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シャンダイア物語

第六部 統治の指輪
第三十八章 金の翼、銀の翼

福田弘生

 

 ソンタール第六の将パール・デルボーンは、大型の牛のような獣に乗ってソンタール軍の駐屯地の周りを走っていた。朝焼けに空が燃え上がり、起床が早いマコーキンの兵がザワザワと朝餉の支度をしている。パールはその気配がいつもより騒々しい事に気付いた。
(どうも今朝は騒がしいぞ)
 獣を進めたパールは、マコーキン軍の一部の兵がすでに鎧を装着し、その中に派手な鎧の自分の配下の兵が混じっているのを見て不審に思った。そこに逞しい肩をしたペイジが馬を走らせて来た。
「パール様、出撃です」
「ようやくだな、行く先はエルセントか」
「まずはロッティ子爵を追撃するそうです」
「よし、月の門リナレヌナでの戦いの借りを返すぞ」
 パールは獣の首を力強く叩いて叫んだ、獣はちょっと顔をしかめた。ペイジが横に馬を並べた。
「ええ、今度は真っ平らな平原での戦いになります。複雑な駆け引きはありません」
「それはロッティも同じだろう。向こうは最強の騎馬軍団、こっちは最強の野戦部隊」
「兵はあちらが四万、こちらが三万。少し差がありますが」
「問題は無い、少なくともマコーキンの兵はロッティの歩兵より強い。そして俺たちの兵の動きは変幻自在、今回は必ず勝つ」
 そう言ってパールが獣の脇腹を足で叩くと、獣は勢いよく走り出した。二人はそのまま陣に駆け込むと兵に出発の支度を急がせた。
 
 アシュアン伯爵、エラク伯爵、マスター・モントの三人の外交官は極めてソツ無く、あっさりと支度を終えた。自分のまとめた荷物をほれぼれと眺めながらエラクが言った。
「いよいよ戦場ですね」
 モントがうなずいた。
「心配するにはおよばん、エルセントには聖宝の守護者達も魔術師マルヴェスターもいる。我々が着く頃にはロッティ子爵の軍もベロフ男爵の軍も到着しているだろう、隙を見てそのどちらかの陣に逃げ込めばいい。おそらくは兵数が最も少ないベロフ男爵が、一番戦闘と離れた所で待機するのではないかな」
「まさか、ベロフなら一人でも敵陣に切り込むよ」
 そう言ってアシュアンは部屋を見回した。
「ムライアックはどこだ」
 モントが答えた。
「マコーキンの配下の兵がムライアックの出発の支度を手伝っているので、その指揮をしているよ。何と言っても皇帝の兄だから大いばりだ、それよりアシュアン」
 アシュアンはうなずいた。
「もちろんだ」
 エラクが尋ねた。
「何がもちろんなんですか」
 アシュアンが答えた。
「ああ、もちろんこの軍を逃げ出す時には、ムライアックを連れて行くんだよ」
「皇帝の兄を誘拐するんですか」
「人助けだ、このままソンタールにいても命が危ない。シャンダイア陣営に置いて、ソンタールの誰かが接触してくるのを待とう」
 エラクはハッとした。
「ああ、そうでした。我々の目的はソンタールの中に理解者を見付けて、話し合いによる平和を目指す事でした」
 モントが何かに気付いて指先で合図をした。すると部屋の扉が開き、大きな体のアタルスが黒い服に埃をかぶって部屋に入って来た。アシュアンが驚いた。
「おい、マコーキンの兵にでも見つかったら大変だぞ」
 モントが笑った。
「何、出発の準備で誰も我々など相手にしておらん」
 アタルスが白く汚れた服を見下ろした。
「ご覧の通り、人も馬も走り回っています、ここには誰も関心を向けていません。ご報告にあがりました」
「何だね」
「これからミリア様と私達はこの軍を離脱します」
「どこに行く」
「ランスタイン山脈のタルミの里に」
「ふむ、何か理由があるのだろう、よけいな事は聞かん。しかしレディ・ミリアはマコーキンと妙な魔法で繋がっていたのではないか」
「ミリア様が今、それを解決に行っています」
 そう言うとアタルスは一礼して部屋を出て行った。
 
 マコーキンは黒い鎧を着て、今まで司令室に使っていた部屋を見回した。そして何も残っていないのを確認して部屋を出ようとした時、黄色いズボンをはいたミリアが入って来た。マコーキンはちょっと驚いて声をかけた。
「出発の準備はできたか」
 ミリアはうなずいた。
「できたわ、でも行くのは西よ、ランスタイン山脈のタルミの里に行くの」
 マコーキンは左腕を上げた。
「それは無理だ、この魔法で繋がっている以上、私と一緒にエルセントに来てもらう」
「いいえ、行かないわ。あなたの言葉で私達がエルセントとランスタイン山脈の両方に行く方法を思い付いたの」
「どうやって」
「ガザヴォックの鎖が縛っているのは私たちの魂だわ」
 マコーキンは腕を見つめた。
「鎖は腕に付いているのではないのか」
「そういうふうに見える魔法なのだと思う」
「それでどうやって我々を切り離すんだ」
「どうやら私は魂を解放する魔法を使う事が出来るらしいの。これは私以外ではガザヴォックくらいにしか使えない珍しい魔法」
「言おうとしている事がわからない」
 ミリアが美しい唇をゆがめてニヤリと笑った。
「あなたの魂を肉体から解放して連れて行く。そうすればあなたの体は軍と一緒に、魂は私と一緒にタルミの里に行ける」
 マコーキンは険しい顔になった。
「馬鹿な事を言うな、魂の無い体など戦闘の役には立たない」
「短い時間よ、二週間もあればタルミの里の用は済むわ。それから南に急いで、あなたの兵達がエルセントに着く前に体に戻ればいい」
「その前に戦闘がある、ロッティ子爵と戦う」
 ミリアはため息をついた。
「あなたは少しは見込みがあると思ったけれど、やはりただの戦闘好きの男の子なのね」
 マコーキンはちょっとひるんだ。
「とにかく魂を抜かれるのはご免だな、私と一緒に来てもらおう」
 マコーキンは左手をグイと引いた、ミリアは引き寄せられるようにマコーキンに倒れかかると、スルリとマコーキンの背後に回った。
「ごめんなさい、どうしてもレリーバとアタルス達の魂を解放しなければならないの」
 ミリアはそう言うとマコーキンの鎧に腕を回し、背中に唇を押しつけた。マコーキンは背中から何か熱いものが侵入して来るのを感じた。それは熱く、激しく、そしてやさしくマコーキンを揺さぶった。次にミリアはマコーキンの胸に手を当てると、水に手を浸すように鎧に沈み込ませた。そしてマコーキンの胸から輝く光の玉のような物を引き出した。ミリアはその光の玉を見つめると、意を決して自らの服に差し入れた。ミリアの手に掴まれたマコーキンの魂は懸命の抵抗をみせたが、ミリアはそれを自分の胸に押し込んだ。するとミリアの向かいに立っていたマコーキンの右手がぼやけ、美しい女性の腕が現れた。その右腕の手首からは、鎖が下がって左手と繋がっている。やがて鎖は薄れて消えた。マコーキンの体は無意識のように小手をはめてその手を隠した。
 ミリアの心の中でマコーキンがうめいた。
(何が起きているんだ)
(あなたと私の魂を一つにして、そして分けたの。二人の魂の一部があの体に入っている、でもほとんどの部分は私の体の中。だからあなたは私達が戻るまでしばらくの間、ぼんやりしているように見えるでしょう)
(それは困る)
(どうせしばらくは移動するだけでしょう、残してきた私の魂の一部がうまくとりつくろうわ。戦闘が起きたらパールに指揮をさせましょう、それでうまくいくわよ。尤もロッティ相手に勝ってしまうと大変だけど)
 次にミリアはガラス窓を開け、そのガラスに映った自分の姿を見つめて意識を集中した。するとミリアの体がぼやけて次の瞬間に鳥の姿になった。しかしそれはいつもの黄色い鳥ではなかった。白い頭と胴体に黒い冠毛と黒くて長い尾、そして左の翼が金色に、右の翼が銀色にかがやく美しい鳥の姿だった。ミリアはガラス窓に映った姿を見て心の中で感嘆の声をあげた。
(どうしたのこれは、マコーキン、あなたは何者なの)
(私を戻せ)
 ミリアはマコーキンの声を無視して窓から飛び出した、ミリアの心の中でマコーキンの魂がうめき声を上げた。
(空を飛んで行くのか)
(初めて空にぶら下げられた人間は、みんな飛ぶ行為そのものに驚くのね。不思議だわ)
 鳥は森の上を飛びながら地上に呼びかけた。
(行くわよ、急いで)
 すると森の中から三頭の馬が走り出した。馬の背にしがみついたアタルスと二人の弟は、空を見上げてミリアが変身した鳥を確認すると、全力で馬を走らせた。
 
 (第三十九章に続く

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