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Author Interview

インタビュアー:[雀部]

『あがり』
> 松崎有理著/toi8カバーイラスト
> ISBN-13: 978-4488018146
> 東京創元社
> 1600円
> 2011.9.30発行
「あがり」第一回創元SF短編賞受賞作
 女子学生アトリと同じ生命科学研究所にかよう、おさななじみの男子学生イカルは、尊敬するジェイ先生の死後様子がおかしかった。夏のある日、彼は研究室の機械を占有しある実験をはじめた。その秘密実験の予想だにしなかった顛末とは……
「ぼくの手のなかでしずかに」
 素数分布についての有名な予想を証明することが生き甲斐の数学者。彼は、ある日書店で数学好きとおぼしき可愛い女性と接近遭遇するのだが……
「代書屋ミクラの幸運」
 駆け出しの代書屋が先輩代書屋に紹介されたのは、あまり予算の無さそうな応用数理社会学講座の研究者だった。このままだと首にされてしまうので、ぜひ有用な論文を書き上げたいとの依頼だったのだが……
「不可能もなく裏切りもなく」
 このままでは辞めさされる。半年で論文を書くことが至上命令と化した二人の研究者の出した結論は、「遺伝子間領域の存在理由について」の論文を共著するしかないのだ!
「へむ」
 画だけには天才的な閃きを見せる少年と、彼を認めた転校生の少女。医学部の地下通路に潜む不思議な生き物たちとふたりの交流を描いたノスタルジックな短編。

『NOVA6』
>大森望責任編集/西島大介イラスト
>ISBN-13: 978-4309411132
>河出文庫
>950円
>2011.11.20発行
収録作:
「白い恋人たち」斉藤直子
「十五年の孤独」七佳弁京
「硝子の向こうの恋人」蘇部健一
「超現実な彼女 代書屋ミクラの初仕事」松崎有理
「母のいる島」高山羽根子
「リビング・オブ・ザ・デッド」船戸一人
「庭、庭師、徒弟」樺山三英
「とんがりとその周辺」北野勇作
「僕がもう死んでいるってことは内緒だよ」牧野修
「保安官の明日」宮部みゆき

雀部> 今月の著者インタビューは、第一回創元SF短編賞を受賞された松崎有理さんです。松崎さん、よろしくお願いします。東北大出身の作家の方にインタビューさせていただくのは、円城塔先生、瀬名秀明先生に続いて三人目なんですよ。
松崎> こちらこそよろしくおねがいいたします。なにせまだほんのかけだしで、みなさんみたいにおもしろい話題を提供できるか不安ですが。
 雀部さんにじかにお会いするのははじめてですよね。まあすてきなネクタイ、とかいう小芝居はやっぱり不要ですか。
雀部> はぃ〜。著者インタビューは、メールのみによるインタビューですと断ってあります(笑)
松崎> ああそうかこれってメールだったんだ。ところでお茶うけに出していただいたダークチェリータルトおいしいですね。大好物ですありがとうございます、ってまだ小芝居つづけてみたり。
雀部> 奇遇ですね、私も大好きです(笑)
 岡山市に「モーツァルト」という老舗のドイツ菓子店があって、そこの看板商品がこれなんですよ。
 短編集『あがり』の表紙、雰囲気があって素敵ですね。あれは川内のキャンパスがモデルなのでしょうか?
松崎> あ。あれは片平だそうです。
雀部> 片平だったんですか。歯学部だったので、片平には行ったことがない。あ、卒業式は片平だったっけ?
松崎> わたしたちのころは、卒業式と入学式は仙台市体育館でした。入学式のとき、当時の学長だった西澤潤一先生の話をまったくきかずにP. K. ディック『悪夢機械』をよんでいただめ新入生。
雀部> 大胆不敵な新入生(笑)
 私の入学当時は大学紛争が盛んで昭和45年度の入学式は無かったんですよ。
 この本の登場人物たちは、八萬町とか青涼地区に住んでいるみたいですが、松崎さんが実際に住まわれていたのはどこらあたりなのでしょうか。
松崎> 入学当初は、学内唯一の女子寮である如春寮にいました。三条町です。
 でも、如春って入寮イニシエーションがすごいんですよ。けっきょくひと月で出ちゃいました。
 そのあとすぐに住んだのが、なんとなく予測がつくでしょうが八幡町。それからしばらくして国見に引っ越し。就職してからは中山です。星陵は職場でした。って、こんなローカルな話でいいんでしょうか。そりゃあ雀部さんはおわかりでしょうけど。
雀部> 東北大を舞台にSF書かれた方がなにをおっしゃられます、わかる人にはわかるで(笑)
 今は、グーグルマップもありますからねぇ。昔住んでいたところを見て、あまりの変化に驚きました。あ、最初は萩ケ丘(野草園の近く)に間借りしていて、それから柏木(歯学部の通りを挟んだ向かい)の下宿で、最後が通町のアパートなんです。三条町って、ちょい北の方ですね。あそこらあたりは確かにやたらと神社やお寺さんがあった。私にも思い出の神社があります(懐)
 卒業されてからは中山なんですね。だんだん北上しているような(笑)
松崎> 北のほうが家賃がやすい、ということに住んでるうちに気づいたからかな。
 ところで雀部さんの思い出の神社ってとこ、つっこんでもいいんですか。いつごろの、どういう思い出だったのでしょう。まさか子猫をひろいました、なんてかわいらしいオチじゃないでしょうね。
雀部> えっ(汗;)
 北仙台駅近くの鹿島香取神社です。まあ、普通にお願い事したり、願掛けしたり(汗;;)
松崎> インタビューごらんのみなさーん。雀部さんまだ隠してることあるみたいですよー。
 ああすみませんそろそろやめましょうか仙台ローカル。
雀部> 国見には、同級生のアパートがありました。あ、止めないといくらでも続きますね(汗;)
 でも、短編集のさいごの「へむ」にふれないわけには(笑)
 歯学部の学生のロッカールームは地下一階だったので、医学部へ通ずる地下通路は学部へ入ったときから知ってました。まあ毎日は通らなかったかなぁ、医学部の食堂へ飯を食いに行く時とか、病棟へ洗濯物持っていって、コインで動く洗濯機を使うときとかくらい(昔は誰でも洗濯機を持っていたわけではないし、コインランドリーなんてものは無かった。特に間借りとか下宿では)
 あそこには「へむ」たちがいたのかと、ひんやりして薄暗い通路をしみじみ想い出しました。
松崎> わたしも星陵勤務時代はあの通路にはお世話になって。雪降ったときなんてべんりでしたよ。
 そうそう。たしか一号館と基礎棟(四号館)の分岐点だと思うのですが、「女は妻唯一人」っていう書が掛けてあったの、おぼえてますか。書道のとくいな医師のどなたかによる作品らしいんですが、それみて当時のボスが「うそばっかり」とつぶやいてました。もちろんこれ「へむ」作中の学長による書画のモデルなのですけれど、さすがにこのまま登場させるわけにはいかないので大幅変更しました。
雀部> そんな書がかけてありましたっけ? 30数年前だ(汗;)
 あの通路まだあるんでしょうか。東北大も本当に再編計画があるみたいですが。
松崎> じつは、もう入れなくなっちゃったんですよ。ほんとに閉鎖。そのさびしさを「へむ」にぶつけてみたしだいです。
雀部> ほんとに閉鎖されちゃったんですね……
 そういえば、「月刊アレ!」11月号に載っている東京創元社の小浜さんとのミニ対談では、“舞台を<北の街>に固定するのが、ものすごい制限でした”とのことでしたが、架空の舞台のほうが書きやすいのはどうしてでしょうか。
松崎> だってすきかってできるじゃないですか、自分でつくった世界ならば。
 それが、北の街みたいに現代日本をモデルとした舞台となると、あんまり荒唐無稽なことはできない。たとえば、ほんとは機械類はなるだけ出したくなかったけど、まったくないと不自然だからつかわざるを得なくなる。電子レンジとかバスとか携帯電話とか。そういう制限です。
雀部> 好き勝手にはできるけど、SFとかミステリでは物語内部での整合性が重要なので、かえって大変じゃないですか?
松崎> その整合性をかんがえるのがたのしいのですよ。パズルみたいで。
 アトーダ先生が著書で“穴のあいた複数枚の板をかさねて、棒が一本まっすぐとおるようにする”というたとえをつかってらっしゃいましたが、そんなかんじです。そう小説かきってわたしにとって知的なパズルかゲームです。ルールはテキストのみでかくこと。
雀部> 考え方がほんとうに理系ですねぇ…… コアSF書かれる方には必須の素質とは思いますが。
松崎> あ、上でパズルだゲームだっていいましたけど。ほんとのほんとは、小説かきってサービス業だと思ってるんですよ。詳細は以下でかいてます:
http://yurimatsuzaki.com/others/homework2.html
http://yurimatsuzaki.com/others/homework4.html
雀部> 喜多俊之さんの「自分のためではない。かぎりなくひとのため」も良い言葉ですが「基本はつねにサービス業」もなるほどなと思いました。
 では、SFはどういったものがお好きなのでしょうか。
松崎> 翻訳と国産を半々くらいでよんでました。子供のころはとにかくハードSFがすきで、アシモフはたぶん国内で手に入るものはぜんぶよんだはず。それと、日本人作家ではいわゆる第一世代のかたたち。
 高校生になるころからは上でちょっと触れたディックとラファティかな。でも並行して、ハヤカワから出ていたアシモフの科学エッセイシリーズをよんでました。これもとうぜんコンプリート。出るたび買って、まいにちどれか一冊をかばんに入れて通学してましたよ。
 そうそうちょっと脱線。山本弘先生の『詩羽のいる街』で:
「アシモフの科学エッセイを読破している女なんてはじめてみた」(大意)
という台詞がでてくるんです。これよんだとき、おもわず「ここにもいるぞー」と叫んでしまったり。
 で、戻って。
 さいきんは勉強のため幅広くよむようにしてます。「必読といわれたものだけでなく、すすめられたものはすべてよめ」が座右の銘です。そうやって、ジャック・フィニイに出会えたのはじぶんとしては大収穫。梶尾先生みたいな泣かせる作家さんですよね。
 そう梶尾先生といえば。作品じたいもだいすきですが、挿画をやってらっしゃる横山えいじさんがまたすきで。横山さんラファティもてがけてますよね。色づかいといい線といい、すばらしい。いつか横山さんに表紙や挿画をやってもらうのが夢なんです。
雀部> 横山さん、私も好きです。SFマガジン連載の「おまかせ!レスキュー」も最高です!
松崎> やったーなかまだー。
雀部> でも、アシモフの科学エッセイシリーズ読破とは、それは確かに変わってるかもです(笑)
松崎> えっそうですか。基本ですよ基本。とくに進路に迷ってる若いひとにおすすめします。あつかう範囲がひろいので、興味を持てる分野がきっとみつかりますよ。
雀部> ということですので、理系を目指す若者は読みましょう ← アシモフの科学エッセイシリーズ
 フィニイと梶尾真治先生ですか、松崎さんのちょっとホロリとさせるラストはそこからの影響があるのかもですね。フィニイとかネイサンとかヤングとかゼナ・ヘンダースンあたりは、そっち系SFの基礎教養だったけど、今はどうなんでしょうね。
松崎> おおごめんなさいわたしそんなによんでない。
 でもフィニイと梶尾先生ではなんども泣きました。いまあらすじを思い出すだけでも泣けてくるくらい。なんだろわたしSFでしか泣いたことないんですがへんですか。
雀部> 私も梶尾真治さんでは泣いたことも。でも、たぶん大多数の人からみると変ですね(笑)
 短編集を読ませてもらって、スタイル的には初期のイーガン氏に似ている感じを受けたんですが。
松崎> イーガンににている、といわれると光栄です。
 なにせ、はじめてかいた小説『イデアル』を新潮社の日本ファンタジーノベル大賞一次選考でよんで、二次に通してくださったのが山岸真さん。だから山岸さんはわたしの大恩人です。あの作品って、下読みのひとに「あー数学。きらい」ってごみ箱に捨てられてもしかたない、と覚悟しつつ投稿したものなので。
 しかし。雀部さんはなぜ初期イーガンににているなどと思ったのでしょう。光栄だけど意外でした。
雀部> 科学的なアイデアが根底にあって、それが思いもよらない結果をもたらすところでしょうか。
 あと、イーガンの短編からは何か熱気を受けたんですよ。黎明期の日本SFから受けたのと同じ熱気を。
 SFの使命と可能性を信じられているんだなあ、という感じを松崎さんの短編からも受けました。
松崎> SFの使命と可能性を信じている。そういっていただけるとものすごくうれしい。なにせ、長年こっそりSFを愛しつづけてきましたから、今後もこのジャンルが読まれていってほしい。
 わたしかくれSFファンでしたから、SFの使命と可能性についてひとと議論したことなんてないんですけど、先日担当氏と「SFのおもしろさとはなにか」みたいな話をしたんですよメールで。なんでもあり、なところなのかな、という自分なりの結論にたっしましたがいかがでしょう。
雀部> なんでもありと言えば、文学のだいたいのジャンルが当てはまるような(笑)
 私の定義は、読んだ人がこりゃSFだと思ったらそれはSF。もうひとつあって、出版社がSFと銘打って出版していたらそれもSF。これは、SFと銘打つと売れないというジンクスに挑戦してまでSFとして出版してくれた事に対する当然の敬意です(笑)
松崎> SFと銘打つと売れないというジンクス。ああやっぱりそんなものがあるのですね。それは勇気がある。
 たしかに、一般読者ってSFってついてるとひきますもんね。こむずかしそう、という印象があるみたいで。いかにSFをとっつきやすいものにしていくかが今後の課題、とかってに思っておりますたかが新人のくせに。
 そうそう。SFの女性読者をふやす、というのも個人的課題のひとつなんですよ。『原色の想像力』と『あがり』発売時に東京創元社がウェブで読者アンケートをしてくれたのですが、両方とも回答者の男女比がすごくかたよっていた。それではいかん、と。全読者の半分をしめるマーケットはもっと開拓せねば。
 どうすればふえるんでしょうね女性読者。ひとつ考えているのは、等身大で感情移入しやすい女性登場人物を出すことかな、と。従来のSFって主要キャラクタは男ばっかりで、女が出てきてもマスコット的添え物的なたんなる萌え対象で中身からっぽな記号人間だったりするでしょ。あるいは理想化しすぎて非現実的、とか。そんなんじゃいっしょに泣いたり笑ったりできない。
 リアルな女性は女性作家にしかかけない、なんて暴言をいうつもりはありませんが、男性作家よりは多少有利なんじゃないかな、と思っています。
雀部> SFに出てくる女性キャラは、女性からすると「なによこれ!」的なものが多く、女性がかけてないとよく批判されてます。まあ、男性もかけてない場合が多いのですが、コアSFの魅力は登場人物が描けているかいないかとは無関係な気がしますからねぇ。
 だいたいSF作家が書こうとしていないものを書けてないと批判しても、というのが根底にありまして(笑)
松崎> 人間が描けているSFってどういうものがあるだろう、と自分の読書メモをひらいてみました。読後の感想とストーリーの要約、そのほか気づいたことをテキストデータでかきとめているものなのですが、このなかで「キャラクタ大賞」というものをかってに設定しておりまして。これ、ものすごくおもしろい、惹かれた、とてもまねできない登場人物に与えることにしてます。
 で。「キャラクタ大賞」で全文検索かけてみたら(以下著者名敬称略):
・マキャモン『少年時代』 なにからなにまで緩慢なライトフットさん
・コルファー『アルテミス・ファウル 妖精の身代金』 史上最強の執事バトラー
・鈴木光司『楽園』 すべてと戦う男タイラー
・貴志祐介『新世界より』 鳥獣保護官さいごのひとり、ふたつ名「死神」こと乾さん
・ストウ『アンクル・トムの小屋』 セント・クレアのエキセントリックな妻マリー
・荒木飛呂彦『ジョジョの奇妙な冒険 第六部』 アナスイ
・デュマ『モンテ・クリスト伯』 全身麻痺でも知謀で孫娘を救うノワルチエじいちゃん
・高橋留美子『犬夜叉』 神楽
 の八人に授与してました。
 あれえめちゃめちゃSF率がひくい結果に。『新世界より』はSFだけど乾さんってほんの脇役だし。むずかしいですね人間が描けてるSFさがし。
 でもほんとにSF作家さんたちって人間を描こうとしてないんでしょうか。
雀部> 人間じゃなくて人類全体とか人類の未来を描きたいとか。
 恒星間宇宙船の船長が娘の非行に悩んでいたり、奥さんとうまくいってなかったりとかあるかも知れませんが、誰もそんな情報を必要としてない(笑)
松崎> なるほど個人ではなく全体、なのか。心理歴史学みたいだな。
 しかしわたし、読者としてはキャラクタ感情移入至上主義者なんです。だから船長の悩みごととか大歓迎。執筆する側に立ったときも、できるだけ個々人の人間くささが前に出るように工夫してかいてるつもりです。
雀部> その作品にマッチしていれば人間くさくても良いんですが……
 前述の当てこすりは、某ラーマを舞台としたシリーズの共著者へのものです(笑)
 この短編集の登場人物の嗜好は、松崎さんの好みを反映しているようで面白かったです。何かというと甘いモノを食べたり。それが変な組み合わせだったり(笑)
  最初の「あがり」は、利己的な遺伝子の扱い方がユニークだった。当時はそのままのアイデアやミームと絡ませた話が多かったんですが、こっち方向に持っていくとは(驚)
(以下、ネタバレ反転)
 ひょっとして、アーサー・C・クラークの有名な短編「90億の神の御名」へのリスペクトということはあるのでしょうか。
松崎> 「90億の神の御名」。すみませんこれ未読でした。いま大急ぎでしらべてみたり。ああたしかによくにてますね。おかしいなあクラークってずいぶんよんだ、と思っていたのですがけっこうとりこぼしが。
雀部> あ、リスペクトとは違ったんですね。(ここまで)
松崎> あの作品のリスペクト対象は、あえていうならスティーブン・ジェイ・グールドです。ジェイ先生の名前も彼からいただきました。
 なお。ジェイ→jaybirdの連想から、主人公たちの名前はアトリとイカルにした、というしだい。まだだれも気づいてくれないけど。
雀部> おお、グールド先生。『ワンダフル・ライフ―バージェス頁岩と生物進化の物語』は、愛読書です。
松崎> わたしもだいすきですよ『ワンダフル・ライフ』。ちょっと冗長ですが名著だと思います。ああそうだ。わたしの名刺の裏面にあるロゴマーク、じつはこの本をイメージしてつくったんです。これ、名刺にだけつかってるのでウェブでは初登場だったり。
雀部> あ、ハルキゲニアだ。←マニアだなぁ。
 「あがり」のラストなんですけど、あのままだとどうなるんでしょう。ウィルスも生きた細胞がないと増えられないからダメそうだし。地上の動植物は普通にミイラ化してしまうのかな。
松崎> はい、全生物絶滅です。地球は死の惑星に。わあこわい。
雀部> 私も一つ解決策を考えたのですけど、ロケットがすぐに用意できると仮定してですが、脱水素酵素遺伝子をエウロパの海に打ち込むというのはどうでしょう?あの衛星なら何か居そう(笑)
松崎> エウロパいいですねえ。わたしもなにかいるならあそこだと思いますよ。
 で、裏話。「増幅したDNAをDNaseでこわしちゃえばいいんじゃないの」という解決方法を出してきたのはじつは河出の編集者です。彼の意見を入れて単行本バージョンでは改稿しました。この場を借りてお礼もうしあげます。ありがとー伊藤さん。
雀部> DNaseって至適温度は何度くらいなのかなあ。海の中は温度が低いので酵素の働きは弱くなりますもんね。
松崎> 温度。おおしまったどのへんだったっけ。しばらく触ってないと忘れるもんですねえ。
  いまいそいで酵素の老舗メーカーのページを確認したらやっぱり37度でした。
  でもすみません上の話いただいたの、海にすてちゃう、というシーンが加筆される前のオリジナル版「あがり」発売(『量子回廊』、および電子版)のときなんです。だから実験室で処理するという前提。
 そうだいま単行本版「あがり」最終ゲラを再確認していて発見。
「落ちつけ。ゆうべ、なにがあったか思い出せ。いやちがう。花火のあと。」の直後に「あれの前。」とひとこと入れていたんですけどここに担当氏が「無粋。トル」と書きこみを。やっぱり無粋でしょうかこういうの。
雀部> 本文中では、「あれ」に関してはさらっと流しちゃってますからどうなんでしょう。
 もうちょっと何か(詳しく)欲しかったなあ(笑)
松崎> という意見もときどききくのですけれど。
 基本、エロとグロは描かない方針です。
 理由は:
1、じゃま。読者がストーリーに集中できなくなる(のではないかと推測)
2、幅広い年代のひとたち、つまり子供も読者として想定している
3、筆力不足で描写できない
です。すみません3、なんてたんなる逃げですね。
雀部> なるほど。
 数学といえば、「ぼくの手のなかでしずかに」は数学ネタですね。あのラスト、いいですね。ほろりときましたよ。
松崎> ありがとうございます。あの作品は担当氏の大のお気に入りで、いち押しだそうです。しかし自分としては、あれをかいてる時期がいちばんつらかった。小説かくと体重が減るんだ、というのを思い知ったさいしょの経験でした。
 精神的にもきつくって。逃避のためにこんなのとか:
http://yurimatsuzaki.com/others/upsetimages.html
それからこんなのとか:
http://yurimatsuzaki.com/others/harimontop.html
かいてました。そうテキストがつらいときには絵に逃げるのです。
雀部> わはは、現実逃避だ。そういや昔、SFは逃避文学とも呼ばれていましたよね(笑)
松崎> はいだいすきです逃避。どうしようもないときは全力で逃げることにしてます。でも作家になってからはまだ、すくなくとも物理的にはやったことない。
雀部> 物理的にやったら、担当さんが泣きますよ〜(笑)
松崎> いや泣かない泣かない。かといってキタ・モリオ氏の担当編集者みたいに武装して追いかけてもこない。
雀部> そういえば、北杜夫先生も東北大学ご出身でしたね。
松崎> 北杜夫作品は子供のころからだいすきでいっぱいよんでました。まあそのせいで東北大をえらんだわけじゃないんですが。
 しかし医学部には「北杜夫の後輩になりたかったからここにきた」と公言する子がいたなあ。
雀部> 北先生、リスペクトされているなぁ……
 実は最初にお名前を拝見したとき、有理数・無理数からとったお名前かと思い「ゆうり」と読んでいたんですよ。
松崎> 名前のよみは「ゆうり」で、いいんです。ほんとに有理数からとりました。スペルがyuriなのでまぎらわしいんですよねごめんなさい。担当氏にもこの件ではおこられました。
雀部> あ、「ゆうり」でいいんですか。最初男の人かと思ったのは内緒(笑)
 数学者の心の動きが面白かったです。
 数学に打ち込んでいる時、心の中では「数学>恋」だったんでしょうね。一般読者からすると哀しくも切ないラストなんですが、実は彼の心の平和は保たれていたりして。←深読みしすぎ?
 ラストで「だからどうだというのだ、私は数学を愛している」で終わるバージョンもあるような気がしたんですよ。
松崎> あれえ。女性ってはっきりわかったほうが戦略上いろいろお得だよ、という周囲の意見を入れて、女性っぽい名前にしたつもりだったのになあ。
 それと、作品の深読みやらべつの解釈やらは大歓迎です。読者のかたには自由に読んでいただきたい。作品は本になったら読者のものです。
雀部> ユーリ・マツザキってロシア系の名前かと。これは嘘ですが(笑)
松崎> いやそのけっして遠からず。
 アシモフ『ミクロの決死圏2』登場の超ツンデレ美青年ロシア人研究者ユーリーからとった、というのもちょっと、あります。それとわたしのエイリアスはユーリー小松崎ですし。なお彼は29歳、金髪碧眼で180センチを超える巨漢、日系ロシア人の三世ですが日本生まれでほとんどロシア語を解しません。ここまで似てないエイリアスにどんな意味があるのかと。
雀部> なんとエイリアスまで設定されていたんですか(驚)
松崎> はい。大ハルキ先生(=村上春樹さん)のまねしてみました。なおハルキ先生のエイリアスは「はるきちくん」で、ご本人とひじょうによく似てるらしいです。
雀部> むむむ(笑)
 実は、ユーリという名前は山岸凉子先生の『アラベスク』に出てくるユーリ・ミロノフからとったのかなと思ってました。読みが外れっぱなしだ(笑)
松崎> すみません『アラベスク』未読でした。じつは少女まんがはほとんどよまないのです。
 わたしたちの世代は女の子が少年まんがをよむのがcoolとされていて、って自分のまわりだけだったかもしれませんが。そんなわけでちゃんとよんだ少女まんがって柴田昌弘さんの『紅い牙』シリーズくらいなんです。ごぞんじですか。これがっちりSFですよ。
雀部> 読んだことありませんが、エスパーものなんですね。面白そうだなぁ……
 短編の話に戻ると、「代書屋ミクラの幸運」は論文を代書する職業にまつわるお話なんですが、ネットで検索すると本当にあるんですね。
松崎> え。うそ。知らなかった。ついに出てきたかあ。まあ、需要はありますもんね。「金払うからかわりに書いてほしい」という声をなんどきいたことか。
雀部> なんか一字あたり一円という価格でした。
松崎> それだと原稿用紙一枚につき四百円ですよね。なんとやすい。いまのわたしだってもうちょっともらってますよ。
雀部> へぇ、そうなんだ(笑)
 ミクラくんのお仕事の相手は、応用数理社会学の研究者ということで、文系だけど数学関連ですね。松崎さんご自身は数学もお好きなのですか。
松崎> そういえば数学出現率たかいですねこの短編集。
 そうです。数学は大学出てから興味をもちはじめて。遅いってば自分。仕事からかえってきて夕食後、朝倉書店の『数学30講シリーズ』を地味に解いたりしてました。あの本はコラムもおもしろいんですよ。
雀部> ますます変わってますね(笑)
 論文といえば、「月刊アレ!」10月号の「島弧西部古都市において特異的にみられる奇習“繰り返し「ぶぶ漬けいかがどす」ゲーム”は戦略的行動か?――解析およびその意義の検証」は笑いました。
 Twitterに流れていた、電子書籍販売サイトhontoの「月刊アレ!」という雑誌で「小松左京さん、ありがとう!」という追悼特集をやっているというので読みに行ってみたら、「お茶漬の味」があんなことに(笑)
松崎>  ああすみません雀部さんコマケン会員なのですよね。左京先生のファンのかたたちにはもうなんといったらいいやら。
  でも自分ではりっぱなお茶漬SFが書けたと自負してます。とくにタイトルフレーズの“繰り返し「ぶぶ漬けいかがどす」ゲーム”は傑作かと。
 しかも、おかげさまで『アレ!』編集部内でおおうけ、なんと直後に「架空論文」連載の仕事をいただけることになりました。まったく左京先生のおかげだと思っております。
 しかし、まさかじっさいに自分が毎月(内容は嘘ですが)論文を書くはめになろうとは。なんの因果かミクラの呪いか。
雀部> というかミクラ君、『NOVA6』の「超現実な彼女」では、一生結婚できない呪いもかけられてましたね。この短編の応用心理工学科の研究者とか他の短編の研究者もそうですが、一癖も二癖もある性格で、実際の研究者達もやはりこんな感じなのでしょうか。
松崎> いやそのあれはそうとう誇張および脚色が。
 じっさいの研究者はまじめなかた多いですよ。変人率はほかの職業集団とさして変わらないのでは、って厳密に調査したわけではないですが。
雀部> でも実際に居そうじゃないですか(笑)
 愛すべき研究者達のキャラ設定は、この連作短編の大きな魅力の一つですよ。
松崎> ありがとうございます。キャラクタをほめていただけるとなによりうれしい。
 創作するうえでの自分の長所というのはふたつあって、ひとつがキャラクタ設定でもうひとつが世界観設定だと思っています。この連作集では後者が封じられていたものですから、登場人物の造型にはそのぶん力をいれました。
 でも五本とも短編で、執筆期間もかぎられていたので、キャラクタとなかよくなる時間がとれなくて苦労しました。かれらが自分で動き出すようになるまでにはそれなりに対話が必要なんですよ、といってわかってもらえるかなあ。
雀部> 動き出すというか暴走しちゃうこともありますよね。
 尖ったキャラ設定の子たちは特に(笑) 読んでいて、なんとなくわかる場合もあります。
松崎> そうかってにしゃべりだしたりするんですよねえ著者の意図なんか無視して。
 でもこうなってはじめて、こいつほんとに生きて動き出したな、と思えます。真の意味で、キャラクタが誕生する瞬間です。
  そうだミクラのばあい。ペットはさぼてん、という設定が思いうかんだときに彼は文字だけの存在から血のかよった人間になりました。いまでも明瞭におぼえてます。図書館からスーパーマーケットに徒歩で移動するとちゅう、横断歩道をわたりきった直後でした。で、あんまりうれしかったから、公式ホームページのトップ絵はしばらくこれにしてました。


[松崎有理]
茨城県生まれ、東北大学理学部卒。流しの実験屋としてピペット片手に各地の研究所をさすらったあと、体力の限界を感じてデザインと文筆の世界に入る。「松崎有理公式ホームページ」
現在、「有限会社ホワイトラビット」のチーフデザイナー兼テクニカルライター。
尊敬する作曲家はピョートル・チャイコフスキーと小林亜星。尊敬する画家は葛飾北斎とディック・ブルーナ。尊敬する作家は村上春樹とアイザック・アシモフ。
趣味は小鳥たちをながめること、および八小節以内の作曲。
ひとみしりのくせになぜかつねに笑いをとることを考えている、という矛盾した性格をもつ。
手書き文字が苦手。三字にひとつはかならず失敗する。
和菓子と珈琲をこよなく愛し、携帯電話とかかとの高い靴を恐れている。
アイルランドに移住し、毎日パブでまったりとスタウトを飲む生活をするのが将来の夢。
[雀部]
岡山県生まれ、東北大歯学部卒。流しというわけではない日本SFインタビュアー。
大学を卒業して30数年。仙台も遠くなりにけり。

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