Author Interview
インタビュアー:[雀部]
『さくら坂の未来へ』
  • 和田はつ子著/安里英晴装画 
  • 《口中医桂助事件帖》シリーズ第16巻、完結!
  • 小学館文庫
  • 650円
  • 2019.4.10発行

横浜の居留地で虫歯の治療するという妹の話を聞き、桂助は鋼次を伴って同行。そこでエーテル麻酔を使い、歯を抜かずに、しかも無痛で治 療するのを目の当たりにする。横浜での宿泊先では、宿主のキングドンが殺害され、彼が阿片の密売をしていることが判明する。

志保らしき女性を探すが見つけられない。旧知の同心友田達之助が心中死体となって見つかるが、友田が阿片の密売の大本を探っていたこと を知り、桂助はその真相に迫っていくのだった。

《口中医桂助事件帖》シリーズ全巻紹介はこちらから

『お悦さん 大江戸女医なぞとき譚』
  • 和田はつ子著/加藤佳代子カバーイラスト
  • 幻冬舎文庫
  • 800円
  • 2018.6.10発行

出産が命がけだった江戸時代、妊婦と赤子を一流の医術で救う女医お悦。和田先生曰く“江戸版大門未知子!” 新入りの弟子・賢作や定町 廻り同心・細貝と事件の真相を探るうちに、大奥を揺るがす策謀に辿り着く……。病と悪を退治する連作短編集。

『わらしべ悪党』
  • 和田はつ子著/いとう瞳カバーイラスト
  • 幻冬舎文庫
  • 600円
  • 2019.10.10発行

急成長した健康食品会社の社長が事故死した。遺言書が無いため、自由奔放な妻・武光まり子は10億の遺産を独り占めしようとする。しか し、財産を食い潰す息子、会社の金で新規事業を始めようとする医師の義弟、そして突然現れた非嫡出子らのの登場で遺産相続争いは泥沼 に……。無欲を装い、ひとり勝ちは実現するのか?

『特命見廻り 西郷隆盛』
  • 和田はつ子著/加藤木麻莉装画
  • ハルキ文庫
  • 600円
  • 2017.12.28発行

明治初期、西郷は〈特命見廻り〉を創設し、多忙な新政府に代わって江戸の事件を解決しようと計る。勝海舟、大久保利通や篤姫こと天璋 院、女医・楠本イネも登場。牛鍋、鯛の丸あげ煮など美味しい料理とともに西郷隆盛が大活躍!

『天狗そば』
  • 和田はつ子著/安里英晴装画
  • 《料理人季蔵捕物控》シリーズ第37巻
  • ハルキ文庫
  • 620円
  • 2019.6.18発行

一膳飯屋「塩梅屋」の主人の季蔵は、大食通極望子の料理山海珍味帖による白梅酒を召し上がりませんか?という文を出していた。招かれた 三人は酒を堪能しながら、よもやま話に花を咲かせる。その数日後、梅干し料理の献立を考えていた季蔵の元に岡っ引きの松次がやってきた。 大店の晴野屋に、大山天狗の名で、跡取り息子を拐かす、という文が届いたというのだ。

『悪夢の絆』
  • 和田はつ子著/加藤木麻莉装画
  • 《ゆめ姫事件帖》シリーズ第8巻
  • ハルキ文庫
  • 600円
  • 2019.9.18発行

雛祭が近づくある日、ゆめ姫はかどわかされた末殺されてしまった両替屋の一人息子のことを思い出し、落ち込んだ日々を過ごしていた。そ んな時、旧知の間柄である南町奉行所与力の信二郎にそっくりな男に自分が襲われる夢を見た。そんな折り、当の信二郎がやってきて、職人の 娘が神隠しにあった、という……。夢占いをする美しく心やさしき姫が、市井のひとびとの幸せを守るため、難事件に挑む!

雀部 >

今月の著者インタビューは、《口中医桂助事件帖》最終巻を今年の4月に上梓された和田はつ子先生にお受け頂くことが出来ました。和田先 生、今回もよろしくお願いいたします。

『和田はつ子時代ミステリインタビュー』『大江戸ドクター』のインタビューをさせて頂 いたのが2013年ですから、もう6年前なんですね。

和田 >

もうそんなに経つのですか、びっくり。

雀部 >

私ももう6年も前なんだと驚きました(汗;)

『口中医桂助事件帖 さくら坂の未来へ』の巻末の菊池先生の解説で、「アニマ・ソラリス」インタビュー記事への言及があり、驚いたと同 時に光栄でもありました。

第一巻の『南天うさぎ』が2005年刊行ですから、もう足かけ15年にもなるんですね。これだけ長く続けられていると色々とご苦労も あったと思いますが、いかがでしょうか。

和田 >

皆様に支えられての15年間だと改めて感謝の意を強くいたしました。物語の方は刊を重ねる毎に登場人物たち各々の動きが良くなってきて 楽しいのですが、江戸期の歯科の知識の方はなにぶん専門家ではないので貯金が尽きかけるんです――笑い――

房楊枝やお歯黒、抜歯、入れ歯等を角度を変えて書くのに苦心、苦労しました。

最初の方は歯肉癌とか生まれつき歯が生えてこない病等、ふんだんに放り込んでいたんですが、一時、どうしてもその手のネタが尽きて、角 度を変えようと決断するまで悩んで筆が進まなくなったこともありました。

雀部 >

やっぱりそういうのはあるのですね。特に桂助は口中医なので、どうしてもお医者さまより守備範囲が限られますし。でも、長崎で研鑽して きただけあって薬草にも詳しいし検死も出来るし。おまけにお菓子作りも出来る。この桂助のキャラが物語にふくらみをもたらしているのも長 く続いた要因の一つなんでしょうね。

それにしても和田先生の書かれる時代小説の主人公は、生真面目なタイプが多いように思いますが、これは意識されて書かれているのでしょ うか。

和田 >

実はわたしは故加藤剛さんのファンだったのです。だからと言って“大岡越前”を欠かさず観てたわけではなく、むしろ、デビュー間もない 頃の“人間の条件”ですっかり好きになりました。亡くなった時、息子さんたちが“役通りに生きた父”と語っていました。 わたし的には “顔通りの役で生きた”幸運な男だったと思います。たいていの男はちょっとイケメンだと女にもてて、仕事にもそれを生かせて慢心しがちな のが現実でしょう? 一生清冽な男が好きです。もっともこれは絶滅危惧種ですし、“面白くない”と批判されることもあります。何とかし て、ハチャメチャながら魅力的な主人公――男 女に限らず――を 書きたいものです。

『わらしべ悪党』はその一歩への試みかも――。

雀部 >

なるほど。

余談ですが、うちのカミさんも加藤剛さんのファンです。まあ大岡越前のあたりからのファンなのですが。

バブル期を舞台としたと思われる『わらしべ悪党』の主人公である武光まり子は、面倒見の良さと業突く張りな守銭奴の面を合わせ持った強 烈な中年女性だけど、どこかキラキラしていて魅力的でした。義理の弟の横顔がアラン・ドロンに似ているので会うときはお洒落したりして (笑)

和田 >

わたしはあまり女性を主人公にしていません。女性ならではと言われている、瀬戸内寂聴さんや森瑶子さんとかの恋愛モノなんて夢のまた夢 です。恋愛オンチなので不得意――笑い――

わたしの女性モノに『お悦さん』(幻冬舎文庫)がありますが、ようは江戸版大門未知子ばりのスーパー女医です。大門未知子も恋路ナシで しょ? もっとも有吉佐和子さんとか、山崎豊子さんが書く元気な女性たちは大好きでいつか、現代に受け容れられるように自分でも描けたら と思っていました。それが武光まり子です。

ちなみに松本清張さんの描く女性はたとえ野心満々の『黒革の手帖』でもちょっと……なんです。男を頼るしかない女の弱さが見え隠れして るでしょう? 清張さんのは。女性像こそ、時代を映す鏡だと思っています。

まだまだ日本の女性は社会的に未成熟だと言われていますので、もっともっと元気になって貰いたくて、天衣無縫というよりも我が儘、ヒー ルと呼ぶには可愛いすぎるまり子のキャラを立てたのです。

雀部 >

なるほど、そういう視点で見たことはなかったですが、確かに(汗;)>男を頼るしかない女の弱さが見え隠れしてる

『お悦さん』は、痛快で格段に面白かったです。大門未知子の上を行くスーパー女医さんですね。料理も出来て武術も嗜み心配りも出来ると なると、弟子になった新米医師佐伯賢作くんが心酔するようになるのもむべなるかな。私が買ったのは、本が出て半年後だったのですが、かな り売れているようで既に5版でした。

医療のこと(主として産科関係、小児科)、大奥を揺るがす策謀の謎解き等々、和田先生の時代小説の魅力がぎっしり詰まっていて、和田先 生の小説を読んだことのない読者には最初の一冊として大推薦できると思います。

和田 >

褒めすぎですがうれしいです。ありがとうございます。

雀部 >

『お悦さん』を読んだ読者が、和田先生の他の医事関係の時代小説、特に《口中医桂助事件帖》シリーズも読んで下さるとうれしいのが偽り ないところではあります。歯科医としては、我田引水の極みですが(笑)

話が戻りますが、歯科と言えば『わらしべ悪党』の文中に“飽和状態の歯科医院が、このところ眼科医院を羨んでいる”という話が出てき て、ドキッとしましたのは内緒です(汗;) 歳喰った開業歯科医なら、この本の背景がだいたい昭和何年頃か見当が付きます(笑)

和田 >

歯科医院の経営者が息子の嫁に綺麗でスタイル抜群のキャビンアテンダントではなく、眼科女医を熱望していた話は実話です。

腎臓を専門とする内科医が、当時まだ少なかった透析病院を建てて一儲けしようとしていたのも実話です。でも、皆がそう思って実行してし まった ので今はどちらも飽和状態でむずかしいのだと聞きました。

今だと歯科医も含めて、夜間休日診療がトレンドなようですが、これもいずれ頭打ちになるのではないでしょうか?

もっと昔は歯医者さん、お医者さん、開業するだけでウハウハだった時もあったと思います。桂助の取材で歯科の歴史を教えておられたある 先生――100歳近く――にお会いした時、家の離れが弦楽四重奏を奏でるホールになっていました。お父様の代には東京駅近くでも開業して いたそうです。まさに歯科医版「ダウントンアビー」なのでした。

雀部 >

それは都会でもかなり成功された先生でしょう>離れが弦楽四重奏を奏でるホール

歯科医も田舎においてはですね、親父が開業した頃は一般にまだあまり認知されてなくて、最初は患者さんが少なく、足音が聞こえたら“来 たっ!と思って受け付けからのぞいてみる”という時代だったようです。そのうちに、日に40人以上診る時代がやってきたのではありまし た。まあ、そんなに沢山の患者さんが来る時代は直ぐに終わりましたが(汗;)

『わらしべ悪党』ではもう一つ、ハーブが重要なモチーフとなっていて、和田先生の得意分野の一つであるハーブの知識が遺憾なく発揮され ていて説得力がありました。

和田 >

ビジネスには疎いので何とか、自分の頭に乗ってくれる蠅を探していたらハーブに行き着きました。アロマポットの変遷は見極めてきたので 設定に無理はなかろうと思います。実はハーブについてはもっと沢山書いてしまっていて、後でバランスを考えて7割以上ボツにしたのです。 時々小説書きに詰まるとハーブ三昧になりたいと思うことがあります。けれども、やはり小説書きが好き。

雀部 >

それはそれは(笑)>7割以上ボツにした

裏主人公(あの人だ)も良い味だしてました。個人的には強烈な個性の表主人公のまり子より好きかも(笑)

和田 >

祐希ですよね。男の人が好きになりそうなタイプだと思いますが、なりそうなだけで、ほんとうは皆さん、面と向かって微笑まれれば断然ま り子にメロメロになるのでは?とわたしは思います。

そして現実の女子たちはまり子と祐希の両方を持ち合わせていて、奇々怪々な複雑さを秘めているはずだと――。けれども、そのあたりを綿 密に書くとダメなんです。小説はもっとわかりやすくないと。それで対比させてみました。

雀部 >

そ、そうだったのですか。祐希さんは確かに魅力的なのですが、裏主人公として私が考えていたのは、三浦だったんですよ(汗;) ま、女 性のことはこの歳になってもさっぱり分かりませんので(笑)

和田 >

あら、そうだったんですか。たしかに裏主人公が三浦だというのも頷けるところです。ディーン・フジオカさんに象徴される執事っぽいキャ ラはわりに今風なのですが、企む執事となると昭和でやはり往年の江口洋介さんなのではないかと――。現実にいるとしたらぱっとしない普通 のおじさんだったりして――笑い――。一見ぱっとしなくて、それでいてさっといい切れ味が見えるおじさん、是非いてほしいものです。

雀部 >

好きな女性のために人知れず画策する、そういう格好良いおじさんには憧れますし、なりたかったです。もうそういう歳は過ぎてしまっ た……(汗;)

《口中医桂助事件帖》シリーズに戻りますが、どこらあたりからラストの落としどころを考えていらっしゃったのでしょうか。

歯科医である読者としては、いつまでも続けて欲しかったというのは当然あるのですが(汗;)

和田 >

何事にも潮時というものがありますので……。

実は明治期の桂助や鋼次を書きたいという気持ちがあります。

日本の歯科の夜明けというのも大変興味深いからです。

雀部 >

それはぜひ読ませて頂きたいですね。『さくら坂の未来へ』のラストにも繋がるし。

和田 >

わたしは麻酔なしで歯を削られていた世代なので歯を削るというあの拷問のような治療を忘れることができません。

小学校の頃のブーンと鳴る――今では研磨にしか使わない器械? アメリカでもそうだった? 今はもう無いかも――恐ろしい音を今でも思 い出します。

とはいえ、明治という時代を読者が好まない――ようは売れない――ので小学館にも交渉していません。

どこかでスペシャルで一冊書かせてほしいものですけれど……。

雀部 >

私が中学生の頃はまだ電気エンジン式の歯を削るドリルが(親父も歯科医です)ありましたが、大学生の頃にはアメリカ製のタービン(圧縮 空気で20〜30万回転/分)が導入されてました。

読者の方々は、なんで明治時代の歴史小説に興味を持たれないのでしょう?

『特命見廻り 西郷隆盛』、面白かったのですが。

和田 >

実はわたしもそう思っているんですよ、大久保たちが海外視察に出ている間、留守番の西郷は事実上の東京府知事であり、警視総監でもあり で、司馬遼太郎さんの『翔ぶが如く』だと征韓論前夜で、いろんな策謀が織り成してるみたいなんですが、この一時だけは彼ならではの“正 義”や“信 念”を貫けたんでしゃないかっていう気がしてならないんです。

そういった意味では明るい西郷が描ける気がしてましたが、やはり、明治は暗いイメージがあってエンタメとしては受け容れられないみたい です。

雀部 >

そういえば、いまのところNHKの大河ドラマ視聴率ワースト3が

1, 平清盛

2, 花燃ゆ(松下村塾から明治初期まで)

3, 西郷どん(幕末〜明治初期)

ですからねぇ。『いだてん』は未確定ですが、ワーストトップを取るでしょう。私は面白いと思うのですが、華は無いかなぁ。

まあ、NHKの朝ドラ(2000年以降)では、『あさが来た』が視聴率2位ですので一概に明治時代のものがダメというわけではないです よね。

和田 >

女主人公の現代を意識したわかりやすく明るいけなげな頑張りぶりと、イケメン新人ディーン・フジオカさんの組み合わせでないとダメだっ たのでは?

あれは中堅イケメンの玉木宏さん、オールドイケメンの近藤正臣さんなんかのキャスティングも幸いしたのでは?

雀部 >

そういうキャスティングの妙は当然ありますよね。前回の『大 江戸ドクター』インタビューで、“アメリカ医学――居留地の横浜医学――の全貌に興味を抱いています”とおっしゃってたの で、『さくら坂の未来へ』の構成は意外ではなかったのですが、ラストには驚きました。ま、嬉しい驚きなんですが。(笑)

なるほど、こうなるのが一番だよなぁという納得のラストでした。

和田 >

自分で書いておいての批判はおかしいのですが、時代小説に要求される大団円という終わり方には疑問を持っています。

英国のテレビシリーズに《孤高の警部ジョージ・ジェントリー》というのがあって、如何にもの70年代の一徹高潔な警部ものなのですが、 ラストは無茶苦茶に痛めつけられて、やはり新婚まもなくに殺された愛する妻の幻影を見ながら死んで行くというものなのです。まさに孤高の 極みここにありです。

この終わり方、若い頃なら作品の深さに感動したと思うのですが、今はただただ辛いです。わたしが年齢だからではなくて、若い人たちもそ うみたいです。

わたしたちはもう少し、現実の辛さを直視してそれに耐える強さを養うべきなのかもしれません。創作にも取り入れたいですが、そうすると 読者が望んでいないからと編集者にダメを出されそうで――。

雀部 >

《孤高の警部ジョージ・ジェントリー》、ググってみましたが確かに暗そうな雰囲気の刑事物ですねぇ……

英国作家の小説、映画やTVシリーズは確かに米国に比べると陰鬱なものが多い気がしますね。反対に、もの凄くぶっ飛んだものもあります けど(コメディとか昔のTopGearとか)

最近までNHKのBSでやっていた『刑事ルーサー』シリーズも、始まって早々に主人公の元妻が同僚に殺されてしまったり、重要な登場人 物も殺されたりで、ストーリー自体は面白いんですが見終わった後暗い気持ちになります(汗;)

SFにも暗くて陰鬱な名作も多々ありますが――イギリスSFに多い(笑)――SFは逃避文学としての側面もありますから、明るく力強い 作品が多くて良いのではと思っています。

外国の方が日本アニメにはまった切っ掛けとして、いじめられっ子だったり引きこもりだったけど、日本のアニメを見ることで励まされたと いうのを良く見聞きしますから、どんどんエネルギーをもらえる楽しい作品を書いて下さるとうれしいです!!

和田 >

その意味でも『特命見廻り 西郷隆盛』、シリーズにさせてもらいたいものですが、なかなか――苦笑――

雀部 >

明治と言えば、桂助が帰国すると幕末〜明治になるのではと思うのですが、『特命見廻り 西郷隆盛』とのコラボは無いのでしょうか。出版 社が違うから無理だろうけど、そこをなんとか。無理が通るなら『お悦さん』との医者コラボもうれしいかも(笑)

和田 >

そういうお励まし最高です。ありがとうございます。桂助、西郷、お悦さんというのも悪くないかもしれません。何だか急に元気が出てきま した――。

雀部 >

実現するとうれしいですのでよろしくお願いします。>編集部各位さま

『特命見廻り 西郷隆盛』は、西郷さんという政府の大立て者が、政治がらみの事件では無くて、わりと庶民の事件を解決していくという仕 立てがうまく活かされていて面白いですね。そういう意味では将軍家の姫君が夢判断をするという《ゆめ姫事件帖》シリーズも似た面白さがあ ります。

反対に、《料理人季蔵捕物控》シリーズの市井の料理人季蔵や口中医桂助先生が、けっこうな大事件に巻き込まれるのを和田先生が見事に書 き分けられているのも面白いです。

和田 >

褒めすぎでもうれしいです。今日はいい日です。

身分とか職業とかを越えた人間本来の姿、喜怒哀楽や幸不運、生と死等を描いて行きたいと思っています。そこに一番興味があるので。雀部 さんのお話を伺っていて、読み手の方の柔軟さに比して出版社側の硬直状態の極みをとても残念に思いました。

この作家はこの分野と決めるレッテル主義で、新人以外絶対冒険をしない出版社側は、出版不況を嘆きながら実は出版不況の一因となってし まっているような気がしていたからです。けれども雀部さんのような方々がおいでになる限り、作家は支えられて描くことができるのだと思い ます。

雀部 >

出版不況は日本の人口減少もあるので、これからどういう未来が待っているか分からないですよね。読者年齢を考えると《ゆめ姫事件帖》シ リーズのライバルはタピオカドリンクだったり、《料理人季蔵捕物控》シリーズのライバルは、女性においてはママ友との小洒落たレストラン でのランチ、男性だったら飲み屋やキャバクラだったりするのかも知れません(笑)

一人でも読者人口が増えることに協力できたらと思っております。

和田 >

片岡仁左衛門さんが孝夫と名乗っていた頃、検事ものの主役で2時間ドラマに出ていて、小説を書いていたこともあり、バーのホステスたち がしきりに噂している――ホステスたちもかなりの文学通でした――シーンもあり、実際の殺人事件の被害者は片岡孝夫検事と同期だったりし ていました。これはもう昔話で、わたしたち世代のトレンドが文学や文芸を論じることだったりしたという事実は、いずれ忘れ去られるでしょ う。ですので雀部さんのような方がいらしてくださるのは大変心強いです。

雀部 >

いえいえもうロートルなので(汗;)

あったそうですね、そういう文壇バー。一度行ってみたかった。

すみません、以前のインタビューを見返していたら、一つ聞き忘れていたのを思いだしました。

“実は先になりますが、桂助シリーズにもSF展開を考えています。”は、どの巻のことだったのでしょうか。個人的には第15弾の『毒花 伝』の展開なんだろうなと思いましたが。

和田 >

桂助が現代に飛んで江戸期にはない歯科治療に驚きつつ、大活躍する話です。江戸期からではなく、明治初期から飛ぶのもいいかもしれませ んね。

現代に生きるたくさんの歯科の先生方に支えられてきたので皆さんのことを書き遺しておきたい気持ちがあります。

雀部 >

そういう展開でしたか! それは是非に!! 西郷さんの捜査に協力した後で良いですから(笑)

《口中医桂助事件帖》シリーズ最終巻『さくら坂の未来へ』の巻末、菊池先生の解説にある「アニマ・ソラリス」インタビュー記事からの引用(冒頭の和田先生のコメント)にあるよ うに、“アメリカの歯科医による麻酔の発見は、まさに近代医学の夜明けでした。小説家になってから、いつかは書きたいとずっと温めていた 題材だったのです。”とのことで和田先生にとっては、主人公の桂助を生み出すのは必然だったのでしょうね。

最後になりましたが、《口中医桂助事件帖》シリーズを長きにわたって書き続けていただきありがとうございました。歯科関係の主人公が、 これだけ長く人気を維持し活躍するシリーズは空前絶後だったのではないかと思います。

和田先生のさらなる新作を期待しております。

和田 >

本や小説の需要は一定数の少数あり続けるとは思いますが、需要の源は真の本好きの方々なので、その方々のお目に叶うハードルはかなりの ものでしょう。加齢が進むとそのハードルを越えられなくなるのではないかと不安で、このところ少々疲弊気味でしたがいただいたインタ ビューで元気が出てきました。渡米から帰り着いた桂助、そう遠くない時期にお目に触れるよう頑張ってみたいと思っています。

雀部 >

今回もお忙しいところインタビューに応じていただきありがとうございました。

桂助のその後の活躍もお待ちしております。

[和田はつ子]
 東 京都生まれ。日本女子大学大学院卒。出版社勤務の後、テレビドラマ「お入学」の原作『よい子できる子に明日はない』、『ママに捧げる殺人』な どで注目される。『心理分析官』『十戒』「多重人格殺人」『密通』『かくし念仏』『木乃伊仏』『死神』などミステリー、ホラーの著作が多数あ る。近年は「口中医桂助事件帖」「やさぐれ三匹事件帖」「鶴亀屋繁盛記」「余々姫夢見帖」「お医者同心 中原龍之介」「料理人季蔵捕物控」「ゆめ姫事件帖」シリーズ、『大江戸ドクター』など時代小説を精力的に執筆している。  近著に『お悦さん』『わらしべ長者』等々。
小 説の他に、ハーブ関連書として『ハーブオイルの本』『育てる食べるフレッシュハーブ12か月』などもある。
「和 田はつ子公式WEBサイト」
[雀部]
 岡 山の片田舎の開業歯科医。《口中医桂助事件帖》シリーズ完結!とのことで、和田先生にご無理を言ってインタビューに応じていただきました。 SFじゃないですが、たぶんこっちのほうが一般受けするはず(笑)