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Author Interview

インタビューア:[雀部]

『火星ダーク・バラード』
> 上田早夕里著/田中達之画
> ISBN 4-7584-1021-6
> 角川春樹事務所
> 1800円
> 2003.12.8発行
第四回小松左京賞受賞作品
粗筋:
 火星の治安管理局の第二課第三班に所属する水島烈は、相棒である女性局員神月璃奈とともに、女性を殺すことに快感を覚える連続殺人犯ジョエルを追いつめ、身柄を確保した。ジョエルを護送するために、璃奈と列車に同乗した水島は、突然列車が揺さぶられ明かりが消えると同時に、巨大な恐竜に襲われ、水島は携帯するFV弾を発射する拳銃で応戦するも怪物は倒れず、意識を失なってしまう。無傷で目を覚ました水島は、FV弾で撃たれて死んでいた璃奈の殺人容疑がかけられてしまう。
 ジョエルの捜査から外されてしまったにも関わらず独自で調査に乗り出した水島だが、数々の妨害がありさらには生命までも脅かされることになった。しかし真相を探り続ける水島の前に一人の美しい少女が現れる。その少女アデリーンは、“超共感性”と呼ばれる特殊な能力を持つように遺伝子デザインされて生みだされた新しい人類だった。

おめでとうございます〜!!

雀部 >  さて、今回は「アニマ・ソラリス」にも縁の深い女性作家上田早夕里さんをお迎えして『火星ダーク・バラード』の著者インタビューです。
 上田さん、第4回小松左京賞受賞おめでとうございます。
アニマソラリス
関係者一同
>  おめでとうございます〜!!
高本 >  この度はおめでとうございます。かつて御作と並べてアニマソラリスに作品を掲載していただいた者としてほんとうに誇りに思います。たぶん今となってはご自身もそんな"下積み時代"(^^;が懐かしいのではないかな?

 同人誌『ソリトン』からご一緒していた自分にとって励みを与えてくれる大切な"仲間"をひとり失ってしまいましたが、SFファンとしては才能にあふれた新進気鋭の作家をひとり獲得することができたわけで、今回の受賞の快挙をこの上なく喜ばしく感じています。

 これからのより一層のご活躍を心から祈っております。
上田 >  ありがとうございます。「アニマ・ソラリス」にはデビュー前からお世話になってきたので、今回のことは、故郷へ錦を飾れたような気分で、とても嬉しいです。
雀部 >  デビュー前の上田さんが、書いて下さっていたというのは、アニマソラリスにとって勲章みたいなものですよ。
 さて、「小松左京マガジン」の第12巻で、小松左京先生のインタビューを受けられていますが、小松左京先生と言えば、SF界の重鎮ですが緊張されました?(笑)
上田 >  しましたね。私の世代だと小松左京先生というのは文字通り「SFの神様」なわけで、本来、テレビや本の中にしか存在しない方なのです。私は、ファンダムとは無縁でしたので、本物の小松先生にお会いする機会など皆無でしたし、そもそも、そんな機会ができるとは想像したこともなかった。ですから、対談当日は、もう心臓バクバク状態で。始まってからも、随分、支離滅裂なことを言ってしまいました。後日、対談のゲラを見せられた時には、大量に冷や汗が流れました。自分は小松先生の前で、こんなに、論旨むちゃくちゃな喋り方をしていたのかと……(笑)
雀部 >  わはは。そうですか、緊張しまくりだったんでしょうね。それにしては、堂々たるインタビューの受け答えになっていますが。私も、11巻の小松左京マガジンでインタビューさせて頂いたんですが、こちらがする側だったので、割と落ち着いて出来ました…と思う(笑) 小松左京先生はお優しいし、こちらの緊張ほぐすようにして下さるしね。
 二回目の応募で、見事受賞の栄誉に輝いたわけなんですが、この小松左京賞にこだわられた理由とかはありますでしょうか?小松左京先生のファンだということはおいといて。
上田 >  作家志望の人間にとって、自分がどのジャンルでデビューするかを決めるのは、非常に大切なことです。日本の文芸界全体のことを考えると、SF界からデビューするというのは、ある意味、とても覚悟がいることでもあります。ただ、今は大変な出版不況で、新人賞をとってデビューしても、その後、ものすごく苦労しなければならないのはどのジャンルでも同じで、だったら、自分の好きなジャンルで苦労したいと思いました。
雀部 >  良く分かりすぎて、なんか切ないです〜(泣)
上田 >  数少ないSF系の賞の中から小松左京賞に絞ったのは、過去の受賞作や、それに関わってデビューされた方の作品を、素直に「面白い」と感じたから。この賞なら、自分のやりたいことを理解してもらえると思いました。ただ、デビュー前の私の作品を知っている人達からは、「なぜ、小松左京賞なのか」ということを、何度も訊ねられました。ファンタジーからSFへの方向転換というのが意外だったみたいで……これについては、一言で答えられる話ではないので、もし作家として大成することができたら、過去の秘話として、どこかで語ろうとは思っているのですが――。
雀部 >  そうでしょうねぇ、私も不思議に思ったくちですから(笑) でも、この『火星ダーク・バラード』を読んで、そんな思いは吹き飛んでしまいました。
 上田さんはこの本でプロデビューということになるんですが、その前にasahi-netの「パスカル短篇文学新人賞」や堀晃先生主催の「ソリトン」などでも書かれていますし、「アニマ・ソラリス」にも寄稿していただいておりますよね。『火星ダーク・バラード』は堂々たる長編なのですが、書かれるときにそれまでと違いがおありでしたでしょうか?
上田 >  長いものを書きたいという意志は、ずっと持っていました。実際、400〜500枚程度のものなら、書いて応募もしていたのですが、不幸にして、どれも落選していただけで。

海外の小説や、演劇からの影響

雀部 >  ありゃ。それは存じませんで(爆)
 小松先生のインタビューによると、SFへの扉を開かれたのは手塚治虫先生で、筒井康隆先生とかかんべむさしさんや梶尾真治先生が大好きだそうですが、海外でお好きな作家はいらっしゃいますか、小説家に限らず。
上田 >  海外SFに関しては、特定の作家を熱狂的に好きになるということはなくて、「海外SF」というジャンル全体に対して、好感を持っているような部分があります。デビュー前は、クラークの古典的な作品やブラッドベリの幻想小説から始まって、ギブソンのサイバー・パンク、ティプトリーJr.や、ソウヤー、イーガンなど、節操なしに、いろんなものを読んでいました。私は、海外の活字SFを読み始めたのが年齢的に遅く(社会人になってからなのです)、ある程度出揃ったところで、書かれた年代とは無関係に、一気にまとめ読みし始めたのが、作家個人ではなくジャンル全体として好きになった理由かもしれません。海外SFから学んだのは、発想の壮大さや、人間を徹底的に突き放して観察するクールな視点でしょうか。逆に国内SFからは、深い情緒の描写や、未来や人間に対する希望や情熱、大らかな部分を学んだように思います。
雀部 >  なるほど。確かに挙げられているのは、ブラッドベリ以外は、理知的なタイプの小説を書かれる作家ですね。
 SF以外の作家だといかがでしょうか。
上田 >  主流文学では、人間の、どうしようもない業のような部分を、赤裸々に緻密に描き出すタイプの作品が好きなので、古典文学の作家に例えるなら、ドストエフスキーやバルザックのような傾向を持つ作家に惹かれます。やたらと登場人物が多いのに、そのひとりひとりが、生々しく、「小説として魅力的に」描かれているような作品を書く方ですね。緻密な心理描写と、意地悪な視点が特徴的な、パトリシア・ハイスミスも好きです。それから、ノワール小説の帝王、ジェイムズ・エルロイ。90年代にエルロイの作品と出会わなかったら、今の自分はなかったと思います。『ホワイト・ジャズ』までの諸作品を通して、直接的な作風ではなく、精神的な意味での影響を、良くも悪くも強烈に受けました。
雀部 >  私は詳しくはないんですが、パトリシア・ハイスミスなんかはちょっと意外ですね。
 上田さんの作風からだと、根っこの所には人間に対する優しさというか信頼感を感じましたから。
上田 >  いやいや、私は結構、人間に絶望しているほうなので。
 あとは、小松先生との対談でも少し触れたのですが、演劇からの影響。若い頃は、今ほど小説に興味がなくて、むしろ演劇のほうに関心がありました。戯曲を読んで、舞台劇を観て、ドイツ・オペラやA・L・ウェーバーや、夢の遊眠社にうつつをぬかすという毎日を……(笑)
雀部 >  高校の頃には、演劇部に入られていたとか。あるシーンを切り取ってみると、演劇的な構成というか舞台を見ているような感覚もあったのですが、舞台を意識して書かれたようなところがおありですか?
上田 >  演劇から受けた一番の影響は、「物語の構成方法」ではなく、「言語の美しさ」でした。舞台で使う言葉は、声に出して喋ることが大前提になっているので、耳で聴いた時に意味が掴みにくい表現ではいけないし、音の響きや文章のリズムが大切になります。演劇にもいろいろあるのですが、私が好きになったのは、聴覚の特性を生かして、言語に音楽のような美しさを持たせた作品でした。それを小説というジャンルに応用した時、「文体の美しさ」へ繋がってゆくことに気づきました。ですから、たとえば「三一致の法則」を使うなど、演劇の様式をそのまま持ち込んだ書き方をするという意味ではなく、純粋に、言語の部分で影響を受けた。言語の連なりが作り出す美しさと、その効果を耳から教えてくれたのが、私にとっては、演劇というジャンルだったのです。
 あと、登場人物の作り方や、役柄への感情移入の方法なども、演劇からヒントを得た部分が大きいと思います。

こういうハードボイルドな男がとても愛しいのですよ

雀部 >  そういう影響があるんですか。まあ、上田さんの文章の上手さには昔から感心してたんですが。声に出して読むかぁ、最近ないなあ……

 さて、本題に入ります(爆)
 冒頭で、火星の現在の状況を説明する箇所があって、私はニヤニヤしながら読んだんですが、だいぶ資料を調べられたんでしょう? ブルーバックスとか裳華房の本を良く読まれているそうなのですが、特に役立った本というと何でしょう。やはり金子隆一先生の著作あたりでしょうか(裳華房の『軌道エレベータ』とか八幡書店の『新世紀未来科学』やNTT出版の『テラフォーミング』)
 日本の女性作家で、こういう風に正面から軌道エレベータを取り上げる方が現れたということで感激もひとしおでした。
上田 >  雀部さんが挙げておられる三冊は、全て参考にさせて頂きました。というか、SFファンには、最初から全部バレバレだったと思いますが(笑)

 この中で最もインスピレーションを受けたのは、『新世紀未来科学』に載っている、マリネリス峡谷のイラストです。つまり、普通のテラフォーミングでは火星の表面上に海ができますから、低地や峡谷は水没してしまう。ところが、これらの資料に載っている方法でパラテラフォーミングすると、マリネリス峡谷が海にならない。地形をそのまま生かして住みつくという発想が、すごく現実的というか、省力的というか、いいなぁと感動して、そこから作品のイメージが立ち上がってゆきました。

 私は、読者に驚いてもらえるほど調べているほうではないと思います。難しい計算などもしませんし。資料の咀嚼方法に関しては、ハード系SF作家の情報処理能力が、ものすごく羨ましいんです。計算しないと絶対にわからないことって、たくさんあるはずなんです。私は、そのあたりが空白状態なので。
雀部 >  で、この説明の部分が手際よくまとまっているのでまた感心しました。科学が苦手な女性作家だと、調べたことを消化しきれないまま全部だしちゃう人が多いんで、鬱陶しいことがあるんですよ。あ、女性SF作家のことではないですよ(爆)
 小松左京先生のインタビューで、岩波の「科学」を定期購読してらっしゃると知り納得しました。
上田 >  いや、岩波の「科学」は読んでいるだけで、完全には理解していませんから(笑)
 科学は好きだけど、得意ではない。高校時代に、それをもう、嫌というほど思い知らされたわけで……。
雀部 >  そりゃ「科学」を読んで全て理解できるには小松左京先生クラスにならないと(爆)
 主人公の一人、自分でもわかっていながら一人で突っ走ってしまうPDの水島捜査官のキャラも魅力的なのですが、上田さんのタイプなんでしょうか。
上田 >  そうですね。私は、こういうハードボイルドな男(外面は怖そうだけど、内面に繊細な部分を隠し持った人物)が、とても愛しいのですよ。職場の同僚でいたら、ハタ迷惑なだけかもしれませんが。
雀部 >  ハタ迷惑でしょうね。映画の主人公には良くいそうだけど(笑)
上田 >  水島というのは、欠点だらけで、いびつな人間なのです。正義とは無縁の人ですし、理想の社会を作るために働いているわけでもない。自分で決めた掟に従って生きているだけの意固地な人間です。情の深い人ではあるんですけどね。それがたまたま、広く他者の存在を受容するものであり、アデリーンの魂にとっては救いだったということですね。
雀部 >  そうか自分の定めた掟を頑なに守っている旧いタイプなんですね。造り上げた設定の中で整合性を保たなくてはいけないSFと似ているので、共感をよぶのか(笑)
 男としては、水島の相棒のなにげに頼りがいのある神月璃奈捜査官にもとても引かれました。SFファンはこういう強くて綺麗なヒロインは文句無く好きになってしまうものなんですが、これはご主人の理想のタイプということはありますか?
上田 >  執筆前に夫に内容を相談することはないので、作中の人物描写に、事前に、夫の好みが反映されることは全くありません。しかし、読後に感想を聞いたところ、夫が一番気に入った女性登場人物は、璃奈だったのだそうです。ストライクゾーン、直撃だったとか。おかげで彼女の扱いに関しては、随分、文句を言われました(笑)
雀部 >  やはり。私も、どうしてこんな扱いを受けるんだ〜と思いましたもの。
 額から上がほとんど吹き飛んだと書いてあったから「ということは顔も判別不能に違いないから、きっと別人の死体だ。後からまた登場するんでないの」と思いこもうとしました(爆)
上田 >  それをねぇ、男性読者に会うたびに言われるんですよ。でも、女性読者は言いませんね。「確実に殺すなら、やっぱり頭撃たなくっちゃねぇ」とか言う(笑) 登場人物への共感度も、アデリーンよりも、シャーミアンやジャネットのほうが高くて、やはり、男性読者とは全く感じ方が違うようです。

いきいきとした心理描写も話題になってますよね

雀部 >  むぅ、現実主義の女性読者(爆)
 それと、女性を殺すのに快感を覚えるというジョエルという男もちょっと気になる存在で、どうしてそういう変質者になったのか興味があったのですが……
 このジョエルの扱いが、書いてらっしゃるうちに、最初の構想とは変わってきたということはないでしょうか。
上田 >  それはないですね。ジョエルに関しては、緻密に書いてゆくと、この作品とは別に彼が主人公の長編が一本できてしまうので、物語をそちらに引きずられないうちに、早々と、フェイドアウトさせてしまったのですが……。

 彼に関しては語りたいこと――というか、語るべきことがたくさんあるのですが、それはこの作品のテーマとは直接関係のない話ですし、いくら力を入れて描いてもSFにはならないのが悩ましいところです。SFから離れて、ノワール小説として書くことはできると思いますが、書いても、あまり売れないでしょうね。
 少しだけ触れておくと、彼は、過去に何か不幸な出来事があって、ああなった人ではありません。精神の病気でもない。自己の魂の中から湧き出てくるものに忠実であろうとした結果、どうしても、人を殺さずにはいられなくなったという人間なのです。
雀部 >  語るべきことがたくさんありながら、本筋から外れるのでその一部しか語られていない。それがまた人物造形に深みを与えているんですね、う〜む。
 それで思い出しましたが、この『火星ダーク・バラード』に関しては、小松左京先生が「主人公の少女の内面性、実存性がしっかりと描写されており、SFによる文学的テーマの追求の可能性をあらためて考えさせてくれる作品であった」という絶賛をはじめ、いきいきとした心理描写も話題になってますよね。でも、私は敢えてそんなにしっかりとは描写されてはいないと断言しちゃいましょう(爆)

 というのは、こういう心理描写というのは諸刃の剣だと思うんですよ。例えばハードSF作家のグレゴリイ・ベンフォード氏は、フォークナーに傾倒しているので有名ですが、フォークナー氏の作品に見られるような、意識の流れを綿密に書き連ねていくことがエンターテイメント系の小説に必要とは思いませんし、むしろ邪魔になるだけだと思います。『火星ダーク・バラード』に関していうと、この適度に抑えた心理描写とエンタテイメント性のバランスが絶妙なんで、私はそのバランス感覚こそが上田さんの持ち味だと思います。ここらは意識して書かれているんですか?
上田 >  意識してバランスを取っているという感覚は全くありません。私はただ単に、シンプルで客観的な文体が好きなだけで、その手法に忠実に書いていたら、たまたま、こういう形に落ち着いたんでしょうね。

 心理描写をしっかりと「している」とか「していない」というのは、どこかに絶対的な比較基準があるわけではないので、していると思っている人はそう思って頂いてよいのだし、していないと思っている人にはそう思って頂いて構いません。ひとつのエピソード、ひとつの言葉であっても、読み手の性別や年齢や立場によって、受け止め方や解釈の仕方には大きな相違が生じます。作者が書いたつもりでも伝わらないことはたくさんありますし、逆に、こちらが書いた以上のことを読み取る読者もいる。ですから、書き手にできることは、登場人物の心理の筋道を通しておくことぐらいではないでしょうか。
雀部 >  悪役が魅力的な小説は面白いとの言葉どおり、この本でもアデリーンの父親であるグレアムの悪役ぶりが素敵ですね(笑) 確固たる信念を持っていて、何が起こっても全然めげない。なんせ人類の行く末を見据えて行動しているのですから。SFだと書きようによってはヒーロー役にもなれますよね。
上田 >  グレアムは物語の展開上「悪役」になっているだけで、悪人ではありませんからね。むしろ、正義と信念の人でしょう。たとえば全く同じストーリー展開で、彼をヒーローとして描き、物語を展開させることは充分に可能なわけです。その場合、水島の役どころは、グレアムの計画に横槍を入れて娘をたぶらかす悪徳警官(笑)になるわけで、それはそれで、たいそう魅力的な話になるだろうと思います。
雀部 >  そっちのほうが、コアSFらしいかも。読みたいぞ(爆)
上田 >  そりゃ、コアなSFファンは、そっちのほうがいいでしょうけど、一般の読者は違うから……(笑)
 こちらのアイデアだと、シリアス系ではなくて、ちょっとドタバタの入った喜劇系の作品になりそうな気がしますが。
雀部 >  いや、ぜひシリアス系で願いします(笑)
 上田さんも、ひょっとしてマッドサイエンチストに憧れがあるとかはあります?
上田 >  マッドサイエンティストになりたいという願望はないのですが、「マッドサイエンティストの助手になりたい」という願望ならあります。あの、ほら、SF系のドタバタ漫画に出てくる、マッドサイエンティストにこき使われている「助手」というのがいるでしょう。マッドな博士に「○○君、あれを持ってきたまえ」と言われて全然別のものを持っていって、「馬鹿っ!それじゃない! 何度言ったらわかるんだ!」って怒鳴られている役柄の人。で、時々、新しい実験のテストに使われたりもする(笑) そういう存在に、ちょっと、エロティシズムにも似た憧憬を覚えるんです。

SFは未来に対する人間の思考力を鍛えてくれる文化のひとつ

雀部 >  古典的な、魔法使いとその弟子のパターンですな。アスプリンの<マジカル・ランド>が近いかも。
 元に戻しますが、新しい人間を遺伝子操作で生み出すということは良い悪いは別としても、これからもSFが提起して行くべきテーマだと思いますが、上田さんは、そういう、SFが社会に対して果たすべき役割に関してはどう思われますか。
上田 >  SFの一番面白いところは、現実にはまだ起きていない、未来のことを空想して作品にできることですよね。空想だから、どんな未来を思い描いてもいい。それはつまり、人類の選択肢を、可能な限り押し広げようとする行為そのものではないかと思うのです。

 無数に選択肢を作り出すわけですから、その中には、実現しない未来や発想も含まれる。何年かたったら、ただの夢物語だったと笑われる事柄もあるかもしれない。けれども、その選択肢を作り出してゆく過程こそが、人類が、自分達の手で未来を作り上げてゆく行為そのものだと思うのです。具体的なモノ作りをすることだけが、未来を作ることではないでしょう。SFというのは、未来に対する人間の思考力を鍛えてくれる文化のひとつであり、文化であるということは、つまり、洗練された「遊び」でもあると思うのです。
雀部 >  うう〜ん、SFファンの自尊心をくすぐるいい言葉ですねぇ。
 実は、上田さんがSFファンというかSFのことを良く分かってるなあというところが他にもあるんですが(まあ、SFのことを良く分かっていても売り上げには結びつかない可能性が大なのが悩ましいですが^^;)
 それは、例の“フォボスを避けるために軌道エレベータを振動させる”ところではなくて、アデリーンが精神共振をおこし、列車のエネルギーを集積させて爆発・放散させるという箇所なんです。「おお、超能力だけどエネルギー保存の法則が生きている」とうれしくなっちゃいました。たぶん、ここは意識されてないと思いますが?
上田 >  いや、あれは意識的にやっています。読者として、他の作家さんの超能力モノを読んでいる時には、ほとんど気にならないのですが、自分が書き手に回ると、こういう部分が、なぜか、妙に気になってしまうのですよ。
雀部 >  やはり(ニヤリ)
 テレパシーなんかは別として、人間の出すエネルギーだけでは大したことは出来ないはずですからね。
 生物学がお好きだったということで、それが遺伝子操作の描き方にも現れていると思ったのですが、この火星の微生物の遺伝子を人間のそれに組み込むというアイデアはどこから思いつかれたのでしょう。というのは、この中では火星の微生物もDNAを持っていたという設定ですよね。で、このDNAはどこ由縁のものだろうと。地球の生命体とは別々に発生したのなら、DNAを持っている可能性は低いと思うのですが。
上田 >  私は、そのあたりのことは、適当で……。
 最初にまず、火星の生物と地球人のハイブリッドという発想――というかイメージが、突然、パーンと降ってくるわけです。何の脈絡もなしに。で、それが成立するにはどうすればいいのかということを、少しずつ、SF的に詰めてゆく。
雀部 >  上田さんはアイデアが降ってくるタイプの作家であられましたか。女性作家には多いみたいですね。最初に突拍子もない組み合わせがあって、それを可能にする展開を組み立てていくというのも、やはりSFの常套手段ですよね(笑)
上田 >  本当は、ベースになる資料があって、そこから順々に理論を積み上げてゆくやり方のほうが説得力があるんでしょうけど、私の場合、それだと「物語の力」をうまく引き出せないんです。多分、素質的に、そういう書き方が向かないんでしょうね。昨年の応募作を書いた時点で「ああ、こういう書き方は自分には向いていない」ときっぱりと諦めがついてしまって、今回からは、一切こだわらないことにしました。そうしたら、受賞してしまった(笑)

 で、遺伝子レヴェルでの混合ということを考えた時、お互いの性質が極端に違ってちゃまずいだろうと。異質な構成要素を持つものを結合させるための方法が、私程度のレヴェルでは、よくわからないんですよ。だから申し訳ないんですが、そこで強引に、組み込みの操作が可能な生命体という設定にしてしまう。作中では触れていませんが、過去のある一定期間内、何らかの方法によって、太陽系全体にばらまかれていた同一起源の「生命の種のようなもの」があって、それが、火星と地球で、それぞれに独自の発達を遂げたのではないか、と。それが、エウロパの海に棲む生物も作り出している、と……。
雀部 >  アミノ酸(まあ、タンパク質でも良いですが)彗星起源説とかを一席ぶって下されば、SFファンにとって、なにげに納得しやすくなるんですがぁ(笑)
上田 >  今回は、そこまで手が回りませんでした。これからは気をつけておきます(笑)

幅広い読者層に向けての作品づくりを目指したい

雀部 >  鬱陶しくならない程度にお願いしま〜す(笑)
 さて、「小松左京マガジン」の第13巻に、受賞後第一作を書かれたそうなのですが、どういった作品なんでしょうか。
上田 >  レジャー・ダイバーが主人公の短編小説(40枚)を書かせて頂きました。いわゆる海洋SFではないのですが、受賞後第一作は、海洋モノと決めていましたので。受賞作とは全く雰囲気の違う、しみじみとした静かな作品です。
雀部 >  海洋ものですか。ぜひ読ませていただきます。何げに、宇宙空間と海中は共通項が多いですから、全然雰囲気が異なるということはないかと。あ、アクションとか展開が派手であるとか、そういった方面の雰囲気か(汗)
 『火星ダーク・バラード』は、水島が璃奈殺しの謎を解くミステリ仕立てでもあるのですが、上田さんはミステリやホラーは書かれる予定はないのでしょうか。
上田 >  書く機会に恵まれるのなら、いくらでも。どうしてもSFでなければ書けないテーマやモチーフがあるように、SF以外のジャンルでなければ書きにくいという作品があります。ですから、そういう部分は、他ジャンルでやらざるを得なくなるでしょうね。
雀部 >  SFに関しては「早川書房さん、よろしく〜!」と言っておきましょう(笑)
 さて、今後のご予定、もしくは執筆中の作品がございましたらお教え下さい。
 SFファンとしては、コアSFが書ける数少ない女性作家として期待度大なんですが!
上田 >  う〜ん、私はコアSFの人ではないので、コアSFは書けないような気がします。それよりも、普段SFを読まない人でもスッと内容に入ってこれるような、幅広い読者層に向けての作品づくりを目指したいと思います。『火星ダーク・バラード』も、その方向性に従って書いた作品です。ジャンルのファンだけのために書いた作品ではありません。これは、私がアマチュア時代から一貫して目指してきた創作態度ですので、これからも変わることはないと思います。
 今後の予定としては、現在、長編SFを執筆中です。順調に行けば、2004年度内に発刊になります。内容はまだ明かせませんが、火星よりも少し先の場所が舞台になります。ただ、宇宙SFではありません。あと、どうしても海洋SFをもう一度書きたい。海洋冒険小説ふうのSF作品を、新作書き下ろしの形で、数年以内に、何とかできればと考えています。
雀部 >  木星か土星の衛星あたりが舞台かな。ぜひ読ませて下さい。海洋冒険小説というと、前に「小松左京賞」に応募された作品と関連するのでしょうか。これも楽しみです。
上田 >  海洋SFの話をすると、昨年の応募作との関連を必ず訊ねられるのですが(笑)それとは全く関係のない作品です。過去の応募作が全く同じ形で世に出ることは、ほぼ100%「ない」と考えて下さったほうが良いと思います。これは、まるっきり新しい話にしてしまうほうが、小説として、ずっと面白くなるのがわかっているためです。
雀部 >  今回は受賞直後のお忙しいところインタビューに応じていただきありがとうございました。
上田 >  こちらこそ、ありがとうございました。デビューしたばかりの人間ですので、チャンスは可能な限り生かして、がんばりたいと思っています。今後とも、よろしくお願い致します。


[上田早夕里]
兵庫県生まれ。神戸海星女子学院卒。2003年本作品で第四回小松左京賞を受賞してデビュー。現在姫路市在住。
公式サイト:http://www.jali.or.jp/club/kanzaki/s/
[雀部]
ファンタジーも読むハードSF研所員。
『小松左京マガジン 11』所載「小松左京自作を語る」にインタビュアーとして登場してます。書店で眼にされたら、パラパラ見て下さいませ。

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