Author Interview
インタビュアー:[雀部]
『うつくしい繭』
  • 櫻木みわ著/ササキエイコ装画
  • 講談社
  • Kindle版1300円
  • 2018.12.19発行

収録作:
「苦い花と甘い花」東ティモール
「うつくしい繭」ラオス
「マグネティック・ジャーニー」南インド
「夏光結晶」日本 九州・南西諸島
極めてネタバレの感想は以下にあります。
ラストの落ちまで言及しているのでご注意!!

『文学ムック たべるのがおそいvol.7』
  • 西崎憲編集長/片岡好装画
  • 書肆侃侃房
  • 1300円
  • 2019.4.15発行

小説と翻訳と短歌を中心にした文学ムック「たべるのがおそい」、終刊号!

特集〈ジュヴナイル―秘密の子供たち〉ということで、櫻木みわ「米と苺」、飛浩隆「ジュヴナイル」の他にも西崎憲、高山羽根子諸氏の短 編が掲載されてます。

1
『アステリズムに花束を 百合SFアンソロジー』
  • SFマガジン編集部(編集)/シライシユウコ装画
  • ハヤカワ文庫JA
  • 880円
  • 2019.6.25発行

収録作:
「キミノスケープ」宮澤伊織、「四十九日恋文」森田季節、「ピロウトーク」今井哲也、「幽世知能」草野原々、「彼岸花」伴名練、「月と怪 物」南木義隆、「海の双翼」櫻木みわ・麦原遼、「色のない緑」陸秋槎(稲村文吾訳)「ツインスター・サイクロン・ランナウェイ」小川一水

雀部 >

今回の著者インタビューは、最近連続して著者インタビューをお願いしている「ゲンロン 大森望SF創作講座」受講生の皆様方のなかでも、早くから著作が書籍化されたお一人である櫻木みわ先生にお願いできることになりました。

櫻木先生初めまして、よろしくお願いします。

櫻木 >

初めまして。どうぞよろしくお願いします。

雀部 >

『うつくしい繭』の収録作のうち「苦い花と甘い花」と「うつくしい繭」が「ゲンロン 大森望SF創作講座」課題の提出作品の改稿、「夏光結晶」が「ゲンロンSF新人賞」の実作「わたしのクリスタル」の改稿だと思いますが、これらの短編が講談社から出版されることになった経緯をお聞かせ下さい。

櫻木 >

「うつくしい繭」を講座の提出作として書くころ、父が余命宣告を受け、私は実家の九州に帰省するなど、あわただしくしていました。そうした事情で、ラストをじゅうぶんに書ききれないまま提出してしまい、ショックを受けていたんです。

けれどその回にゲスト講師でいらしていた法月綸太郎さんと講談社の編集者の方が、「この作品は最後まで深く書き込んだら、いいものになるのではないか」といってくださって。

そのときはそれで終わったのですが、講座の最終課題として書いた「わたしのクリスタル」が「ゲンロンSF新人賞」の最終候補作に選ばれて編集者投票で一位になったとき、その編集者の方が声をかけてくださったのです。

SF創作講座の優勝者はデビューが確約されていて、私の受講した第1期では高木刑さんというすばらしい書き手が優勝し、デビューしました。また、入賞しなくても編集者からのスカウトがありうるというのもこの講座の特徴で、自分はまさに後者として機会をいただき、とても感謝しています。講師の方々もそうですが、受講生たちとの出会いも自分にとって大きなものでした。

雀部 >

それはまた大変な時期で、色々あられたんですね。

櫻木先生の『うつくしい繭』は、余白の多い懐の深い短編集だと感じましたので、背景となる東ティモールに関して質問させて下さいませ。

東ティモールには何年間くらい滞在されていたのでしょうか。

櫻木 >

2007年から2009年の3月まで、ほかの国と行き来しながら約3年ほどです。

雀部 >

そうなんですか。ということは、「ゲンロンSF創作講座」に在籍されていたときも外国を行き来されていたんですか?

櫻木 >

講座の受講期間はSFを読んだり課題を提出したりするのに必死で、海外も国内も旅行には一度も行っていないです。講座が終わったあとに南インドに出かけました。このときの体験を、所収作の「マグネティック・ジャーニー」(初出「Sci-Fire」2017)に書きました。

雀部 >

「マグネティック・ジャーニー」が一番新しいんだ。

SFの特徴の一つとして、読者にある程度の論理的な考え方と中学生程度の科学の知識を持っていた方が面白く読めるというのがあると私は思っています。

「苦い花と甘い花」では、作中にもちゃんと描写はありますが、東ティモールとはどんな国だとか、人々はどんな生活をしているかとかを知っていると深みが増しますよね。作中でも、東ティモールの歴史についてさらっと描写されていますが、Wikiで東ティモールのことを調べたら、凄い激動の歴史があったようで、大国同士の思惑で島が半分にされ別々の国の植民地になったとか、隣国から攻め込まれたりとか。日本も一時占領していたし……

櫻木 >

東ティモールのことをなにも知らないひとが読んでも、地理や風土、そして歴史について、物語のなかで自然に知っていただけるように工夫は凝らしたつもりですが、雀部さんのように、そこからさらに調べたり、関心を持ってくださったりするのは、うれしいです。

雀部 >

いやほんとに、櫻木さんの短編集に出会わなかったら東ティモールのことはずっと知らないままで居たと思います。これも出会いでしょうね。

3.11の際には、東ティモールから義援金を送って下さったみたいなので、現在の対日感情は割と良いみたいですね。

テトゥン語のことを調べていたら「日本東ティモール協会」のページに出会いました。テトゥン語って、東ティモールの人たちしか話さないんですね。

櫻木 >

そうなんです。日常的に使われているのは、東ティモールのなかでも、首都など一部の地域に限られているそうです。日本東ティモール協会は、ちょうど私が滞在していたころに日本大使として赴任して来られた北原巖男さんが、帰国後に設立なさった会です。北原さんご夫妻は、在任中も東ティモールに積極的にコミットしてご活動されていました。私も他の在留邦人の方と大使館に招いていただいて日本料理をごちそうになったり、お世話になりました。いま雀部さんから思いがけず協会のことを伺って、なつかしい気持ちです。

雀部 >

なんとそういう繋がりがあったのですね。

私見ですが、『うつくしい繭』の収録作はどの作品も“死者も生者も生き物たちも総てのことが繋がっていて、偶然の出会いにも意義と美しさがある”というテーマがあると感じたのですが、全体を貫く主題を意識されて書かれたのでしょうか。

SFだと藤崎慎吾先生の作品では、圏間基層情報雲(ISEIC)という生物・無生物にかかわらず、原子で構成される総てのものの“集合意識体”というアイデアを出されていて、櫻木さんの作品をSFぽくするならこれをぶっ込めば良いなと思ったのは内緒です。いや、ぶち込んだら作品の雰囲気を台無しにしちゃうと思うので止めて下さいなのですけど(汗;)

櫻木 >

世界は、我々が見過ごし、気がついていない繫がりや物語性で満ちているというのは、自分が感じていることなので、雀部さんのご指摘のとおり、それはこの本のなかでも一貫しているかもしれません。

雀部 >

『うつくしい繭』の収録作でいうと「苦い花と甘い花」は少女の考え抜かれた選択を、「うつくしい繭」は挫折と成長と理解を、「マグネティック・ジャーニー」は時間の円環を、「夏光結晶」は将来のカタストロフィーを示唆していると感じましたが、この掲載順も櫻木さんが決められたのでしょうか?

櫻木 >

作品の並びについては、編集者が提案してくれて、自分もこれがいいと賛同しましたが、明確に言語化して考えていたわけではありませんでした。飛浩隆さんがこの順番についてツイッターで解説してくださったのを読み、驚きながら納得しました。東浩紀さんが、作家で批評も書ける人というのはめったにいないけれど、飛さんと法月(綸太郎)さんはそういう作家だとおっしゃっていたことを思い出しました。

私がゲンロンSF新人賞の最終候補に残ったときの選考委員も飛さんだったのですが、これは自分にとって大変幸運だったと思っています。

雀部 >

そうなんですね。以前にTwitterで検索したときは引っかからなかったんですが、改めて検索すると飛先生のツイートに、“『うつくしい繭』の四篇の内包する運動性は、それぞれ「出発」「難破」「攪拌(再加速)」「解放(再出発)」となってて、この配列は『ゴルディアスの結び目』と酷似している”とあり、なるほど飛先生は深いなぁと納得しました。

この“貝”を使うと、犯罪の捜査とか特定の思想を多数に伝播させるとかSF的な展開が考えられるんですが、そっち方向に向かわなかったということは、櫻木先生が書きたかったのは、言葉としてはあれなんですが、“魂”レベルの触れ合い・理解の素晴らしさや、それに対する憧れなどを描きたかったのかなと感じました。

櫻木 >

SF創作講座で梗概として提出した「夏光結晶」の原案では、まさに雀部さんのおっしゃるような「SF的展開」を目指していたんです。けれど収拾がつかず、何より自分の筆が乗らず、辛かった。その回の講師でいらしていた山田正紀さんにもそれを看破され、「無理にSFにしようとせず、あなたのSFを書けばいいのですよ」とアドバイスを頂きました。それで吹っ切れて、このような話になりました。雀部さんの読み解いてくださったようにスピリチュアルな感じもあると思いますが、自分ではこれはとてもアナログな話で、この貝は私にとって書物のメタファーであると考えました。

雀部 >

なるほど、アナログですか。そういえば、この“貝”のインターフェイスは優れものですね。食べるだけで“珠”を作り出す。例えば、電源に接続しレシピを選べばどんな料理でも出来る万能調理器と、どんなに寒いところでも外側から熱を一方向のみに伝えて、霜を付けながらグツグツと煮炊きの出来るお鍋と、どちらが調理器具としてすぐれているかみたいな(笑)

それで思い出しましたが、櫻木さんも寄稿されている『たべるのがおそい vol.7』所載の飛先生の「ジュヴナイル」に登場する“その子が居ると不味い飯が美味くなるというニワ君”とのエピソードを読んで、読むと無性に食べたくなる櫻木さんの料理の描写はこれか!と思いましたよ。

櫻木 >

そのようにいっていただいて、とても光栄です。新井素子さんにも「『夏光結晶』に出てくるうどんが食べたくなる」とお言葉をいただいたことを思い出し、いまあらためてうれしいです。飛浩隆さんの「ジュヴナイル」に登場するニワ少年のことばの力については、私はあれは飛浩隆という作家の持つ力そのものだと思いました。質感や手ざわりが立ちあがり、読むというより体験させられるような文章です。

雀部 >

あと、食べるというと「スプリーム - Life Hack Edition -」(「2018 SCI-FIRE」所載)と「米と苺」(『たべるのがおそい vol.7』所載)は、両方とも食べ物がキーワードだったし、麦原遼先生との共作「海の双翼」(『アステリズムに花束を 百合SFアンソロジー』所載)を加えた三作品は、差別もキーワードになっていました。

SFと異生命体は相性が良い、というか異生命体を出した時点でSFの範疇になる(笑) SFファンとしては大好きな分野でもありますので、今後ともよろしくお願いいたします。

櫻木 >

いろいろの媒体の掲載作にまで目配りいただいて、ありがとうございます。「差別」が共通項になっているというのは気がついていませんでしたが、本当にそうですね。

「異生命体」分野については、ぜひ雀部さんのおすすめの作品を教えていただきたいです。

雀部 >

異生命体は、レムの『エデン』『ソラリス』『砂漠の惑星』を抑えておけばハードSF界隈ではだいたいOK(笑)

まあ半分冗談ですが、それより麦原さんとの共作「海の双翼」に登場する異星人の色彩のイメージには圧倒されましたよ。また、独自の異生命体をお願いします。

「小説」は読者がどう読もうと自由だし、小説に書かれたことが総てだと思うんですけど、あとひとつだけ内容に関する質問をしても良いでしょうか。

「うつくしい繭」で、華恵が執拗に主人公に関わってくるのは、自分から離れて広谷に行った主人公を取り戻すためなのではと思ったのですが、女性同士の恋愛感情ってそういう展開になることがあるのでしょうか。それとも単なる勘違いなのか(汗;)

櫻木 >

まったく考えていなかったご指摘で、はっとさせられました。主人公にとって広谷は結局それほど重要ではなかったのだなということ、この作に限らず収録作四編において男性の影がことごとく薄い(とりわけ性的な存在としての男性は排除されている)ということは自覚していたのですが……。華恵にそのような意思があったのかどうかは、本当にいま、雀部さんに訊かれるまで考えたことはありませんでした。けれど、学生時代に私の恋人と関係を持った女友だちから、「自分は彼には興味がない。あなたのことが知りたくて、彼に近づいたのだ」といわれたことがありました。すっかり忘れていたのですが、いま思い出しました。

雀部 >

えっ、やはりそういうのもあるんですね、まったく想像の埒外でありました。それは彼が浮気をしたということでもあって……(汗;) ここらあたりの機微が分からない男性読者は多いと思われるので、うかがうことが出来て望外の収穫です。

最後に、新作もしくは執筆中の作品がございましたら、可能な範囲でお教え下さい。

櫻木 >

いま書いている二作は、夏以降になると思いますが、純文学の雑誌と一般文芸の雑誌にそれぞれ発表予定です。五月発刊の「海響」、秋リリースの「Sci-Fire」というふたつの魅力的な同人誌にも、掌編を寄稿するつもりです。

もともと私は純文学の熱心な読者だったこともあり、SFを書こうとしてもなかなか書けない、自分はSFに片思いをしているという気持ちがあったのですが、先日『SFを読みたい!2020』(早川書房)で、藤井太洋さん、川合康雄さん、藤田雅矢さん、香月祥宏さんが『うつくしい繭』の名まえを挙げ、コメントを寄せてくださっていたのをみて、感激しました。

雀部 >

いえいえ、SFファンからも熱愛されていると思いますので両思いです(笑)

櫻木 >

SF創作講座を受講したことで、ファンダムを含めたSFという分野の豊かさ、すばらしさに出会うことができた。そのことに、こころから感謝しています。だから、(いま書いている二作はSFではないのですが)またSFも書きたい、この分野を学び、関わっていたいと考えています。

雀部 >

今回はお忙しいときにインタビューに応じていただきありがとうございました。

櫻木先生の次回作、楽しみにお待ちします。

櫻木 >

今回雀部さんにインタビューをしていただいたことで、自分自身も思い出したことや教えられたこと、作品についてのあらたな発見がありました。本当にありがとうございました。

[櫻木みわ]
福岡県生まれ。大学卒業後、タイの現地出版社に勤務。日本語フリーペーパーの編集長を務める。東ティモール、フランスなどに滞在後、帰国。「ゲンロン大森望SF創作講座」第1期を受講。提出作が編集者の目に留まり、2018年12月『うつくしい繭』でデビューした。現在、新聞社契約社員。
[雀部]
一年越しで、念願叶っての櫻木先生インタビューです。
独断と偏見のお薦めのネタバレ感想は以下。異論は 認めます(笑)