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シャンダイア物語

第六部 統治の指輪
第五十八章 獣の詩

福田弘生

 

 緑に光る翼を拡げて竜が飛ぶ。黒い冠の魔法使いを倒した剣の王子を背に、太古の竜ドラティの仔アンタルが空を行く。しかし黒い冠の魔法使いがソンタール王家の者に乗り移って、さらなる超人に進化した事も竜は知っている。だから急ぐ、一刻も早くセントーンの首都エルセントへ、決戦の地へ。

 鬼が泣く、ソンタールの首都グラン・エルバ・ソンタールの巨大な檻の中で千里を見はるかす大鬼ザークが泣く。次々に始祖の生き物達が死んでいく、俺も早く逝きたいと鬼が無く。そしてこぶしを巨大な壁に叩きつけて叫ぶ。
「早く来い剣の王子よ、早くこの命を奪いに来い」

 古き虫は暗殺者の懐の中で情報を整理している。タルミの里での出来事はあまりに驚きに満ちていた、このまま棲み家の塔に戻るのはもったいない。アイシム神の使命も果たした事だし、しばらくこの暗殺者と旅をしてみようかとジェ・ダンは思った。

 エルガデール城の厩の中で、魔法の馬フオラは戦闘の音を聞き続けていた。若い馬は隣の馬房にいる老馬に問いかけた。
(人間はなぜ戦いの最中に、関係の無い僕達を解放しようと思わないのだろう)
 サシ・カシュウの馬はモグモグと答えた。
(それは逃げる時に乗るためだろう)
 フオラはそれは違うと思った。
(この城の人達は誰も逃げる事など考えていない)

 エルセントの南の避難民の集落の中で、アントンの命令を受けたバルトール人に保護されている葦毛の軍馬スゥエルトは不満気に鼻息を噴き出した。自分が置いてきぼりにされたと感じているのだ。

 タルミの里を後にした狼ルフーの群れは雪の中を走った。長であるレイユルーは前を走る魔法使いテイリンを見ながら、自分達の次なる戦場がソンタールの北側のランスタインの山中になるだろうと考えていた。

 狼達の上空には小鬼の群れが飛んでいる。進化を遂げて言葉と個性を持ったゾック達は、故郷に帰る喜びを保護者であるテイリンに伝え続けていた。

 同じくタルミの里を後にした山猫マーバルの群れは南に向い、乾いた土地を求めて走った。長であるチャガは、新しく主になった魔女ティズリが東の将の要塞を目指しているらしい事に気付いていた。

 巨大な獣は海にいた。トルマリムでかつての支配者である黒い冠の魔法使いの死を見届けた獣は、今は何者にも支配されていない。無垢な暗黒の獣は、ただ巨大な魔法が集まる地を目指して、エルセントに向かって泳いでいる。

 エルセントの港を埋め尽くした七本足のイカ、ソホスは北からやって来る魔獣におびえて海上に去った。もはやソホスを繋ぎとめる魔法使いはいないのだ。

 そして竜は見た、破壊された町の中にそそり立つ真っ黒に焼けただれた城壁。城を遠巻きにして南にひしめくライケンの軍団、北にひしめくキルティアの軍団。広大な都市の西の城壁の外に半円を描くマルヴェスターの軍。城の南の城壁の外でにらみ合うライケン配下のオーレン男爵の軍と、ベロフの軍。
 雪が何度か降ったように家々の屋根は白くなっているが、兵達によって踏み荒らされた街路には積もっていない。竜の背でセルダンがぼそりと言った。
「もう終わらせなせれば」
 竜はエルガデール城の中庭に向かって舞い降りた。

 (第五十九章に続く


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