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シャンダイア物語

第六部 統治の指輪
第十二章 海岸の死闘

福田弘生

 巨大な猛禽コッコの群れがソンタールの魔法学校の三教頭に襲いかかった。しかし三教頭は足元の砂を巻き上げて、それぞれの体を球形に包むように砂の壁をつくってこれを防いだ。
 メド・ドボーレがヒシャヒシャと乾いた笑い声をあげた。
「コッコを操るのはしんどいが、砂の操作ならば黒の神官にはたやすい事」
「そうだ、魔法学校の生徒は魔法に失敗する度にあんた達に地面に打ち据えられた。俺達は砂を噛みしめながら魔法を憶えたんだ」
 シャクラは嫌な事を思い出して不機嫌そうにそう言うと、両手から火球を放った。魔力が増大したシャクラの火球は人の大きさ程になって三教頭を襲った。三教頭は力を合わせて砂の壁を盛り上げ、火球を弾くように頭上にそらした。
「何と」
「恐るべき力」
「これは高位の神官級」
 危機を感じたメド・ドボーレとメド・キモツは砂の球をまとったまま左右に分かれてシャクラの横にまわった。メド・パンハルはシャクラの正面から飛び上がり、三人は一斉にシャクラに襲いかかった。シャクラは際どくこの攻撃を避けたが、メド・キモツの指先が触れた肩に激痛が走って思わず膝を突いた。そのシャクラを見下ろしたメド・キモツが笑った。
「若いの、素早いな」
 シャクラは肩の苦痛に顔をゆがめながらニヤリとした。
「あんた達の攻撃の特徴は相手に触れないといけない事。ならば身のこなしは俺のほうが速いから、致命傷を与える事は不可能」
「だが三人同時には避け切れまい」
 シャクラは三人が防御に使っている砂の球を、さらに包み込んで押し潰すようにコッコを誘導した。コッコの群れは三教頭に被さって押し包んだが、やがて一羽ずつ短い悲鳴を上げて砂浜に落ちた。地面に落ちたコッコは、喉を潰され、目をむき出すようにして息絶えていた。シャクラは舌打ちして残ったコッコに三人から離れるように命令した。
(さすがは魔法学校の幹部達、やはり三人を一度に相手にするのはしんどいか)
 そこでシャクラは要塞の方角にある岩場に向かって走り出した。
「逃げるか若造」
 三教頭はすぐに追撃にかかった。四人の魔法使いは深い砂浜を苦もなく駆け抜けると、岩場に入った。シャクラは岩から岩へと飛び移り、海に突き出した大きな岩の突端まで走って振り向いた。三教頭の先頭にいたメド・キモツが笑った。
「狭い場所で一人ずつ相手にするつもりか、甘いな」
 シャクラは両手を上げて構えた。
「やってみるか」
 三教頭はメド・キモツを先頭に走り寄った。そしてシャクラの直前まで来た時、メド・ドボーレがメド・キモツの上に飛び乗り、さらにその上にメド・パンハルが乗って三人一度にシャクラに飛びかかった。シャクラは岩を蹴って真上に飛び上がると、一番上にいたメド・パンハルに組み付いた。メド・パンハルの指がシャクラの背中に食い込みシャクラは激痛に顔をゆがめた。しかしシャクラはメド・パンハルにまわした手を離さず、相手を抱くようにして水深が深い岩場の間の海面に落ちた。
 シャクラは真っ逆さまのまま、海中に潜っていった。メド・パンハルは水中でもがきながら身を離そうとしたが、シャクラは相手の胴を締め付けながら深みに引き込んでいった。やがてシャクラの腕の中で老魔法使いの体から力が抜けた。シャクラは相手の体から抜け出しそうになる魔力を自分の体に吸い込んだ。
(ふう、まず一人)
 岩の上から二人が沈んだ海面を覗き込んでいたメド・ドボーレとメド・キモツは海中で魔法の力が一つ消えた事を察知した。メド・ドボーレが不思議そうな顔をした。
「パンハルが死んだ」
「シャクラ侮りがたし。あの若造にこれ程の才能があったとは全く意外。おぬし、海中で呼吸が出来る魔法使いを何人知っている」
「二人だけ。かつての黒い冠の魔法使いザサール様、そしてパンハルの弟子ゾノボートの元にいて現在は首都に戻っているトカゲ使いキゾーニだ」
「確かなのはその二人だが、現在の黒い冠の魔法使いもおそらく出来るだろう。そしてシャクラだ。これは何を意味すると思うかね」
「わからん、しかし我々の予想しなかった敵が現れた事は確かだ。ガザヴォック様に報告せねばならん」
 その時、海面が突然沸き立って水蒸気が吹き上がった。二人の魔法使いはまともに蒸気をくらって仰向けにひっくり返ると顔を押さえてのたうち回った。
「おのれシャクラ」
 シャクラは水を滴らせながら岩の上に這い上がると、目の前でのたうち回っている魔法使い達を見下ろした。
「火球にはこういう使い方があるんだ」
 そして近くにいたメド・ドボーレの足首を掴んだ。老魔法使いは全身から魔力が引き抜かれるのを感じて絶叫した。
「ああ、何と魔法が、魔法が引き抜かれる。おお、恐ろしや」
 メド・キモツはそれを聞いて、目が見えないながらも海から遠ざかるように走り出した。メド・ドボーレの息の根を止めたシャクラは追いかけようとしたが、メド・キモツの向こうに大熊の旗印の軍勢が来るのを見て足を止めた。
 メド・キモツは馬蹄の響きを頼りにヨロヨロとその軍勢の前に走り出た。訓練された騎兵が続々と現れて海岸を銀色に輝かせた。その軍勢の先頭にいた若い貴族が魔法使いに近寄ると、馬上に抱え上げた。シャクラはその貴族に向かって叫んだ。
「大熊の旗印。クラウス・ゼンダ様とお見受けした」
 クラウスは鞍の後ろにメド・キモツを座らせて、シャクラに馬を近付けた。
「魔法学校の教師をこれ程の目に遭わせるとは、貴様は翼の神の弟子か。しかし翼の神の弟子に貴様のような年格好の者がいるとは聞いていないが」
 シャクラはカラカラと笑った。
「いや、俺はそいつの生徒だった者さ。憶えておいたほうがいいぜ、黒の神官の中にも色々な奴がいる事をな」
 シャクラはそう言って手を振ると、岩場まで走って海に飛び込んだ。
(メド・キモツがあの状態ならばしばらくは戦場に出て来る事は無いだろう。兵隊だけならばベロフ男爵とクライバー男爵でどうにかなる)
 そして水の中を要塞の方角に泳ぎ始めた。ソチャプが避ける何かが港の中にある、それを調べなければならないとシャクラは考えた。

 ・・・・・・・・・・

 砂浜の近くの林の中から三教頭とシャクラの対決を見物していたバンドンは、四人が瞬く間に走り去って見えなくなってしまったのに驚いた。
「魔法使いってのは、足が速いもんだな。これじゃあここに居ても仕方ねえ、クライバーの所に行くぜ」
 バンドンは部下達を引き連れて海岸からシセの村に向う道に向かった。その時、林の彼方からガチャガチャという鎧の音と馬の蹄の音が聞こえてきた。バンドンの部下が不安そうな声を上げた。
「お頭、要塞の方角から軍勢が近付いて来ますぜ」
「あっちから来るんじゃカインザーじゃねえな。いかん、早くクライバーに知らせよう」
 バンドンはそう言って走り出した。

 ・・・・・・・・・・

 一方、要塞からシセの村に向かう街道沿いの林の中で備えていたカインザーのベロフ男爵は、鹿の旗印の軍勢が坂を駆け上ってくるのを見て小躍りしながら配下の兵に命令した。
「敵将愚かなり。いいか敵兵が坂を一杯に埋めるまで待って攻撃を仕掛けろ」
 ソンタール軍の総大将マング・ジョールの息子ラムレスは、シセの村への道を大軍に物を言わせて駆け上った。しかし二万の兵が細長い隊列になって坂道に満ちると、その隊列に向けて五千二百のカインザーの強兵が側面から攻撃を仕掛けた。この攻撃にラムレス・ジョールの軍は大混乱に陥った。
 黒い鎧のベロフ抜刀隊に率いられたカインザー兵は二万の敵軍を寸断して暴れまくった。恐慌状態に陥ったジョール軍は為す術無く退却を開始しようとしたが、細い坂道に兵が詰め込まれたために身動き出来ない状況になっていた。
 ベロフはその混雑した乱戦の中を敵将を捜して走った。もしかしたらこの戦闘が、要塞攻略戦の重要な転換点になるかもしれないと思ったのだ。そしてようやく馬上で呆然としているラムレス・ジョールを見付けた。白いマントを鮮血に染めた若いハンサムな貴族は、虚ろな目で自分を守る家臣達を眺めていた。ベロフはそのラムレスの前に立ちはだかる家臣達を、一刀の下に切り伏せていった。そしてラムレスの前に立った。ラムレスは蒼白な顔で、漆黒の鎧に身を固めた戦士を見下ろした。
「私を殺すのか」
「ここは戦場ですから」
 ベロフはそう言って馬上の若者の体を刺し貫いた。ラムレスは白いマントを鮮血に染めて地面に落ちた。こうしてラムレス・ジョールの軍は壊滅した。

 ・・・・・・・・・・

 メド・キモツを助けたクラウス・ゼンダは、魔法使いを要塞に送るように部下に命じると、シセの村に向かおうとした。その時、兵達にどよめきが走った。クラウスの横にいた参謀のダイレスが沖を見て驚いた。
「来ました。敵の第二陣です」
 クラウスも青ざめた顔で海を見つめた。二人の目の前ではザイマンの上陸艇が海上を埋め尽くしていた。
「すぐに要塞に援軍を求めます」
「頼む。援軍が来るまでは我々がここでくい止めなければなるまい」
 ダイレスはクラウスの顔を見た。
「ゼンダ家の兵をなるべく傷つけたく無かったのですが」
「戦うしかない。ゼンダの名が上がれば兵が増える事もあろう」
 クラウスは一万の兵を砂浜に展開させた。そこに一万五千のカインザー兵が上陸を開始した。

 ・・・・・・・・・・

 シセの村の入り口に陣を敷いていたクライバーは、ベロフ軍の攻撃で総崩れになったラムレス・ジョールの軍を坂の上から眺めてため息をついた。
「おいなんだ、敵はここまで来ないのか。ゼンダはどうした」
 その時、背後の村の中でバンドンと部下達がクライバーを呼んでいる声がした。
「こっちだ」
 クライバーが怒鳴ると、しばらくして息を切らしたバンドン達が走ってきた。
「ひい、きついな。船上での暮らす事が多くなってすっかり体が鈍っちまった。クライバー、ゼンダ軍が海岸から村へ向かう道を取った」
 クライバーは白い歯を見せた。
「よし、そっちだ」
 そしてシセの村の柵の防衛をあっさり投げ出すと、一千の兵全軍を率いて海岸へ向かう道に向かった。

 海岸ではゼンダ軍とカインザー軍の死闘が続いていた。クラウス・ゼンダは兵を巧みに指揮して、懸命の水際作戦を展開していた。しかし後方からクライバー軍の突撃を受けて、一気に大勢が不利になった。クラウス・ゼンダは赤い鎧の兵に次々に倒されるゼンダ家の兵を見て絶叫した。
「クライバーはどこだ。レド・クライバー、勝負しろ」
 そう叫びながら赤い鎧の兵を追い回した。あわてたダイレスはクラウスの馬の尻を剣の平で叩いた。クラウスの馬は大きくいななくと、全力で走り出した。ダイレスは兵に向かって叫んだ。
「クラウス様を守って、要塞に引け」
 戦慣れしたゼンダ軍は、機敏に反応して素早く兵要塞に向かって退却した。こうして先に上陸していた六千を加えて二万を越えるカインザーの全軍が上陸を完了した。

 (第十三章に続く

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