剣の王子セルダンとクラハーン神の神官デクトを先頭に、聖宝の守護者達はシムラー最後の島に渡った。セルダンの後ろの二列目には短剣の王ベリックと盾の王女エルネイア、その後ろに冠の王子ブライスと巻物の巫女スハーラ、しんがりにアーヤを抱いた魔術師マルヴェスターが続いた。アーヤの乗馬フオラは楽しそうに一行のまわりを跳ね回っていた。
その島は遠くから見ると白くて低い円錐のように見えた。磨きぬかれた大理石の橋を渡り切ると、そこは螺旋を描いた白い階段が島をぐるりと回りながら、島の中央まで延々と続いているのだと言う事がわかった。デクトが馬を降りて皆に告げた。
「馬達にはこの階段を上る事は無理です」
一行は馬を降りて急ぎ足で白い階段を上った。ブライスの乗馬のスゥエルトをリーダーにした馬達は階段の下に残ったが、ただ一頭、栗毛のフオラだけが不思議な事に階段を全く苦にせずについて来た。ベリックが面白そうに鞍の上から手を伸ばしてフオラの背中を叩いた。
「凄いな、君の蹄はどういう仕組みになっているんだ」
やがて一行が頂上にたどり着くと、階段の頂点には精緻な模様が施された黄金の椅子が置かれていた。デクトが説明した。
「ここが大地の座です」
ブライスが横にいるスハーラに尋ねた。
「ずいぶん狭いが、ここは神が何をした所だ」
「アイシム神とバステラ神が、この星の運命について話し合った所よ。ここから世界が見渡せるの」
ブライスがぐるりと四方を見回した。そこからはシムラーの島々しか見えない。この島と最初の島の間には橋がかかっていなかった。
「神の目で見るわけだな。そうすると」
スハーラがうなずいた。
「ここからすべての争いが始まったの」
ベリックが不思議そうな顔をした。
「ここは霧が出ないんですね」
「大地の座は主を待っているだけですから」
デクトが答えた。マルヴェスターがそっとアーヤを椅子に座らせ、五人の守護者がその前に立った。アーヤの正面にセルダン、セルダンの右にエルネイアとベリック、左にブライスとスハーラが並んだ。やがて椅子の右に重厚な面もちの男性が姿を現した。守護者達はそれがクラハーン神だと悟った。
五人の守護者はそれぞれ聖宝を取り出して顔の前にかかげた。セルダンが言った。
「クラハーン様、我らが女王の魂を取り戻してください」
クラハーン神は険しい顔をした。
「それにはそなた達全員の力を借りなければならない」
ブライスがカスハの冠を分厚い胸に当てた。
「この命、いつでも捧げますよ」
アーヤの横にいたマルヴェスターが懐から金色の小さな指輪を取り出した。それを見てセルダンはびっくりした。
「あなたが持っていたんですか」
「あたりまえだ。他の誰にあずけられると言うんだ」
マルヴェスターは口をとがらせてそう言うと、クラハーン神に指輪を差し出した。
「あなたにこれを渡す日を、ずっと待ち続けていました」
クラハーン神は自信無さ気に指輪を見つめた。
「果たして今、受け取っていいものか」
「これを受け取るべき時が今なのかどうかは、あなたがご自身で決めるのです」
クラハーン神は困ったように指輪を受け取ると、一段下がった所に並んでいるセルダン達にそれを見せた。
「それでは行こうか、ガザヴォックの闇に」
「はい」
五人の守護者が声を揃えた。クラハーン神はアーヤに手を触れようとして躊躇したが、スハーラが優しくうながした。
「クラハーン様、私達がついております。さあ、参りましょう」
指輪の神は意を決したようにアーヤの胸に手を置き、五人の守護者と共に闇の空間に踏み込んだ。
クラハーン神の姿が消え、五人の守護者は立ったまま眠ったように目をつむって沈黙した。大地の座に静寂が降りた。デクトとマルヴェスターは顔を見合わせた。
「マルヴェスター様、何が起きたのですか」
「クラハーン神が言った通りだ。ガザヴォックの闇に彼らの魂が踏み込んだのだ」
デクトは心配そうに守護者達を見回した。
「それは極めて危険な事ではありませんか」
「もちろんだよ。しかし戦いにはいかなる犠牲を払っても、そこに踏み込まなければならない場所がある。そこを突破すれば戦いの流れが変わる」
「アムロリラ様の魂が助け出されれば、この戦いの流れが変わると言う事ですか」
「そうでないと困る。六人の守護者が揃い、クラハーン神がシャンダイアに戻った。これでなおガザヴォックの闇が払えぬのであれば、シャンダイアに明日は無い」
マルヴェスターは懐から小さい箱を取り出して開いた。中には細い鎖が入っている。
「これがアーヤの魂を縛っている鎖だ。これがどうなるか見ていよう」
二人は青白く光る鎖を、息を殺してじっと見つめた。
・・・・・・
テイリンは、楽しそうに自分の生い立ちを話す少女を不思議な気持ちで眺めていた。少女の美しい顔は薄暗がりの中で生き生きと輝いている。しかもその生い立ちは、幸せそうなものでも無かった。
(この女の子の心には闇が無い。こんな状況でもまわりを輝かせてしまう。何者か知らないが、マルヴェスターが大切に育てたのであればシャンダイアの重要な人物の血縁なのだろう)
しかし、少女の話にはここから脱出する手がかりは無かった。テイリンは暗い地面に手を触れてみた。そこからは何の力も伝わって来ない。その時、背筋にゾッとするような寒気が走った。少女の顔におびえが浮かんだ。
「来たわ」
「誰が」
「ガザヴォック」
気が付くと、黒い指輪の魔法使いがテイリンの後ろに立っていた。
「なる程、そなたであったか」
テイリンは驚いて立ち上がった。
「ガザヴォック様。いったい私に何が起きたのですか」
「まだわからんのかね。わしがかけた罠にかかったのだ」
さすがにテイリンは蒼白になった。
「私がアイシム神の魔法使いだからですか」
「自覚は無いか」
「いいえ全く。私はランスタインの山の中で生まれたゾックの監督官で、ガザヴォック様の教えを受けて黒の神官になった者です。ガザヴォック様は何か私についてご存じだったのですか」
「薄々感じてはいた。そなたはサルパートで、わしが巨狼バイオンにかけたくびきの鎖を断ち切っただろう。あれは並の魔法使いに出来る芸当では無い。少なくともわしの弟子達には無理だ。魔法の特性が近過ぎるからな。そなたの魔法は闇の特性では無い事があの時わかった」
そこでガザヴォックは恐ろしい顔になった。
「何とかそなたをここに捕まえたが、大きな代償を支払った。月光の要塞をつぶしてしまった」
テイリンは驚いた。
「何ですって」
ガザヴォックは苦々し気に言った。
「月光の要塞にある泉の魚に、アイシム神の魔法使いを滅ぼす罠を仕掛けておいた。しかしそなたがロッグで時の魔法にかかったネズミに触れたため、月光の要塞の罠が起動してしまったのだ」
テイリンはハッとした。
「月光の要塞にはパール・デルボーン様の軍勢がいたはず」
「生き残った者はわずかだろう。まあ、パールが無事だっただけでも幸いだ」
「おおおお」
テイリンは頭をかかえて暗い地面につっぷした。
「まただ。また私のせいでソンタールの将の軍勢が大きな被害を受けてしまった」
テイリンは顔を上げてガザヴォックをにらんだ。
「あなたと言う人は」
その時、テイリンの両手の指先から光が溶けるように流れ出し、ガザヴォックの手の中に吸い込まれていった。椅子に座っていたアーヤが叫んだ。
「テイリン、意識を保つの。吸い込まれちゃダメ」
テイリンは必死に意識を自分の指先に集中した。すると指先に色が戻った。しかし、次にはテイリンとアーヤの足下の大地が崩れ始めた。テイリンはアーヤの手をつかんで抱き上げると、頭を下げて背中に背負い直した。
「早く、地面をつくるの」
「え」
「想像するの。ここはガザヴォックの闇よ、ガザヴォックはすべてを消してしまう。だから自分のための地面をつくるの」
テイリンは目の前に地面を思い描いた。しかしそこには白い階段が出現した。
「どうしてだろう」
「どっちでもいいじゃない。上って」
テイリンは急いで階段を上った。アーヤが手を振ると、階段がバラ色に輝いた。テイリンは抗議した。
「この色はちょっと不気味だぞ」
「黙って。ああそうだ、この服も」
アーヤはテイリンの服の色を黄色く変化させた。テイリンは気が付いた。
(闇に色は無い。そうか光だ、この子は光を操るんだ。闇に対抗するために色を撒き散らしているんだ)
テイリンはアーヤを背負って走った。目の前にバラ色の階段が続く。やがてその全容が見えてきた。まるで小さい島のようだ。懸命にその階段を上ると頂点が見えた。そこには金色の椅子があり、背負っている少女と同じ顔の少女が座っていた。そしてそのまわりには五人の人物が立っていた。テイリンはその中の一人に見覚えがあった。
(カインザーのセルダン王子だ。こんな所で何をしているのだろう)
テイリンの背中でアーヤがジタバタしながら叫んだ。
「セルダン、ブライス、ベリック。きゃあ、きゃあ、みんないるわ」
テイリンは階段の上に立つ五人の姿を観察した。皆それぞれ手にきらめく何かを持っている。
(それではこれが聖宝の守護者達か)
テイリンはさすがに畏れをおぼえた。さらにいつの間にか一人の立派な姿の中年の男性が現れ、椅子の中で眠っている少女の横からテイリン達を招いた。テイリンは頂上まで階段を上った。
男がテイリンの背中の少女に話しかけた。
「アムロリラ、自分の体にお戻り」
アーヤがテイリンの背中から飛び降りて警戒した声で答えた。
「あなた誰。私はアムロリラなんて名前じゃないわ」
「それが本当のそなたの名前だ」
「あやしいなあ。あとでおじいちゃんに聞いてみよっと」
アーヤはプンプンしながら椅子に座っている自分の体に近寄った。そして座り込むと椅子の少女と重なるように一体化した。椅子の少女が目を開いた。
「元の体に戻ったの」
男が答えた。
「まだだ。この闇を払うまでは」
男はアーヤの左手の中指に金色に光る指輪をはめた。指輪がアーヤの指にサイズをあわせてゆらめき、やがてピカリと光ると五人の守護者が目覚めたように動き出した。真っ先にセルダンがアーヤに気付いた。
「やあアーヤ、戻ったか」
アーヤがセルダンに飛びついた。
「遅い」
そして顔をベリックに向けてキッとにらみつけた。
「遅いわ」
「ごめん女王」
ベリックがそう言うとアーヤは拳を握りしめた。
「あたしのわからない事を言うと、殴るわよ」
スハーラがアーヤの後ろに立って、アーヤの拳を自分の手の平で包んだ。
「あとで説明するわ。あなたは私達にとってとても大事な存在なのよ」
アーヤはスハーラにちょっと寄りかかって安心すると、目の前に立っている目のさめるような美女に目をとめた。
「あなたがエルネイア姫なの」
エルネイアはエレガントにおじぎをした。
「初めましてアーヤ様」
ベリックが隣でつぶやいた。
「うまい呼び方だ」
その時、ゾッとする笑い声が響いた。
「フハハハハハハ、何とわが敵のほとんどがここにいるではないか。まとめて魂と力を喰らいつくしてしまおう」
階段の下にガザヴォックが現れた。アーヤの横に立った男がきびしい顔になった。
「そうはさせんぞガザヴォック。わが娘は渡さない」
「クラハーン。黒き心の傷を持つ神よ」
アーヤとテイリンはその男が神だと知ってびっくりした。その時、突然クラハーン神が苦痛にあえいだ。
「おのれガザヴォック」
「忘れたのか、貴様の心には闇がある事を」
ガザヴォックがゆっくり手を下に振るとクラハーンは膝をついた。その顔には汗が噴き出し、苦しげに息を詰まらせると両手をついて体を支えた。
それを見たエルネイア姫が、神の前に進み出て美しい腕にくくり付けたミルカの盾をかかげた。盾を中心に明るい光があたりを照らし出し、ガザヴォックの闇の力を跳ね返すかのように見えた。しかしクラハーン神はすでにガザヴォックの闇に傷ついていた。そこでスハーラがリラの巻物を拡げて神の広い背中にかけた。そして呪文を唱えると、苦しんでいた神の体から力が抜け、ホッとしたように立ち上がった。ベリックが短剣を閃かせてクラハーン神の前に立った。
「クラハーン様、勇気をお持ちください」
それを見たブライスがセルダンをつついた。
「俺は何をすりゃいい」
セルダンは肩をすくめた。
「たぶん、そのうち出番がくるよ」
五人の守護者がクラハーン神とアーヤのまわりに立った。そこにはさしもの暗黒の魔法使いもうかつには触れがたい光の壁が出来た。セルダンがテイリンに呼びかけた。
「久しぶりだねテイリン。どこからここに入ったんだい」
「バルトールの首都ロッグです。セルダン王子」
ベリックが驚いた。
「ええっ、ロッグはソンタール軍の手に落ちたの」
「あなたはベリック王ですね。ご安心ください、ロッグ攻めに向かったソンタール第六の将パール・デルボーンの軍勢は、リナレヌナでロッティ子爵とマスター・トンイの防衛戦を突破しましたが、月光の要塞で壊滅的な打撃を受けました。私はロッグに潜入して様子を探っている最中にこの魔法の罠に捕まったのです」
ブライスが首をかしげた。
「月光の要塞にバルトールの軍がいたのか」
「いいえ」
そう言ってテイリンはガザヴォックをにらんだ。
「魔法使いガザヴォックの魔法によって滅びたのです」
ブライスがうなった。
「話がややこしくなってきたぞ」
セルダンが剣をかかげた。
「ややこしくないさ。テイリン、君は自分が何者かわかったんだね」
「おそらく。ただ、まだ自分の力の使い方がわかりません」
クラハーン神の顔が輝いた。
「そうか、ようやくアイシム神の魔法使いが現れたか。大丈夫だ、力はアムロリラが導き出してくれる」
ベリックがスハーラの袖を引いた。
「アイシム神の魔法使いと、六人の守護者がここに揃ったわけだから、これで形勢は僕らに圧倒的に有利なんじゃない」
巫女は首をかしげた。
「たぶんまだよ。ここはガザヴォックの闇の中だから、ここから出て初めて互角以上の戦いが出来るのじゃないかしら」
「ならばまずここから出なくちゃ」
アーヤがクラハーン神に尋ねた。
「神様、何をすればいいの」
「ここはシムラーの島の一つだ。この階段は、お前が意識せずにシムラーにいる私を呼びだしたから現れたものなんだよ。ここに次に必要なのは、空だ」
アーヤはテイリンに向かって言った。
「わかった、魔法使いさん」
テイリンは驚いて首を振った。
「空を思い描いて出現させるなんてとても出来ない」
「やりなさい」
テイリンはブツブツ言いながら、青い空を思い描いた。ランスタイン大山脈にある故郷の高い高い空を。すると真っ暗な島の上空に小さな光の穴が空き、そこから青い空が見えた。だがガザヴォックも懸命にその魔力をふるって闇を押し戻そうとした。バラ色の島の上空で闇と青空がせめぎ合った。セルダンがブライスの肩を叩いた。
「君の出番だ」
「何をすりゃあいいんだ」
「闇から光へ、その境目に必要なのは誰だ」
ブライスが横にいたスハーラに顔を向けた。
「まさか」
スハーラが微笑んだ。
「暁の女神しかいないでしょう」
ブライスはため息をついてひざまずき、低い声で祈り始めた。やがて小さな空から光が降り注いで、そこに美しい女神が現れた。女神は鮮やかな空色のドレスを身にまとっていた。
「来たわよ、ブライス。久しぶりクラハーン」
クラハーン神が笑顔で答えた。
「やあ久しぶりだね」
「そう。いっくら説得してもシムラーから出てこないんだから。クライドンなんか力づくであなたを引っ張り出すって息巻いていた時期があったくらいよ」
暁の女神がクラハーン神の隣に立った。その二体の神を中心に光が広がり、空を出現させようとしていたテイリンは体中に力が溢れるのを感じた。やがて天空の点が広がってあたりが明るくなり、島全体の景色が見渡せるようになった。
アーヤが椅子の前に立ち上がると、その真上から一際明るい光が降り注いだ。アーヤの後ろにクラハーン神とエルディ神が立ち、アーヤの前にテイリン、さらにその前にセルダンを中心に五人の守護者が並んだ。
クラハーン神は階段の下にいるガザヴォックをにらみつけた。
「ここまでだなガザヴォック」
ガザヴォックがすさまじい怒りの形相で神を見上げた。先頭にいたセルダンがクラハーン神を振り返った。
「試してみていいですか」
クラハーン神はうなずいた。セルダンは剣を下段に構えると、あっという間に階段を駆け下りてガザヴォックに斬りかかった。魔法使いも空中から剣を取り出してカンゼルの剣を受け止めた。セルダンの剣がオレンジ色に輝き、ガザヴォックの剣は闇色になった。二人は猛烈な速さで戦い始めた。ブライスが目を丸くしてエルディ神に尋ねた。
「あれは凄いんですか」
「もちろん。でもびっくりだわ、セルダンはいつの間にあんなに強くなったの」
「まあ、あいつも苦労して成長しましたから。むしろセルダンの剣をあそこまで受け止める事が出来るガザヴォックに驚いていますよ」
戦いは果てなく続くかと思われたが、やがてガザヴォックが息を切らし始めた。
「やれやれ、やはりわしにはこういうのは向いておらん」
ガザヴォックは目の前に黒い闇の壁をつくった。こつをおぼえたテイリンがその壁を無効にした。セルダンがさらに踏み込もうとした時、そこに小さな人影が現れた。それは漆黒の目をした少年だった。セルダンは驚いて足を止めた。
「誰だ君は」
少年は澄んだ声で答えた。
「シャンダイアの女王に挨拶に来たんだ」
そう言って少年はセルダンの横を通り抜けると、アーヤの所まで階段を上った。不思議な事に、誰もその少年を止める事が出来なかった。
アーヤと少年はしばらくじっと見つめ合った。やがて少年はアーヤの胸のあたりに手を置くと、そこから小さな鎖を取り出した。そしてガザヴォックを振り返って言った。
「ここまでにしておきましょう」
そして突然、闇が消えた。少年も、ガザヴォックも、クラハーン神もエルディ神も消えた。ベリックが高い空を見上げた。
「今度こそ戻ったの」
ブライスが地面を指差した。
「ちょっと変わったけどね」
白かった階段がバラ色に染まっている。アーヤがマルヴェスターを見つけて走り寄った。
「おじいちゃん」
マルヴェスターは涙を浮かべて抱きしめた。
「よく戻ったなあ。くびきの鎖が消えたので成功したとは思っていたが」
そして守護者達を見回した。
「お前達もよくやった」
セルダンはあたりを見回した。
「テイリンがいない」
エルネイアがセルダンの腕を取った。
「たぶん、ロッグに戻ったんだわ。でも何が起きたのかさっぱりわからない。あの男の子は誰だったのかしら」
マルヴェスターが言った。
「どうやら説明してもらわねばならんことがたくさんあるようだな。だが、それは帰りの船の中にしよう。ここからは一刻の猶予もならん」
デクトが遥か下に見える海面を指差した。
「最初の島に戻る橋がかかりました」
ブライスが嬉しそうに笑い声を上げた。
「さあ、海に出るぞ」
アーヤがすり寄ってきたフオラに飛び乗った。
「みんなの馬は」
ベリックがあきれてフオラの尻を叩いた。
「こんな所まで上って来れるのはこいつだけだよ。ほかの馬は下で待っているのさ」
皆は階段を降りるとそれぞれの馬に乗った。デクトは馬に乗らずに皆に別れを告げた。
「帰りの道は橋を渡ればわかります。私はここでおいとましましょう」
マルヴェスターがうなずいた。
「わしらはセントーンに戻る。クラハーン神を頼む」
「わかりました。これからはすべての聖宝が、統治の指輪の力でさらに大きな力を発揮する事でしょう」
アーヤが指輪を見つめて思い出した。
「そうだおじいちゃん、クラハーン神が私の事をアムロリラって呼んだの。本当なの」
「ああ、そうだよ」
「どうして」
「お前がシャンダイアの王家の娘だからだ。新しい女王になるんだよ」
アーヤはなぜか打ちひしがれたような顔になった。デクトがそのアーヤに恐る恐る声をかけた。
「あの、この島の色はこのままなのでしょうか」
アーヤはぼんやりとバラ色に変化した島を見回した。
「このほうが素敵じゃない」
今度はデクトが打ちひしがれたような顔になって天をあおいだ。馬が歩き出すと、敏感なエルネイアがアーヤに近寄ってささやいた。
「悩み」
「うん」
「相談にのるわよ」
アーヤが複雑な表情でエルネイアを見つめた。
「女王って、自由に恋が出来ないんでしょ」
エルネイアは深刻な顔でうなずいた。
「そうよ、王女ですら出来ないんだから、女王なんてとんでもない。いきなりそんな立場になっちゃったあなたに同情するわ。でも、なぜ突然そんな事を言いだしたの」
「あのね。あの男の子の目がすごく綺麗だったの」
エルネイアは何かとんでもない事を聞かされた気がしたが、どう答えてよいかわからなかったので、優しくアーヤの頭をなでると一緒に馬を進ませた。
(シャンダイア物語 第五部 守りの平野 完結)
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