嘉永六年五月。圧政を敷く盛岡藩に抗して民百姓が立ち上がった。彼らを導いた首謀者の一人、三浦命助は一揆に初めて参加したにもかかわらず商売をして習得した人心掌握術を用い、策を練って武士を翻弄した。藩政への怒り、騒ぎに乗じた憂さ晴らし、取るものもとりあえず加わった民衆たち。膨れ上がった彼らをも巧みにまとめあげた。時を同じくして浦賀に異国船が渡来する。そのことが交渉の行方にも影響して……。
一揆の顛末を圧政に苦しむ農民側から描いて感動を呼ぶ一作。
幕末、盛岡藩内では、百姓達が貧困と重税に不満を爆発させ、頻繁に一揆を起こしていた。そして、一旦はその要求を飲むものの簡単に反故にする藩の重臣たち。その状況を憂いた若き藩士・楢山茂太(後の佐渡)は、「百姓による世直し」を夢見て、家老となった後も、新しい世にふさわしい政の実現を志す。しかし、ペリー来航以降、時代は激動を極め、藩も混迷の度を増していく。幕府か新政府か、決断を迫られた東北諸藩、そして、盛岡藩の行く末は――!?
主殺しの罪で蝋燭屋の手代が捕らえられた。現場の状況を不審に思った南町奉行所定廻同心の左馬之介は、冤罪に泣く人のため詮議に横槍を入れて真実を追う牢屋同心「よこやり清左衛門」と助役の政之輔に相談を持ち掛ける。まもなく、殺された勝右衛門はかつて山賊との諍いに巻き込まれていたこと、素性の怪しい飯炊き女が店から忽然と消えていることが判明。罪の償い、母子の想い――過去の因縁がもたらす悲しき運命の結末は!?
小伝馬町の牢屋同心、清左衛門は、冤罪と思われる者を見つけだして町方の詮議に疑義を唱え、独自探索を行うことから「よこやり清左衛門」と呼ばれていた。そんな清左衛門の助役となった政之輔は、初出仕日に火付けの罪で入牢している昌造と面会する。無実を訴える昌造を助けるため真相究明に乗り出す2人だったが、やがて事件は幕閣の政争にまでたどり着き……。
今月の著者インタビューは、今年の3月28日に『大一揆』(角川書店)を出された平谷美樹さんです。前回のインタビューからもう6年経っているんですね。今回もよろしくお願いします。
ああ、6年も経ちましたか――。今回もSFではありませんが、よろしくお願いします。
時代小説は、SFと相通じるところがあるので(笑)
『大一揆』は、2018年に出された『柳は萌ゆる』(実業之日本社)と表裏一体というか、農民サイドと藩(武士)サイドの両方から書き分けた作品と考えて良いのでしょうか。
実は読み始めてある程度まで読むまで、同じ一揆の話と気がつかなかったという体たらくで(汗;)
世界が微妙に異なっています(笑)
『柳は萌ゆる』では、主人公の楢山佐渡と三浦命助は、お互いに若い頃に出会い、一揆の最中も対面していますが、それはわたしの創作です。『大一揆』の方が史実に近いです。
あ、SFでいうところの世界線が異なっていたんですね。気がつかなかった(汗;)
三閉伊一揆の一揆衆は英雄視されて語られるのですが、資料を読むとかなり悪辣なこともしていて、そういうところまで明らかにしてこその歴史だと思うんです。宮澤賢治についても神格化されて語られますが、人間としての宮澤賢治には、大きな声で語られない面もあって、そういうところを認めてこそ、真のリスペクトができるのではないかと。
ということで、「一揆勢えらい!」という小説にはしたくなかったのです。
なるほど。
『柳は萌ゆる』は新聞連載だったのですが、書籍化するにあたって、半分以上を削りました。その中に三閉伊一揆も含まれていて、あの本だけでは語られない部分もありました。だから、あらためて三閉伊一揆だけを描こうと思ったのです。
あっ。新聞に載った原稿をそのまま使うということはしていませんので(笑)
そうか、『柳は萌ゆる』が書籍化されるときに削られた部分の中に三閉伊一揆があって、その三浦命助パートが『大一揆』に結実したんですね。
『柳は萌ゆる』は、岩手日報朝刊で足かけ3年(2016-2018)にわたって連載された作品ということですが、舞台が盛岡藩ということは媒体を考えられて決められたのですか?
書くきっかけになったのは、楢山佐渡という人物を知ったことと、「花は咲く 柳は萌ゆる 春の夜に 変わらぬものは もののふの道」という辞世の句の解釈に、二面性を感じたからです。
楢山佐渡は、藩論を佐幕に固め、奥羽越列藩同盟に加盟することをすすめた人物です。同盟を脱退した秋田に攻め込み、戦争の途中で盛岡藩が新政府に降伏。その責めを一身に受けて処刑されました。東京で処刑されることになったのですが、藩主が「楢山佐渡は大罪人であるから、盛岡で処刑し見せしめにしたい」と新政府に申し出て、多くの賊軍の藩の家老らが東京で処刑されたのにもかかわらず、佐渡だけは盛岡に戻されます。
藩主が「死ななければならないのならば、せめて故郷で」という思いで、新政府を騙したんですね。
当時の盛岡藩は三閉伊一揆の後、民百姓と膝をつき合わせて話し合いをし、藩政改革をしている真っ最中でした。わたしはそこに、民主主義の萌芽を感じました。
その改革を推進した中心人物の1人が楢山佐渡でした。
そういう人物が「かわらぬものは もののふの道」という辞世を遺した。
通常「世の中が移り変わっても、わたしは変わらず武士の道を貫く」と解釈されますが、わたしは「世の中が移り変わっているというのに、なぜ武士は変わらないのか」と読んだのではないかと思ったのです。
新政府の政治は、薩長を中心とした民衆不在のものでしたから。
ああ、『柳は萌ゆる』のラストのシーンですね。私も感涙しました。佐渡と父親の帯刀との最後の夜。忠臣蔵の好きな日本人ならじ〜んとくること間違いなしの名場面でした。
よくぞ楢山佐渡という傑物を取り上げて下さったと。
なので、そういう人物を書いてみたいという思いが最初で、せっかくだから地元の岩手日報で連載できないかと、打診したのでした。
そうだったんですね。勝手に岩手日報から依頼があったのかと思ってました(汗;)
「平谷美樹の歌詠川通信」を見ると、連載開始時にはすでに原稿を書き上げていたそうですが、それを手直ししながら連載を続けられたということでしょうか。
同じく新聞小説の『義経になった男』もだいぶ原稿のほうが先行していたけど、挿絵もあって大変でしたよね。
締め切りに追われながら原稿を書くという状態が好きじゃないんです。「義経になった男」の場合、向こうから打診があって、実際に連載が始まるまでに半年近く時間が空きましたから、その間に書けるところまで書きました。その方が編集担当も助かるだろうなと思って。
『柳は萌ゆる』は、実際に作品があった方が「連載させて」と申し出るにも説得力があるかなと(笑)
その方がわたしも楽ですし。だから連載が決まった段階で、フォーマットに流し込み、前後を整えて連載用原稿を作って渡しました。なので、時々送られてくるゲラのチェックだけで、非常に楽な連載でした(笑)
現在、胆江日日という新聞社で「大宮人は如何にかいうらん」という安倍宗任を主人公にした連載をしていますが、これも完成してからと思っていたのですが、スケジュールとの兼ね合いでそういうわけにいかず、1章ごとに送っています。
東奥日報で連載している津軽為信を主人公にした小説は、一週間に一回という連載なので、連作短編にしようと考え、100枚ほどの短編を全部書き上げてから渡しました。
安倍宗任と津軽為信、時代は違えども二人とも波瀾万丈の生涯のようで、平谷さんの筆にも力が入ったことでしょう。楽しみにお待ちします。
それにしても、新聞連載を二社でされているんですか、すでに書き終えているにしろ、目茶苦茶凄いなぁ。
ローカル新聞ですけれど(笑)
2社とも売り込みました。
安倍宗任は、私が住む金ケ崎町に宗任が治めた鳥海柵があり、保存活用委員会の委員になっているので、周辺地域に遺跡を周知させようという考えでアプローチしました。
津軽為信は、生まれ故郷の久慈市が為信の出身地ということで、地元の郷土史家さんが「書けませんか」と打診してきたので、「発表の場があれば」と答えたら、東奥日報の連載枠をとってくれたという(笑)
それはまたなんともとんとん拍子に進んだお話しだことで(笑)>東奥日報の連載枠
ググったら、久慈市(岩手県)では地元の偉人ということで、久慈秋祭りには津軽為信を題材とする山車が出るそうですね。
東奥日報は、青森県の新聞社なんですね。うちもメインの新聞は山陽新聞という地元の新聞です(確か部数では岡山県の新聞の半数以上を占める)。県北には、備北民報や津山朝日新聞があるので、胆江日日新聞はこちらのくくりになるんでしょうね。
実は最近江戸時代を背景とした時代小説を読むことが多くなって、江戸幕府とか町奉行所についての本を買い込んでしまいました。あまり役立てていませんが(汗;)
平谷さんの時代小説は、ちょっとニッチな分野を扱っていることが多いので、そこをより深く理解したいというのもありますが(笑)
ということで、『よこやり清左衛門仕置帳』良かったです。政之輔くんは、15歳にしては出来る!男の子ですね。これに出てくる鍵番(鍵役同心)とか江戸時代には面白い役職があったものです。こういう題材は、どういうところからアイデアを得て、話を膨らませて書いていらっしゃるのでしょうか?
江戸時代の役職や商売に関する本や資料を当たっています。仕事内容を読んでいると「こういうネタが書けそう」というのを思いつくんです。たとえば『江戸城御掃除之者!』なんかは、役職や仕事内容を調べているうちに幾つもネタを思いつきました。
鍵番(鍵役同心)は、『江戸町奉行所事典』(笹間良彦著)で見つけました。御掃除之者は、同じ著者の『江戸幕府役職集成』に記述がありました。武士以外は全然知りませんけど(汗;)
『貸し物屋お庸』は江戸時代の商売が書かれた本を読んで「貸し物屋」「損料屋」というのを見つけて。
「貸し物屋」「損料屋」って江戸のレンタルショップ的な商売ですね。
珍しい役職に加うるに商売もとなると、確かに間口が広がりますね。
わたしの小説は「オカルトが入る話」と「オカルトが入らない話」があって、後者は「草紙屋薬楽堂ふしぎ始末」なんかがそうですけれど、「オカルトが入る話」の方がバリエーションがあって書きやすいですね。『貸し物屋お庸』はレーベルがなくなったんで残念です(苦笑)
オカルトというかファンタジー系時代小説も含めると更に間口が広がりますね。
それはそうと、「招き猫文庫」って無くなってしまったんですか、残念です。たしか、郷土在住の、あさのあつこさんの本も出ていたので。ググってみたら「時代小説のライトノベル」みたいなくくりになっていました。そうだったのか(汗;)
『よこやり清左衛門仕置帳』は、同心にも色々あるのでそれを調べていたら、鍵番を見つけ、牢の罪人と直接話ができるから、冤罪を解決する物語が書けそうと思ったのです。江戸時代には冤罪が多かったそうなので。
まだ誰も書いていそうにない役職や仕事を見つけると面白い話が書けますが、すでに書かれている職業でも切り口を変えると新鮮な話が書けます。
なるほどそういう発想から物語が出来るんですね。
新任で鍵番助役になった政之輔くんの上司が紀野俣清左衛門、通称「よこやり清左衛門」で、奉行所では色々煙たがられている存在なのですが、なんと権現様(家康)のお墨付きを持っているために辞めさせることが出来ない人物、という設定も面白かったです。
同心はなにかやらかせば簡単に首を切れますんで、鳥居耀蔵を敵にするならば、なにか首にできない理由が必要だなと(笑)
作者の都合で作ったエピソードでした。
やっぱりそうだったんだ(爆笑)