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シャンダイア物語

第三部 海洋民族の島
第四章 海賊の島

福田弘生

 航海五十四日目

 日差しが日増しに強くなってきている。だが甲板に出ると冷たい海流の上を吹いてくる風がとても気持ち良い。ブライスの船団は南に向かう海流に乗ってとても速く航行しているらしいが、私にはよくわからない。でもザイマンの人間が言っているのだから信じて良いのだろう。
 風は快適だが、この一週間ばかり船内は緊迫した雰囲気に包まれている。すでに海賊の支配海域に入っているそうだ。でもそんなザイマン人達の神経質そうな雰囲気を尻目に、カインザーの男達は日がな一日釣りを楽しみながら時間をつぶしている。今日もベロフ男爵が美しい魚を釣り上げた。確かにこのあたりは魚の宝庫なのだろう。
 ドン・サントスが支配するグーノス島はもう近い。

(スハーラ・レリスの航海日誌より)

 カインザーのお人善しの外務大臣アシュアン伯爵は、サルパートをゆっくりと旅して各地の貴族達の館の客になりながら少しずつ南下した。そして北の将の要塞の陥落から三ヶ月程たった頃、ようやくカインザー領になったポイントポートに最も近いテイト城にたどり着いた。ここはすでに友人と言える間柄になっているサルパートの外務担当者エラク伯爵の居城である。かつてサルパートの最前線だったテイト城はそれなりにしっかりした造りをしていたが、当主のエラク伯爵には戦士らしい雰囲気はまるで無かった。長身の細身の体にいつもの銀の鎖で飾った黒い服を着た姿は、むしろ学者に近い雰囲気を漂わせている。
 アシュアンはその城に留まってもう二週間近くグズグズしていたが、ある夜、エラク伯爵と二人だけで夕食のテーブルをはさんで向かい合った時、決意したように友人に話しかけた。
「さてとエラク。どうやら我々の計画を始める時が来たようだ」
 エラクは青い顔をしてパンを取ろうとした手を止めた。
「本当になさるおつもりですか」
「ああ、シャンダイアとソンタールはすでに三千年にわたって戦い続けてきている。ここらで誰かが戦闘とは違う解決方法を探しても良いであろう。元々アイシム神が我々人間にお命じになったのも、バステラ神の勢力を駆逐する事ではなくて光と闇の均衡を取る事だったのだ。北の将ライバーの死を見たときにソンタール人も我々も同じ人間だと思った。話し合いができると思う」
「それではやはり行きますか」
 アシュアンはうなずいた。
「カインザーとサルパート。この両国が開放された今こそがその機会ではないだろうか。わしら二人でグラン・エルバ・ソンタールに行こう」
「しかし、人間同士ならばともかく、ソンタールのもう一つの勢力であるガザヴォック以下の魔法使い達は我々の話に耳を傾けますまい」
「その時には、ソンタールの人々に呼びかけて、共に魔法使いを倒すのだよ。それを成し遂げるのが我々政治家の戦いなのだ」
 エラク伯爵が寂しそうにたずねた。
「牙の道に温泉をつくる計画はどうなさいます」
 アシュアンは一瞬目を輝かせたが、すぐに肩を落として椅子に沈み込んだ。
「それはずいぶん先の事になってしまいそうだな。さてと我々がソンタールに向かうとして、まずオルドン王とマキア王の両方の王の許可を得なければなりませんな。その他にも色々と面倒な準備がある。こういう事を相談できるのは」
 エラクが濃い赤ワインをついでテーブル越しにアシュアンに渡した。
「ありがとう。ソンタールにも良いワインがあるという話を聞くので、それだけは楽しみですな」
 エラクがうながした。
「相談出来そうなのは誰でしょうか」
「カイト・ベーレンスですな。エラク、智慧の峰の医学の成果の毛生え薬を適当にみつくろって揃えてください。カイトは若いが髪の毛の悩みを抱えていましてな」
 エラクは微笑んだ。
「従兄弟が若い頃から同じ悩みを抱えていて、私の手元にもいくつか評判の薬があります。土産にいたしましょう」
「カイトは今、サルパート山脈の東側にあるサムサラに城を築いているところです」
「わかりました。とりあえずもうしばらくはサルパート領内に留まる事が出来そうですね」
 それから、フッ切れたように二人の外交官は笑いあった。そして楽しそうに食事を始めた。

 マルバ海の西方、グーノス島の熱帯林の中の小高い丘に築かれた巨大な城の贅沢な部屋で、海賊王ドン・サントスはうまそうに紅茶を飲んでいた。この島は緑が深い。その密林の中で鳥がギャアギャアと大きな声で鳴いている、正体がわからない獣の鳴き声もする。サントスはこの自然の騒々しさが好きだった。空気はムッとする程に濃いが、その見えない空気の粒の一つ一つが生きているように活力が感じられる。
 サントスが磨き上げられた黒い机にコトリとティーカップを置いた所に、バタバタと部下が駆け込んできた。
「ドン、ドン、奴等が来ました」
 サントスは不愉快そうに顔をむけた。
「うるせえなあ、せっかくのカッソー産の紅茶がまずくなるじゃねえか」
「そのカッソーがあるザイマンのブライスの艦隊です」
 サントスはホウといった顔をした。
「冠の王子はさすがに速いな。じゃあ先導の船を出せ」
 部下は驚いた。
「ええ、まさか、まさかそのまま島にあげちまうんですか」
「あったりめえだ。この俺様が招待したんだぜ」
 そう言ってニヤリと笑った。
「がっちりと包囲しろ」
 やがてザイマンの五隻の高速艇がグーノス島の港に着いた。船から降りて城に向かう道を歩いてくる二百人程の隊列を、城の上からサントスは望遠鏡でじっくりと観察した。隊列は一見すると黒一色に見える。やって来る男達は皆、細かく分けられた黒い鎧を身にまとい、長い剣を一本腰にさしていた。サントスの後で腹心の部下のベズスレンが、柔らかい髪をクシャクシャと手でかきながら説明した。
「あれがベロフ抜刀隊でさあ。エルセントでブライスが威張っていやがった」
 サントスはその部隊のスキの無い歩き方に見とれた。
「なんてえ柔らけえ身ごなしだ、あれは強えぞ。おい、列の先頭のデカブツがブライスだな」
「そうです。隣のほっそりしたガキがおそらくカンゼルの剣の守護者セルダン。白い服の巫女がリラの巻物の守護者スハーラ。後ろにいる背の高いのがベロフでしょう、カインザー一の剣豪です。その後ろにいる三人の黒い服を着たのがバルトールの暗殺者のはずです」
 その時、一行の先頭を歩くブライスの前のあたりの空間がキラキラと光って若い女性が現れた。サントスはびっくりしてベズスレンを振り向いた。
「あいつは誰だ」
「知、知らねえ。魔法使いか」
 サントスはベズスレンの横にいる黒の神官の衣装を着ている男に目を向けた。
「シャクラ」
 シャクラと呼ばれた男はおびえたような表情をした。
「私の勘が正しければ、あれはザイマンの守護神です」
 サントスは舌打ちして視線を来訪者の一団に戻した。
「ちっ。何とも過保護な親だぜ。シャクラ、霧を出せ」
「しかし」
「出せ。はぐれ魔法使いのおまえを拾ってやったのはこんな時のためなんだ」
 シャクラはしぶしぶと窓際に寄って呪文をとなえ始めた。

 草色の短い上下の衣装に編み上げの草履。ソンタールの初代皇帝バマラグを看取った時の伝説のマルトン神のような衣装のエルディは、セルダン達の一行の先頭をスタスタと歩いていた。プンプン怒っている。
「こんな寄り道を許したおぼえはありませんよ。何のためにミッチ・ピッチの力を借りてまで道を急いだと思ってるの」
 列の先頭にいるブライスは右手にした斧でポンポンと肩を叩きながら答えた。
「海賊王ドン・サントスを放置する事はできないんです。それよりお願いがあるんですが、この額の銀の輪が兜をかぶる時に邪魔になるんですよ。いっそ紐にしちまうとか何とかなりませんか」
 そう言って左手で、両側に角の付いた兜を見せた。エルディはチラと兜を見て顔をそむけた。
「我慢して輪の上からかぶりなさい」
「そんなに怒らなくてもいいじゃありませんか」
 その時、一行のまわりに突然霧がわき出てきた。エルディは左手を一振りして霧を振り払った。
「ほら、こういう馬鹿もいるの。サントスを甘くみちゃ駄目よ。この島は丸ごと海賊の島なんだから」
「それはわかっています。でもここで俺を殺しても、今のところサントスにはあまり得る物は無いんです。それどころか、真っ向からザイマンに宣戦布告するようなもんで、親父が全軍をあげてここを叩き潰しに来るに決まってる。まあ、とにかく向こうから会いたいと言ってきたんです。せっかくの機会だから一度会ってみましょう」
 エルディは腰に手を当ててブライスを見上げて睨んだ。
「まるで私が馬鹿みたいじゃない」
 ブライスは女神を見下ろした。
「あなたの役目は何ですか」
 エルディは振り向いてスッと南を指さした。
「道を指し示すこと。私には戦いの加勢はできないわよ。気をつけてね」
 そう言って暁の女神エルディはフッとかき消えた。ブライスは表情を崩さずに歩き続けた。やがて一行は城を見上げる町に入った。低い木造の建物と焼いた煉瓦の家がなだらかな坂に沿って並んでいる。道には鮮やかな色合いの服を着た人々が行き交っている。町の所々にある商店の前には薄緑色のゴツゴツした果物や捕れたての魚が積まれていた。ブライスが唸るように言った。
「見てみろこの豊かな島を。一種の独立国家だ」
 袖を切り落としたボロボロの服を着たセルダンが周りを見回した。
「なんだか僕のこの格好が恥ずかしくなってきたぞ」
 だが町中を行き交う人の中に、かなりみずぼらしい身なりの人影を見つけてホッとしたように続けた。
「ああいう人もいるんだ」
「奴隷さ。おそらくはシャンダイアかソンタールの商船に乗っていた者だろう」
 スハーラがきょろきょろした。
「もしかしたらここに海の女王ミッチ・ピッチの弟がいるかもしれないわね」
 ブライスがうなずいた。
「かもしれない。シュシュシュ・フストに関してはどうやって見つけたらいいのか想像もつかない。注意だけはおこたらないようにしよう」
 セルダンが顔をしかめた。
「さっきから気になってたんだけど、この匂いは何だ」
「ああ、あの果物さ」
 ブライスは果物屋の店先の妙な形の果物を指さした。
「ちょうど時期なんだ。一つ買ってみるといい」
 セルダンはその形を見て怪しげな顔をした。
「あまり食欲をそそらないけど、お金はどの国のお金を使うの」
「ここはどこの貨幣でも通じると聞いているぞ。試してみろ」
 セルダンは店に近寄って、ダブダブのズボンに上半身は青いチョッキを着ただけの店員に聞いた。
「これ幾ら」
「どこの国の金で払うね」
 セルダンは腰の袋から、剣の模様が刻印されているカインザーの硬貨を取り出した。
「剣の国か、んなら三十ソシムだ」
「たかーい」
 一緒にやって来て興味深そうに見ていたスハーラが、巻物の刻印の硬貨を出した。
「それなら二十七」
 後ろからブライスが冠の刻印の十ソシム硬貨と五ソシム硬貨を一枚ずつほうり投げた。
「これでいいだろ。割ってくれ」
「まいど」
 商人はニコニコしながらその不細工な果物の中央ににナイフを入れた。セルダンは憮然とした。
「なんで、同じソシムなのに値段が違うのさ」
 ブライスがキョトンとした。
「国の豊かさが違うんだ。おまえ、いままでザイマンとカインザーのソシムの交換比率が違うのを知らなかったのか」
「だってカインザー以外で、お金使った事無いもん」
 スハーラは悲しそうだった。
「サルパートも貧しいのですね」
 ブライスがスハーラの肩を叩いた。
「これから豊かになるさ。一番貨幣の価値が高いのがソンタール。次がセントーン、そしてザイマンの順だ。たぶんセントーンの貨幣なら十二ソシムといったところだろう」
 商人は果物を割ってセルダンに差し出した。中には黄緑色の塊が房のようになって入っていた。ブライスが一つつまみあげて口に放り込んだ。
「うまい、うまい」
 セルダンはその果肉の異様な匂いに顔をしかめながら口に入れた。
「ううん。臭いチーズみたいだ。僕はだめ」
 スハーラの口にも合わなかったようだ。
「私もだめだわ」
 ブライスは不思議そうにセルダンからその果物を受け取ると、列に戻ってベロフに差し出した。だがベロフもアタルス達も匂いをかいで首を振った。
「残念だな」
 そう言ってブライスは果物を顔の横に持ち上げた。すると空中から白い女性の腕が現れて果物を取り上げて空中に消えた。そしてエルディの鈴のような声がどこからか聞こえてきた。
「おいしいのにねえ」
 果物屋の商人は蒼白になって腕が現れたあたりの空中をいつまでも見つめていた。
 やがてダラダラとした坂を登り切ったセルダン達が見上げた建築物は、城というより館と砦が合わさったようなものだった。小さな山に貼り付いたように広がっている建物の規模は大きいが、これでは防衛戦はできないだろうとセルダンは思った。おそらく防衛は海で行って、海戦で負けたらそれまでなのだろう。
 いかにも無法者じみた門番に通されて城に入ると、レンガ造りの立派な館の入り口の前に、水玉模様のシャツと吊りズボンの見憶えのある男が立っていた。ブライスが笑った。
「よう、水玉。速いな」
「あたりまえだ。エルセントからグーノスまではドン・サントスの庭だ。俺達は誰よりも速く航海できる。そして俺の名前はベズスレンだ。名前ぐらいは聞いているだろう」
「ああ、サントスにベズスレン。マルバ海のクズ野郎だ。さっき霧を出した失礼な奴は誰だ」
 ベズスレンは馬鹿にしたような顔をしてつばを吐いた。
「あれはシャクラ。黒の神官くずれだ。役立たずよ。それよりここから先はお前達、聖宝の守護者だけ来い」
「ああ、それで十分だ」
 ベロフとアタルス達を残して三人の守護者は館に入った。ベズスレンに案内された一行は、ひんやりとした館の少し油くさい廊下を進んだ。壁には豪華な絵画がかけられ、所々に立派な彫刻が置かれている。ドン・サントスの趣味と言うより、館に少しでも格をつけたいという意図だろう。ベズスレンは建物を抜けて一行を再び屋外に連れ出した。外に出た一行の目に、白い光の中にきれいに芝生が敷かれた中庭が映った。その向こうには視界いっぱいに海が見渡せる。中庭に白いテーブルが置かれ、十人程の男達が食事をしていた。
 テーブルの、館を背にして海を望む位置に立派な服を着た身だしなみの良い男が座っている。これがサントスだとセルダンは思った。時々葉巻をくわえるその男は海賊とは思えないほど清潔感があり、髭も丁寧に手入れされている。整ったその顔を見てセルダンはちょっと意外な感じを受けた。下手をするとブライスやドレアント王のほうがよっぽど海賊らしく見えるかもしれない。
 サントスの前に向かい合って座っている男達は見るからに海賊然とした格好をしていた。ブライスが小声でセルダンとスハーラに教えた。
「マルバ海の有力な海賊の頭目達だ」
 サントスの後ろに立ったベズスレンも葉巻を加えた。その隣に黒い神官服の青白い顔の男が立っているが、これがシャクラだろう。サントスは手を振ってセルダン達に正面に座るようにうながした。テーブルを挟んで座ったブライスとサントスはしばらくにらみ合った。やがてサントスから話し始めた。
「もう一か月以上も前の事だ、ドレアントとグルバの艦隊がにらみ合っていた頃、俺がつけ狙っていたソンタールの商船団を横からバルトールのマスター・メソルの海賊船に横取りされた。突然ソンタールの商船の横にメソルの船が現れて、あっという間に襲って去って行ったんだ」
 ブライスは手近にいた海賊の手にしたビールを奪い取って身を乗り出した。
「魔法か」
「わからん。メソル自体が妙な力を持っていたし、あるいは黒い剣のザラッカと手を結んだのかもしれない」
 セルダンがブライスにたずねた。
「どうしてザラッカがソンタールの船を襲うの」
「黒の神官はソンタール内でも独立した集団なんだ。一般の船ならシャンダイアでもソンタールでもどちらでもいいんだろう」
 サントスが苦い顔をして言った。
「メソルの勢力が拡大してきているのは事実だ」
 ブライスがふんぞり返って笑った。
「そいつは心配しなくていい。俺達がとっつかまえてやるさ。だが、それでおまえを許す事にはならないぞ」
 サントスはにやりと笑った。
「そうあせるなブライス。俺との決着をつけるのは、南の将とメソルをぶっ潰してからでいいんだろう」
「まあな、だが戦闘の最中に裏切られるよりは敵にまわしておいたほうが面倒が無い」
「まったくお前は親父のドレアントより血の気が多いな。お前さんも気づいているだろうが、ザイマンの船乗り達はそろそろお前をかつぐ時が来たと思っている。ユマールの将ライケンが、艦隊を整えてマルバ海の南まで進出して来る前に双子と決着をつけるんだ」
 セルダンはそれが誰の事かわからなかった。
「双子」
「ああ、グルバとザラッカは双子だ」
 ブライスの言葉にセルダンは驚いた。
「え、でも南の将グルバは普通の人間だろ。ザラッカは魔法使いだから何百歳って年齢でしょ。歳が違うんじゃない」
「ザラッカの魔法でグルバは延命しているのさ」
 サントスが話を戻した。
「ザイマンもグルバも両軍ともに二百隻のガレー船だ。俺とここにいる頭目達の四十隻を加えればザイマンが有利になるぞ。トンポ・ダ・ガンダを通ったおまえに従わない船長達がいてもそれを補えるはずだ」
 ブライスは考え込んだ。
「今回の南の将との戦いには素人の船団が加わる。カインザーのバイルン子爵が率いる三十五隻のカインザー艦隊だ。ほとんど兵員輸送船になっている」
 テーブルの海賊達がざわめいた。
「本気か。そんなお荷物を抱えて勝てるほどグルバは甘くないぞ」
「わかっている。だが船と船をぶつけて戦闘に入れば、カインザー人は最強の戦士になる。それにカインザー人がいなければグルバの要塞は落とせない」
「バラして他の艦に乗せろ」
「ある程度はそうするが、短期間で組織を完全に組み替えるのは無理だ。バイルンは親父と中央を進んでもらう。両翼は従来通りの編成で行ったほうがいいと思う。俺が右翼。サントス、おまえが左翼をやれるか」
 セルダンが思わず声をあげた。
「ブライス」
「こういう艦隊決戦で大切なのは両翼だ。そこが崩れれば艦隊全体がバラバラになるんだ。操船技術と戦闘の機を見るのに最適な者を配置する」
「よし引き受けた」
 サントスは少し誇らげな顔をした。ブライスが続けた。
「ただし条件がある。セルダンとベロフの抜刀隊はサントスの船団に乗ってくれ」
 これには並んだ海賊達が再びざわめいた。しかしサントスは拳でテーブルを強く叩いて海賊達を黙らせた。
「かまわん。俺達も生き延びなきゃあならない。この戦いは勝ち組に乗らなきゃならないんだ。とことんやるぜ」
 そして一息つくとセルダンを見た。
「おい、カインザーにバルトールの王が帰ったそうじゃねえか」
「うん、ベリック王が帰還した。今じゃセスタやポイントポートを中心にバルトール人が集結して大きな勢力ができつつある」
「一つ気になってるんだが、二年前、俺はメソルに頼まれてバルトール人のガキを乗せた船を船団に加えて運んだ事がある。そいつがベリックって名だった」
「間違いなくそれがベリック王だろう」
 サントスは額に手を当てて青い空を仰いだ。
「しまったなあ。お宝を握ってたんじゃねえか」
 ブライスが笑った。
「ベリックはお前の手に負えるような男じゃないさ。むしろ船団を丸ごと乗っ取られなかった事を感謝したほうがいい」
 サントスは少し驚いた顔をした。
「あのガキ、それ程の人物か」
「いずれはシャンダイアの頭脳になるだろう」
 サントスはまじまじとブライスを見た。
「シャンダイアは、ソンタールを倒せるか」
 ブライスはセルダンを見た。セルダンは立ち上がってカンゼルの剣をスラリと抜いて言った。
「倒す」

 グーノス島を離れた時、ブライスの顔には深い苦悩の表情があった。心配したスハーラは、海を見つめて考え込んでいる大男に近寄って、手すりを握る日に焼けた手に自分の手を重ねた。
「どうしたのブライス」
「俺は海に住む者の終点トンポ・ダ・ガンダを通り、今また海賊と手を結んだ」
「そうよ、でもこの戦いは勝たなければならないんでしょう」
「そうだ。グルバやザラッカの手にこのマルバ海を渡すわけにはいかない」
「心配しないで。ザイマンの王子であるという事は、正しい道を見つけて皆を導くという事のはずよ。みんなあなたを信じているわ」
 そう言って大きな男を後ろから抱きしめた。
 その頃、船べりで釣りをしていたセルダンは、釣り糸を引く手ごたえに嬉しそうに微笑んだ。
「僕はカインザーにいた頃は釣りなんかした事が無かったけど、マイスター城に帰ったらベイン湖に行ってみよう」
 隣でベロフも微笑んだ。
「ずいぶん先になりますな」

 テイリンはすでにセントーン国内に潜入している。この国もやはり暖かい。テイリンは自分の故郷のランスタインの山里が、特別に寒い地域だった事にあらためて気がついた。
 月明かりの下、通り抜けてきたばかりの町の出口でテイリンは立ち止まった。セントーンに入って以来、若い魔法使いは懸命に頭をはたらかせ続けている。ザラッカからは活動資金にシャンダイアの貨幣をもらっている。テイリンは手の中の硬貨を見つめた、銀色の質の良い表面には盾の刻印がされている。貨幣単位はソシム。ソンタールの貨幣はステラだった。これらは、創造の神アイシム、バステラの二神の名前から来ている事はテイリンも知っている。
 セントーンの南方の町でデルメッツから降りた後、テイリンはすぐにその金で服を買って着替えた。今では色あせたズボンにシャツの質素な旅人の格好になっている。夏なのでそれ程着込む必要は無い。ザラッカが与えてくれたお金にはかなり余裕があったので、むしろ贅沢ななりをして馬車で向かった方がエルセントに入りやすいはずなのだが、山育ちのテイリンにそのような才覚は無かった。そのかわり馬は立派なものを買った。一か月でミルトラの水を探さなければならないのだ。隣に黒々とたたずむ雄大な馬格の馬を見ながら、若者はふとカインザー大陸のアルラス山の山頂に置いてきた小さな馬を思い出した。
(まだ生きているだろうか)
 カインザー戦線で懸命に自分を運んでくれた、健気な馬を忘れていた事をテイリンは少し恥じた。気を取り直して馬にまたがり、走り出そうとした時に前方に兵士の影が見えた。しまったと思った時にはすでに兵士達はテイリンに向かって走り出していた。テイリンは初めて乗ると言っても良いくらいの駿馬に控えめに鞭を当てると、五人ほどの兵士の間に突っ込んだ。
「待て」
 兵士が叫んだ。
 テイリンは手綱を前に押すと、姿勢を低くして馬を走らせた。そして月の光が暁の薄明かりに薄れる頃、セントーンの平原が思っていたより遙かに広い事を知った。

 かつて西の将との激戦が繰り広げられたサルバンの野を越え、ケマール川を渡ってクライバー男爵は領地であるセスタに戻ってきた。マイスター城に帰っているオルドン王が青の要塞に戻る途中に出会えないかと期待していたのだが、王はまだマイスター城に留まったままだった。バイルンの艦隊の出撃に際して艦隊建造の指揮官であるカインザーの重鎮テューダ内務大臣と最後の確認を行っているらしい。
 ザイマンの技術を借りてカインザーで艦隊の建造が始まってから、もう一年以上になる。船は出来ても優秀な船員を育てるのには時間がかかると見たザイマンとカインザーの関係者達は、戦闘艦よりはむしろ兵員輸送艦を中心に編成してきた。そのため、今回の遠征ではかなりの兵力を輸送できるはずだった。カインザーを出発したバイルンの艦隊は、ソンタールの海軍提督ゼイバーの艦隊が制圧しているエルバナ河の河口付近を避け、真っ直ぐザイマンに向かう。そこでザイマンの艦隊と合流する事になっている。それに参加したいとクライバーは心から思った。
 紅の男爵の赤い鎧の騎馬部隊は南からセスタに向かう街道を土埃を上げながら堂々と進み、久々にセスタの城門をくぐった。カインザー、サルパートと続いた一連の戦いからの凱旋である事に間違いは無い。馬上から見上げると城門はじつに分厚くたくましい。この城壁を一度も使う事が無いのが少しもったいない気すらしてくる。門を抜けると、主の帰還を待ちかねた市民達が道に出て盛大な拍手を送っているのが見えた。若い当主は手を振ってにこやかに微笑んだ。
 道を進んでゆくと、やがて町の中央にある大きな広場に突き当たる。ここからさらに南と西に街道が伸びている。その広場の中心には美しい公園があり、今通ってきた広場から北に向かう街道に向かって右側に男爵の豪邸があった。従ってきた兵達を解散させて我が家に馬を進めると、美しい妻と息子が門の所に出迎えていた。戦場とは程遠い、平和な光景がそこにある。クライバーは妻の栗色の長い髪をまぶしげに見つめた。
 その夜、家臣と家族の歓待が済み、ようやく妻と二人で部屋に落ち着いたクライバーは、ベッドに大の字になった。横では橙色の暖かいランプの灯りに照らされたポーラが、静かに髪を櫛けずるサリサリとした音が続いている。クライバーはポーラに話しかけた。
「ポーラ。何をしている」
 夜着の襟をいじりながらポーラが顔を向けた。
「何って」
「バイルンから聞いた。バルトール人と手を組んで商売しているのか」
 ポーラは櫛を置くと夫の隣に座った。
「ああ、その事ね。そうよ。だってここにはバルトールの王様がいる事になっているんだもの。少し派手に物を動かす必要があるの。それにカインザーの奥様方は今まで質素に暮らし過ぎたわ」
「そうか。俺はかまわん。ただバルトールの勢力がここであまり大きくなっては困る」
「クチュクに会いましたよね」
「ああ、どういうわけかアントンが紹介してくれた」
「ベリック王が留守の間はクチュクが責任者だわ。彼に相談してみて」
「そうしよう」
 クライバーは短くそう言うと、妻の手を取って引き寄せた。
 翌朝、妻と共に寝坊をしたクライバーは扉の下に手紙が差し込まれているのに気がついた。急いでガウンをはおって手紙を手に取ったクライバーは、中をチラリと見るなり扉を開けて駆け出した。
「どうしたのあなた」
「バイルンからだ。マコーキンが戦線に復帰した。南の将を攻めに行く」

 クライバー男爵が大騒ぎで屋敷の中を走り回っているのを聞きながら、アントンは裏庭に出た。父が帰ってくると、この屋敷には子供の居場所が無い。
「よう、アントン坊」
 後ろからアントンを呼び止める声がした。アントンが振り向くと、人なつっこい顔のバンドンがニヤニヤしながら立っていた。そして懐から細い鎖を取り出すとチャラリとアントンの目の前に下げた。
「おまえさんに土産がある」
「何。その鎖」
「わからん。巨竜ドラティの洞窟にあったんだ」
「これをどうして僕に」
 バンドンは鎖をアントンの手に落とした。
「俺が何者だか知ってるよな」
「元アルラス山脈の盗賊の首領でしょ」
「そうだ。一応はこのカインザーの闇の世界の顔役の一人なんだ」
 そこで小声になった。
「バルトールの者にも顔がきく。新しいマスターの名前がアントだって事も聞いた。そこでピンときたんだ。ベリック王が信頼するアントったら一人しかいねえだろう」
 アントンはバンドンを睨んだ。
「心配するな。親父にもお袋さんにも内緒だ。それよりこの鎖だ。ドラティがかき集めたとされるお宝は土に戻った。この鎖だけが洞窟の奥の岩陰に落ちていた。どうも魔法の匂いがする」
 アントンは鎖に目を落とした。バンドンが続けた。
「いまカインザーにゃあ、魔法にかかわる人間がいない。マルヴェスターとベリック王はロッグに向かった。セルダン王子もブライス王子も巻物のスハーラも今ごろはセントーンだ。俺のような常人が持っててもラチがあかねえ。それにこれからお前の親父と一緒に南の将攻めだ。後、これをあずけられる人間といえばバルトールマスターしかいねえだろう」
 アントンは鎖を目の前にかざしてみた。
「なるほど。わかった」
 バンドンはニヤリとして手を上げるとアントンに背を向けた。
「バンドン」
「なんだ」
「父さんを頼む」
「まかせとけ」
 元盗賊の頭は背中でヒラヒラと手を振って去って行った。
 アントンは鎖をポケットに入れてアーヤに会いに厩に行った。アーヤはフオラの毛をすいていた。フオラは小柄な栗毛の牡馬だが、すでに大人かと思われていた小さな馬は不思議な事にここに連れてこられてから成長していた。アーヤはアントンに気がついて顔を上げた。
「どんどん大きくなるのこの子」
 フオラが警戒のいななきをした。アーヤがアントンを睨んだ。
「どうして私のまわりにいる男の子は隠し事ばかりするの」
 アントンはびっくりして、青い目をパチパチした。
「え」
「フオラは敏感なのよ。あなた、何か隠し持っているでしょう」
 アントンはさっきのバンドンの言葉を検討し直した。
(カインザーに魔法の存在が皆無というわけではないかもしれないぞ。クライドン神はともかく、このフオラという馬は元々ゾックを率いてマイラスおじいさんを殺した魔法使いの乗馬で、次にベリック王が乗り、その後アーヤの乗馬になったのだから)
「実はバンドンが妙なものをくれたんだ」
 そう言ってアントンはバンドンから受け取った鎖を取り出した。
「へええ」
 そう言ってアーヤが手をのばそうとした時、フオラがバフバフ鼻息を荒げながら二人の間に割って入った。アントンとアーヤは顔を見合わせた。アントンが言った。
「どうやら君に触るなと言いたいらしい」
 アーヤはうなずいた。
「どこかにしまっておいて」
 アントンは鎖をしまうと、フオラの首をポンポンと叩いた。
「なあ」
「なあに」
「どうしてこの馬にフオラって名前をつけたんだ」
「あら知らないの、フオラは星の名前よ」
「え」
「あなたもレイナ伯爵夫人の授業を受けた方が良さそうね」
 アントンは少し傷ついた表情をした。
「僕はけっこう勉強したけど、そんなの習わなかった」
「じゃあシャンダイアの王様の名前は」
「それは習ったよ。ええっと、初代の王様はゼミロ・シャンダイア・アラクルス」
「じゃあシャンダイアの最盛期を築いた賢王として有名な王様は」
「ううっと、バルジャン・シャンダイア・フオラ。あっ」
「その通り。シャンダイア王家の名前は、名前、シャンダイア、そして星の名前の順に並ぶの。フオラは賢王バルジャンの星の名前」
「なる程ね」
「ちなみに星には男読みと女読みがあるので、女王の場合は女読みになるのよ。クレストの女読みで、ゼルダ・シャンダイア・クランのようにね」
「ふーん、フオラの女読みは」
「もちろん、フーイよ」
 アーヤはちょっと得意げな顔をすると、鼻歌を歌いながら再びフオラの毛並の手入れに戻った。
 アーヤと別れたアントンは、今の会話を頭の中で繰り返した。何かが解けたような気がした。若いバルトールマスターはそのままアシュアン伯爵夫人のレイナを訪ねた。夫人の部屋の扉を叩くと、中からすぐに返事があった。中に入ると、ぽっちゃりした夫人は編み物をしていた手を止めてちょっと驚いた。
「あら、珍しいわね。アーヤと喧嘩でもしたの」
「いえ、ちょっと教えて欲しい事があるんです」
 そう言ってすすめられた椅子に腰掛けた。
「シャンダイアの歴代の女王の名前を知りたいんです」
 レイナは不思議そうな顔をした。
「変わった質問ね。でも女王の数は少ないのよ。ゼルダ、ヒルダ、バティ、レンダ、あと数人」
「その名前には、何か決まりがありますか」
「基本的には花の名前から取ったもののはずよ」
「ありがとう」
 そう言い残してアントンは駆け出すと、今度は真っ直ぐにクチュクの部屋に向かった。不思議な事にクチュクもつくろい物をしていた。この男はけっこう細かい事が好きだ。
「クチュク花の名前で、ア、から始まるものを書き出しておいてくれ」
「はい。花売りでも始めますか、最近カインザーでもパーティーを開く貴族が増えましたので商売にはなりそうですよ」
「いや、そうじゃないんだ。とにかく調べておいて」
 アントンはそう言って扉を閉めた。そして扉によりかかると、何か大きな事が身近に近づいた気がして、漠然とした不安に騒ぐ心を懸命に抑えようと何度も深い息をした。

 数日後、マイスター城から待ちに待ったオルドン王が到着した。堂々たる戦士の王に続いて、高齢の内務大臣のテューダ侯爵もクライバー家の門をくぐった。そしてその夜、オルドン王はクライバーとセスタに残してゆくクライバーの身内を部屋に集めた。部屋にはオルドン王、テューダ侯爵、レド・クライバー男爵。アントンとクチュク、そしてクライバー男爵夫人のポーラと滞在中のアシュアン伯爵夫人のレイナがいた。オルドン王もクライバーも、もちろんアントンがカインザーのバルトールマスターである事は知らない。おだやかな老人であるテューダ侯爵が、一同を見回して話し始めた。
「ザイマンと南の将がいよいよ本格的な戦闘に入る。カインザーからはすでにブライス王子に同行しているセルダン王子とベロフの他に、バイルンの艦隊とクライバーが参戦する事になった」
 一同は神妙な表情でうなずいた。
「その作戦については、バイルンとクライバーに詳しく説明をしてある。だがもう一つ解決しておかなければならない問題があるのだ」
 テューダはそう言ってクチュクを見た。
「ここセスタにバルトール人が集まりつつあるのは知っておる。だがまだバルトールが起つ時では無いと思うのだ。下手に大勢力が生まれると余計な摩擦も生まれてくる。ベリック王がロッグのマスターとの間に決着をつけるまで抑えてくれないか」
 太った商人は胸の前で手をあわせて頭を下げた。
「その事でオルドン王様に相談がございます。元々バルトール人は激情型の人間が多い民、そろそろ若い者達が抑えきれなくなりつつあります。放っておくと勝手に徒党を組んでソンタールに向かって進軍してしまうか、あるいはベリック王を誘拐してでも決起して押し出してしまう可能性があります」
 テューダはポリポリと薄い頭をかいた。
「それは困るぞ。訓練されていない軍を守る程の余裕は今のカインザーには無い」
「はい。しかしバルトールもやがては軍勢としてソンタール戦線に繰り出すわけです。いっそ軍隊の訓練という名目でどこかに集めて、監視したほうが良いのではないでしょうか」
 これはアントンとクチュクが相談して出した案だが、表向きはバルトールの発言はクチュクが行う事にしてあった。
 クチュクの隣にいたアントンが父親を見た。
「ベリックがロッグのマスターと決着をつければ、すぐにでも軍勢が必要でしょ。ベリックに王らしくさせてあげなきゃ。いいアイデアじゃない」
 クライバーは考え込んだ。
「それはいい考えだが、ここセスタではまずいぞ。あまりにカインザーの中心過ぎる。サルバンの野か、あるいはポイントポートに集まっているバルトール人と一緒にポイントポート、テイト城の間の地域あたりがいいんじゃないだろうか」
 クライバーはレイナを見た。
「アシュアンはどこにいるんですか。ポイントポートからここまで急いで来たので、消息を聞いていなかったのですが」
 伯爵夫人はため息をついた。
「まだテイト城にいるみたいよ。いつまでのんびりしているのか、困ったものだわ」
 テューダがクチュクを見た。
「そろそろバルトールに外交官を置かないといけないなあ」
 クチュクが待っていましたといった感じで言った。
「適任者がおります。サルパートのバルトールマスターです」
 クライバーはその人物を知っていた。
「モントか、サルパートで会ったぞ。これがバルトールマスターかと思われるほど静かな人物だった」
「はい。ベリック王への忠誠、人格、統率力共に申し分ありません」
 そこでオルドン王が初めて口を開いた。
「クチュク、正式にはベリックが戻ってから決める事だろうが、マスターモントに伝えてみてくれないか」
「かしこまりました」
「バルトールの若者達の訓練も始めたほうが良いだろう。サルバンの野が最適だが、ポイントポートのバルトール人達をカインザー領内に呼び込まなければならない。かなりの混乱が起きよう。元々バルトール人は北の民だ、ポイントポートに行け」
 テューダが静かに口をはさんだ。
「危険ではございませんか、最前線です」
「だから緊張感と一体感が生まれる、籠の中では戦士は育たない。ポイントポートの郊外で訓練をした後、サムサラへ、そして聖王マキアがいる元の北の将の要塞に移動させるんだ」
 クチュクが泣きそうな顔で頭をさげた。
「そうなれば我らが故郷バルトールは真近。たとえロッグのマスターがベリック王に従わなくとも、ロッグを力づくで従わせる事も可能になります。ベリック王にとってこれ以上の後ろ楯はございません。マキア王は旧北の将の要塞に赤いサルパートの旗をかかげて赤の要塞となさいました。我々はロッグにバルトールの黄色い旗をなびかせて見せましょう」
 オルドン王も目をうるませた。アントンはそのクチュクの姿を見ながら、バルトールの民の戦いが本格的に始まった事を知った。

 その夜。湯につかった後、寝室に入ったクライバーをポーラが待っていた。
「レド、一つお願いがあるの」
「ああ、次はいつ帰ってくるかわからない。何でも言ってくれ」
 二人はベッドに入った。
「バルトールの商人達と付き合い始めて、綺麗なお洋服がたくさん手に入るようになったわ」
「買えるだけ買っていいぞ。俺には金はいらん」
「私が着たいのじゃないの。着せる子供がほしいのよ。アーヤを見ていて思ったの」
 クライバーは妻を見た。
「女の子がほしいわ」
 ポーラは夫にそっと手をのばした。

 (第五章に続く)

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