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Author Interview

インタビュアー:[雀部]&[伊藤]

『凹村戦争』
> 西島大介著・カバー
> ISBN 4-15-208556-8
> ハヤカワSFシリーズ Jコレクション
> 1365円
> 2004.3.31発行
粗筋:
 四方を高い山に囲まれ、ぽっかりと凹んだすりばちの底にある凹村。半月遅れで新聞が届き、ラジオは雑音しか拾わないし、隣村からケーブルを引いても、TVはNHKしか写さないような村。中学三年生で落ちこぼれの凹沢アルは、同級生たちと平淡な日常をぼやきあっていた。ある日アルが空を見上げていると、空から落ちてきたのは、巨大なXの形をした物体だった。

『SFが読みたい!2004年版』
> SFマガジン編集部編/西島大介カバー
> ISBN 4-15-208545-2
> 早川書房
> 735円
> 2004.2.15発行
「発表!ベストSF2003」
「格闘する少女と繊細な少年たち」秋山瑞人x冲方丁x小川一水 etc.

媒体や表現を切り替えていらっしゃる、という事ですね

雀部 >  今月の著者インタビューは、今春に『凹村戦争』を出された西島大介先生です。
 西島先生、よろしくお願いします。
西島 >  よろしくお願いします。
雀部 >  ハヤカワSFシリーズ Jコレクションとしては、初めてのマンガですし、著者インタビューとして初めて取り上げるマンガということで、マンガにも、もちろんSFにもその他アニメにもお詳しい伊藤さんにもインタビュアーとして参加して頂きました。
 伊藤さん、今回もよろしく(^o^)/
伊藤 >  雀部さんお久しぶりです。西島先生よろしくお願いしますっ!
雀部 >  西島先生の履歴はSFマガジン('04/5)掲載のインタビュー記事に詳しく載っているんですが、マンガ(コミック)作家の他にも、映像作家・コラムニストとしてのお顔をお持ちですが、マンガでしか表現出来ないものはあるとお思いでしょうか?
西島 >  間抜けな感じとか、過剰な説明を押し付けることとか、他ジャンルだとストレスを生むような表現に関して、マンガは得意だと思います。いわゆる“マンガみたいな世界”を描くのに、マンガが一番適しているんじゃないかと思います。いや、当たり前なんですけど…。
雀部 >  過剰な説明というと普通の小説なんかでも、調べたことを全部書いちゃっているんじゃないかという作家のかた、いらっしゃいますもんね(笑)
伊藤 >  西島先生の場合、表現したい内容に従って、文章/映像/漫画と媒体や表現を切り替えていらっしゃる、という事ですね。
 「当たり前」と一言で言うには、うらやましすぎる多才さです。いいなぁ。
西島 >  でも、意外と直結している部分もあって、例えば文章を書く際のウンチクを、マンガの登場人物の台詞に託して、効果が出る場合もあります。『凹村』の先生とアルの問答もそうですが、「SFが読みたい!2004年版」に書いた「セカイの中心で愛。」という批評っぽいマンガも、文章で書くよりもマンガのキャラに託したぶん、嫌味なく言いたいことが書けた気がします。あと、僕のマンガのコマ割りは、マンガの文法と映画の文法の折衷みたいなところがあります。例えば宮崎駿の「風の谷のナウシカ」は、マンガのコマ割りとしては高密度すぎるからストレスを生むけれど、極めて映像的ですよね。完璧なマンガ文法で書かれているものより、ああいう映像的なコマ割りが好きなんです。だから、ネームが下手だ・読みにくいと、言われるんですけど……。
雀部 >  そ、そうなのか。そういえばマンガの場面転換とは違うなぁと言う感じがしたような(爆) 確かに、マンガの登場人物に語らせるというのは、使える手ですね。そのキャラ設定でどうにでも出来ますもんね。
伊藤 >  映像的なコマ割り……OVA化もしやすそうですね。(ニヤリ)
 そのあかつきには「先生」のCVは井上喜久子お姉ちゃんあたりでひとつ。
西島 >  お…お姉ちゃんといっしょ!! いいかもしれません。

ニューウェーヴSFとサイバーパンク

雀部 >  『世界の中心で、愛をさけぶ』ってのは、担当編集者さんがつけた題名みたいですね。
 以前から『世界の中心で愛を叫んだけもの』という題名が気になっていたようで。
 まあ何にせよ、題名だけでもSFが注目を集めたのは結構なことです(笑)
 「SFが読みたい!2004年度版」にある“もえるセカイ。”はバラードで、“戦争が終わりセカイの終わりが始まった”はディックでしょうか?
西島 >  そうです。あまり根拠のない引用ですけど。ところで、あのマンガ描いたときには、実は『世界の中心で、愛をさけぶ』読んでなくて、実はいまだに読んでないんです……。テキトーですね。すみません。でも読まなくても大体わかります。
雀部 >  うちの三男坊は、『セカチュウ』を読んで泣いたそうです(爆) さっきも、TV版『セカチュウ』を見ていたようです。
 「セカイの中心で愛。」には、バラード、ディックのほかに『エヴァ』の名前もあがっていますが、ニューウェーヴと『エヴァ』は、『凹村戦争』の雰囲気に影響を与えてますか?(主人公たちが中学生と言うことを含めて)
西島 >  『エヴァ』をアニメじゃなくてニューウェーヴSFだと考えると判りやすいですね。テレビ版最終話とかニューウェーヴSF的に素晴らしいと思います。でも、『凹村戦争』は、『エヴァ』というよりは『エヴァ』以降作り出された環境に、より影響を受けています。庵野秀明のメッセージをちゃんと真に受けて、僕は『エヴァ』以降現実に帰っていましたから、その後オタクシーンで起こったギャルゲーやラノベの盛り上がりを一切知りませんでしたし、「ファウスト」がこれだけ支持される状況も見えてなかったし、「ほしのこえ」も当初は理解不能でした。『凹村戦争』を企画するにあたり、そこらへんで何が起こっているのかを、僕なりに検証したんです。だから、ポスト『エヴァ』状況や、セカイ系へのアンサーにはなっているとは思います。
雀部 >  『エヴァ』はアニメじゃなくてニューウェーヴSFか、なるほどφ(..)メモメモ
 「SFが読みたい!2004年度版」では、70年代生まれの秋山瑞人先生・冲方丁先生・小川一水先生の対談が掲載されていて、サイバーパンクの影響が話題になっていました。西島先生も70年代生まれであられますが、サイバーパンクから影響されたことはおありですか?
西島 >  世代的にどう考えてもSFムーブメントには被りようがないのですが、サイバーパンクはギリギリ滑り込めていたのかもしれません。『ニューロマンサー』を初めて読んだ中学生時、僕は千葉県の船橋市に住んでいたんですけど、近所の小さな書店で、サイバーパンク棚が出来ていた記憶があります。とにかく、奥村靫正の装丁が素晴らしくかっこよく見えて、また黒丸尚の摩訶不思議な文体にも魅了され、わからないなりに幼な心にしびれました。当然第一章しか読んでないわけですけど……。黒丸翻訳のあの読み手の処理能力を超える情報の洪水感は、僕の体験から言うと、スチャダラパーのオモロラップへのカウンターとして、ハードコア日本語ラップが出てきた96年当時の日本語ラップシーンの衝撃に近いですね。何言ってるかわかんないんだけど、凄い・恐い・ヤバイという。
雀部 >  サイバーパンク特にギブスンの初期の作品は、黒丸さんの訳抜きでは語れませんよね。
 西島先生の画は、かなりシンボリックで、余分な線とかが無いのが非常に印象的なんですが、あれは狙われている効果とかがあってのことでしょうか?
西島 >  効果を狙ってシンプルであのキャラクターを描いているというより、あのキャラクターで狙える最大限の効果を目指してマンガにしているつもりです。要は僕が描く限り、あのシンプルな絵にしかならないということですが、『凹村戦争』だったら、別に僕の絵じゃなくても、例えば浅野いにお氏がマンガ化してくれたなら、もっと効果的だったかもしれないなぁ…なんて思ったりもします。身も蓋もないですが。
伊藤 >  漫画はコマ割りも含めて、効果線1本に至るまで、まさしく「その作者」あってのモノ、ですもんね。あ、いや一部例外はあるけど、詳しく書くときっと狙撃srうっhふdじこf
 ちなみに「もし他のヒトに描かせるなら」という点では、展開といいキャラクターの基本属性といい「永野のりこ」先生が好みそうなハナシだなー、と思って読んでました。
 いや、もちろん180度別物になっちゃいますけど(笑)
西島 >  いや、別物ではないですよ。永野のりこは好きな……というか尊敬する作家の一人です。眼鏡こそしてないですけど、『凹村戦争』の凹沢アルは、すげこまくん並にパラノイアックですから。極端に狭い視野と破壊的行動力……ほとんど同じ人物ですね。
伊藤 >  おお!西島先生のおココロの中では「凹沢くん≒すげこまくん」ですか。ちょっと目からウロコが……。いや、すげこまくんや歩野(テクノ)くんは自意識過剰と思い込みによる破壊的行動力が自滅か空回りにしか向かず、けっして現状への突破力にはならない、という点では方向性が逆かな〜と思ってたんですが。むぅ、それじゃ実は「永野ワールド」と「凹村」は結構近いトコにあるんですね。
西島 >  近いと思います。永野のりこの、重度なオタクであると同時にテクノ・ニューウェーブ好きなところとか、いいですよね。素敵です。シンパシーを覚えます。メガネ君という価値観だけで一点突破する「たんけんはっけんメガネくん!」という短編があるんですけど、あまりにも強引な切り口に唖然としつつ、それを徹底する姿勢に感動します。あれはかなり突破してると思います。突破者です。
伊藤 >  やはり「突破者」がお好きなんですね〜。作品からもひしひしと伝わってきます。(笑)
 そういえば「ネットの書き込み」を模したページにチラリと「ネッキバサラ」の名前が出てるのにはかなりツボを突かれました。
 「戦争なんかくだらねぇ。俺の歌を聴けえぇっ!」 ぼえ〜♪
西島 >  ネッキバサラあの言葉が素晴らしいのは、それがもはや「反戦」でも「非戦」でも「平和」でも「愛」でもない点ですね。戦闘区域にどかどかと入っていって、政治的メッセージのまるでない自分の歌を聞かせるだけ。あれこそ本当のアナーキズムだし、正しいパンクだと思います。アメリカでジョン・レノンの「イマジン」が放送禁止されても、日本にはまだバサラの歌があるのです。ちなみに、雑誌「InterCommunication No.50」の「New World Disorder 新世界無秩序」という特集には、『凹村戦争』の見開きにバサラのセリフをコラージュしたイラストが見開きで掲載されています。これ、かなりキてるので是非読んでみてください。『凹村戦争』を発端に、ここまで無茶がやれて本望です。
伊藤 >  ああ!要チェックやっ!

「逆・宇宙戦争」

雀部 >  Webではすでに話題になってますねぇ。
 『凹村戦争』というタイトルの作品が出ると聞いたとき、最初に連想したのは、オーソン・ウエルズ氏でした(見開き頁にも“二人のウエルズ氏に。”と書かれていてやっぱしとうれしくなりました)
 私らの世代ですと、ラジオから放送された『宇宙戦争』がリスナーの間にパニックを起こしたというのはよく知られたエピソードなんですが、現代のすれた視聴者だと実際に地球侵略があった時、最初は信じさせるのに困ると思いますが、西島先生はどう思われますか(笑) この『凹村戦争』の中学生たちも、全然緊迫感がないし。
西島 >  オーソン・ウェルズのラジオ劇は、演出効果が物語を超えてメディア批判になっていますが、ラジオの時代だからリスナーが無垢で信じてしまっただけかというと、そうではない気がします。ラジオだから、テレビだから、ネットだからというより、やはりオーソン・ウェルズの演出が偉かったのだと思います。どんな時代にあっても、どんなメディアであっても、情報は操作されますし、現代人が皆オーソン・ウェルズより頭よいかというと、僕を含め全然そうじゃないと思うので。あ、そうだ。スピルバーグが撮るそうですけど、マイケル・ムーアが監督する「宇宙戦争」だったら、見てみたいですね。
伊藤 >  おお! 出ずっぱりで政府主脳とか火星人に突撃インタビューかましそうな(笑)
雀部 >  政府要人(火星人)の無能ぶりをこき下ろすとか(笑)
 オーソン・ウェルズのラジオ劇の件は、ちょうど時代的にリスナーが火星からの侵略という話を受け入れる土台が出来つつあったところに、タイミング良く放送があったという要素も大きいですよね。
 今だと「実証された霊能力!! ****の予言は、ここまで当たった」とかの番組をそれらしく作って、番組中でもっともらしいことを予言すれば、かなり信ずる人はいるような気がする(爆)
伊藤 >  実は手に取った瞬間に「この本はまず題名ありきだな!」と疑ったのですが、そのへんはいかがでしょう?まず最初に「オーソン→凹村」という変換が在り、そこから「凹村→盆地に覆われたのどかな田舎」という舞台設定や人物など全てが派生したのだろうと。それとも、このグッと掴みの良いタイトルは後から付けられたのでしょうか?
西島 >  題名ありきです。いやほんと、そのとおりです。そこからオーソン・ウェルズの逆、つまり主人公がどんなに叫ぼうが盛り上がろうが周囲は全く影響されないという、「逆・宇宙戦争」を発想したわけです。
伊藤 >  わーいビンゴ!(笑)。ひとつひとつのサブタイトルが古典作品へのオマージュかつダブルミーニングになっているところなど、西島先生はダジャレ……というか言葉遊びがお好きなヒトなのだなぁ、と感じていました。最終章の「都市と☆」あたりの多重ミーニングぶりはグっとキますね。クラーク御大のアノ作品の壮大さを感じさせつつ、微妙にポップ……というかオマヌケな締めとあいまって心に残りました。

 そういえば、この「のどかな田舎」さ加減やキャラクターの性格などは、完全にゼロから空想の産物なのでしょうか? それともある程度実体験に基づいていますか?
西島 >  妻のお母さんのお墓が長野県飯田市にあって、いつだったか墓参りに行った時になんとなく山奥の村に泊まりに行ったんです。で、そこが本当に人里から隔絶された場所で、歩いても歩いても何も無くて、ああこれなら「凹村」にぴったりだと確信し、後日改めて作画のためにロケハンしに行きました。そういえば、『凹村』担当のSFマガジンの塩澤さんも飯田市出身で、妻の妹と母校が同じだったりして、なんだか不思議な縁を感じます。あと、各キャラクターについては、僕の価値観を分散させた感じですね。凹沢も、凹伴も、タツヤも、先生も。だから、別に凹沢一人に正論を語らせたつもりは全然なくて、全キャラ等価なつもりです。タツヤはゲーセンでバイトしてた頃の僕にかなり近いし、いいキャラだと思うんですけど、サイン会のときにも、不思議と彼だけ誰にも「書いてくれ」って頼まれませんでした。なんででしょうね?
 映画撮り始めるエンディングも、なかなか素敵だと思うんですけど……。

「絶望する事にもシラける事にも飽きてしまった者」へ

伊藤 >  長野県飯田市……そうですか、ここでも長野県が。みなさん!「おねがいティーチャー」のJR大糸線海ノ口駅に続く長野の「聖地」は飯田市です!(笑)

 さて、「僕の価値観を分散させた」というお言葉で、なんとなく納得した事があります。この『凹村戦争』は主たるキャラクターの年令こそ高校生ですが「今のお若いヒトへ向けての物語」というより、西島先生とほぼ同世代の「かつて若かったヒト」――より具体的には「アンゴルモアの大王にドタキャンをくらった世代」へのメッセージ性がわりと強いのではありませんか? もちろん「今、まさに高校生のヒト」も楽しめるけれど、幼い頃に「五○勉トラウマ」を受けて育った世代ほど感じるモノが多いのではないか、と思います(……というか僕がそうなんですが)。そのへんはいかがでしょう?
西島 >  ドタキャン…。五島勉…。うーん、そこを狙ったということはないのですが、終末というわかりやすい悲劇じゃなくて、終末すらも期待できないという、絶望できないが故の絶望感みたいなものを、前提にしようと思ったことは確かです。
伊藤 >  「絶望できないが故の絶望感」――ああ、それでございます!
 天から落ちて来る「X」は物体Xの「未知のエックス」であると同時に、今居る時代、状況への「×」印(=ダメ出し)なのだなぁ。ああ、我々はどうせなら、はっきりした形で「否定」されたかったのだなぁ、と1999年の夏をちょっぴり切なく思い出しましたです。
 そっか、特に狙ってはいらっしゃらなかったんですね。

 各キャラクターへの親和度は読者自身の性格に左右されるところが大きいわけですが、SF好きな人間て「凹伴」くんタイプがかなり多そうですよね。情報通で醒めてて、だけど、イザという時にはかえって情報に縛られて動けない……あ、これはオイラだ!
 なんだかんだバカにされつつも、状況を突破していく凹沢くんに対する「嫉妬心」というか、「うらやましさ」にはかなり共感しちゃいました。

 1読者としては「絶望する事にもシラける事にも飽きてしまった者」への程よいエールを感じます。猪木の「バカになれ。行けばわかるさ。1、2、3ダーーーッ!」+オーケンの「のほほん」流ってカンジですかね。

 実際に「今現在、高校生」のファンからの反響はいかがですか?
西島 >  実際高校生……なのかどうかはわからないんですけど、感想サイトの巡回は一通りしました。読者ハガキはあまり来てないらしいので…。例外はもちろんありますが、中高生の反応はダイレクトで熱いものが多いみたいです。一方、SFファンや年配読者の反応は割と冷静な気がします。創元の小浜さんは、「傑作だと思ったけど、新しいとは思わなかった。ATGみたいだなって思ったよ」と言ってましたし。新しい読者に届けたい気持ちと同時に、SFとしてのアイデンティティを強く意識した内容なので、評価が分かれるのは凄く分かります。文脈無視のセカイ系的世界観と、SF文脈を大事にしたい気持が混在しているからでしょうね。東さんの帯がまた効果的で、読者をいい意味で混乱させてくれているんじゃないかと思います。
 でも、振り返ると『凹村戦争』を出すとき、活字読みにはマンガゆえに無視され、マンガファンには活字レーベルから出てるがゆえに届かず……という最悪な状況をも想定してましたから、反応があってよかったです。
伊藤 >  やはり「熱さ」は伝わりますもの。
 実は、このインタビューが始まる前は「マンガ好きだから、とかりだされたはものの、はてさて何を尋ねたものやら……」と不安だったのですが、イザ始まるとなんだか調子に乗って質問を連発してしまいました(すみません)。『凹村戦争』のテイストもそうですが、なにげない文面から感じる「親しみやすさ」というのは、きっと「作者本人と分かちがたく結びついたモノ」なのですね。『凹村戦争』1読者転じて「西島大介先生おっかけ」になっちゃいそうです。(笑)
 今後も「SF者のツボを突く」作品をどんどん発表して下さいませ。ガンガン買っていきますので。(あ、でも「うン万円するフィギュア」とか出ちゃうとツラいかなー。でもでも、立体でも見てみたいような――)
西島 >  いや、もうSFはこれで終りです。もう書きませんSF。だからツボも突けません。
 今書いている長編もファンタジーだし………………なんちゃって、嘘です。
伊藤 >  一瞬、とてもあせりましたが……

 ´∀`)σ) ´Д`)
雀部 >  西島先生の公式サイトを拝見しますと、『凹村戦争』が四刷とのこと。おめでとうございます。どの年代で一番売れているのか興味あるのですが、個人的にはあの田舎の閉塞感が好きです。私が田舎に住んでいるからかもしれませんが(爆)
 最後に、今後の執筆予定(西島先生だったら活動予定のほうが正解かな)をお教え下さい。
西島 >  『世界の終わりの魔法使い』(河出書房新社)という第二長編を準備しています。どこかで連載……とかできればいいのかもしれませんけど、まだちょっと連載というペースの中で作品をコントロールできそうにないので、今回も書下ろしコミック単行本になります。
 ちょうどネームが終わって、ペン入れ段階。『魔法使い』というタイトルからわかるように、ハリポタ・ハウル・指輪という、一連のブームに今更乗ろうというあさましい魂胆です。ハードカバーにして、地図もつけて、「これはファンタジーですよ、お子様も是非読んでください」というふうにパッケージしようと考えているんですけど、実はアーサー・C・クラークと村上春樹が宇宙で正面衝突したような、そんなお話です。価格は少なくとも『凹村戦争』よりは安く抑えたいです。
 ちなみにこの『世界の終わりの魔法使い』、本が出るのは年末か年明けなのですが、なぜか先行してここでTシャツ売ってます。よかったら、こちらもよろしくお願いします。『凹村戦争』Tシャツもあります。
 あと、「セカイの中心で愛。」とか「黒田硫黄2050」などの批評誌や文芸誌に発表した批評系コミックと、「スタジオボイス」のイラスト連載、その他細かい仕事をまとめた単行本が出る予定です。いつ出るのか、そして誰が買うのか、かなり不明なのですが……。タイトルは『土曜日の実験室〜詩と批評〜(仮)』です。お楽しみに。
 で、その後には、第三長編『アトモスフィア』が早川書房から上下巻で……ってまだ口約束だけですが。
 とにかく、年末から来年にかけて、漫画をもっとちゃんと書きます。よろしくお願いします。
伊藤 >  センセイ!ついていきます!(けど……ああ、お財布が!)
雀部 >  Tシャツ、注文しちゃいました。魔女の方ですが(爆)
 今回は、お忙しいところインタビューに時間を割いて頂きありがとうございました。
 『凹村戦争』も四刷ということですので、また早川書房から、西島先生のコミックが出るのは大いに期待できるはず(笑) 今後、ますますのご活躍を期待しております。


[西島大介]
'74年生。漫画家、イラストレーター。たまに映像制作や文筆も。深大寺在住。妻子あり。
唯一の趣味はREPHLEXの音源収集。著書(コミック単行本)に「凹村戦争」。
第二長編「世界の終わりの魔法使い」準備中。年内発売。
[雀部]
マンガも読むハードSF研所員(笑)
毎週、少年誌二冊と青年誌六冊読んでますが、単行本は買わないので世間の動きについて行けてません(汗)
[伊藤]
行住座臥、いかなる時もスキあらばオチをつけようと、虎視眈々と機会をうかがうチョッピリお茶目なSF中年。
でも、元ネタが古いのでお若い方に通じにくいのが悩みのタネ。
コードネームは「老いたる霊長類のオチへの参加」(嘘)

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