家だと思っているのですが、書いている作品もSF作品の割合が一番高いのではないでしょうか?
雀部 >  ホラーを書いてらしても、SF者であられる影がちらほらと(笑)
 あ〜、『ΑΩ』なんですけど、あの作品は読者層を想定されて書かれたんでしょうか?思春期前に "変身ヒーローもの" に出会った世代(再放送でも良いのですが)と、そうでない世代。またそういう特撮物に興味のない人も、読んで面白がってくれるのでしょうか。
小林 >  読者層は限定していません。特撮ものを見ていた世代はもちろん見ていなかった世代でも、楽しんでいただけるように書いたつもりです。読者の中にも特撮ものへのオマージュだとは最後まで気付かずに、とても面白かったと思っていただけた方は多いようです。
雀部 >  それは朗報。ちょっと危惧していたもので。
かやのふ >  デビュー作がホラーだったせいで、一般的には「ホラー作家」という認識が強い気がしますが、SFも多く書いてらっしゃいますし、ミステリなんかも書いてますよね。今後、これ以外のジャンルに挑戦する予定はありますか?
小林 >  ファンタジーも書いてみたいですね。日常を舞台にしたものでなく、異世界を舞台にしたもので。
 あとそれと似ているかもしれませんが、歴史小説にも挑戦したいですね。
 ただ、資料集めや取材が大変そうなので、すぐには手が付けられませんが。
かやのふ >  それはぜひ読んでみたいですね。ぜひいろいろなジャンルに挑戦してほしいと思います。個人的には、もっとクトゥルー神話ものとか読みたい気もしますが。
小林 >  デビュー作を含めて、クトゥルー神話的な作品はいくつかありますが、『秘神界』に収録されている「C市」は完全にクトゥルー神話だと言えるものだと思います。
 クトゥルー神話はいろいろな作家が共通の設定を使って作品を作るという試みの中で最も成功したものですが、SF、ホラー、ファンタジーの各ジャンルに応用が利くところが、その理由でしょう。
かやのふ >  そうですね。小林さんもクトゥルー神話の応用をうまく使って小説を書いていらっしゃるので、広義の『ラヴクラフト・サークル』に入っていると思います。小林さんの作品が好きで、クトゥルー神話の好きな一読者としてはとてもうれしいですね。
ケダ >  歴史小説というと、特に興味がおありの時代があったりしますか?
小林 >  まずは古代ですね。時代が遡れば遡るほど、未知の領域が増えてきますから、ある意味、別の惑星の物語に近づく訳です。
 それから、日本的な政治体制が生まれた時期にも興味がありますね。
 例えば、征夷大将軍という地位は、実質的には長らく日本の元首として機能していましたが、正式には政治を司る役職ですらない。「夷」というのは、大和民族に統合される前の東北地方の人々を指す言葉ですから、征夷大将軍というのは異民族 (外国) と戦うための軍事上の役職なのです。つまり、大和朝廷から見た征夷大将軍というのは、アメリカ合衆国政府から見たGHQの最高司令官のようなものです。それがいつの間にか、マッカーサーがアメリカ合衆国大統領を支配下に置いている状態になった。でも、形式的には、大統領がGHQの司令官を任命しているとか、そうイレギュラーな状態が数百年続いたのです。他の国なら、とっくに将軍が皇帝を倒して、自分が皇帝になるのですが、日本ではなぜか誰が元首か曖昧な状態のまま安定してしまった。その辺りのメカニズムの誕生にはとても興味があります。
 あと南北朝時代とか、戦国時代とはいったい何だったのかという点にも興味があります。年表などでははっきりと始まりと終わりが書かれていますが、実際にはなんとなく始まってなんとなく終わったようにしか思えません。
 海外では、崩壊期のモンゴル帝国などが面白そうです。モンゴル民族は支配者でありながら、結局は被支配民族に飲み込まれ、各地のモンゴル人はモンゴル系中国人やモンゴル系ロシア人やモンゴル系イスラム人になってしまい、分裂を招いたのではないかと。
 まあ。ねたとしてはいろいろありそうですが、いざ始めるとなると大変でしょうね。

SFは絵、ホラーは文体

かやのふ >  このインタビューの前に『海を見る人』を読み直してみました。以前読んだときには気がつかなかったのですが、短編の間に幕間が入って、全体として大きな話になっているように見えるという構成ですね。これは、ジェイムズ・ティプトリー・ジュニアの『たったひとつの冴えたやりかた』と同じという気がするのですが、意識していましたか?小林さんは彼女の作品とか好きそうな気がするので。
小林 >  ティプトリーは意識してなかったと思います。(笑)
 早川書房のS澤編集長から「雑誌掲載時とは違った仕掛けが欲しい」という依頼があったので、全体を包む枠としての物語を考えました。
 実は短編の順番も枠物語の流れで決まっているところがあります。
かやのふ >  以前直接お会いした時、『SFは絵だよね』という野田元帥の名言に関連して、『ホラーは文体だ』と小林さんが言っていた記憶があります。
 作品の中でホラーに分類されるものは、淡々とした語り口が多いと思いますが、文体について何か気をつけていることはありますか?
 なお、SFに分類されるものは、まさに『絵』が浮かぶもの(「海を見る人」や「時計の中のレンズ」など)も多いと思います。
#[家に棲むもの」はホラーでしたが『絵』が浮かびましたけど(笑)
小林 >  「ホラーは文体だ」というのは全く同じ状況であっても、それをどんな文体で書くかによって、ホラーになるかどうかが決まるということなのです。
 たとえば、

 木の陰から、突然蜥蜴のような怪物が現れた。

 という状況をホラーの文体で書くと、

 じめじめと朽ちかけた木の陰から、突然生臭い塊が現れた。全身を覆った鱗の一部は剥がれ落ち、そこから赤黒い膿が噴出している。口を開くと、変形した巨大な牙の間から、口内の腐肉に寄生している蛆虫が溢れ出す。その声は断末魔の人間の声のように聞こえた。……

 などと延々描写を重ねる訳です。この辺りの描写はホラー以外では、普通省略してしまいます。
 SFの場合も緻密な描写を重ねますが、これは扱う対象に一般性がないことが主な理由です。

 中年のサラリーマンが近づいてきた。

 という描写と同じように、

 フンデルビロン期に入りつつあるペグ星人のブフーネンが近づいてきた。

 とさらっと書いてしまっても、意味不明です。自然と描写が緻密になっていくことになります。
 逆に言うと、イメージさえ、しっかりしていれば、描写に文章を割く必要はなくなります。だから、SFにおけるイラストは極めて重要な要素なのです。
 「SFは絵だ」というのは、こういったことを一言で言い切った名言だと思います。

 僕はホラーを書く場合もSFを書く場合も基本は同じで頭の中のイメージをどうやって言語化するかということが課題になっています。
 それで、「たぶんここは淡白な描写でも、読者に伝わるだろう」と思うところは薄めにして、「ここはこってり書かないと、イメージわかないな」と思うところは濃いめにします。
 「森の中の少女」のように意図的に薄めにしている場合もありますが。
かやのふ >  なるほど、あの言葉にはそういう意味があったんですね。そういえば、誰の言葉か忘れましたが、「ホラーとは修飾語の極致である」というのも聞いたことがあります。ある作家は『木の陰から、突然蜥蜴のような怪物が現れた。』という元の文に対して、小林さんのように数行ですまずに数ページに渡ってしまうとか。
#ホラーも書く作家ですが、その修飾語が長い作品はファンタジーだそうですけど。
雀部 >  具体的でよくわかりました〜。
 かやのふさんのおっしゃったように、「森の中の少女」を読んだとき、私もちょっとジェイムズ・ティプトリー・ジュニアを連想しました。具体的には「愛はさだめ、さだめは死」なんですが。小林先生は、ホラーを書かれる時もかなり理知的な描き方をされることがあるので、最高に理知的なSF作家と称されることもあるティプトリー女史と共通項はあるのではないでしょうか。
小林 >  理知的というのは、初めて聞く誉め言葉です。(笑)
 響きがいいので、これから積極的に使うことにします。「理知的ハードSFホラー童話」とか。
雀部 >  意味不明になりませんか(笑)

元ネタはおありでしょうか?

ケダ >  「森の中の少女」は小説新潮が初出(『家に棲むもの』角川ホラー文庫所収)でしたが、読後感がエロチックホラーの外国の童話という感じで、掲載誌との違和感はなくて、むしろ小林さんのねちっこく畳み掛けてくる――というよりなにかがにちゃにちゃと這い迫ってくるような描写の多用された作品とは違っていて新鮮でした。
 最近、小説すばるでもSF短編を発表なさっていますね。SFマガジンとはやはり読者層が違うと思うのですが、SF専門じゃない雑誌に書くSFだからといって、特に違うことをしようとか、意識していらっしゃることはありますか? それとも、面白い話を思いついたら、それを書くだけ、という感じでしょうか?
小林 >  最初はSF的なアイデアを使う場合でも、できるだけ日常から入ろうとか考えていましたが、最近はあまり気にしなくなりました。
 SFの「拡散と浸透」が進んだおかげで、トレンディドラマの主人公が宇宙飛行士やら、ゾンビやらになっても違和感のない状況ですから、一般小説誌で未来世界や宇宙を舞台にしても、OKなのではないでしょうか?
ケダ >  「予め決定されている明日」(<小説すばる> 平成十三年八月号)でしたっけ、ソロバン星人がえんえん検算する話(違ってたかも……)がいきなり小説すばるに載ったときは、たしかにSF小説とサイファイ小説の競演号ではあったんですが、それだけで笑ってしまった記憶が……(すみません)。
 あと、小林さんのホラー小説は、特定の登場人物に対する責め方というか苛め方が徹底していますよね。「怖いもの」を描くというより、そいつがどれほど「怖い思いをさせるか」の例をコンコンと諭してくださるというか……。小林さんご自身は、何が怖いですか?
小林 >  怖いものは山ほどあるのですが、一口に言うなら、「予測不能性」ということになります。どんなに幸せな状況にあったとしても、数分後には何かの災厄が降りかかってきて、それが壊されてしまうかもしれない。文学的に言うなら「漠然とした不安」ということになるのかもしれませんが、僕はあえて「予測不能性」という言葉を使いたいと思います。どんなに科学が進歩しても、本質的に未来の予測は不可能であることを、量子論とカオス理論が証明してしまった。そして、最後の理性の砦であるべき数学さえも、不完全性定理により、それ自身真偽の判断が不能になってしまった。この事実がとても恐ろしく思われるのです。
ケダ >  へえ! じゃあ、もしかしてスポーツなんかが怖かったりなさるのかしら……?
小林 >  スポーツは苦手ですが、怖いことはないです。あっ。格闘技の試合に出ろ、とか言われたら怖いと思いますが、そういうことではないですね。(笑)
雀部 >  さきほど「時計の中のレンズ」の世界が『リングワールド』が母体になっているというお話だったんですが、「天獄と地国」も下敷きとされたSFがおありですか?
小林 >  自分流のリングワールドの設定を作家になる何年も前から暖めていまして、「天獄と地国」はその裏設定を使ったものです。本筋は内側の物語なのですが、外側でも頑張っているやつらがいたという話だったのです。
雀部 >  そうか、裏設定なんですか。そう言われれば(今頃気が付くヤツ^^;)
 「キャッシュ」の世界で、コンピュータの処理能力がボトルネックになっているという話が出てきますよね。で、冷凍睡眠状態の人間が見る夢であまり演算能力を喰わずに、実世界と感じさせるのにこんなのはどうでしょうか?例えば、当該スリーパーが阪神ファンだとすると、お風呂に浸かりながら、ラジオから聞こえてくる野球放送を聞いている状況なんかは、何度くり返しても快感だったりしますし、風呂という限定空間だけ処理すれば良いので、有利だと思いますが(笑)
小林 >  それでは、小説にならないので駄目です。(笑)
 まあ、あの作品の設定だと、冬眠から覚めた時、頭の中が阪神のことだけになってしまうので、使い物にならなくなってしまうことになりそうですが。
雀部 >  本人はそれでも幸福だったりして(笑)
 ご自身のホームページである<不確定領域>で、恋愛作家とかかれているので、ふ〜んとか思っていたのですが、「門」ってハードSFの衣は被ってますが、まんま「たんぽぽ娘」なんですよね。これを読んで、はたと恋愛小説家と書かれていたことに思い当たりました(笑)
小林 >  僕の作品はかなりの割合で恋愛小説なのです。信じられないかもしれませんが、本当なのだから仕方がありません。『玩具修理者』も大部分は恋愛小説である「酔歩する男」が占めていますし、『海を見る人』も7作中、表題作を含む6作が恋愛小説です。『家に棲むもの』でも、7作中、3.5作ぐらいは恋愛小説です。
雀部 >  読み返しました。ほんとだ(吃驚)どうも、ハードSF的設定のほうに目がいってしまって本質を見逃していたのかも知れません(恥っ^^;)
 では、ラグランジュ点における物体の振る舞いを書かれた「母と子と渦を旋る冒険」は、元ネタがおありでしょうか?
小林 >  あれは野尻さんの掲示板でのやり取りが発端なのです。ラグランジュポイントの話題で盛り上がって、それならラグランジュシミュレータを作りましょう、と宇宙機開発者の野田篤司さんがささっとシミュレータを作られたんです。
 で、それを動かしてみると、想像もしなかった奇妙な動きがどんどん見付かったので、この感動を伝えない手はないだろうと考えたのです。
 ラグランジュポイントと言えば、普通の人は宇宙のサルガッソーのような状態だと考えがちですが、実際には近傍の物体はほぼ同期して動いているので、結構静かな状態なのです。
 地球―月系のL4、L5ではほんの秒速二十〜三十メートル程度の速度変化があれば脱出可能なので、大気を保持できる程度の充分な閉じ込めが期待できる系として、ブラックホール―中性子系を選びました。
 ストーリーは、ラグランジュポイントに相応しい感じのものを考えてみました。
雀部 >  「海を見る人」は、ネイサンとかヤングあたりも入っているような気がしたんですが、プリーストの『逆転世界』は入ってますか? 事象の地平線に囚われた恋人というと、『ゲイトウエイ』へのオマージュという気もするんですが。
小林 >  『逆転世界』は書いた後で、共通点が指摘されたので、読んでみました。『ゲイトウエイ』はすでに読んでいたような気がしますが、たぶん影響はないでしょう。ネイサン、ヤングの該当作品はおそらく読んでないのではないかと思います。
 「海を見る人」はまずイメージありきでした。美少女が空いっぱいに広がっているイメージを思いついたので、そのような情景が出てくるのに、無理のないストーリーにしたのです。
雀部 >  美少女が空一杯に広がっているイメージが最初かぁ。小林先生って、きっとロマンチストなんでしょうね。

今は日本SFの黄金時代

ケダ >  (今は早川書房のいち押し!! というところに、ジュンク堂書店連続トークセッション第二弾と二〇〇三年十月のPART III情報が載っています)
 早川書房がJコレクションのトークセッションをなぜか大阪で三回開催するようで、小林さんと林譲治さんの対談が十月に予定されていますね。林さんとの対談はこれまでにもなさったことはおありでしたか?
小林 >  他の方々も含めて、パネルディスカッションをしたことはありますが、一対一の対談は初めてです。
ケダ >  もうどんな話をするか考えていらっしゃるのでしょうか?
小林 >  成り行きに任せる予定です。
 二人とも興味の範囲が広いので、収拾がつかなくなるかもしれませんね。(笑)
ケダ >  わあ、おもしろそう……。
 国産SF専門のレーベルはJコレクションが出るまで文庫中心だったんでしたっけ? Jコレクションができたことについて、なにか感慨のようなものはおありですか?
小林 >  「SFは売れない」という濡れ衣を晴らすことができた功績は大きいと思います。本当は「SFも他のジャンルと同じく売れない」だったわけです。
 これからは「SFは売れる」という状態に持っていきたいですね。
雀部 >  ということは、それなりに売れ行きは良いんですねヽ(^o^)丿
 未来が明るくなってきたなぁ(笑)
ケダ >  おおっ! 「SFは売れる」という状態に持っていくための小林さんの秘策、もしもうなにかプランがあれば、よろしければこっそり一つぐらい教えてください。
小林 >  作家のラインナップから言うと、今は日本SFの黄金時代だと言っても過言ではないと思います。ただ、気付いている読者がまだ少ないだけです。たぶんほっておいても、あと何年かすれば、SFは売れ始めるでしょう。あと、敢えて出版社にお願いするなら、「SFはSFとして隠さずに売ってください」ということになるでしょうか。
かやのふ >  今回はいろいろとていねいに答えていただいてありがとうございました。作品についてつっこんだ話が聞けてとても楽しかったです。次回作を楽しみにしています。これからもがんばってくださいね。
ケダ >  次はどこでどんな手を繰り出していらっしゃるのか、楽しみにしています。今日はアホな質問にも丁寧にお答えくださって、本当にありがとうございました。
雀部 >  最後に、いまご執筆中の作品がありましたら、お聞かせ下さい。
小林 >  まず、九月にハヤカワ文庫のJAから書き下ろしを含む短編集が出る予定です。
 長編については、来年の前半に出せるよう、現在執筆中です。
 それまでに何本か短編も発表する予定ですが、はっきりしたら僕のサイトでアナウンスいたします。
雀部 >  それは、今から待ち遠しいです。
 今回はお忙しいところ、詳しいご回答ありがとうござました。
 今後も、ホラーにミステリに、そして何よりSFにとご活躍をお祈りいたします。


[小林泰三]
'62年、京都府生まれ。研究者として企業に勤務しながら小説を執筆。'95年『玩具修理者』で日本ホラー小説大賞短篇賞受賞。他に『肉食屋敷』『ゆがんだ闇』『人獣細工』等
'98年「海を見る人」でSFマガジン読者賞受賞。
[雀部]
ファンタジーも読むハードSF研所員。
『小松左京マガジン 11』所載「小松左京自作を語る」にインタビュアーとして登場してます。書店で眼にされたら、パラパラ見て下さいませ。
[かやのふ]
小林さんのMLと掲示板の管理者。他にクトゥルーMLも主催。
小林泰三ファンページはこちら:http://www.246.ne.jp/‾kayano/hamozaku/
[ケダ]
まんがカルテットのファンページ管理人。そんなグループ、正式には存在していないのですが……。

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