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Author Interview

インタビュアー:[雀部]&[彼方]&[波島]

『サマー/タイム/トラベラー 1』
> 新城カズマ著/鶴田謙二イラスト
> ISBN 4-15-030745-8
> ハヤカワ文庫SF
> 660円
> 2005.6.15発行
粗筋:
 あの奇妙な夏、僕らの街・辺里で、幼なじみの悠有がはじめて時空を跳んだ…たった3秒未来へ。マラソン大会のゴールテープに触れることなくゴールしたのだ。お嬢様学校に幽閉されている饗子の指揮下、コージン、涼、悠有、そして僕の高校生五人組は、喫茶「夏への扉」に集まり、《時空間跳躍少女開発プロジェクト》を開始した。

 表紙画に描かれている扉は、やはり『夏への扉』と、本がどっさり見えているので喫茶「夏への扉」とかけているんだろうなぁ。どちらにも猫居るし(笑)。しかし、タイムトラベルとロマンスと言えば、梶尾真治さん。梶尾さんと言えば《エマノン》。エマノンの挿絵と言えば鶴田さんと連鎖は続くのであった。


『サマー/タイム/トラベラー 2』
> 新城カズマ著/鶴田謙二イラスト
> ISBN 4-15-030803-9
> ハヤカワ文庫SF
> 660円
> 2005.7.31発行
粗筋:
 〈プロジェクト〉を通して、自分の時空跳躍能力を堅実なものにしていく悠有。一方で辺里の街には不穏な出来事が進行していた。それは続発する放火事件と、悠有に届けられる謎の脅迫状―「モウ オマエニ 未来ハ ナイ」の存在。高校生五人組のそれぞれの思惑が交錯するなか、彼らは大胆な計画を企てた。

 2巻の表紙画も扉と猫ですね。扉の奥にもう一つの扉がある。あれこそが『夏への扉』なのかなぁ。しかし、あの浴衣、変わった柄だとは思ったけど、まさかゲイルズバーグ柄だったとは(汗)


発言者から、ネタバレだから隠して欲しいとの要望があった部分は、白いフォントに変えてありますので、その部分は、反転させるかソースをお読み下さい。
雀部 >  今月の著者インタビューは、7月31日に、ハヤカワ文庫JAから『サマー/タイム/トラベラー』の完結編を出された新城カズマ先生です。新城先生、よろしくお願いします。
新城 >  こちらこそよろしくお願いします。
 『サマー/タイム/トラベラー』(長いんで、以下STTとさせていただきます)が出てから、だんだんとあちこちに顔を出したりお話をしたりする機会が増えてるのですが、あいかわらずドキドキ緊張してます。
雀部 >  あと、インタビュアーとしては、'03/4月に『星の、バベル』をブックレビューしたときのお相手である彼方さんと、柳川房彦/新城カズマ公認ファンクラブ「散歩男爵」代表であられる波島想太さんにもご参加頂きました。
 彼方さんは、なんでも辺里市をWebで探されたそうですが(笑)
彼方 >  はじめまして、よろしくお願いします。
 辺里市、探しましたよ。辺里市の設定があまりにリアルだったので、どこら辺にあるのだろうと、最近βサービスが始まったgoogleマップで検索してしまいました。残念ながら(^^;、見つかりませんでしたが。
雀部 >  詳細な地図も載ってますしね。いかにもと言う感じの。
 そういえば、最後の地図にも仕掛けがしてありますよね。あ〜っ、そうなったのかって(笑) 本文じゃなくて、地図でラストを歌い上げる作品って初めて読みました。
 波島さんにお聞きしたいのですが、波島さんの考えていらっしゃる新城先生の作品の魅力って、何でしょうか。よろしければお聞かせ下さい。
波島 >  世界の広さ、ですね。舞台の空間的広がりではなく、「物語的広がり」とでも言いましょうか。
 全てが緻密に計算されているというよりは、許容力があるんですよ。
 『サマー/タイム/トラベラー 2』のあとがきで語られているように、「『予想通りになる』という予想外の出来事」に見舞われて、けれどもそれをすっぽりと飲み込んで『星の、バベル』は完成しました。
 これはほんの一例ですけれども、あらゆる出来事、解釈を受け止めてくれる、そんな広さが新城作品にはあります。
 ですから読者としては想像の余地がある。読んで「ああ、面白かった」で終わらずに、想像の羽を思う存分に伸ばすことができるし、いくら飛び回っても壁にぶつかったりしない。
 このキャパシティの大きさが、とても心地よいです。
彼方 >  そう、物語に物凄く奥行きがある。そして、細部に渡って設定されていて、物語に出てくる表層的なところだけじゃなくて、裏側まで設定されているから描写にリアリティがあって、その情報量に圧倒されて、情報の波に心地よく浸れる。
雀部 >  設定の一部として架空言語まで作っちゃうんだから、なんとも凄い。『愚神のために恋歌を』の後書きに、犬戎語の資料を無くして大苦労したと書いてあったり、お暇な方は文法規則の解読に挑戦したらとあるんですが、波島さんはどういう楽しみ方をされていらっしゃいますか?
波島 >  言語のことはよくわからない、というのが正直なところですね。
 『散歩男爵』のサイトでは架空言語「クシュカ語」の語彙集を掲載していまして、時折眺めたりもしますけれど、僕にとってそれは『演奏できない楽器』みたいなものかも知れません。
 クシュカ語を使いこなすことはできませんが、見ているだけでもその言語が使われる世界を想像することはできます。
 ……「世界の終わりの発電所」ですね、この感覚は。
 村上春樹氏の『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』という小説に、弾けない楽器を集めて、それらを眺めて楽しむ発電所の管理人が登場します。僕にとっての架空言語は、まさにその「弾けない楽器」なのです。
雀部 >  クシュカ語が使われる世界を想像することができるとは、相当なものだと思いますよ。
 架空言語について、新城先生にお聞きしたいのですが、それだけの苦労をされてまで架空言語にこだわられるのは何故なんでしょうか?
新城 >  架空言語にのめりこむきっかけは、と言えばもちろんトールキンの作品にふれたからで……それ以来その影響下にず〜っとあるのかもしれません。が、なにゆえ今もその技法にこだわり続けているかと問われれば……う〜む難しいなあ……やっぱり『好きだから』なんですかねえ? いや、回答者が訊ねちゃいけないな。なんでなんだろう。
 物語作家として答えるならば、言語(を創ること)を経由すると実にたくさんのことを表現できる、という面白みは確かにあります。たとえばストーリィの中で固有名詞っていうのは比較的自由度が高くって(=いろいろいじくっても物語構造そのものは変更しなくてよくって)、名前の中にいろんなヒントや象徴性やオマージュやギャグや別の物語さえも入れ込んでおけるのですね。ストーリィは「このへんでアクションが必要だから、このへんの台詞とか逸話はカットだなあ」という構造的制限があるんですが、名前にはそれがあんまり無い。あるいは、語源を自由に設定できると、例えば「この物語世界では『自由』という観念は『友情』から派生したのだ」という歴史も設定できるわけでして……そこに読者の皆様が気づくかどうかは別として……物語外の次元をもう一つ組み込めることもあります。物語と世界を同時に且つ多層的に語れる、といいましょうか。そういう利点は、たしかに感じますね。
 あとは節度というか読者への礼儀の問題として、「架空世界なのにラテン語の人名とかそのまんま持ってくるのはイヤだなあ」みたいな気持ちもあります。架空世界にもラテン語にも失礼な気がして……。明確な意図があって引用してくるなら良いんですけど。
 まあ、もともと物語というもの自体が「混沌に目鼻をつける」作業なわけで、架空言語作成と似てなくもないんですが。あんまりやりすぎると、まさに神話のとおりに、対象を殺しちゃいますけどね。
雀部 >  なるほどねぇ、物語外の次元をもう一つ組み込むんですか。言語使用には、必然的に、疎外の感覚が随伴すると言われてます。作者が言語を用いて、自分の親密な核の部分を語ろうとすればするほど、その特異性から離れていく。常に〈語られたこと〉は、〈あれ〉ではないことを自覚し失望する。新城先生の場合、それを補完するのが架空言語であるわけですね。当然、発音したときの響きなんかも考えられてますよね。
新城 >  おお、疎外とはまた懐かしいジャーゴンが(笑)。僕の場合、疎外を補完/担保するというよりは、あまりにも同時に語りたいことが多いので、しょうがないのでギュッと多層化させてる、という感覚に近いのかもしれません。ポリフォニー的とでも申しましょうか。うーん、もしかしたらバッハを好きなのはそのせいかな?
 発音の響きは、いろいろ考えちゃって大変です。カタカナにした時の字面も気にしますし、ひどい時はアルファベットで表記した時に小文字の凸凹が奇麗に見えるかとか、架空文字で書きやすいかとか……うーむ、一銭の得にもならんなあ。だんだん自分で情けなくなってきました。もっと仕事しなくちゃ(泣笑)。
雀部 >  言語マニアの症状は、相当重いようですね(笑)
 新城先生は、『サマー/タイム/トラベラー』で、ハヤカワ文庫JA初登場なんですが、どこか違うところがおありでしたか? 後書きは、ちと雰囲気が違うような気がしたのですが。
新城 >  違うところ……僕自身はあんまし感じてない(というか自覚してない)のですが、端から見てたら、もしかしたら少し気負ってたかもしれないですね。なにしろハヤカワ文庫ですから(笑)! 子供の頃からのSF読みとしては、後楽園ホールでガチンコのメーン・イベント、みたいなもんです。もしくは夏の甲子園に部員10名で初出場とか。
 後書きは……短いのは「2ページぐらいにしてください」と担当様に言われたせいなのですが……あれは毎回のストーリィと対象読者によってちょっとづつ雰囲気を変えようとしてるので、そのせいかもしれません。
 後書きも作品/商品の一部だし、店で読者が最初に目を通す確率が高いことを考えれば、じつは一番大切な部分のではないか、とさえ思ってます。
雀部 >  そうですか、後書きは長さの縛りがあったのか。
 新城先生が、小さい頃からのSF読みってのは、『サマー/タイム/トラベラー』でもよく分かります。
 主人公たちがたむろする喫茶店の名前が“夏への扉”で、そこの猫が“ペトロニウス/ジェニィ/ク・メル/チェシャ/ハミイー/アプロその他色々”と来るんですから。これは、読者サービスなんでしょうか、それとも牽制球ですか?(笑)
新城 >  サービス半分、自分の趣味半分といったくらいでしょうか。『夏への扉』は子供の頃に「これがオールタイム・ベストだ!」と紹介されて読んだ、という思い出があります。
 どうせ猫が出てくるんだから名前はピートでいいやと最初は考えたんですが、そういえば他にもいろいろ猫やら猫型星人やらSFにはたくさん出てくるなあ、と改めて思い出して……けっきょく一つにしぼれなかったので「じゃあ全部つけちゃえ」となった次第です。そのこと、つまり名前が確定しない(複数の現実が重なりあってしまう)というモチーフ自体が、お話をつくっていく過程でどんどん重要になっていったので、結果的にはちょうどよかったと思います。
 「なんで×××が入ってないんだ!」というお叱りも予想してたんですが、こちらが恐れていたほどには多くなくて、ちょっと一安心です。これは猫の名前に限らず、言及したTT作品についてもそうなのですが。
雀部 >  あの部分には、ちょっと感心したんですよ。前半の展開は、SFファンではない一般読者にも取っつきやすい青春小説として読めるし、コアなSFファンは、あの大量に言及されたTT作品を見て、こりゃ絶対なんかあるぞと先を読みすすめる楽しみがわいてくる、そしてその期待は裏切られない(笑)
新城 >  ありがとうございます。
 後書きにも書いたのですが、僕にとってはこれは「青春小説」であると同時に(というか、であるからこそ)「新城カズマにとってのSF直球ど真ん中」であると思って書いてまして……とはいっても「これこそがSFだ!」というんじゃなくて、「まあこれもSFだろう」と読者の皆様に理解していただければ無上の喜び、というほどの意味で。あくまでも「新城カズマという関数を通すと、SFってこうなっちゃうんです、ごめんなさい」みたいな。
 もうちょっと細かく説明しますと、スローモーな上巻がまずあったこと、下巻でムチャ宇宙理論が炸裂気味に語られること、その後でその解釈が(別の登場人物によって)半ば否定されることは、どれも僕にとっては不可欠な「SFっぽいこと」なんです。過去の作品に言及するのはジャンル・フィクションとして先達に御辞儀してるわけですが、幾何級数的であることとか自分自身を疑うことってのは近代によって生み出されたフィクションならではの可能性だと思うので。そして、この二つの特徴ってのは、たまたま(もしくは必然的に)思春期の特徴とよく似てると。
 うーん理屈っぽいなー。いかんなー。
 ちなみに、僕は執筆中から上下巻って呼んでたんですが、なぜか刊行された時には1・2巻と表記されてました(苦笑)。
彼方 >  全二巻なら、通し番号でなく上・下巻とするだろうと思って、まさか二巻で終わるとは思ってもみなかったのは秘密です(^^;。実際、最初からコレでもかとネタ続出で、あと一巻で終わるとは思えなかったですから。饗子の設定やアプロの名前でニヤリとして、S=Z症候群やn次の可能性マトリクスのくだりにクラクラきました。
 読者サービスと言えば、饗子の設定も読者サービスでしょうか(^^;?
新城 >  作者の趣味でございます(笑)。
 これまでの新城カズマ作品をお読みのかたはお気づきかもしれませんが、時々こういう「饗子型キャラ」は出てくるんです。なんでそうなるのかは、自己分析してもよくわからんのですが。もしかしたら自分で忘れてるだけで、子供の頃に近所のでっかいお屋敷に住んでいるおしゃべり好きなお嬢様にいぢめられたことがあるのかもしれません(笑)。
 あ、それから1巻のあらすじ説明とか、あとはもしかしたら本文中でも、「響子」と書いてあるのは誤記でして「饗子」が正しい表記です、すみません。「饗」=「あえ(る)」=「アエル」という設定なので。
雀部 >  ぎゃ、饗子だからアエル理論だったのか(汗;;)
彼方 >  そうか、そうだったのかぁ(^^;。
波島 >  僕も新城作品で楽しみにしているのは、「赤毛のアン口調の女の子」です。要は持って回った言い回しを、しかも早口でまくし立てる女の子のことなんですが、こんな娘が出てくると「おっ、始まった!」とドキドキしてきます。
 STTでいえば饗子ですね。マリオンなら澪で、イスベルならメーアになりましょうか。
 いつだったか、「日本語を英訳してもう一度和訳するとこんな口調になる」とか、そんなような話を聞いたことがあるような気がするんですが、この機会にその辺りをもう一度聞いてみたいです。
新城 >  「赤毛のアン口調」は、基本的には欧米圏の古い小説の技法というか文法なんですよ。
 昔の小説の登場人物は、とにかく、よく喋るんです。アン・シャーリィだって、時には一章の半分くらい「今日こんなことがあったのよマリラ!」って喋り倒しますからね。それからユゴーとか、ドストエフスキーとか、ディケンズもポーもセルバンテスも、こいつらハッパきめてんのかってくらいに滔々と台詞が続いたりして。とくにドストエフスキー。『罪と罰』冒頭の酔っ払いとか、『カラマーゾフ』の変人キャラたちとか、もう堪らないくらい好きなんです。
 大学時代に某先輩の影響でそのへんをどっと読みはじめたおかげ、というのもあるし、それからもちろん僕自身が帰国子女のバイリンガルだというせいもあって、小説を書く時は「英文法の入ってる側の脳味噌」を主に使ってます。そうすると自然に「喋りまくるキャラ」が出やすくなる、と。
雀部 >  新城先生も思春期を海外で過ごされたんですね。ちと納得かも。幼少期に多言語の環境下にあると、脳の構造が、日本語だけで育った人間と異なってくるようです。外国語に不自由な身としては羨ましい限り。
彼方 >  〈倶楽部〉が運営している、街中の監視カメラによる監視システムを昇華させたかの様なモノだとか、これについて書かれたのは初めてじゃないのかな?地域通貨経済の崩壊とか、シニカルなモノを感じたんですけど、意図したものだったりします?
新城 >  シニシズムを基調にしたのは、物語の構成上の必要からですね。希望を描くには、まずドーンと絶望を描かないと、ラストが盛り上がらないので。上下巻が一ヶ月ずれて出たためにネットのあちらこちらで「どうせ鬱なエンディングなんだろ〜?」とか「新城カズマは最近おかしくなったのか?」等と言われてたらしく、これはもう苦笑するしかなかったのですが。ハヤカワの担当様がそのへんの効果も狙って一ヶ月おいて出したのかどうかは謎です。こんど京フェスで聞いてみます(笑)。
 自己監視を切望する〈倶楽部〉は、半ばシュールな冗談のつもりだったんですが、よく似たサービスはそろそろ内外で始まってるようで……独居老人の遠隔チェック・サービスとか、ペットや幼児の居場所確認とか。
 あるいはそうした流れに異を唱える「逆監視sousveillance」という考え方も出てきてますし。「テロに抗する戦争」が長引けば、自分のアリバイを四六時中保証するための自己監視suiveillanceサービスもそのうちほんとに始まるかもしれませんね。これはもうシニカルとかじゃなくって、シリアスな課題だと思います。賛否いずれにしても。
 手帳式地域通貨については、物語の必要上ぶっ壊れてもらいましたが、ほんとはもうちょっと堅牢なシステムですので御安心下さい。
彼方 >  何故に自転車なのかという疑問はあったりするのですが、それはそれとして、ツール・ド・フランスの再生が同じ日だったり、戻ったりするのは、物語の進展と関係があったりします?
新城 >  自転車やらツールやらが出てくるのは、実はかなり必然的でして(つまり「有り得べき健全なシステム」や「追い抜かれる/独りで大逃げを打つ」といったモチーフの象徴として)、ツールの再生が物語中で行ったりきたりするのは、半分は演出で、半分は偶然です。
 というのは、録画しておいたツールのテープの一部が上巻執筆中に室内で行方不明になってしまい、下巻の作業段階でようや見つかったという……(苦笑)。今回の『STT』では、自分の身の回りで執筆中に起きたことを、まさに執筆している箇所にそのまま入れ込んじゃおう、という遊びもやってたもので、けっきょくそのままになりました。たとえば辺里市の天気や湿度は、当時の長野県松本市のデータをほぼそのままで使わせてもらいましたし、悠有がブックオフで見つけたギャグも、僕が近所の店で見かけた実話なんです。
 結果的に、物語の中で唯一過去に戻れるのがツールの録画だというのも、それはそれで良い演出になったかなと自分では思ってます。
雀部 >  新城先生は自転車がお好きなんだと思いますが、新城先生にとって自転車の魅力とはなんでしょうか?
新城 >  うーむ(苦笑) そのへんはSTTの下巻冒頭で書いてあることが、ほぼ僕の感じてることなので、そちらを御参照下さい。
 もし、敢えて付け加えよと言うならば……僕にとって自転車というのは、子供の頃からずっと憧れていた「100年前の複葉機」にいちばん近くて、しかも現実に入手できる最良のものだ、というところでしょうか。
雀部 >  複葉機の飛ぶ姿は優雅ですよね。雰囲気があるというか。
 最近建築のほうでよく使われるアフォーダンスという言葉がありますが、自転車って、各々のパーツが組み合わさって自転車として完成すると、“乗ってこぐ”ことを強力にアフォードしてますよね。そこで考えたのですが、悠有と饗子とコージンと涼とタクトが組み合わされると、宇宙(的意志)に対して、悠有の時空間跳躍能力を目覚めさせることをアフォードしちゃったのかなぁって(笑)
新城 >  おお、なるほど。その方向性は思いつきませんでした。それをネタにまた別の短篇が書けるかもしれないですね。アフォーダンスという概念は以前に認知科学のほうで聞いたことがあるんですが、建築でも使ってたんですか……うーむ勉強になるなあ。どっちが先なんだろう。最初に知った時の印象では、文学批評なんかの「間テクスト性」に似てるなあと思った記憶があります。つまり発信側と受信側のあいだに「意味」は存在してる、というニュアンスで。
 それはともかく、彼らが「出会ってしまったこと」自体がとってもSF的な状況なのかもしれません。もちろん現実には「むちゃくちゃ頭のいい高校生」なんてもっと少なくて、地方都市にこんなに集中的に居るとは思えないのですが、しかし「それが起きてしまったら(世界は)どうなってしまうのだろう? どんな事態がアフォードされるのだろう?」という思考実験だと捉えれば、ある意味すごく古典的なSF類型に近づいてしまうわけで。新発明の機械や超素材の代わりに、変人のムチャ高校生が5人(笑)。地方都市はフラスコ代わりということで。
雀部 >  なるほど。ムチャ高校生がフラスコ内で発酵しちゃう話としても読めますね(笑)
 アフォーダンスという言葉自体が、アメリカの知覚心理学者ギブソンの造語だそうですから、認知科学が先ですよね、たぶん^^;
 最初のほうで、彼方さんからも出た話題なんですが、舞台となる辺里市って魅力的ですね。マラソンの近道なんかに代表されてると思いますが、セミラティス構造をしてるみたいだし。天気や湿度が松本市のものだというお話なんですが、他の都市構造にもモデルがあるのでしょうか。
新城 >  松本の他にモデルにしたのは上田市と小田原市、それから新城の事務所のあります東京の杉並区なども混ぜこぜになってます。基本的には、自分で行ったことのある場所で、水路(もしくは水路地)のある街ですね。とにかく水が流れてないと、新城はなぜか落ち着かないのです。そういえばセミラティスって、最近流行りのネットワーク理論でいうところのスケールフリー・ネットと同じなんでしょうかねえ?
彼方 >  「セミラティス構造」ってなんぞや(^^;?と現実逃避を始めてしまって、仕事の合間にgoogleした付け焼刃な解釈だと、都市構造におけるネットワーク構造と、ネットワーク構造のうち、特徴的スケールが存在しない・分布が著しく非対称であるという「スケールフリー・ネットワーク」と、比べる土俵が違うのかなぁと。都市構造におけるネットワーク構造が、スケールフリーなのかどうかは、専門外なのでさっぱり判らないんですが(^^;。
雀部 >  私はもっと分かってない(泣)
 作中に出てくるヴァン=デル=コールハスという建築家は、けっこう有名な建築家のレム・コールハスと関係あるでしょうか?
新城 >  まさに、そこからいただきました。たまたま、ちくま文庫の『錯乱のニューヨーク』を古本で見つけて買ったので(笑)。コールハスだけだとバレバレなので、ちょびっとミース・ファン・デル・ローエからも借りてきました。建築(学)は言語学と同じくらい昔から興味があって、いっぺんちゃんと把握したいなあと思ってます。
雀部 >  建築を題材としたSFも期待しております。
 モデルということで、もうひとつお聞きしたいのが喫茶店「夏への扉」。このモデルはございますでしょうか(京都の伝説のSF喫茶「ソラリス」あたりなのかなと思ったりして)
新城 >  あ、そのお店は存じ上げないです。ていうか、あるんですかああいう店が! ぜひ行かねば!
 「夏への扉」は基本的に、まるごと新城の希望というか妄想です。「こんな店あるもんか!」とか怒られそうですが、でも「あったらいいな」を書くのが物語だと思ってますんで、ご容赦をば。
雀部 >  残念ながら「SF喫茶ソラリス」は、もう無いんです〜。
 喫茶「夏への扉」も、ほんとSFファンの理想の喫茶店ですね。でかいディスプレイだけじゃなくて、趣味の良いオーディオもあれば言うこと無し(笑)
 あと、「夏への扉」で流れている音楽にもこだわりを感じたのですが、バッハ以外で新城先生のお好きな曲(歌手・グループ)をお教え下さい。それともう一つ、執筆中にBGMとして音楽をかけられるでしょうか?
新城 >  あらら、もうないんですか「ソラリス」……ではせめてその跡地だけでも、参詣してまいりませう。
 音楽については……子供の頃はビートルズとサイモン&ガーファンクルをひたすら聴いてました。といってもすでに当時はどちらも解散してて、レノンも射殺された後だったんですが(苦笑)。うーむ、ずいぶんとイヤなマセ餓鬼だなあ。その後はいろいろごちゃごちゃに、スザンヌ・ヴェガとかビリー・ジョエルとかエルトン・ジョンとか、ギルバート・オサリヴァン、李香蘭、遊佐未森、シカゴ、ソニン、立川談志、ってこれは音楽じゃないか:とりあえず今パソコンの中のiTunesを覗いてみたらそんな感じでした。
 ふだんは執筆中にBGMはかけないんですが、今回のSTTでは特別に、「追憶の夏」っぽいのを集めてiTunesでランダム&エンドレスにかけてました。なので、文中で唐突に流れる音楽は、ほとんどすべて実際にその箇所を書いていた時に僕のマシンが選んでくれた曲なのです。
雀部 >  あれま、音楽も同時進行だったんですね。
彼方 >  だけど、やっぱり、高校生の夏休みって、一種独特のモノがありますよね。で、スーパー高校生(本を読みまくってラテン語を操れたり、n次の可能性マトリクスを思いついたり、アエリズムを繰出したり、普通の高校生じゃ出来ません(^^;)が繰り広げるスラップスティックは読んでいて楽しいです。
 で、そんな作品に《妖精作戦》シリーズってのがあって、STTを読みながら、その作品が被っていたんですが、ラストでヒロインが跳んで(飛んで)いった所でシンクロしてしまって、《妖精作戦》シリーズの方では、そのまま永遠の別れになってしまったのを思い出して、暗くなったりもしました。もしよければ、STTでこういうラストになった経緯みたいなものがあったら聞きたいです。
新城 >  といいますか、この話はもともと跳躍能力の設定とラストが最初にありまして……そこから「彼女がどこまでも駆けていってしまうラストを、どうやって盛り上げようか」と作っていったわけです。
 当初の案では、悠有は数百年前から『跳んで』きた女の子で、たまたまこの夏に一休みのつもりで街に逗留してるだけ、みたいな感じだったんです。それでもって休憩も終わったので再び駆けてゆこうとする彼女を、みんなで知恵をしぼって引き留めようとする、がしかし……という。で、いろいろいじくってるうちに現在の形になったわけですが、「追いていかれる/やがて追いつく」というモチーフだけは最初から最後まで軸として動きませんでした。
 ちなみに――ここから先はちょっとネタばれになるんですが――エピローグで「追いついてくる/追いつこうとする」のは卓人たちのほうであって、悠有ではないのです。悠有の原型は『未来』という観念の擬人化なので。たとえば松任谷由実の『卒業写真』ですと「鮮やかな青春の追憶」がOL(たぶん)に元気を与えてプッシュしてくれるんですが、ここでは「未来への希望/前借り」が前から引っ張ってるという(笑)……もしくは、後ろから押されるレーザー推進ではなくて、前方空間に人工重力源をつくって推進する宇宙船みたいな。う〜む、今自分で書いてて気づいたんですが、悠有の機能って貨幣と同じなんですな。だから「現在」の先回りをしてて、利子の取り立てに時々現れるんだったりして(笑)。
雀部 >  悠有って、サラ金の回収をするお姉さんだったのか(爆)
 そういえば例のムチャ宇宙理論、とても好きなんですが、この文脈って新城流の『宇宙消失』だと感じたのですが、意識されましたでしょうか?
新城 >  こう言うと驚かれるかもしれないですが、イーガンの長篇は、『宇宙消失』も含めてまだ読んでないのです。
 前から読みたいなー面白そうだなーとは思ってるんですが、どういうわけか機を逸してしまって。短編はわりと読んでるはずなんですが……なぜだろう……。
 STTのムチャ理論は、どちらかというとバリントン・J・ベイリーにブラッドベリを混ぜたようなつもりで当人はおりました。元ネタは前に『星の、バベル』で参考に読んだスチュアート・カウフマンからで、前回組み込めなかった部分を膨らませてみました。
彼方 >  好みは人それぞれではありますが、是非読んでみてください。個人的には、今一番お気に入りなハードコアSF作家です。一見とんでもない理論だけど、しっかり理論構築されているので((たしか)物理学者でもあるので当然ですが)、凄く説得力がある(^^;。そう意味では、n次の可能性マトリックス等の理論にも通じるものがあります。
雀部 >  ベイリー氏のほうでしたか。そう言われれば、理論だけ取り上げればそうですよね(爆)
彼方 >  「プロジェクト」によるTT論は凄かったですねぇ。夏休みの自由研究にしてしまうのはもったいないぐらい。
 これだけでも一本小説が書けてしまうんじゃないかと思ったり、ハヤカワとのガチンコってのも頷けます。これだけの労力をかけるほどに、SFの分野の中でもタイムトラベルに対する思い入れはどの様なものがあるのでしょう?
新城 >  TTの中でほんとに好きなのは、「セピア色の過去へ戻る」パターンなんですよ。ジャック・フィニイさえあれば他に何もいらぬ、みたいな時期が中学〜高校の頃にありましたし、そのころ書いてた長編(未完ですが)はベタベタな「19世紀末へ戻るファンタジー」でしたし。中学2年で懐古趣味ってまったく何やってんだ俺は……と、それこそ今から過去に戻って自分にツッコミを入れたいくらいです。とにかくそれくらい好きなので、今回は「セピア系」をわざと禁じ手にしました(笑)。さもないと、ほんとに十年かけても書き上がらなかったかも……。
 とはいえ、未来へ行ってしまうタイプも、何度も過去をやり直すやつも、どれも好きは好きなんですよ。あるいはSFの他のいろんなサブジャンルも。SFは全部好きなんです。労力といっても、これまで読んだ本を書棚から引っぱり出してきたり、ネットで出版年を調べただけなので、実はあんまり手間をかけてなかったりして(笑)。あ、宮部みゆきさんのだけは未読か。これから読まなくちゃ。
雀部 >  いや、フィニイは上手くて、みんなハマルんじゃないかなぁ。なんてことない普通の過去の出来事が、彼の手にかかるとなんか竜宮城のように見えてくる(笑) ブラッドベリやスタージョンとともに、表現方法が上手なんでしょうね(文章もうまいんだろうけど、英語では読んだことがない^^;) ハードSFも好きだけど、ああいうSFとファンタジーの境界あたりの作品も大好きです。分野というよりは、その作家が好きなのかも知れませんが(爆)
 新城先生、今回はお忙しいところ、インタビューさせて頂きありがとうございました。
 最後に、近刊と現在執筆中の作品がございましたらお教え下さいませ。
新城 >  こちらこそありがとうございます。
 今のところの予定では、近刊は富士見ファンタジアから(ようやく)『狗狼伝承』の最終巻が出るのが最新、ということになりそうです。執筆中のものは……ハヤカワの次回作(これは今年のSFマガジン7月号のインタビューでもちらりと言いましたが、刑務所のある町に住んでいる女の子の冒険物語です)の作業が現在進行中で、それと並行して富士見の『ジェスターズ・ギャラクシー』の続き、あとはファミ通文庫から馬鹿ギャグ・ファンタジーを一つ、それから某社で(現在まだ完全機密扱いですが)これまで自分では技法的にやったことのないような小説を鋭意準備中です。そのあたりが一段落したら『浪漫探偵』と『イスベル』の続きにとりかかれて……でもって、大戦間を舞台にした言語学SFの資料分析もその間ずっと進めねばいかん、という状況ですね。がんばってもっとペースをあげなくては……!
 そんなこんなで、いろいろがんばりますので、これからもよろしくお願いいたします。
雀部 >  おお、楽しみにお待ちしております。
彼方 >  とても興味深いお話を沢山伺うことが出来て、楽しかったです。ありがとうございました。次回作期待して待ってます(^^)。
波島 >  これからも雀部さん・彼方さんのような新刊を待ちわびる読者(もちろん僕もその一人であるわけですが)と新城カズマ/柳川房彦を結ぶ『散歩男爵』でありたいと思っております。
 とゆことで、『散歩男爵』もよろしくお願いします。


[新城カズマ]
小説家・架空言語設計家・古書蒐集家。有限会社エルスウェア代表取締役。生年不詳、没年未定。主要著作に「蓬莱学園」シリーズ、「マリオン&Co.」「狗狼伝承」シリーズ、「浪漫探偵・朱月宵三郎」シリーズ、「ジェスターズ・ギャラクシー」シリーズなど。趣味は散歩・架空言語の作成・エンガチョ研究・水路地探索・ラテン語・自転車・長いあとがき。柳川房彦名義でゲームデザイン・書籍編集・翻訳・架空世界の設定なども行う。
2002年発表の『星の、バベル』以降、本格SFの書き手としても期待を集めている。
[雀部]
最近のマイブームは社会学。人によって定義さえも異なるという新しい学問。でも、34年前にも大学で講義を受けた記憶が。もっと真面目に勉強しておくんだった(汗)
[彼方]
コンピュータシステムのなんでも屋さんしてます。アニメとSFが趣味。SFと言いつつハードコアSFからライトノベルまで乱読気味(^^;。
ココログ始めました。http://kanata.cocolog-nifty.com/kanatalog/
[波島想太(なみしま・そうた)]
散歩執事。柳川房彦/新城カズマ公認ファンクラブ『散歩男爵』のサイト運営&メルマガ発行&その他諸々担当。あとネコと献血担当。エルスウェアにおいて、メイルゲームマスター、ゲームライターとしていくつかの物語作りに参加しております。

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