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シャンダイア物語

第六部 統治の指輪
第四十三章 ベロフ軍到着

福田弘生

 

 セントーン平野の南方の拠点ダワを奪回し、一万の兵を率いて北上するカインザーのベロフ男爵は、馬上に揺られながら遥か北の空を見つめ続けていた。北の空は時に炎に赤く染まり、時に黒煙で真っ暗になった。それはエルセントが間近に近づいている証拠であったが、都市が灰燼に帰した証拠でもあった。
 それでも城は落ちていないとバルトールの情報網は伝えている。シャンダイアの底力を信じているベロフだが、戦闘の専門家としてはさすがに耳を疑う情報だった。信じられない事だが、四十万の大軍に包囲され、都市を焼き尽くされてもなおエルガデール城は持ちこたえているらしい。
(しかもそこにはセルダン王子がいないと言うではないか、あの若者達の強靱さには驚かされる)
 ベロフは聖宝の守護者達の顔を思い浮かべて、畏怖にも近い感情を持った。
 ベロフの後ろには黒い鎧の二百人のベロフ抜刀隊が五十人ずつ四組に分かれて進み、その各組にカインザー兵一千が従っている。さらにその後ろにセントーン兵六千が千五百人ずつ四隊になって続いていた。この兵力ではとうていライケンの分厚い兵達を突破してエルセントに入城する事はできない。
 ベロフの元にはひっきりなしに馬に乗った小柄な男達が走り寄っては何かを叫んでまた離れて行く、バルトール人達である。こうしてベロフはセントーンの戦況をかなり細かく知ることができた。どちらかと言えばバルトール人に好意を持ちづらいベロフだったが、この情報網は役に立った。
 ベロフ達はすでにエルセントを脱出した市民達のテントが立ち並ぶ地帯を進んでいる。その間、マスター・リケルの指示で市民の中のバルトール人とベロフ抜刀隊がじょじょに入れ替わっていった。
 ユマールの将ライケンは、ベロフ軍の接近に対して兵を出撃させる事はしなかった。カインザーの九諸侯が率いる軍に、小出しに兵を当てても返り討ちにあうだけだという事は承知していたのだ。その代わりにミルバ川の城側の河岸に堅牢な陣を築いた。さすがにそこは通れないとベロフは思った。ベロフはバルトール人と入れ替わった抜刀隊に、避難した市民にまぎれてミルバ川に近づくように指示を与えると、自らは兵を率いて西に迂回する進路を取った。上流からミルバ川を渡ろうとしたのだ。このベロフ軍の動きを見てライケンの軍も対岸を上流に動いた。
 やがて巨大な橋が見えた、その橋の向こう岸にはライケンの軍が待ちかまえている。ベロフが思案していると、橋の横の斜面に座っていた二人の男が立ち上がって歩いて来た。二人のうちの若い男がニコニコとして大声を上げた。
「よう師匠」
 ベロフも笑みを浮かべた。
「クライバー、バンドン」
 バンドンは黒く焦げたようになった大都市のほうに手を振って肩をすくめた。
「参っちまうでしょう。ユマールの将も東の将も、マコーキンあたりと比較したらお話にならないくらい戦闘が下手くそなんですが、いかんせん数が多過ぎてここまで追い込まれちまいました」
 ベロフが言った。
「戦闘とは、とどのつまり数の減らし合い。最初から圧倒的な数を用意した敵は戦闘下手でも戦いの素人ではない」
 バンドンはうなずいた。
「その通りです、もうエルガデール城は虫の息。黒い冠の魔法使いと決闘に出かけたセルダン王子の消息もわからない。北からはロッティ子爵の軍が南下していますが、ここに着く前にマコーキンの軍に追いつかれそうです」
「残るはマルヴェスターのトラゼール勢か」
「数はいるのですが、長すぎた籠城戦とゼリドル王子の死のショックで、東の将の兵とぶつかっては負けの繰り返しでいまだにエルセントに入れていません」
 ベロフは質問を変えた。
「橋は何本ある」
「もちろんたくさんありますが、ここが一番大きな軍隊用の橋。二キロ下流に市民用の中規模の橋があって、市内にいるライケン軍の世話をするために、毎朝避難した市民の一部がそこを渡って行き、夜に帰って来ます」
「その市民に抜刀隊二百をまぎれ混ませる事は」
「市民の移動は毎日の日課になってますから、特に芝居はいりません。ただ歩いて通るだけです。上流に五キロ行った所にはもう一本農民達と主に商人達が使う大きな橋があります」
「強度は」
「エルセントは交易の中心地、どんな荷物にもビクともしません」
「よし、俺の後ろに地元セントーンの義勇兵が六千人いる」
 ここまで説明をバンドンにまかせていたクライバーがニヤニヤした。
「どっちが率いるね」
「お前に頼む、派手にやってくれ」
「わかった。カインザー兵一千をつけて七千で明日の朝そこを渡るぜ」
 ベロフはうなずいて、バンドンに尋ねた。
「それで残り三千のカインザー兵と俺はどこを渡る」
 バンドンは橋の上に立って足をドンドンとならした。
「この下です。このデカい橋には修復用の小さい橋が下についてるんですよ、ライケンも部下達も全く気にしてませんがね」
 ベロフが指示を下すと、一万の兵は上流の橋に向かって移動を開始した。対岸のライケン軍も釣られて移動する。ベロフ軍は夕方に上流の橋に着くとそこに陣取った。
 やがて日が落ちた。深夜になると、ベロフ率いる三千の兵はこっそりと軍隊用の大橋に戻った。そして、橋の近くにある石造りの階段を下りて橋の下に隠れるように設置された通路のような修復用の橋を渡って対岸の橋の下に潜んだ。
 翌朝まだあたりが白々としている頃、バンドンに率いられて市民に変装したベロフ抜刀隊二百が市民にまぎれて下流の橋を渡った。
 日差しが差し始め、視界が良好になったのを確認して、紅のマントを翻したクライバーに率いられた七千の兵が上流の橋の入り口でときの声を上げた。そして華々しい鳴り物の音と共に橋を渡り始めた。ライケンの軍は橋の向こう端に密集するように集結して待ちかまえている。
 それを見て、おなじみの細身の剣を水車のように振り回して、クライバーは大笑いしながら叫んだ。
「よし、おとなしく待ってろよ、すぐに粉々にしてやる」

 ・・・・・・・・・・

 セントーンに北から進軍し、四万の兵を率いて南下を続けているカインザーのロッティ子爵は、後方に敵の軍隊が現れた事を察知していた。何度目かの報告を馬上で受けた後、ロッティは隣に馬を並べているエンストン卿に言った。
「マコーキンとパールか」
「ええ、あの速さで移動できるソンタ−ル軍は他にいません」
「振り切れるか」
「騎兵部隊だけならば。お館様が二万の騎兵を率いてエルセントに急ぎ、私が二万の歩兵で時間を稼ぎましょう」
 ロッティは首を振った。
「いや、マコーキンとパール相手に少ない兵数では時間稼ぎにもならない。ここで迎え討とう」
「お館様、あの軍には確か」
「ああ、アシュアン達がいるはずだ、ついでに回収して行こう」

 野営の指揮をしていたパール・デルボーンは、ロッティ軍が停止して反転したという報告を聞くと、マコーキンの司令室がある天幕に向かった。マコーキンはバーンとバルツコワを前に話をしていたが、心なしか元気が無いように見えた。
「マコーキン将軍、ロッティの軍が止まった。予想より早いがロッティと戦う事になりそうだ」
 マコーキンはなぜか最近着けっぱなしにしている黒い手袋をさすりながら、うつろな目を向けた。
「いや、様子を見てみよう」
「戦わないつもりですか」
「ロッティはあくまでエルセントに向かうのが目的、我々としてはしばらくここで対陣してもかまわない」
「東の将やユマールの将のために時間かせぎをしてもいいと言う事ですか」
 マコーキンの横にいたバーンがパールの腕を引くように、天幕の外に連れ出した。
「パール、マコーキン様の様子がおかしい。今のままで兵数の少ない我々が動きの速いロッティの軍と戦うのは不利」
「病気なのか」
「そうでもなさそうだが、今のマコーキン様には戦闘をする意志が無いように思える」
「失踪した魔術師ミリアの仕業かな、何か魔法が影響しているのか」
「かもしれないが、当面様子をみたほうが良いかと」
「しかしこのままでは兵が不審に思う、俺が指揮を執る。ロッティにはリナレヌナの戦闘での借りがある」
 バーンは第六の将と呼ばれた男をじっと見つめた。
「あなたはまだ第六の将、兵数もマコーキン様より多いし私には止めることはできない。しかし自重したほうが良い、ロッティは名うての戦闘上手」
「それはよく知っている」
 パールは年長の貴族にうなずいた。そして自分の兵の元に戻ると、ペイジ、ヒース、シャイーの三人の旧友を呼んで告げた。
「マコーキン将軍は体調を崩されている、我が軍だけでロッティと戦う」

 (第四十四章に続く


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