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Author Interview

インタビュアー:[雀部]

『現代SF1500冊 乱闘編1975〜1995』
> 大森望著
> ISBN 4-87233-927-4
> 太田出版
> 2300円
> 2005.6.22発行
87-91が、隔月刊の《小説奇想天外》に連載された翻訳SF時評コラム「海外SF問題相談室」。第一回のキャッチコピーが「海外SF批評界に殴り込みをかける怒濤の新コラム」(笑)
90-95が、《本の雑誌》の連載書評欄「新刊めったくたガイド」のSF時評。“SF冬の時代”の到来から、《ハイペリオン》まで。ご本人も書かれているように、'95年あたりでも、時評に取り上げるべきSFが少ないので、新本格系の話題書が多い。

『現代SF1500冊 回天編1996〜2005』
> 大森望著
> ISBN 4-87233-988-6
> 太田出版
> 2400円
> 2005.10.31発行
96-97が、老舗アニメ情報誌《アニメージュ》に連載された新刊紹介コラム「ムズかしい本を読むとねムくなる」。
98-2005が、《本の雑誌》の連載書評欄「新刊めったくたガイド」のSF時評。
SFの氷河期から、SFの夏の時代まで(笑)
氷河期時代の《エヴァンゲリオン》から、夏の時代の立役者グレッグ・イーガンまで。
『文学賞メッタ斬り!』
> 大森望・豊崎由美共著/天明屋尚装画
> ISBN 4-89194-682-2
> (株)パルコ
> 1600円
> 2004.3.18発行
強力コンビが送る“読者のための文学賞ガイド”。ROUND11で「ようやく夜が明けてきた?SFの賞事情」として小松左京賞、日本SF大賞、日本SF大賞新人賞が俎上に(笑)

『ライトノベル☆めった斬り!』
> 大森望・三村美衣共著/D.K挿画
> ISBN 4-87233-904-5
> 太田出版
> 1480円
> 2004.12.24発行
『文学賞メッタ斬り!』の大森望とライトノベル書評の草分け・三村美衣が総括する、史上初の「ライトノベル30年史」。対談の形をとったライトノベル書評・紹介本。
私にはほとんど未知の世界ですが、読みたくなった本がいっぱい出てきて弱りました(汗)
『日本一怖い!ブック・オブ・ザ・イヤー2005』
> SIGHT編集部編
> ISBN 4-86052-045-9
> ロッキング・オン
> 750円
> 2004.12.25発行
まだ入手してませんが(汗)『日本一怖い!ブック・オブ・ザ・イヤー 2006 (別冊SIGHT)読者も作家も読むのが怖い。日本一シビアな「激論」ブックガイド!!』(ISBN-4-86052-055-6)が05/12月に出てます。エンタメ系の書評は、どちらも大森望vs北上次郎の両氏。

雀部 >  今月の著者インタビューは『現代SF1500冊 乱闘編』と『現代SF1500冊 回天編』の著者大森望先生です。大森先生よろしくお願いします。
大森 >  いきなり入院しちゃって遅くなりましたが、よろしくお願いします。
雀部 >  もうよろしいんですか。すみません、入院中にインタビューを進めるのは初めてですので、勝手がわからないですが……
 私のなかでは、大森先生というとSF関係書の翻訳家というイメージが大きいのですが、最近のご活躍ぶりは「大森望☆サクセスの秘密」に詳しいインタビューが載っていますね。『メッタ斬り!』『日本一怖い! ブック・オブ・ザ・イヤー2005』など主流文学の書評も楽しく読ませて頂きました。そこでお聞きしたいのですが、大森先生のなかで、SFとその他のジャンルの棲み分けはどうなっているのでしょうか?
大森 >  自己認識として、自分は「SF屋」だと思ってるので、SFに関する仕事をしてるときは本業、それ以外の仕事は趣味というか横道というか営業というか、そんな感じですね。たいていの小説はSFの延長線上のつもりで読んでるので、たいていの仕事はSFの延長線上だという見方もできますが。
雀部 >  私も「SF者」だと自認しているので、「たいていの小説はSFの延長線上のつもりで読んでる」には、激しく同意します(笑)
 大森先生は、大学在学中からアメ文のアボさんと言えば有名で、友人と自主ゼミをされていたそうですが、SFに関係したものだったのですか?
大森 >  ど、どこからそんな話が(笑)。アメリカ文学科で有名ってことは全然なかったと思います。ぜんぜん勉強しない、出来の悪い学生だったんで。自主ゼミなんか、もちろんやってません。当時、英文科の大学院生だった若島正氏が主宰していた読書会には参加してましたけど、勉強してる感じじゃなかったし。あと、京大幻想文学会の横山茂雄さんに連れてってもらって、蜂谷(昭雄)先生の研究室でやってた読書会にも行きましたが、すごく真面目だったんですぐ行かなくなった(笑)
雀部 >  あれっ、そうなんですか。勉強しなくてもそれなりに分かってしまうとかかな。
 卒論はカート・ヴォネガットの『猫のゆりかご』だとお聞きしたのですが、どういう立場から論ぜられたのでしょう?
大森 >  卒論はヴォネガットの『チャンピオンたちの朝食』です。大学時代ほとんど勉強してないんで、高校のときに読んだ本でお茶を濁したというお粗末。京大の英文科は英語で卒論書くんですが、口頭試問では「きみの英語のまちがいを指摘してると1日かかるから」とクソミソに言われました(笑)。中身は……思い出したくない(笑)
雀部 >  ヴォネガットだけあっていたのか(汗)
 SFの浸透と拡散とか言われてだいぶ経つんですが(笑) 大澤真幸さんの説によると「近代文学(小説)は、終わろうとしている。すなわち、小説の思想的機能が今や失われようとしている。特に日本においては、文学及び文芸批評が、思想の中心的な担い手であっただけに、その影響は深刻である」だそうです。そういう難しい思想とか最新科学を読者に分かりやすく楽しめる形で提供するのも、SF及びSF作家の科せられた使命ではないかと思っていたのですが、最近はそういうSFはあまり無い(売れない?)ですよね。これは、読者の質が変わってきたのでしょうか?
大森 >  SFのそういう使命もほぼ終わってるということでしょう。今のSF読者がそれを求めているとは思えませんし、少なくとも現代SFの主流ではない。
 もっとも、現にグレッグ・イーガンみたいな作家がいるわけで、『万物理論』を熱狂的に歓迎する読者がコアのSFファン層だと考えれば、むしろSFのそういう機能が見直されつつあるんだという考え方もできますね。
雀部 >  見直されつつあるんだと良いんですが。単なる懐古趣味で終わってしまうのが怖い。
 人には薦めやすいんですよね、イーガン氏の短篇は。問題意識がはっきりしているし短いし。いちおう人を選んで薦めるんですが(笑) コニー・ウィリスも、面白いしテーマもはっきりしているんだけど、なにせ長いのが多いのでちょっと読んでくれと言うわけにいかないのが困ります(爆笑)
大森 >  いや、実際もうちょっと短いと、訳すのも売るのも楽なんですけどねえ。ウィリスにかぎらず、現代アメリカの大衆小説全般に言えることですが。近々、ウィリスは短篇集を出す予定なので、そちらは「ちょっと読んでくれ」と言いやすいと思います。それが売れたら第一短篇集の『わが愛しき娘たちよ』も復刊するかも。
雀部 >  はい、ウィリスの短編集、お待ちしてま〜す。
 翻訳者としての大森先生を意識し始めた本というのが、私の場合『ラモックス』なんですよ。あ〜、楽しんで訳されているなぁというのが伝わってきて、ハインラインのジュブナイルの良いところが全部出ているようで大好きな作品です。野田昌宏大元帥閣下が、スペオペを訳したような楽しさがありました。あと、これは入れ込んで訳されているなという感じを持ったのが『ヘミングウェイごっこ』。まあこれはとても難しかったんですけど(爆死)
大森 >  どっちも自分で手を挙げて訳した本なので。『ラモックス』は子供のとき福島正実の抄訳で読んで、めちゃめちゃ好きだった小説です。『ヘミングウェイごっこ』は、一応、時間SFとして合理的に解決するはずなんですが、どういうオチだったかすでに自分で忘れてしまった(笑)。福武書店の文芸出版撤退にともなって絶版になってからもうずいぶん長いんで、そのうちどこかで復活させたいとは思ってるんですが……その前に(同じ福武の)『エンジン・サマー』(ジョン・クロウリー/扶桑社ミステリーより再刊予定)をやらないと。
雀部 >  出版から撤退しちゃうのは困りものですよね。もし早川書房や東京創元社が、SFを止めると言い出した日には……恐ろしい。
 前述の「大森望☆サクセスの秘密」に、最初のご自分で出された企画が、谷山浩子さんの詩文集だそうで、おお同志!とか思いました。
 実は昔、某BBSのsf会議で、まだ今岡さんが議長をされていたころ、SFと少女漫画と谷山浩子の三つが好きな人が多いとかいう話になって、確かにみんな思い当たるところがあると……(笑)
 他に好きな歌手とかアーチストがいたらお教え下さい。
大森 >  あの本をつくってるときは、毎週オールナイトニッポンのスタジオにお邪魔して、見学がてら谷山さんと打ち合わせをしてました。今もときどきコンサートに行ってますよ。
 僕は70年代フォーク世代なんで、吉田拓郎、斎藤哲夫、なぎらけんいちあたりが原点ですね。そのあと80年代アイドル。小泉今日子、松本伊代、おニャン子クラブあたり。90年代はユニコーン、筋肉少女帯、フリッパーズ・ギター、電気グルーヴ……とか、あんまり脈絡がなくてすみません。
雀部 >  私もフォーク世代かな。年齢的に言うとやっぱりビートルズ世代か(爆)
 翻訳をされるときに、音楽をBGM的にかけられることはおありですか。
大森 >  歌詞が邪魔になるので原稿書いてるときは音楽は流しませんね。といっても、ふだん仕事場にしてる喫茶店では有線のBGMが流れてますが。
雀部 >  『現代SF1500冊 乱闘編』は、一応1975年から始まっているんですが、大森先生は当時中学生ですよね。このころは翻訳SF受難の時代だったようですが、どんなSFを読まれていたんでしょうか?
大森 >  古本屋で昔のSFを買い漁ってました。銀背は図書館に揃ってたんで、自分で買ったのは主に創元推理文庫ですね。あと、横浜に親戚がいたんで、夏休みや冬休みはそこに泊まって、早稲田や神保町の古本屋街に遠征したり。新刊が出ないおかげで古典が読めたのかも。
雀部 >  “当時、熱血ニューウェーヴSF少年だった”と書かれてますが、いわゆるニューウェーヴ作品では、どこらあたりがお好みだったのでしょう。
大森 >  最初に買ったSFマガジンがラファティ特集号(1972年8月号)で、たまたまその次の号が山野浩一監修のニューウェーヴ特集だったんですね(「本格特集=SFの新しい波」)。ジャイルズ・ゴードンの「絶叫」とか、さっぱりわけがわかんないけどかっこいいなあと。背伸びしたがりの子供がかぶれやすいタイプの小説だった。その次が悪名高い「ゲリラ小説特集―SFの新しい波」。山本弘さんはじめ、拒否反応を示したSFファンも多かったみたいですが、面白い面白くないとは別種の衝撃があって。
 そのあたりから、ジュディス・メリルの『年刊SF傑作選』や『SFに何ができるか?』を読み、《NW−SF》を読んで。メリルのエッセイには相当影響を受けましたね。
 あと、バラードの「内宇宙への道はどれか?」とか、伊藤典夫の「エンサイクロペディア・ファンタスティカ」とか。その意味では、ニューウェーヴは作品というより思想だった。革命に対する憧れみたいな。
雀部 >  ニューウェーヴは、本格的に日本に紹介されたときには、最盛期は終わってましたよね。SFマガジン69/3月号の「SFスキャナー」で、伊藤典夫さんが、「今までところぼくが出会った<新しい波>の最高傑作」と、粗筋を添えて紹介があり、その解説が素晴らしくて翻訳が待ち遠しかったんですけど、'69/10月号(125号)の <新しい波>特集 ニュー・ワールズ誌特約ということで掲載された「リスの檻」を読んだときは、ちょっとがっかりしたという(笑話)
 SFファンってのは、あまり主流小説は読まないと思うんですが、大森先生がそっち方面にも詳しいのは、ニューウェーヴの影響でしょうか?(笑)
大森 >  「リスの檻」は面白かったですけどね。海外文学を読むようになったのは、ジュディス・メリルの『年刊SF傑作選』と川又千秋がSFマガジンに連載していた『夢の言葉 言葉の夢』の影響でしょう。バース、ピンチョン、ヴォネガットから、ボルヘス、ガルシア・マルケス、カルペンティエール、カルヴィーノ、エリアーデあたりはSFだと思って読んでました。ていうか、SFファンの基礎教養だから当然読まなきゃいけないもんだと(笑)
雀部 >  あ〜、メリル女史の『年刊SF傑作選』は何回も読みました。ああいうラインナップは、かなり好きなんですけど。私も基礎教養だと思って、読むんですけど、ピンチョン、ボルヘス、マルケスあたりは、全体的にあまり面白く思えない。部分部分では面白いところもあるんですけど。
 「乱闘編」「回天編」と読ませて頂いてふと気が付いたのですが、ピンチョン氏(『重力の虹』とか『ヴァインランド』)取り上げられていませんが、SFの延長として読んだ場合どうなんでしょう?(某翻訳家の方にも聞いたんですが、読んだだけでも偉いって言われました^^;)
大森 >  本の雑誌では海外文学系の書評ページが別にあるんで(今だと石堂藍氏が担当です)、そのへんは遠慮気味になってとりあげてませんね。どう紹介するかって問題もありますが。『重力の虹』は辛気くさくて好きじゃないというか、途中で投げ出した本。『ヴァインランド』は楽しいけどあんまりSFじゃないですね。
雀部 >  ありゃ、大森さんでも放り投げた本がおありだったとは(笑)
 本書によると、高校の時からファンジンで翻訳をされていたそうなのですが、どういう作品を紹介されていたんですか?
大森 >  リサ・タトルのDollburgerっていうホラー系のショートショートです。短くて話がわかりやすいかったので。
雀部 >  高校の時からリサ・タトルとは渋いっすね。
大森 >  当時のリサ・タトルは、19歳で学生デビューを飾って、「小さな妖精みたい」とか言われたアメリカSF界のアイドルだったんで、全然渋くないです。綿矢りさの元祖というか。あ、名前も一緒だ!(笑)
雀部 >  そうなんだ。日本だとデビュー当時の素子姫かな(違う?)
 では、大学時代のSFサークルでの一番の思い出は何でしょうか?
大森 >  SF研が学生生活の半分以上を占めてましたからねえ。いちばん時間を費やしたのは週2回の麻雀ですが、精力を傾けたのはファンジンとイベントですかね。大学4年のときに卒業記念のつもりで言い出した京都SFフェスティバルがいまだに続いてることが最大のびっくりかも。
 2005年の京フェスは、自分の本がらみの企画があったのに、当日の朝に心筋梗塞の発作を起こして欠席を余儀なくされたのが返す返すも残念です。せっかく23回連続で皆勤だったのに(笑)
雀部 >  良いなあ。京フェスは、SF系のイベントではもう老舗ですよね。私が入学した大学は、当時SF研が無かったんですよ。もしあったら人生変わっていたかも(爆) あ、大森先生が解説を書かれた『黒龍とお茶を』の解説の書評をしたというSF研のある東北大です(笑)(乱闘編の87P)
大森 >  SF研は、なかったらつくるんです。って、僕も入学して1年目はSF研がなかったんで、かわりに同志社大学のSF研の例会に行ってましたけど。あと、梅田の関西海外SF研究会(KSFA)の例会に日曜日ごとに通ってました。
雀部 >  そうか、そういう積極性に欠けていたか(汗)
 卒業され入社された新潮社で、久美沙織さんの担当にもなられたことがあるとお聞きしましたが、どの本あたりを担当されたのでしょう。
大森 >  『MOTHER』と『石の剣』ですね。『舞い降りた翼』のときはもう退社してました。そのへんの話は、久美さんの『コバルト風雲録』にも出てきます。
雀部 >  『風雲録』227Pあたりですね。大森先生が《ソーントーン・サイクル》シリーズの名付け親だったとは(名作です!) あと森のぞみ名義で翻訳された『星の海のミッキー』という書名が久美さんの《丘の家のミッキー》シリーズから来ていたとは知りませんでした。まだ猫ちゃんは飼われているのでしょうか?
大森 >  いちばん年寄りだった母猫は去年昇天しましたが、残り2匹は存命です。2匹とも昭和生まれなんで、いいかげんボケてきてますが。
雀部 >  猫もぼけるんですね。まあ、野生だとぼけていたら生き残れないでしょうが。
 で、編集員時代ではどの本が一番印象に残っていらっしゃいますか?
大森 >  新潮文庫では、谷山浩子『ねこの森には帰れない』と、伊藤典夫・浅倉久志編のテーマ別SFアンソロジー『スペースマン』『スターシップ』『タイムトラベラー』あたり。桑田佳祐の本とか、ムーンライダーズの本もつくりました。単行本では、ジョン・アーヴィングの『ホテル・ニューハンプシャー』。
雀部 >  お話に出てきた『スターシップ』所載の「ブルー・シャンペン」。確かしばらくはこのアンソロジーでしか読めなかった大好きな短篇なんですが(Love affairを描いたSFとして最高傑作)、これとギブスンの「冬のマーケット」(『20世紀SF5 1980年代冬のマーケット』所載)は、要約すると同じテーマと似たような結末なのですが、雰囲気とか読後感が好対照ですよね。私は、ヴァーリイの短篇のほうが好きなのですが、大森先生はどうでしょうか?
大森 >  「ブルー・シャンペン」は、ジョン・ヴァーリイの――というか、LDG的なSFの頂点ですね。サイバーパンク的なモチーフ(身体改変)を人間のハートの問題として描き、読者に情緒的な――往年のハリウッド映画的な――感動を与えるタイプ。90年代以降は、コニー・ウィリスに受け継がれてるんじゃないかと思いますね。「最後のウィネベーゴ」とか。いま冷静に見ると、たぶん多くのサイバーパンク短篇より「ブルー・シャンペン」に軍配が上がるでしょうが、当時、ヴァーリイ的なウェルメイドなSFに対して若干の物足りなさを感じたのも事実。サイバーパンクのガキっぽさが当時のSFファンを惹きつけたんですかね。
雀部 >  そうか、ヴァーリイ→ウィリスというのは、気が付いてなかった(汗) ウィリスもSFの申し子的なところがありますし、上手いし。カード氏なんかも上手いけど、ウィリス女史のSF的な設定を生かし切っていて、しかも物語的にも面白いってのは、凄いと思います。
 で、ムーブメントとしてのサイバーパンクは、SFにどれくらい影響を及ぼしたんでしょうか。例えば、ニール・スティーヴンスンなんかは、クズだけど格好良い主人公で、あ〜サイバーパンクしてるなと思うんですが(笑)
大森 >  スティーヴンスンはポストサイバーパンクの代表で、直接の影響下にありますね。 ギブスンをもっと軽やかにして、笑いの要素を入れた感じ。めちゃめちゃ面白いと思ってるんですが、日本ではいまいち人気が出なくて残念です。
雀部 >  早川さんは、だいぶ力を入れているようですが、人気あまり出ないのかな。主人公が剣道やってて「残心」とか言うところなんか、受けまくりましたが(爆笑)
 さて、大森先生が高校生当時創刊されたサンリオSF文庫は、やや期待外れだったようですが、今の目で見て、高校時代と評価が変わった作品はありますでしょうか?
大森 >  期待はずれだったのは創刊時のラインナップですね。あれも出るこれも出るって聞いてたのに、最初のうちは待望の新しいSFがほとんど入ってなかったんですよ。読み直してみて評価が変わった典型は、スタニスワフ・レムの『枯草熱』。こないだレム・コレクションで再読したら、全然印象が違ってびっくりしました。当時は、SF文庫でミステリなんか出すなよ!とか思ってたんで(笑)
雀部 >  いかん、読み返してみなくては。>『枯草熱』
 マイクル・コニイとか、ちょいB級なんだけど楽しかったロイド・ビッグルJr.なんかの本国での評価はどんなものなんでしょうか?
大森 >  コニイは先だって亡くなりましたね。『ハロー・サマー、グッドバイ』の続編は出版してくれるところがなくて、ウェブ上で無料公開されてるくらいですから、ベストセラーにはなってないんですが、熱心なファンはいるようです。ていうか、日本における評価とあんまり変わらないんじゃないですか。
雀部 >  そうなんだ。というと、あの作家の本が出ないのなんかも……
 大森先生は、ハードSFに厳しい評価が多いと思っていたのですが、バクスターの『時間的無限大』とかシェフィールド氏の『マッカンドルー航宙記』を絶賛されているのを読んで、そうか思いっきり広げた大風呂敷な話はお好きなんだと気づきました。
 でも、数式が出てきたりするヤツはやはり苦手でしょうか? まあ私も数式苦手なんですが(爆死)
大森 >  数式がダメというより、計算がダメですね(笑)。工学部系より理学部系。教条主義的なハードSFファンの……と言っていいのかどうか知りませんが、「このアイデアが現実に成立するかどうか」「この宇宙船が飛ぶかどうか」に強くこだわるような読み方は理解できない。本格ミステリで言うと、叙述トリックや心理トリックが好きで、物理トリックが苦手なんですが、それとパラレルですね。もっとも、『マッカンドルー航宙記』は、大仕掛けな物理トリック系の本格ミステリとして楽しく読めました。続編はいまいちですが。
雀部 >  そんな読み方をするハードSFファンはごく少数だとおもいますよ(笑)
 『太陽レンズの彼方へ』は、まだ積ん読状態。いかんなぁ。
 別唐晶司氏の『メタリック』と早瀬耕氏の『グリフォンズ・ガーデン』に共通点を感じてしまうというのを読んで、我が意を得たりと頷いたんですが―精神的には似ていると思った―当時別唐さんからは、いや違うんじゃないのというニュアンスのことを言われました(汗) 本質的には同じようなテーマなんですけど、ソフト方面を主に書いたものと、ハード面にも大いに留意して書かれたものとの違いが出ているかなとは思います(『乱闘編』289P)
 理系向けSFと文系向けSFというのは、やはりあるのでしょうか?(笑)
大森 >  『メタリック』と『グリフォンズ・ガーデン』は、書いてることが同じでアプローチが正反対みたいな印象でしたね。前者が理系的で後者が文系的? SFと謳わずにああいう小説が同時期に出たのは不思議な偶然でした。
 理系向けSFと文系向けSFみたいなものは、多少はあるでしょう。イーガンで言うと、『万物理論』は文系向け、『ディアスポラ』は理系向けとか。もっとも、理系/文系の差より、個人の好みの差のほうが大きいかも。
雀部 >  確かに。個人の好みの差のほうが大きいと言う点は、もの凄く同意します。
 某女性作家の方が『宇宙消失』の面白さが分かりにくいとおっしゃって、面白いポイントを説明するのにえらい苦労しました(笑)
 ブルース・マカリスターの『ドリーム・ベイビー』は、私も高く評価しているんですが、大半の部分はちと退屈だけどラストでSF的に歌い上げて感動の大円団を迎えるというこの小説は、普通のSFファンならみんな読んで感動するものでしょうか?
 あの地味な部分があってのラストだと思うから、ラストだけ読んでもダメだろうし(『乱闘編』337P)
大森 >  新刊SF時評の機能のひとつは、あんまり知られていない本、SFだと気づかれていない本をとりあげて、読者の注意を喚起するってことだと思ってるので、『ドリーム・ベイビー』のような本は強くプッシュしてますね。伊藤さんの『SFベスト201』に意外な本が入ってるのも、似たような考えからかもしれませんが。しかし、いまそれを人にすすめるかどうかっていうと……微妙ですね。というか、もうよく覚えていない(笑)
雀部 >  あら(笑)
 話は飛ぶんですが、大森先生はイアン・マクドナルドを高く評価されているんですが、『火星夜想曲』(★x5 回天編77P)と『黎明の王 白昼の女王』(★x4.5 乱闘編330P)はどちらがお好きですか。私は『黎明の王 白昼の女王』のほうが読みやすいし出来も良いと思っているのですが。大森先生の書評の感じから察するとと、評点が反対でもおかしくない気がしました(笑)
大森 >  好きなのは『火星夜想曲』のほうですね。SFだから(笑)
雀部 >  やはり。
 評価の付け方に、掲載紙(もしくは対象読者層)による違いとかはありますか。
 私はハードSF研公報に載せてもらう感想については、ハードSFというだけで、★半分をプラスした評価にするのですが(笑)
大森 >  僕の場合は逆で、SF時評の場合、ど真ん中には厳しく、周辺には甘くなる傾向がありますね。幻想文学とかホラーだとわりと簡単に★★★★をつけてるのに、ジャンルSFだとなかなか出さないとか。
雀部 >  それで、『リトル、ビッグ』(回天編88P★x4.5)は大絶賛なんですか?(笑)
 どうも、ああいうピュアファンタジーは苦手で……
 でもSF系の『エンジン・サマー』(乱闘編223P)が、★x5だから、いかに大森先生の評価が高いかよく分かります。
大森 >  『リトル、ビッグ』は傑作だと思いますよ。ただ、一般論としては、僕の場合、SFなら傑作と言われるものでも自信をもってけなせるけど、ファンタジーやホラーだとやや遠慮するところがあるかも。好き嫌いやジャンル分類と技術的な評価とはなるべく分離したいんですが、むずかしいですね。
雀部 >  『クリプトノミコン』(回天編332P)は、あんまりSFじゃない気がするんですが面白かったです(笑) この小説を楽しめるかどうかの簡単な判定テストの部分、商売柄大笑いしたのですが、冒頭のパノラマレントゲン写真を撮るシーンで“口の中に高感度フィルムの束をつめこみ”という描写があって、そりゃないぜと(一種の断層写真なので、線源も感光部も口の外)
 こういう、作者が単に勘違いしているか、それともわざと書いているかが不明なときは、翻訳家の方はどうされるのでしょう?
大森 >  ケースバイケースでいくつか選択肢がありますが、書いてあるとおりに訳す(そのうえで、訳注・訳者あとがき等でフォローする/しない)か、メール等で著者に確認したうえで(あるいはしないで)最小限の修正を加えるか、どっちかでしょう。
雀部 >  書評というか読んだ本の感想を書く場合、あきらかに作者の個人的な事情が作品に反映していたら、やはりそういう読み方を人にも薦めるべきなんでしょうか?
 たとえば、ディック氏は、私生活の好不調がそのまま作品に出ていますよね(笑)
大森 >  作者と作品を切り離すべきかどうかについては長い議論の歴史がありますが、僕個人はわりと切り離すほうです。まあしかし、作者の事情と作品とのあいだに、読者がぽんと膝を打つような因果関係が発見できたら、そのことに触れるのも親切かもしれません。
雀部 >  そこらあたりの判定がちょっと悩ましいですね。
 『回天編』の帯の煽り文句に“「冬の時代」の長いトンネルを抜けるとそこはSFの夏だった!!”とあって、そうか今は夏なんだと(笑)
 80年代初め頃、活字のSF雑誌が四五冊出てた元気な時代がありましたが、今はSFマガジンとSFJapan(季刊)くらい。どこが違うのでしょうか?(→元気な時代のSF誌
大森 >  1981年には、SFマガジンのほかに、奇想天外、別冊奇想天外、SFアドベンチャー、SF宝石、NW‐SF、SFイズムと出てますね。奇想天外とSF宝石が休刊すると、かわりにSFワールドとSFの本が創刊されて。でも、30年40年のスパンで見ると、あの時期のSF雑誌乱立が異常だったわけで、むしろいまが正常な状態だと思います。小説すばるのように、一般誌でありながらハードSFを掲載するような媒体もあるし、四六判ハードカバーで宇宙SFがふつうに出版される。あいかわらず受賞はしないにしても直木賞候補にもなるし(笑)。猛暑とか真夏とかじゃないにしても、そろそろ初夏だと言っていいんじゃないでしょうか。
雀部 >  私的には小春日和くらい(笑)
 『回天編』の冒頭に「『現代SF1500冊』から選ぶこの30年間のベスト50」が載っていますが、この中でSF初心者に一番のお薦めは、どれでしょうか?また、若い女性に薦めるとしたら?(いまさら『アルジャーノン』でもないですし(爆))
 それとも初心者には別の選択とかがありますでしょうか。
大森 >  いきなり『万物理論』を薦めるのもありだと思いますが、ふつうは『ユービック』か『アド・バード』あたりですかね。
雀部 >  なるほど。長くてもかまわないなら『航路』と、『光の帝国』あたりかなと思っていました。
大森 >  いまならそのへんはSFとして薦めなくても読んでもらえそうというか、「これがSFなの?」と言われそうで(笑)
雀部 >  「そうだ、これがSFだ」と(笑)
 大森先生の評論というと『文学賞メッタ斬り!』『ライトノベル☆めった斬り!』『読むのが怖い! 2000年代のエンタメ本200冊徹底ガイド』も出ているのですが、内輪話とか元の本をよく知らなくても面白かったです(笑) 『ライトノベル』や『読むのが怖い』に出てくる絶賛本は、SFファンにも基礎教養なんでしょうね。
大森 >  ありがとうございます。まあしかし、SFファンの基礎教養だと思ってる本はライトノベルだろうとミステリ系だろうと、『現代SF1500冊』のほうでとりあげてるはずなんで、むしろ他ジャンルのつまみ食い用に役立てていただければと。とくに『読むのが怖い』は北上次郎さんのボケ芸を楽しんでもらうのが主目的の対談なので、笑ってください。そうそう、いま出てる『日本一怖い!ブック・オブ・ザ・イヤー2006』収録の対談でも、僕が『ディアスポラ』を推薦してるんですが、北上さんは僕が解説に書いた「冒頭でつっかえた人は、第1章、第2章はざっと眺めるだけにして、第3章からじっくり読め」って指示に従ったつもりでいきなり第3部のコズチ理論のところから読みはじめて、「こんなもんさっぱりわからん」と投げ出してます(笑)。
雀部 >  そりゃ、いきなりコズチ理論じゃ、北上さんじゃなくても(爆笑) でも、SFが北上さんのツボにはまった時は、薦めた快感がありますよね。
 今回は、病み上がりのお忙しいなか、インタビューに応じていただきありがとうございました。この調子で続けることが出来るなら、一年くらい続きそうなのでそろそろお開きにしたいと思います(笑)
 最後に、近刊予定、現在執筆中の本・翻訳中の本がございましたらお教え下さい。
大森 >  とりあえず、2006年の春には、「SF翻訳講座」をまとめた本が研究社から出る予定です。SFマガジンの1989年8月号から1996年12月号まで、74回連載したコラムを大幅に再編集して加筆・訂正・削除を施し、書き下ろしや他の原稿を足して一冊分にする作業をいまやってるところです。あと、『文学賞メッタ斬り!』の第二弾とか、『ライトノベル☆めった斬り!』の第二弾とかもぼちぼち動いてるんですが、入院騒動とかあってあんまり進んでなくてすみません。
 翻訳では、河出書房新社《奇想コレクション》のコニー・ウィリス傑作選『最後のウィネベーゴ』が2006年陽春刊行予定。4本しか入らないんですが、分量では半分以上が訳し下ろしになるので、これからがんばります。それが終わったら、いい加減、ジョン・クロウリー『エンジン・サマー』の文庫版用改訳作業を再開しないといけないんですが、ふつうの小説を最初から訳すのと同じぐらい手間がかかるのでなかなか進まなくて……。
 退院以後、「明日できることは今日やらない」って方針に切り替えたんで、全体的に処理速度が落ちてますが、全然進んでないわけじゃないので、いつかは出るんじゃないかと。出るといいなあ(笑)
雀部 >  ご病気のこと、心配されているファンの方も多いと思います。ご無理をなさらないで、なおかつ頑張って下さいませ(笑)


[大森望]
1961年、高知県生まれ。本名:英保未来。翻訳家;評論家。京都大学文学部アメリカ文学科[昭和58年卒]
高校時代からSFファン活動を始める。大学入学と同時に関西海外SF研究会に入会。卒業後、新潮社文庫編集部に勤務。かたわら、映画 や書籍の評論、SF小説の翻訳などを手がける。平成3年新潮社を退 社し、専業翻訳家に。翻訳のかたわら、「SFマガジン」など新聞・雑誌で執筆活動も行う。訳書にハインライン「ラモックス」、モーリス「ドラゴンの目」、ブラッドリー「惑星救出計画」「オルドーンの 剣」、ディック「ザップ・ガン」、ベイリー「時間衝突」他
[雀部]
いつものようにメールで著者インタビューのお願いを出したのですが、なかなかお返事が帰ってこないと不思議に思っていたところ、ご本人がmixiで書かれている日記で、入院されたことを知りびっくりしました。出来れば、このインタビューは、ず〜っと終わらせないで続けていたかった(爆)

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