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シャンダイア物語

第六部 統治の指輪
第十八章 二人の魔女

福田弘生

 赤髪の猛将キルティアは、一日も休まずにトラゼール城に向かって激しい攻撃を仕掛けた。
 唯一の攻撃口は城の城門まで螺旋状に岩山を巡って続く山道だが、ゼリドルはそのたった一つの口に様々な障害を設けて、ほとんど自軍は無傷のままにキルティア軍を撃退していった。戦いが終わる夕暮れ時になると、坂道にはソンタール軍兵士の血が川のように流れ、翌朝になって乾くまでは馬の蹄が滑るために騎馬で坂を登る事が出来なかった。
 夜が来るとソンタール軍の兵士達は魔物のように聳える城の灯を見上げ、永遠に続くのかとさえ思われる戦いに心を消耗させていった。
 一方赤い瞳の魔法使いレリーバは、巨獣デッサや山猫マーバルと共にトラゼール城の周りを巡りながら要塞の弱点を探し続けていた。そしてある日の昼時、ふと空を仰いだレリーバは日差しが強いのに風が冷たい事に気が付いた。
「デッサ」
(なに)
「もう秋だ」
(そうよ、私達猫はとっくに気付いていたわ。これから冬までは早いわよ)
「トラム川の毒もシュシュシュ・フストに消されてしまったし、エルセントへの道もゼリドルに阻まれている。予定よりこの戦いは時間がかかっている」
(もう一つ、ライケン軍に合流するためキルティアの軍が減り続けているわ)
「そう、それが問題。キルティア様の軍から離脱した兵でライケンの地上軍も兵数が揃ってきているはず、このままではエルセント攻略の主導権を握られてしまう」
 そこに足をソンタール兵の血で汚したマーバルがやって来た。デッサがうんざりしたように山猫に命じた。
(足を草で拭いてらっしゃい)
 マーバルは草むらに駆け込んでいったが、しばらくして今度は全身を濡らして戻って来た。レリーバはしゃがみ込むと、山猫の頭を梳いて乾かそうとした。そして気付いた。
「おまえ、どこで濡れた」
 マーバルは面倒そうにレリーバを見つめ返すと、森の奥にある岩壁の隙間に魔法使いを導いた。レリーバは岩壁に水が滲み出ている様子を見つめてしばらく考え込んでいたが、やがて赤い瞳を輝かせてマーバルに命じた。
「ティズリをここに追い込んできなさい。威嚇はしてもいいけど、攻撃してはだめよ。それなりに魔法を使うから」
(何をするの)
「この水は、トラゼール城の土台の岩盤の中にある水瓶の水が漏れだしたものよ」
(そうね、その水脈を辿って毒を入れるの)
「いえ、漏れた水から毒を入れても城までは届かない、でもいい方法がある」
 しばらくして山猫の声が響き渡ると、黒い衣の魔法使いティズリが林から飛び出して、レリーバとデッサの前に走り込んで来た。さらにその後からマーバルの群れがなだれ込んで、ティズリを取り囲んだ。
「何をするんだレリーバ、マーバルにつまらない真似を止めさせろ」
 レリーバは馬鹿にしたように笑った。
「おや、まだトラゼールにいたのかい」
「白々しい、母の性格も私の使命も知っているだろう。マーバルを下げないのならば、この山猫共を片っ端から凍らせてやろうか」
「その能力が必要なのさ」
 レリーバの瞳が金色に変わると、ティズリに襲いかかった。二人の魔女は組み合いながら転げ回った。デッサは心の中でつぶやいた。
(人間というのはこれだから)
 レリーバがティズリを組み伏せながら応えた。
「魔法を使うと殺し合いになるからね、あたしはこいつを利用したいんだ」
 下からティズリが叫んだ。
「勝手な事を言うな、おかあさまが許さないぞ」
 二人はしばらく格闘していたが、やがて経験に勝るレリーバがティズリの顔を数発殴りつけた。すると観念したようにティズリがおとなしくなった。レリーバはそのティズリを引きずるようにして岩壁に近付き、ティズリの手の甲に自分の手を重ねるようにして、岩の割れ目から滲み出る水に押しつけた。ティズリは警戒して叫んだ。
「何をするんだ」
 レリーバが微笑むと、ティズリの手に自らの力を注ぎ込んだ。するとティズリの手が触れた所から水が凍りはじめた。
「凍らせるのさ、この岩の中の水脈を。水は凍って膨張し、この岩壁を崩してくれるだろう」
 レリーバはさらにティズリの体の中から魔力を引き出して、岩の中の水に向けた。ティズリはひきつった声を上げた。
「無理だ、とてもあたしにそんな力は無い」
「あんただけとは言わないさ、あたしもすべての力を注ぐ」
「やめろ、二人とも死ぬぞ」
 デッサもレリーバの危険な賭けに気が付いた。
(レリーバ、ティズリの言うとおりだわ、とても無理よ)
 レリーバはデッサに笑顔を向けると、ティズリの手を通して魔力を放った。ティズリが絶叫して暴れ回った。しかしレリーバは恐るべき集中力でティズリの持つ力に自分の力を重ねて岩の中の水脈に流し続けた。やがて日が落ち、夕闇の中で二人の体は淡い微光を放った。やがてその体に霜が降りたように見えた頃、岩の裂け目の上の方から土がこぼれ落ちて来て、二人の魔女の膝元に散った。
(レリーバ)
 デッサはポロポロと崩れだした岩壁を見上げると、ティズリと支え合うようにして気を失っているレリーバを大きな口にくわえて、壁から引きずるように遠ざけた。そして魔法使いをマーバルの背中に乗せた。そのマーバルの横に二匹のマーバルが寄り添って、三匹でレリーバの体を支えた。
(走りなさい)
 三匹のマーバルは歩調を合わせて走り出した。デッサは同じようにしてティズリをマーバルの背に載せて岩壁から離れるように命じた。そしてマーバルが十分に岩壁から離れた事を見届けると、巨大な山猫はキルティアの陣営にむかって走り出した。街の中にマーバルが入ると、キルティア軍の兵達があわてて道を空けた。やがてデッサがキルティアの陣営に走り込んで大きく吠えると、豪華な幕営からキルティアが急ぎ足で出て来てデッサを見上げた。
「何が起きたデッサ」
 デッサは岩壁のほうに顔を向けた。その時、地鳴りのような音と振動が闇のなかから伝わってきた。キルティアは理解した。
「レリーバがやったね」
 キルティアは全軍に戦闘の準備をさせて待った。そして夜が明ける頃、トラゼール城を支える岩壁の一枚が剥がれるように崩れ落ちた。轟音と地響きがトラゼールの荒れ果てた市街に轟き渡った。そして岩が剥がれ落ちた岩壁から吹き出すように水が流れ出した。
 こうしてトラゼール城の水源が尽きるのは時間の問題となった。

 (第十九章に続く

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