くびきの鎖に首を絞められながら、古き猫デッサは空に向かって吠えた。遥かな距離を隔てて首都グラン・エルバ・ソンタールでその声を聞いた大魔法使いガザヴォックは考えた。すでに爬虫類の始祖ドラティ、犬たちの始祖バイオン、鳥たちの始祖デルメッツを失っている。海の精霊シュシュシュ・フストも消滅したと聞く。ここで猫たちの始祖まで失えば、残る獣はわずかになってしまう。古き魔法の消滅と新しい力の誕生は、変化無き世界を好む暗黒の神バステラの神官長をさすがに躊躇させた。 ガザヴォックは左手でデッサの鎖を引きながら、右手で魔法使いレリ−バの三つに分裂した魂を引いてみた。 (ふむ、デッサを殺すことは容易い。レリーバの魂もテイリンのこの程度の抵抗ならば手中に収めることが出来るだろう) その時、暗黒の力が渦巻くガザヴォックの部屋の前に強大な魔力を持つ者が立った。そして重い扉が勢いよく開き、制止しようとする黒の神官達を振り払って赤いマントの女性が入って来た。かなりの高齢なはずなのに、整った顔の頬には皺一つ無い。しかし目は限りなく年老い、そのアンバランスさが不気味な雰囲気を与えている。女性は紫の唇をとがらせた。 「師ガザヴォック、デッサとレリーバの魂に何かしているわね」 「ああそうだ、ラザード」 「メドと付けて、私は魔法学校の校長なのだから」 「称号などわしの前では意味をなさんのだよ、お前が生まれる前からわしは魔法訓練所の長だった」 「その訓練所を整理し、魔法を体系だて、魔法使いの数を一気に増加させたのは私だわ。あなたの時代はただの古臭い師弟関係に過ぎなかった」 ガザヴォックは不愉快そうな顔をした。 「ゆえに力なき神官がかくも増えたのだ。まあよい、魂の操作はわしの領域、口を出すでない」 メド・ラザードは引き下がらなかった。 「東の将と黒い巻物の魔法使い、そしてデッサとマーバルには私の力を多く貸してある。かの者達の生殺与奪については私にも権利があるはず」 ガザヴォックはふと思い付いた。 「レリーバの魂を通してタルミの里の状況を調べてみた、あそこにお前の娘がおるな」 メド・ラザードは舌打ちした。 「何をやっているのかしら、役に立たない娘ね」 「わしはタルミの里から回収したい物が二つある、レリーバの魂と黒い巻物だ。今、デッサが巻物の上に立ちふさがっているが、出来ればデッサは殺したく無い。そなたの娘が巻物を手に入れてあの場から逃げ出したなら、巻物の魔法使いとして認めてやろう」 メド・ラザードは思案気な顔をした後、しぶしぶとうなずいた。 「まあいいわ、そうなればレリーバなどいらない。レリーバの魂は好きにすれば良い」 「ティズリを黒い巻物の魔法使いにする事は、ティズリの魂をわしの支配下に置く事だぞ」 「仕方ないわ、あなたがその気になれば誰の魂でも支配下に置ける」 ガザヴォックはメド・ラザードの不機嫌そうな顔が演技だと気づいていた。 (内心嬉しくて仕方無いのだろう。おそらくこの魔女は娘を自由に操る方法を持っている、さらにその魂を明け渡さない手を打ってくるだろう) ガザヴォックは尋ねた。 「ティズリを操れるか」 メド・ラザードは不気味な微笑みを浮かべた。 「もちろんよ」
(第五十五章に続く)
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