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Author Interview

インタビュアー:[雀部]

『天文マニア養成マニュアル』
> 福江純他編集
> ISBN-13: 978-4769912286
> 恒星社厚生閣
> 2400円
> 2010.8.12発行
 現役教師と天文学者多数が共同執筆した、高校までに学ぶ天文学の要点をギュッと濃縮した天文マニアを目指す人のための入門書。日進月歩の最新観測成果やまだ教科書にない研究成果まで、わかりやすい言葉で解説。コラムでは、「天文好き」を仕事に生かすためにはどうしたらよいか?教員、天文学者はどんな大学で何を学び、現場でどんな仕事をしているか?などなど、天文好き先輩としてのアドバイスも紹介した好著。

『最新宇宙プロジェクトがわかる本』
> 福江純監修/池下章裕イラスト
> ISBN-13: 978-4781604749
> イーストプレス
> 476円
> 2010.11.19発行
 国際宇宙ステーション、軌道エレベーター等々、宇宙開発の現在を徹底解説。「はやぶさ」帰還までの全ミッションも収録。知っておきたい最新宇宙開発のすべてがわかる。 稼働中の日本の衛星については、ほぼ全て解説してあります。

『空想ライトノベル読本』
> 福江純著/緒方剛志カバーイラスト
> ISBN-13: 978-4840135733
> メディアファクトリー
> 524円
> 2010.11.30発行
 人気ライトノベル作品に出てくる設定を、科学の目線で徹底解説。《涼宮ハルヒ》シリーズでは、なぜタイムパラドックスが生じないのか? 『バカとテストと召喚獣』の召喚獣は、宇宙エネルギーを利用している? 『とある魔術の禁書目録』の超電磁砲はいったいどんな仕組みなのか? 『灼眼のシャナ』の異世界は普通の人にどうして見えないのか?などなど、科学と空想の接点に迫る『SFアニメを科楽する!』姉妹編。

『風の邦、星の渚―レーズスフェント興亡記』
> 小川一水著/村田蓮爾装画
> ISBN-13: 978-4758411165
> 角川春樹事務所
> 1700円
> 2008.10.8発行
 父親と対立して、辺境に追いやられた若き騎士ルドガーは、赴任した領地でカエサルと古代ローマを知っているという、不思議な街の守護精霊「レーズ」と出会う。固陋なキリスト教の因習に反発する二人は、中世ヨーロッパの海に面した三角洲に、今までなかった街「レーズスフェント」を作り、帝国自由都市を目指す。だが、街が発展するにつれて辺境伯やハンザ同盟の怒りを買い、同じく異星生命体と接触を持ったデンマーク国王との戦いへとつながっていく……。

『不全世界の創造手(アーキテクト)』
> 小川一水著/こいでたくイラスト
> ISBN-13: 978-4022739087
> 朝日ノベルズ
> 900円
> 2008.12.30発行
 物作りを愛する少年・祐機の夢は、自分で自分を複製するフォン・ノイマン・マシンの実現。地方都市で才能をもてあます彼の前に天才投資家の娘・ジスレーヌが現れた。「あなたの力と未来に投資させて」。―二人は強力なマシンと資金を武器にして、世界生産を支配する国際組織「GAWP」に立ち向かう。

『煙突の上にハイヒール』
> 小川一水著/中村佑介装画
> ISBN-13: 978-4334926731
> 光文社
> 1500円
> 2009.8.25発行
 背負って使用する、個人用ヘリコプター。ネコの首輪につけられるような、超軽量の車載カメラ。介護用のロボットも、ホームヘルパー用のロボットも、少し先の時代には当たり前になっているのかも。あなたなら、楽しい使い方を思いつけますか? テクノロジーと人間の調和を、優しくも理知的に紡ぎ上げた、最新傑作集。

『天冥の標<1> メニー・メニー・シープ(上・下)』
> 小川一水著/富安健一郎カバーイラスト
> ISBN-13: 978-4150309688,978-4150309695
> ハヤカワ文庫SF
> 各巻660円
> 2009.9.25発行
 西暦2803年、植民星メニー・メニー・シープは入植300周年を迎えようとしていた。しかし臨時総督のユレイン三世は、地中深くに眠る植民船シェパード号の発電炉不調を理由に、植民地全域に配電制限などの弾圧を加えつつあった。そんな状況下、セナーセー市の医師カドムは、“海の一統”のアクリラから緊急の要請を受ける。街に謎の疫病が蔓延しているというのだが……

『天冥の標<2> 救世群』
> 小川一水著/富安健一郎カバーイラスト
> ISBN-13: 978-4150309886
> ハヤカワ文庫SF
> 760円
> 2010.3.15発行
 西暦201X年、謎の疫病発生との報に、国立感染症研究所の児玉圭伍と矢来華奈子は、ミクロネシアの島国パラオへと向かう。そこで二人が目にしたのは、肌が赤く爛れ、目の周りに黒斑をもつリゾート客たちの無残な姿だった。圭伍らの懸命な治療にもかかわらず次々に息絶えていく感染者たち。感染源も不明なまま、事態は世界的なパンデミックへと拡大、人類の運命を大きく変えていく。

『天冥の標<3> アウレーリア一統』
> 小川一水著/富安健一郎カバーイラスト
> ISBN-13: 978-4150310035
> ハヤカワ文庫SF
> 880円
> 2010.7.15発行
 西暦2310年、小惑星帯を中心に太陽系内に広がった人類のなかでも、ノイジーラント大主教国は肉体改造により真空に適応した“酸素いらず”の国だった。海賊狩りの任にあたる強襲砲艦エスレルの艦長サー・アダムス・アウレーリアは、小惑星エウレカに暮らす救世群の人々と出会う。伝説の動力炉ドロテアに繋がる報告書を奪われたという彼らの依頼で、アダムスらは海賊の行方を追うことになるが…。

『博物戦艦アンヴェイル』
> 小川一水著/藤城陽カバーイラスト
> ISBN-13: 978-4022739360
> 朝日ノベルズ
> 1000円
> 2010.3.30発行
 強大な島国ラングラフの国王は、この世界に残るさまざまな怪異を探るために、海軍の大型帆船を就航させた。一方で、少女騎士ティセルはある使命を受けた。若き探検隊員の護衛である。この少年は、特異な語学力と天真爛漫な性格から、この探検隊には不可欠の人物なのだ。一見頼りない青年船長、反乱の隙をうかがう、荒くれの水兵たちとともに、いよいよ出航の日が来た。
博物戦鑑―それは、海の果ての「古の驚異」を探る、海軍の大型帆船だ。海が苦手な新米少女騎士ティセルは、国王の命を受けてその船に乗り組むことになった。使命は、天真爛漫(過ぎる?)通訳の少年、ジャムの護衛。頼りになるはずの青年艦長に率いられ、アンヴェイル号は大海原に乗り出す……。

『博物戦艦アンヴェイル ケーマの白骨宮殿』
> 小川一水著/藤城陽カバーイラスト
> ISBN-13: 978-4022739551
> 朝日ノベルズ
> 1000円
> 2010.11.30発行
 「アンヴェイル号の再建のために、快速の秘訣を教わってきてちょうだい」―長い旅を終えて王港に帰りついた少女騎士ティセルと道化のジャムは、王妃から新たな命令を授けられた。不気味な書庫船の番人たちが待ちかまえる。いっぽう青年艦長アルセーノは、宿敵を前に剣を抜き、大切な人が誰なのかを知る。困難を乗り越えた一行は伝説の白骨宮殿を求め、再び海に出た。

雀部> 読者の皆様、あけましておめでとうございます。「アニマ・ソラリス」新年号の著者インタビューは、昨年の11/30に、『空想ライトノベル読本』を出された福江純先生です。
 福江先生よろしくお願いします。前回のインタビューの時にお伺いした本がついに出ましたね。
福江> はい、ようやく出版されました。
 おいおい話が出てくると思いますが、取り上げる本の選択や紹介や解題など、思いの外、大変でした。
雀部> ではおいおいと(笑)
 その間に、『天文マニア養成マニュアル』の編集、『最新宇宙プロジェクトがわかる本』も出されてますね。
 この『最新宇宙プロジェクトがわかる本』は、「はやぶさ」の全ミッションが収録されてますが、これはギリギリ間に合ったんですか?
福江> ははは、内実を明かすと、その前に出た『本当は怖い宇宙』というのが売れたらしくって、さらにはやぶさにあやかって便乗したとこですね。ぼくは監修しただけですが、スケジュールがめちゃくちゃタイトでした。
雀部> 『最新宇宙プロジェクトがわかる本』の第三章「最新・日本の人工衛星のすべて」を読むと、う〜んこんなにあったのかと不勉強を恥じ入るばかりです(汗)
 福江先生のご専門分野に関係する人工衛星「すざく」による研究成果はだいぶ上がってきているんでしょうか。
福江> はい、X線天文衛星の「すざく」は大活躍ですよ。
 ブラックホールや中性子星周辺の状況が、かなり精密に観測されつつあります。
 木星周辺からのX線や天の川銀河系からのX線放射なども測定されています。
 ただ、X線の観測なので、一般の人にはイメージが掴みにくく、インパクトのある画像などがあまり提供できないのが残念ですが。
雀部> 「すざく」の観測から、何か新しい知見があったでしょうか?
福江> そうですねぇ、X線連星を詳細に調べたり、
 天の川からのX線を発見したり、銀河系中心の解析をしたり、いろいろ新しい発見がありました。
 最初の頃だと、こんなんがありますね。
雀部> だいぶ成果が上がってるようですね。
 そういえば、前回のインタビューの時にお聞きしていた『天文マニア養成マニュアル』も出ましたね。
福江> はい、タイトルには“天文マニア”と入っていますが、
 中身は帯にもあるように高校生や教員志望の学生や教育関係者向けです。
 ホントのマニアの方には向いていませんが(笑)。
 でも、うちの卒業生などを含め、現場の先生が平易に書いたので、それなりに受け入れられたのか、現在、重版の準備中です。
 単著の本はめったに重版かからないのに(とほほ)。
雀部 > 『天文マニア養成マニュアル』では、「ペーパー分光器」の作り方が面白かったです。紙だけで出来るんですね。
 写真に福江先生も写られてますね。
福江 > はい、グレーティングシートが高いですが、細かく切って使うので、1個ぶんが100円ぐらいでできるんじゃないかな。
十分に分光できるので、小学生でも大学生でも楽しめます。
雀部 > あと、コラムの「未来への指針」が良かったですね。天文学を志す若者に、どういう道を選べば良いのかという道標は、なかなかなかったような。あれはどなたのアイデアなんでしょうか。
福江 > ああ、ありがとうございます。
 あれは出版社の方からもらったアイデアだったような記憶がありますが、もしかしたら、執筆者同士のブレーンストーミングだったかもしれません。たくさんで製作したので、いろいろなアイデアが出ました。
雀部 > なるほど。大勢でやる良いところが出たわけですね。
 さて、今回は福江先生と相談の結果、いつもとは趣向を変えて、『空想ライトノベル読本』で取り上げられているライトノベルの著者の方にもインタビューさせて頂こうということと相成りました。
 トップバッターとしてお迎えするのは、『不全世界の創造手(アーキテクト)』の著者、小川一水先生です。小川先生、『天涯の砦』著者インタビューの際にはお世話になりました。 もうあれから4年近くなるんですね。
小川 > その節はお世話になりました。
 いま当時のインタビューを読み返してきましたが、なんかいろいろ言ってるなという気分です。
 この4年というのはただの年月としてもかなり大きいですが、その間に大スランプがあって考えが変わったので、さらに長年月がたってしまった気分です。
 なんて書くとまた突っこまれるんでしょうけど、よろしくお願いします。
雀部> そんなことを言われると聞かざるをえなくなります(笑)
 どういう風に考えが変わられたのでしょうか?
小川> リアル路線を突き詰めることは危険だな、と。
 それはノンフィクションライターや記者の路線でした。
 イマジネーションを振るう作家方向へ、少し舵を戻した感じです。
福江> ご無沙汰しています。相変わらず面白い作品をガンガン発表しておられて、『天冥の標』なんかも毎回趣向が違って楽しいです。(小川さんとは宇宙作家クラブSACを通じて、何度かお会いしています)
 『不全世界の創造手(アーキテクト)』もリアリティが高い作品でした。
小川> 福江先生とはSAC大阪例会でお会いしました。ごぶさたしております。
 見た目はわりと物静かそうな方なのに、ブラックホールの著書などを読ませていただいたらアニメネタがばんばん出てくるので、あれ、こういう怖くない方もいるんだ、と。それまで学者の先生はまじめなことばっかり考えていると思っていたので、目から鱗が落ちました。(その後、こういうフィクションの好きな学者さんは結構いるということを知りましたが)
 『天冥』や『不全世界〜』を読んでいただけたとは嬉しいです。
 リアリティが高いと感じていただけましたか。自分では、一部リアルに書きつつ、思い切って空想方向へ、ぶん投げた話でした。
福江> SFだから、たいてい、どっかに大ウソがあるはずなんだけど、それが見破れなかったんですよね。
 この段階のフォン・ノイマン・マシンなら、もう当然どこかでできていておかしくない、と思わせる説得力がありました。
小川> 嘘だと思いながら書いたのは三点です。
 一点は部品の比率を無視したところ。この話に登場する自己増殖機械のUマシンは、地面の土を使用した焼き物のボディとアクチュエータ、中枢神経系に当たる情報処理部品からなる。このうち情報処理部品と太陽発電シートは現地生産できないので人間が供給してやる――という設定でした。
 しかし、実際にはおそらく、現地調達できない中枢系部品のほうが、マシンのコストの大半を占めます。家電量販店へ行くと実感できることですが、現代では物の値段はほとんど体積と関係していない。集積度の高いパーツほど高価に売られている。ものによってはガワなんて数百円でしかない。
 だから、ボディを自己増殖させてもさほどコストの圧縮に寄与しない。
 まずこの点を無視しました。
 二点目はフレーム問題を重視しなかったところ。現在の人工知能は人間のようにいらない情報を切り捨てることができなくて、検討過多になって停止します。これをどうするのか、あまりはっきり書きませんでした。
 三点目は人間の心です。人間は物作りを好む、人種を問わずそうである、と信念付けて書いた話ですが、実のところ世の中には物作りを好かない人や、物作りを軽蔑している人も大勢いる。また物作りそのものの価値にもいろんな形で疑問符がつけられています。
 しかしエンターテイメントなので、そこをあえてまげて、最後には物作りが優勢になっていくという形にしてみました。
福江> あああ、なるほど、言われてみれば、実際問題としては、そうかもしれないですね。
 ただ、一点目は経済的な問題で、三点目は人間側の問題で、これらはスペースコロニーができないのと同系列の理由でしょうか。原理的な問題としては、フレーム問題ですか。本書のレベルのフォン・ノイマン・マシンなら、なんとかならないかなぁ(笑)。
小川> 福江先生のご指摘は、いわゆるハードSFを書くということ、サイエンス方面に限った嘘をつくということについてですね。
 たとえば日本沈没の日本が沈むメカニズムだとか、フォワードの竜の卵の、中性子星人チーラの由来だとか。ああいうのは話のつくりが完全なボトムアップなので、とても難しいです。「ここは多少いい加減にしたほうが盛り上がるよね」などという操作を極力抑える方式ですから。
 不全世界では、人間が科学を扱うときどうなるか、何が起こるか、という方面に二、三歩軸足をずらした話作りをしました。
福江> 社会的な問題とか経済的な問題でのウソだったんですね。
 一つ、目ウロコでした。
雀部> フレーム問題については、「おれたちのピュグマリオン」(『煙突の上にハイヒール』所載)での解決法には大受けしました。確かにそうですよね。
小川> あの話では人型ロボットに、「できないと思ったらすぐ投げる」機能を搭載しました。
 それにより人間の指示を仰ぎ、問題が発生するのを予防すると。
 実際には今のロボットは、できないと気づかずにチャレンジして壊れたり、できるようなことでも簡単な障害で引っかかってあきらめたりする。それこそがフレーム問題であるわけで、この問題の解決は難しい気がします。
 何か別の角度からの解決があるといいですね。
雀部> 個人的には、力業で解決しちゃうような気もするんですが(笑)←フレーム問題
 『煙突の上にハイヒール』の表題作に登場する「MeW」は、やはり「ナウシカのメーヴェ」なんですか。前回のインタビューでおうかがいしていた個人用飛行具のお話ですよね。
小川> そうですね、あの話が前回少し触れた飛行具の話です。でも「MeW」の名称がメーヴェとかぶっていることには気づかなかった。きっと無意識に似せてしまったんでしょう。メーヴェは大好きでした。
 ナウシカの飛行機たちは私が最初に触れたフィクションでの飛行具のひとつです。私は絵の才能がなくて描かない人間なんですが、ナウシカに登場する飛行機だけは、子供のころよく模写していました。最近もバカガラスの木組みの模型を作って子供にやったりしました。
 宮崎アニメの飛行機は、翼幅の大きい直線翼が多くて、スピードはあまり出なさそうなんですが、いかにも飛びたがって見えるのがいいです。
雀部> 確かに、空力をあまり考えてないように見えますね。ゆっくり飛ぶというか浮かんでいるのが似合いそう。
 話が戻りますが、『不全世界の創造手』の設定は、SFだとマイクロマシンかナノマシンでも良さそうな気がしたんですが、Uマシンサイズになったのは何故なのでしょうか?
小川> 実現可能性とドリームを天秤にかけました。
 日本の高校生がナノマシンをいきなり実現させました! と言っても、どうもうそ臭い。ロボコンなどでも、実際の高校生はチームを組んで、教官についてもらってこつこつとやっていくイメージ。ところがナノマシンは電子顕微鏡のある大学の研究室でもなければとても取り扱えない気がしまして。両者にギャップがありすぎる。
 ああ、でも、まあ、そこを跳び越えちゃうこともありだとは思いますが。ジスレーヌなんていう反則スポンサーを出したぐらいですから、研究室での活動を重点に持ってくる書き方をする、というのもありえたかもしれません。
 ナノマシンを大量増殖させて地球環境を一気に変えに行くジスと祐機 vs 世界を守るGAWPとグーテンベルガー。
 ……なんかそれだと悪役SFになっていたような気もしますが。
雀部> 悪役SF好きなんです。ぜひその路線で(笑)
 小川先生のお話は、『第六大陸』でも感じたんですが資金の問題もちゃんと書かれていて、そういう点もリアルです。ジスレーヌちゃんの資金調達法は、ちょっとズルしてるかも知れないけど、これもエンタメということで金儲けの話は詳しく書いてもなぁというところですよね。
小川> 問題はその「ズル」ですね。
 お気づきの方も多いと思いますが、ジスレーヌのモデルは、ウォーレン・バフェットでした。この人は株取引と企業買収で巨額の財を成した有名なトレーダーです。このおじさんを女の子にしたら面白かろうと。
 けれども、バフェットの基本的な取引手法というのは、「買ったら上がるまで待て」という、わりとどっしりとしたものでした。一日に何度も売ったり買ったりということはしません。けれどもこれをそのままジスレーヌにしたら、話が何十年という単位になってしまって進みません。
 いっぽうバフェットは「みんなが作れるものを売っている会社を買うな」「ユニークなものを取り扱っている会社を買え」とか、成長性に注目することの重要性など、なるほどなあと思わされることを説いている。
 では、その成長性がわかってしまう能力があったら無敵じゃないか?
 そういう発想で、ジスレーヌとオービーヌの親娘はあのようになりました。――が、あの能力の正しい使い方はバフェット式の悠揚迫らざるものです。物語中であるようにいそがしく売り買いを繰り返すやり方は向いていません。

 経済の世界にはいろいろとSF的な概念があって大変面白いです。
雀部> ありゃま、モデルがあったのですか!←全然経済学方面には疎くて(泣;)
 『風の邦、星の渚 レーズスフェント興亡記』では中世ヨーロッパを舞台に、レーズスフェント市という架空な都市を舞台に、経済的な問題も上手く展開に取り入れられていて、経済学音痴にも面白く読めました。都市の発展には当然のことなんですが(汗)この本が、前回のインタビューでうかがった、三年がかりの角川春樹事務所の長編ですよね。
小川> そうです。三年がかりといっても、途中いろいろ転々としていた期間が三年なんですが。
 この話は当初、太平洋戦争後の日本の話でした。
 それが次には、19世紀イギリス艦隊の少年と、日本の東北の小藩の少年武士の話の友情話になりました。
 それが次には、32世紀の円盤型軌道エレベーターを巡る、閉鎖船と複葉機パイロット少年と教導淑女会の娘の話になりました。
 それが次には、14世紀ドイツの歴史物になったものです。

 なぜそんなに変転したんだといわれると困りますが、当時扱おうとしていたテーマをどう出すか、という点で試行錯誤を重ねた結果が、レーズスフェントでした。
雀部> SF者としては、円盤型軌道エレベーターを巡る、閉鎖船と複葉機パイロット少年と教導淑女会の娘の話も読みたかった気がします(笑)
 こういう没になった設定は、またの機会に活かせるチャンスはあるのでしょうか。
小川> あります。形を変えて他の話に出すことはよくやります。
 意識的にやることもあるけれど、無意識にやってしまうことも意外とあります。
 たとえば、設定ではなくてキャラなんですけども、10年に出した天冥の標2巻には、医師の児玉圭伍と矢来華奈子という、大人の男女のコンビを出しました。
 自分で新しい組み合わせのつもりだったんですが、先日02年の群青神殿を読み返したら、すでに潜水艇のパイロットと学者という形で、似たようなコンビを出していました。
 自分では忘れていても、過去に使ったものをブラッシュアップして使いたいという欲求はあるようです。
 ちなみにこの群青神殿も、近日中に再刊となって朝日ノベルスから出していただける予定になっています。
雀部> ルドガーの永遠の恋人、ルム姫の可愛いことったら(結婚しちゃうんですけどいつまでも恋人ですよねヽ(^o^)丿)
 アニメキャラにぞっこんの福江先生も気に入ると思います(笑)可愛いくて賢くて、控えめで芯があって一途という、ちょっと古風なところもあるキャラクター。泉の精レーズは、異星物にしては現代的なキャラでその書き分けも面白かったです。
福江> 『風の邦、星の渚 レーズスフェント興亡記』はまだ未読です。きっと続編が出るだろうと思って、そのうち文庫でまとめて読もうかと(笑)。
小川> 11年5月に文庫版が出ますのでよろしくお願いします。
雀部> あらまもう文庫版が。さすが福江先生、わかってらっしゃる(笑)
 福江先生が“毎回趣向が違って楽しい”と紹介された《天冥の標》シリーズですが、巻を重ねる毎に衝撃の結末で。
 特に一巻目は、主だった登場人物はみんな死んでしまう“え〜っ!ここで終わるの?!”的なラストが凄かったです。で、二巻目は全く違った舞台で(驚)三巻目ともなると、そういう意味での驚きは無かったですが(笑)
 医療人の端くれとしては、二巻目が一番興味深く読んだんです。厚労省のパンデミック対策(主としてインフルエンザ)の講習会とかも受講して、発熱外来用の陰圧テント(1500万もする)も経験してきました。
 この二巻目と「白鳥熱の朝に」は、雰囲気的に近しいものを感じたのですが・・
小川> ええ、そうです。
 元はといえば08年の春に、国立感染症研究所の方から鳥インフルエンザのパンデミックのお話をうかがったことがきっかけでした。インフルエンザウイルスというのは大変変異しやすいウイルスで、致死率の高い強力なものに変わる可能性がある。それが出てくるのはもう時間の問題なのだ、という話でした。
 それが大変印象的な話だったので、ちょうど光文社から短編5本の枠をいただいていたものですから、まずは「白鳥熱の朝に」という形で世に出した。
 しかしそのときいろいろ勉強して、医学は大変面白いとわかったものですから、『復活の日』みたいな長編感染症SFにして出してみたいと思っていた。
 その機会が《天冥の標》シリーズの中で見つかったものですから、実現させたということです。
雀部> 「白鳥熱の朝に」の患者に対する扱い方のアイデアが、そのまま『天冥の標2』で生かされてますもんね。
 毎回趣向を凝らしている《天冥の標》シリーズですが福江先生はどの巻がお好みですか?
福江> 好みというより、ほぼ現代の2巻目がどんと突き落とされた点で驚嘆でした。
 あれ、ここはどこ、何の話だったの、という感じで、いわゆる見当識の喪失状態になりました。
 ところが3巻まで行くと、つながりのある人物が出てきたりして、伏線がだんだんに繋がってくるわけです。
 伏線とか全体の関係を繋げるのは書く方としては大変だとは思いますが、読む方としては、ああいうのがとてもゾクゾクしますね。
雀部> 『ダンバイン』の舞台が、突然バイストン・ウェルから現代に変わったような(笑)
小川> いろいろ楽しんでいただけて嬉しいです。
 4巻は3巻とわりと近い時代ですが、人物と扱う材料はまたガラッと変わります。
 一巻登場の「恋人たち(ラバーズ)」の話になります。
 また「えーっ……」と思われるようなことをするので、お楽しみに。
雀部> 「恋人たち(ラバーズ)」が登場するんですか。芸術関係の話だと嬉しいな。
 第三巻では、「木星の大赤班は何のために作ったんだ?」に対するアダムズの答え「目立ちたかったから」に大いに受けました(笑)
 《博物戦艦アンヴェイル》シリーズは、まだまだ続編が出るそうなのですが、テスとジャムの仲はなかなか進展しませんねぇ(笑)
 ライトノベルではキャラ立ちが重要視されるようですが、小川先生のライトノベルの主人公たちは、なにか自らを律しているように感じています。小川先生が書かれるにあたっての規範とかは決められているのでしょうか。
小川> 自らを律している?

 (考えている)

 いや、私としてはみな好き勝手にやらせているつもりです。
 自分を律さないというと、多分、「フリーランチの時代」の主人公たちみたいになるでしょうか。楽になるよと言われて宇宙人にあっさり体を明け渡し、ついでに全人類を巻き添えにしてしまう、というような。
 4巻の主人公もわりとオレ正義路線になるかもしれません。
雀部> 全人類を巻き添えにするのはちょっと勘弁して欲しいです(爆)
 練りに練った考証の上に描かれる異世界で、滅茶苦茶尖った主人公が暴れる話はちと読みづらいと思うので、希望としてはあまり変えないで欲しいです(笑)
 前回に引き続き、今回もインタビューに応じて頂きありがとうございました。
 例によって、近刊予定とか執筆中の本がありましたらご紹介下さいませ。
小川> 今年の上半期は、回り合わせで新刊ラッシュとなる予定です。
 2月以降、朝日ノベルスより「群青神殿」が再刊されます。
 春までに、私のSF中編とのタイアップでミュージシャンの方に音楽をつけていただいて、CDを出すという企画が動いています。
 2月4日にはポプラ文庫から『妙なる技の乙女たち』文庫版が出ます。
 3月頭には、早川書房から短編集『青い星まで飛んでいけ』が出ます。
 5月には、角川春樹事務所から『風の邦、星の渚 レーズスフェント興亡記』の文庫版が出ます。
 そして、現在執筆中の天冥の標4巻は、6月発売予定です。

 『妙なる技の乙女たち』文庫版は加筆・改筆をかなり行ったうえ、ボーナス短編一本を付け加えました。『青い星まで飛んでいけ』など他の文庫版もいろいろと手を加えましたので、既読の方にもよろしくお願いします。

 今回はどうもありがとうございました。
福江> 今後も新作を楽しみにしています。
雀部> いっぱい出るんですね(嬉)音楽付のCDとは、とても興味がありますし、特にSF者としては『青い星まで飛んでいけ』は楽しみですね。
 お忙しいところ本当にありがとうございました。これからも面白い作品をどんどん出して下さいませ。


[福江純]
1956年、山口県宇部市生まれ。78年、京都大学理学部卒業。83年、同大学大学院(宇宙物理学専攻)を修了。大阪教育大学助手、助教授を経て、大阪教育大学天文学研究室教授。理学博士。専門は理論宇宙物理学。天文学者としてだけではなく熱心なSF、アニメファンとしても有名で、SFアニメやSF小説のアイデアを天文学の立場から考察した著書も多数ある。
[小川一水]
1975年岐阜県生まれ。1996年、『まずは一報ポプラパレスより』で長篇デビュー(河出智紀名義)。2003年発表の月面開発SF『第六大陸』が第35 回星雲賞日本長編部門を受賞して以降、骨太な本格SFの書き手として期待が高まっている。また、2005年の短篇集『老ヴォールの惑星』で「ベスト SF2005」国内篇第1位を獲得、収録作の「漂った男」で第37回星雲賞日本短編部門を受賞した。'09年より一大宇宙年代記《天冥の標》シリーズを刊行中。全10巻の予定。
[雀部]
今月は、福江先生の『空想ライトノベル読本』の中で紹介されているライトノベルの作者さんにインタビューしようという特別企画です。後3回続く予定。

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