| TOP Short Novel Long Novel Review Interview Colummn Cartoon BBS Diary |

Author Interview

インタビュアー:[雀部]&[沖田]&[白田]

『ブラックホール天文学入門』
> 嶺重慎著/落合隆郎カバーイラスト
> ISBN 4-7853-8771-8
> 裳華房
> 1600円
> 2005.5.20発行
目次:
1.ブラックホールを現実に引き込んだ天文学者たち ―ブラックホール天文学の黎明―
2.ブラックホールはどこにある ―ブラックホール天体論:序論―
3.ブラックホールはなぜ明るく光るのか ―ブラックホール降着円盤学 I :標準円盤―
4.ブラックホールからの高エネルギー放射 ―ブラックホール降着円盤学 II :高温降着流―
5.ブラックホール天体活動の秘密を暴け ―ブラックホール天体活動学―
6.底なしの穴から高速ジェットが噴出する ―ブラックホール・ジェット天文学―
7.ブラックホールのルーツを探れ ―ブラックホール形成・進化学―
8.ブラックホールをもっと深く理解したい ―ブラックホール天文学の将来―

 詳しくは、裳華房のページからどうぞ


『ブラックホールを破壊せよ』
> J・クレイグ・ウィーラー著/野本陽代訳/野中昇画
> ISBN 4-334-76013-9
> 光文社文庫
> 500円
> 1988.8.20発行
粗筋:
 ソ連空母の火災、長崎のガス爆発事故…続発する異変は地球滅亡の予兆だった!
 というわけで、これをアメリカの新型宇宙兵器による攻撃と判断したソ連当局は、アメリカの新衛星を爆破して臨戦態勢に入った。しかし、この危機に正しく対応するためには米ソの協力が不可欠だったのだ……
雀部 >  今月の著者インタビューは、5月に『ブラックホール天文学入門』を出された嶺重慎先生です。
 SFファンにとっては興味津々のブラックホールということで、楽しく読ませて頂きました。
 嶺重先生、よろしくお願いします。
嶺重 >  こちらこそ、よろしくお願いします。
雀部 >  『ブラックホール天文学入門』は、ブラックホール天文学の歴史からひもとき、序論から最新の見地まで順序立てて解説してあり、とても読みやすかったです。
 この本の後書きには、最近わけあって天文教育や普及活動に関心を持ち、活動を始めているとありますが、この本を執筆されるにあたって、一番苦労された点はどこでしょうか。
嶺重 >  「苦労」というのではないですが、気を配った点は、
(1)できる限りいろいろな話題を取り上げる、
(2)やたら専門的な文章にならないようにする、
(3)文章のイメージをできる限りイラストで表現する
の3点です。お気づきでしょうが、類書に比べ、図やイラストの数が多いでしょう。
 落合さんが、抽象的なテーマをうまくイラストにして頂き、助かりました。編集者の國分さんには、次から次へと追加する図をいやな顔をせず引き受けて下さいました。
 (皆さんにもおなじみの)福江純さんには丁寧に原稿を読んでいただき、特に(2)に関して、有益な提案を頂きました。
雀部 >  はい、図が多いのは、ありがたかったです。
 そもそも嶺重先生が天文学の道に進もうと思われたきっかけは、どういったところにあったのでしょうか。
嶺重 >  天文学者の中には、天文少年・少女だった人と、物理の興味から入った人と、半々なのですが、私は後者です。といって、星空をながめるのが嫌いというわけではなく、それ以上にふみこまなかっただけです。今でも、ぼーっと星空をながめるのは好きです。
 大学に入って、何をしようかと迷って、いろいろな本をよんで、天文学を志すことに決心しました。それが今まで続いています。今、天文学が急速に進展して、おもしろい時です。
 その点、ラッキーだと思っています。
雀部 >  もし、宇宙人が現れて“ブラックホールの間近で最新機器を使って観測させてやろう”と誘われた場合と“あなたの研究所に最新のデータをとどけよう”と提案された場合とでは、どちらを選ばれますか(笑)
嶺重 >  どちらかというと前者ですね。でも、どちらも拒否がありなら拒否します。
 というのは、天文学の研究の場合、皆目わからない、でもちょっとだけ手がかりがあるというのが一番おもしろいところで、すると、こーでもない、あーでもない、といろいろ、想像をかきたてられるところがあり、それが楽しいのです。いきなり、詳細なデータがあれば、ミステリアスな部分がなくなり、学問としての魅力がなくなると思います。SFの世界でもそうでしょう?
白田 >  そうですね。SFには既知のことを積み重ねていくことで話を作る方法もありますが、多くの人を引きつけて離さないのは多分に想像力をかきたてるような話だと思います。
雀部 >  一般受けするのは、やはり物の見方を変えてくれる作品とか、読んでいて楽しめる作品とかですねぇ。読者に多大な想像力を要求するようなSFは、コアなSFファンしか読みませんから(爆)
嶺重 >  ついでですが、最初の研究テーマは、矮新星という、白色矮星とふつうの星の連星系のみせる爆発的増光現象のモデルでした。ブラックホールの研究を始めたのは、米国に渡って研究員をしていたときです。それ以来、ブラックホールが専門になりました。
白田 >  その発光現象の原因がブラックホールの周囲の降着円盤によるという話でしたね。
 ブラックホール関係の一般向けの本としては、以前に本屋で福江先生の著書でブルーバックスの『降着円盤への招待』をみかけたことがあるのですが、そのときは残念なことに手に取ることもないままに本屋から見掛けなくなってしまいました。
 今回、先生の『ブラックホール天文学入門』ではじめて降着円盤の解説に触れられることができたのは幸いでした。
 ブラックホールが降着円盤や宇宙ジェットによって明るく輝くということを知らない人は結構いると思いますが、先生はどの程度の読者からの感蝕を持ってらっしゃるのでしょうか?
嶺重 >  一応、読者として想定したのは、「ブラックホールは吸い込むだけの怖い穴」と思っておられる読者です。(説明が初心者向けにうまく書けたかどうかは別にして。)そんな人に、じつはブラックホールって、光も出す、ガスも出す、めちゃくちゃ活動的なんだよ、ということをお伝えしたかったというのが、本を書いた動機です。
白田 >  そうですね、ブラックホールがめちゃくちゃ活動的である、という内容はひしと伝わってきました。特に降着円盤は色んなものを吐き出してますね。
 この降着円盤というモデルはいつごろから使われはじめたものなのでしょうか。
嶺重 >  (福江さんの方が詳しいと思いますが、私の知る限り)1960年代に、クェーサー(大質量のブラックホールが明るく光るもの)とか、X線連星系(X線を出す連星系)とか、天文学 の重要な発見があいついだころから、盛んに使われるようになったように思います。
 もっとも、降着円盤の雛形は、太陽系は原始太陽系星雲から生まれたという太陽系生成論でして、カントとか、ラプラスとかが、18世紀から議論を始めています。
白田 >  今回の本を読んで思ったのですが、ブラックホールの研究というと意外と日本人の寄与が大きいようですね。やはり日本の宇宙開発でX線天文学が盛んなのと無関係ではないのではないかと思いますが。
嶺重 >  はい、その通りだと思います。一方で、科学技術先行で基礎科学が弱いといわれる中で、奮闘されて今を築いてこられた日本人の地道な努力を忘れてはいけないと思います。
 本の中でもご紹介しましたが、小田稔先生のように、先見性や直感力にあふれる先達のあとを歩めるのは、幸せなことです。
白田 >  SF関係者として興味があるのは、白色矮星→中性子星→ブラックホールとなる連関の中間にクォーク星みたいのがあるかどうかということだったりします。
 中性子の縮退圧で中性子星ができるように、もっと重い星ではブラックホールになる前にクォークの縮退圧でできたクォーク星なんてものがあってもおかしくないと素人目には思えてしまうのですが、そういったものは存在しうるのでしょうか?
嶺重 >  これは、よくわかりません。可能性はありますが。現在のクォーク星の理論によると、その質量は中性子星より軽いので、順に質量を増やしていっても
     白色矮星→中性子星→クォーク星
とはならないことが問題です。つまり、仮にあったとしても、それをどうつくるかが問題なのです。
白田 >  中性子星よりも軽いのですか! それは意外でした。
 ブラックホールの本題からはちょっとはずれてしまいますが、クォーク星でわかってることでなにかおもしろい話題はありますでしょうか。
嶺重 >  去年でしたか、「クォーク星を発見したらしい」というニュースが世界中をかけぬけました。いまだ決着はついていないのですが、いまだ無いとはいいきれません。
白田 >  電波干渉計でブラックホールの『穴』までもがかなりはっきりと見えるようになるという下りはわくわくしてしまいました。
 仕事の関係でVSOP−2の名前をみかけたことがあったので、余計身近に感じられました。
嶺重 >  これはすごいテクノロジーですね。とても人間業とは思えません。うまく見えれば、歴史的偉業でノーベル賞間違いなしです。とはいうものの、未だ予算はついていません。
 まだまだ天文学に対する一般の方の認識は冷ややかなものがあります。その楽しさを広めていくのも、われわれの重要な努めだと思ってます。
 (というのは公式見解で、実際、本を書くのも、一般の方と話をするのも、楽しいからやっているのであり、またそうでないと本当のおもしろさは伝わらないでしょうね。)
雀部 >  例えば「VSOP−2」を月の表面に置くと精度の向上はかなりでしょうね。
嶺重 >  はい、そのとおりです。ただ、実際に月まで衛星を送るとなると、それはそれで技術的には大変なんでしょう。
雀部 >  費用の方が大変かも知れません(爆)
 7月10日にX線天文衛星「アストロE2」(「すざく」と命名)を載せた国産ロケットM5の6号機の打ち上げが成功したんですが、五年ぶりだそうで期待してます。
嶺重 >  日本はもちろん、世界中の天文学者が注目しています。この衛星は、X線分光において、ダントツの世界一です。このことは案外知られていないのですが、他の衛星(例えば米国のチャンドラ衛星)に比べ、波長分解能において最大一桁近くも精度があがります(正確には光のエネルギーによるのですが、今、一番注目されている硬X線領域においてはダントツです)。ブラックホール近傍のガスは硬X線領域で鉄輝線を出しますから、ガスの動きが、今回初めて、正確に検出できる、ということになります。そこで、観測家はもちろん、理論家もおおいに注目しています。
雀部 >  日本のブラックホール研究の精度ががますますあがりますね。
 ブラックホールのエネルギー発生効率って、すごく良いんですねぇ(回転ブラックホールの場合で42%) SFでも、対消失やモノポールと共にエネルギー源として度々登場するのはうなずけるところです。で、このとき利用されるのが、ビックバンの際に生成したとされる原始マイクロブラックホールなんですが、ひょっとして存在する可能性はあるんでしょうか? あっても発見できないのかな?(笑)
嶺重 >  原始ブラックホールについてですか、あればおもしろいのですが、あれば危険ともいえますね。ある程度大きければ、重力レンズ効果で発見できます。まわりのガスが少しでもあれば光るはずです。小さければホーキング放射で受かるはずです。もっと小さければホーキング放射で、もう「蒸発」してなくなっているはずです。だから、観測が進めば、あれば、いずれ発見できるでしょうね。
雀部 >  原始ブラックホール、エネルギー危機の解消の解決策にならないですかねぇ。
 「X線源に対応する可視光天体を捜索することは大事なことです」とありましたが技術の進歩で、ますます遠くの宇宙を探さないといけなくなってきているような気がします。私が住んでいるところから国立天文台岡山天体物理観測所が見えるのですがこれからはハッブル宇宙望遠鏡のようなものが主流になっていくのでしょうか。
嶺重 >  はい、ますます遠くの宇宙を探すというのももちろん大事ですし(この場合、ハッブルはもちろん、「すばる」望遠鏡や、(本には出てきませんでしたが)ALMA電波望遠鏡が活躍します)、一方で、近傍でも、今まで見つからなかった暗めのブラックホールを探すというのも、どんどん活発になっています。これらは恐らく恒星質量ブラックホールです。もしかして中間質量ブラックホールかもしれません。銀河系内ならともかく、他の銀河だだと、暗いので、今まであまり見つかっていませんでしたが、銀河の活動を理解する上で、大事な天体です。
雀部 >  すみません、ちょっとSF的な仮定の話なんですが……
 宇宙ジェットは、(降着ガス全体の)重力エネルギーの一部のエネルギーをもらってそれを運動エネルギーとしたものであるということなのですが、ブラックホールに落ち込みそうになった宇宙船から、その一部が脱出することは可能でしょうか?
嶺重 >  はい、(技術的にできるかどうかは別にして)原理的には可能です。
雀部 >  そうすると、シュバルツシルド半径付近の宇宙船内部では時間の進み方がゆるやかになると考えられ、脱出した乗員が救助の手段を講じて、他の人たちを助けに戻ってくることも可能なのでしょうか?
嶺重 >  あっ、これは違います。時間の進み方がゆるやかになるのは、遠くから見た人の話で、本人たちは、時間がゆっくり進むとは感じないのです。すなわち、助けに戻る人がブラックホールに近づくにしたがい、シュバルツシルド半径近傍の時間はどんどん進んでいきます。やはり、救出は、急がないといけません。
雀部 >  あ、やっぱり(恥っ)
白田 >  現在のところブラックホールを観測しようとするとX線が主となると思いますが、いまだ実現していない重力波を使うとブラックホールの別の面が見えてくるようになるのですね。今までよりももっと多くのことがわかってくるようになるのでしょうか。
嶺重 >  はい、その通りです。重力波は、ブラックホールの合体など、大きな重力場の変化を捕らえることができるので、極めて強力な武器になります。ブラックホールの合体は、宇宙の歴史を考える上で重要なので、これから期待される学問分野です。
 もっとも、静かにガスを吸い込んでいるブラックホールはあまり重力波を出さないので、X線観測の方が、依然、重要でしょう。また、まわりに全くガスがないブラックホールの場合は、X線も出さないので困りますが、それでも重力レンズ効果で、背景からの光の歪みからブラックホールの存在を推定できます。こういった観測も重要です。
白田 >  ああ、なるほど。重力波は重力が変化しないと発生しないんですよね。
 静かにガスを吸い込んでいるブラックホールの場合、重力の変化が小さいので重力波があまり出ないんですね。
雀部 >  周りに恒星はおろか星間ガスも何にもなかったら、重力の変化も観測できないし、ブラックホールが回転しているかどうかも分かりませんよね。
嶺重 >  はい、その通りです。ブラックホールに近づく直前まで、その存在に気がつかなかったという設定は、SFに使えるかもしれません。もっとも、近くまでいけば、いくら何でも(潮汐力とかで)気がつくでしょうが、そのときにはもう遅い(!?)
白田 >  ブラックホールの重力圏そのものはシュバルツシルド半径よりもずっと大きいので、惑星間航行程度の速度で移動してる宇宙船なら気付くと思うのですけど、さすがに存在もわからないような裸のブラックホールのそばを通過するような速度でしたら、確かに気付いたときにはもう手遅れだと思いますね。
 重力圏というと、ちょっと工学的な用語かもしれませんけど。
雀部 >  まあその頃には、高精度の重力波検出装置が宇宙船には必須とされているんでしょうけど(笑)
 ブラックホールを理解することは、重力を理解することだとも言える(?)という側面があると思うのですが(素人の疑問なんですけど)何ものも閉じこめてしまうブラックホールの重力はどういう理屈で相互作用を及ぼしているんでしょうか。(重力波は、他の相互作用力とは全然違うものなのかなぁ)
嶺重 >  はあ、これは難しい質問ですね。私も完全にわかっているわけではないのですが、ブラックホールの中はともかく、シュバルツシルド半径の外にあるものは、そこから抜け出せることを考えると、重力も(時空の歪みを通して)まわりに影響を与えることができると考えればいいのでしょう。では、ブラックホールの中の物質がどうまわりに影響を与えるかというと、少しづつ外側の時空をゆがめていって、それが外に伝わるのでしょうかね(シュバルツシルド半径の中の物質も、無限遠まではいけないだけで、そのちょっと外に出ることはできます、もっともこのあたりの叙述は正直いってあまり自信がないので間違っているかもしれません)。
雀部 >  まだ厳密には分かっていないんですね。なんかちょっと安心です(笑)
白田 >  ブラックホールというと、かつては星の進化の終着点であっていわば死の星というイメージが強かったのですが、現在の考えでは大小様々なスケールのブラックホールがあって、しかも宇宙の活動に大きく係わっているらしいということがわかりました。
 マイクロブラックホールと、恒星から変化したブラックホールの中間ぐらいのブラックホールが近くにあったら観測に便利かもしれませんね。
嶺重 >  便利かもしれないけど、危険です。近づいたらただではすみません。
 余談ですが、本書でも紹介した、米国のジョン・クレイグ・ホィーラー先生は、ミニブラックホールに関するSFの本を書かれています。
 ある博士がブラックホールを製造したというお話。ご存知かどうか。(日本語訳も出版されましたが、今、手に入るかどうか。訳者は、野本陽代さんです。)
白田 >  先生が師事された「クレイグ」先生のことですね。
 残念ながら存じあげてないのですが、雀部さんはいかがでしょうか?
 bk1やAmazonでも調べてみたのですが、引っかからなかったものですから。
雀部 >  光文社文庫の『ブラックホールを破壊せよ』じゃないでしょうか?
 そうなんだ。これは第一線の科学者が書かれたフィクションなんですね。
 アメリカの科学者は、けっこうこういうSFを書かれますよね。それに比べて日本の科学者は、あまり小説を書かれたりはしないようですが、やはりこれは風土の違いなんでしょうか?(全然ブラックホールには関係ないですが^^;)
嶺重 >  すみません。ただ、風土の違いというのは確かにあると思います。外国に出て肌で感じたのは、皆、学問を楽しんでいるということ。日本は、難しいことが「きちんと」理解できるまでひたすら修行するという学生時代だったので、その点は新鮮でした。海外では、皆、結構いいかげんなことを言っている。
 そのものを信じているわけではないが、自由な発想の中から、100に1つか、1000にひとつか、次世代の学問の流れを作りだす、ものすごいアイデアが生み出されるというのが、欧米の学問の強みのように思います。そのことと、自由な発想でSFを書くというのと、共通するように思います。
 ところで、クレイグ先生の元の本の題名は、「クローン博士の実験」でしたが、それでは日本では売れないというので、日本語では、やや過激な題目になってます。
白田 >  もし機会がありましたら、先生もいかがですか?(笑) アニマソラリスで掲載しますよ。
 もっともお時間があまり取れないかもしれませんが。
雀部 >  ぜひブラックホールがらみのショートショートでも。
 ブラックホールが意識を持っていて、しゃべりかけてくるというのは既に先例がありますが(笑)
嶺重 >  はあ、考えてはみますが、文才が。。。。ところでクレイグ先生も極めてお忙しいお方で、いつ執筆したのかとお聞きしたら、飛行機の中とか、空港の待ち時間とか、信じられないような返事が返って来ました。
雀部 >  ブラックホールというのは、中身(?)は均質なんでしょうか。ブラックホール震とかが観測されたことはないのでしょうか。
嶺重 >  中身は情報がまるで外に伝わりませんから、何もわかりません。
 ブラックホール震は、何か、振動を起こすものがあれば、起こるでしょう。
 ブラックホール合体がそのいい例で、最終章でも触れましたが、合体の3段階の最後、リングダウンフェーズは、まさにブラックホール震を見ているという言い方もできます。これは、観測するには重力波が必要なので未だ観測例はありません。たまたまブラックホール合体をX線で見ていれば、X線強度も振動するかもしれませんが、稀な現象で、私の知る限り、報告はありません。
白田 >  なるほど。ひとつのブラックホールに対する観測時間が長くても、ブラックホールの合体そのものがまれな現象だとすると観測に引っかからないということなのですね。
 ブラックホールの中身はそれこそ行って調べてみないとわからないのかもしれませんが、なにせ一方通行ですから、その結果を持って帰ってくることはできませんね。
雀部 >  ホワイトホールから出てくる(笑)
 ブラックホールとは反対に、物質を吐き出すというホワイトホールの存在は、真面目な研究対象となっているんでしょうか?
嶺重 >  これは、人によって答えが違うでしょうね。数学的な解ですが、本当にあるかどうか、強い観測的証拠はありません。そこで、思い出したのですが、昔聞いたセミナーで、ある講演者が、ガンマ線バーストという、宇宙で最大の爆発現象の原因として考えられるものを列挙されていて、その中で最後に「ブラックホールとホワイトホールの合体!!」というのを挙げたら、思わず、聴衆の中から笑い声が出たということがありました。全くのウソではないけど、あまり信じられていない、という雰囲気を象徴するできごとでした。
白田 >  なるほど、現場の雰囲気が伝わってきそうです。
雀部 >  あるといいなぁ、ホワイトホール(爆)
 沖田さんお待たせしました。この機会にお聞きしたいことがあればぜひどうぞ。
沖田 >  嶺重先生、はじめまして。東北大学理学部物理系2年の沖田といいます。
 東北大の物理系の2年生はこの時期まだ学科に分かれておらず、今学期末に学科割り振りが行われます。私は天文学を学びたいと思って東北大を受けたのですが、この先何を学ぼうか少し悩んでいます。先生は物理学の方から天文学へと進まれたようですが、物理学に興味を持ったきっかけや、天文学に進まれた理由など教えていただけませんか?
嶺重 >  はい、よろしく。若い方に興味を持って頂いて、幸せです。
 物理学には、高校時代からばくぜんとした興味をもっていましたが、受験物理ですっかりいやになってしまい、大学の2年次に、どうしようかと迷っていたら、たまたま天文学の紹介冊子があって、ひきこまれてそのまま道を選んだということです。でも、はっきりいって、ラッキーでした。深く悩んだわけではないが、今では、この道に進んでよかったと思います。今は、天文学にとって、新しい現象の発見が相次いでいる、一番おもしろい時代であることももちろん大きな理由ですが、それに加えて、本の執筆や高校生やアマチュアの方々との交流により、より多くの人とそのおもしろさを分かち合えるということの魅力を、今、ひしひしと感じています。
沖田 >  なるほど、参考になります。今ちょうど電磁気学や熱力学といったことを大学で学んでいるのですが、その学んだ知識の応用のもとにこの本のような最先端の物理や天文学があると思うと、とてもわくわくします。
 天文学を学ぶのには、やはり物理学の基礎をしっかりと学ぶ必要があると思うのですが、先生の学生時代の勉強などでも面白い話があれば聞かせてください。
嶺重 >  面白い話ねえ。3年までは、物理と共通の科目が多くて、演習もあって、結構大変でしたが、4年で天文の講義や演習はなかなか楽しかった。
 当時、天文学専攻の同級生は6人しかいなくて、眠たい授業など、誰が最後まで起きているか、シビアな競争でした。今ハワイにいる**さんは、あっというまだったなあ。その(今では)旦那の**さんは、授業が終わってもまだ寝ていたな。特に、元国立天文台台長の**さんの位置天文の講義は、土曜の午後だったせいもあり、結局、全員アウトとなったこともしばしば。でも、人格ができていた先生はそんなこと意に介せず、たんたんと授業を続けておられました。今、逆に教える身になって、先生の偉さに感嘆しています。すみません、つまらん話で。
沖田 >  大学の一般教養の授業で「天文学」という講義があるのですが、ちょうどこの本の第1章で述べられていたような、白色矮星や中性子星、ブラックホールの事についての講義がありました。そのときに教授が、「学生諸君はブラックホールばかり興味を持つようだが、そうではなく、質量の違いによって白色矮星や中性子星、ブラックホールになるのだから、もっと視野を広げて興味を持って欲しい。」とおっしゃっており、私はその言葉に共感しました。そこで疑問なのですが、あえて「ブラックホール天文学」と分野を限定するのは、特別な理由などはあるのでしょうか? 私としては数学の解のように、多くの場合分けが存在するように現象を捉えるべきと思うのですが……
嶺重 >  じつは、私はもともと白色矮星(正確には、激変星という連星系)の出身です。その自然な延長がブラックホールにありました。
 ところで、こう書くと意外かもしれませんが、ブラックホールの方が、物理はシンプルです。だから、コンパクト天体を学ぶ基本と言えます。そこから、他の系への応用もでてきます。というのは、ガスはブラックホールに落ち込む一方で、そのまわりに溜まることができないので、星の表面でショックが起きて急激なエネルギー解放が……とか、星の磁場が何やらとかといったことを避けられるからです。
 それともう一点重要なのは、そのポテンシャルの深さにあります。また、ブラックホールは大きな質量をもてます。莫大なエネルギーと光とガスを吹き出して宇宙の歴史に大きな影響を与えうるのは、ブラックホールのみと言えます。
 とはいいながら、「広い視点をもつ」ということに異論はありません。
沖田 >  そうでしたか。ブラックホールというと、極限状態の物理学のみを考えると思っていましたが、意外にコンパクト天体を学ぶためにも役立つのですね。いわれて見れば確かにブラックホールはシンプルなものなのですね。どうもやはりブラックホールは「特別」という先入観があって、特別視してしまったみたいです。
嶺重 >  確かに、多くの研究者が特別視してます。でも、一般の人に人気があるということは、そこに、何か真実なものがあるからではないでしょうか。かえって、研究者の方が遅れていたりします(進み過ぎ、行き過ぎも多々ありますが)。
 この本を書いた一つの目的は、ブラックホールは特別なものではなく、宇宙の歴史において、極めて重要な役割を演じていることを伝えることでした。
沖田 >  第2章の2「銀河中心の大質量ブラックホール」について、エコーマッピングの説明がすこしわからないのですが、これはブラックホールとガスの距離をエコーマッピングで測定して、別の方法で回転速度を求めることによってブラックホールの質量を求める、ということでいいのでしょうか?
嶺重 >  はい、幅広い輝線を出す領域(Broad-Line Region)の幅広い輝線は、その領域の運動(ケプラー運動)によるドップラー効果の結果である、と仮定すれば、速度、距離から、中心ブラックホールの質量が出てきます。もっとも、どれだけこの見積もりが正確か、見込む角によって速度も変わるのではないか、という指摘もあり、極めて正確な質量決定方法とは言えません。
白田 >  ブラックホール近傍からの放射がブラックホールから1光年ほど離れた場所(BLR)のガスを電離する現象をエコーと呼んでるのですね。それで、そのエコーをマッピングするということで。
沖田 >  「銀河の質量」という言葉が随所に出てきていたのですが、この「銀河の質量」というのは銀河の全質量の事なのでしょうか?なんでも銀河が今の形を維持するには、我々が測定できる全エネルギーの10倍近くのエネルギーがないといけないと、何かで読んだことがあるのですが……
嶺重 >  これは、ダークマター(暗黒物質)のことですね。光を出さないが重力を及ぼす正体不明の物質。はい、「銀河の質量」というとき、ダークマターも込みにしています。
沖田 >  ということは、見ることの出来る銀河全体の質量の約1%がその中心の大質量ブラックホールということになるのですね。なんだかこういわれると、実感を持ってとても大きいと感じます。
嶺重 >  こういったことがわかってきたのは、ほんのここ数年のことです。ブラックホール天文学は、今、まさに、どんどん発展している学問といえます。
沖田 >  銀河全体が中心の大質量ブラックホールに落ち込む、ということはあり得るのでしょうか?
 また、銀河中心にある大質量ブラックホールは、1つしかなのでしょうか?
 ブラックホールがお互いに連星のようになったものは存在するのでしょうか?
嶺重 >  銀河全体が中心の大質量ブラックホールに落ち込むことは可能ですが、(宇宙年齢より何桁も長い)超大な時間が必要です。というのは、ガスや天体は、銀河中心に対して角運動量をもっていて、遠心力が働いて、決して中心に近づけないからです。落ち込むには角運動量を引き抜かないといけません。どうやって引き抜くか、まだよくわかっていませんが、重力(潮汐力)によるものなのでしょう。
 大質量ブラックホールは、1銀河に1つだけ、という規則はありません。2つあることを示唆する観測もありますし、また、銀河同士の合体は多く観測されているので、合体前にあったブラックホールが銀河合体の際、お互いに近づいて連星になることは、理論的に十分考えられます。
 今後の大きな課題です。本書でも述べたスペースにおける重力波観測装置LISAは、ブラックホール連星や合体に関する情報を、われわれに提供してくれることでしょう。
白田 >  ブラックホール連星系ともなると、激しく重力が変化しますから、格好の重力波源となるわけですね。
 LISAの打上げは2011年ということですが、今から待ち遠しい気分です。
沖田 >  つまり、重力波の観測などによる新たな証拠を今探っているというところなのですね。
嶺重 >  はい、そうです。一方で、従来の電磁波を捕らえる方法や、理論、シミュレーション研究もますます盛んに行われています。日本も、TAMA300が稼働中で、X線観測衛星「すざく」のうちあげに成功、またVSOP−2衛星等のユニークな計画もあり、これから、さらに、ブラックホール研究が盛んになっていくと思います。
 どうぞ、ご期待下さい。
白田 >  TAMA300についてはhttp://tamago.mtk.nao.ac.jp/tama_j.htmlに公式サイトがあるようです。あまり一般向けではないかもしれませんが。
 「すざく」の打上げ成功は本当にタイムリーでした。
 今後のブラックホール関連のニュースは要チェックですね。
雀部 >  最後に、また変な質問なんですが、宇宙全体が一つのブラックホールに落ち込み、他になにも無い場合、宇宙の果ては、シュバルツシルド半径にあると考えて良いのでしょうか。またその場合、いわゆる因果律とか物理法則とかは総て無いものと考えて良いのでしょうか。
嶺重 >  変な話ではなく、宇宙全体は一つのブラックホールなんていう話はあります。
 すなわち、宇宙全体に対するシュバルツシルド半径を計算すると、宇宙の大きさになるというのです。ただ、そういってみたとしても、宇宙の中で、因果律とか物理法則がなりたっているので、あまり意味はありません。
 宇宙全体が一つのブラックホールに落ち込んだらどうなるかは、やってみないと何も確かなことは言えないでしょう。小質量ブラックホールに飲み込まれたら、潮汐力で何もかもばらばらになってしまうでしょうが、大質量ブラックホールなら、潮汐力はあまり効かないので、そのまま飲み込まれるかもしれません。
 その中のことは、何もわかりません。因果律や物理法則も成り立っているかもしれないし、そうでないかもしれません。外界とはコミュニケーションできないので確かめようがないのです。ということで、十分SF(想像)の活躍できる余地があります。
雀部 >  そういうSFをぜひお願いします(笑)
沖田 >  色々とありがとうございました。私はこの本を読むまでブラックホールについてほとんど何も知りませんでした。そして変な先入観にとらわれていたと思います。
 ブラックホールといえばその極限状態から相対論をはじめとする広範囲な知識が必要となってくるので必然的に難しい学問とは思いますが、かみ砕いて説明してくれるこの本はとても興味をそそるものでした。これから私は物理のどの分野に進学するかわかりませんが、先生の経験も参考に、よりいっそう勉強に励みたいと思います。ありがとうございました。
嶺重 >  涙が出るほどうれしいコメントですね。この本を書いた一つの動機は、相対論とか、量子論とか、難しいことを言わなくても、十分、ブラックホール天文学のおもしろさがわかることを伝えたかったということです(もちろん専門知識があれば、さらに理解が深まることは言うまでもありません)。
 まだまだ未熟で完全に成功したとは思わないけれど、「敷居」を少しでも低くできたとしたら、うれしい限りです。
白田 >  今日は本当にどうもありがとうございました。
 ブラックホールという極限の天体についてのおもしろい話をお聞かせいただきました。
 今後も、本業の研究はもちろんのこと、このような啓蒙活動にもがんばって下さい。
嶺重 >  あっ、すみません。「啓蒙」という言葉は使いたくないです。「無知な人を教え導く」という意味だからです。私自身、読者の方には相当の知識(必ずしも相対論とかいった専門知識ではないでしょうが)と関心がおありだと、想定しています。ただ、ちょっと手助けするだけで、さらに理解が深まり、興味もさらにわいてくるだろう、そういったお手伝いを今後もしていこうと思っています。よろしくお願いします。
雀部 >  海外出張の合間を縫ったインタビュー、まことにありがとうございました。
 この本で、ブラックホール天文学が人口に膾炙し、日本の貢献がつまびらかになることを期待してます。予算もたくさん付きますように(笑)


[嶺重慎]
'57年、北海道生まれ。東京大学大学院、理学系研究所博士課程を経て、京都大学基礎物理学研究所教授。主著として、『宇宙と生命の起源』『活動する宇宙』等々。
詳しくは、京大のホームページからどうぞ。
http://www2.yukawa.kyoto-u.ac.jp/‾minesige/
[雀部]
宇宙大好きのハードSFファン。大好きが、よく分かっていると一対一の対応をしてないところが悩ましい(爆)
[沖田]
現在は東北大学理学部物理系に在学中の「天文学が学びたいなぁ〜」と熱望してる学生です。ですが学力が無いので天文学科に進学できるか……勉強がんばります!!
[白田]
謎の宇宙関係者。
次期連載コラムの構想中。

トップ読切短編連載長編コラム
ブックレビュー著者インタビュー連載マンガBBS編集部日記
著作権プライバシーポリシーサイトマップ