東の将キルティアは神官兵のみを率いて、ソンタールに帰還した。すでに清流となったトラム川を渡る時、キルティアは一度だけセントーンの平野を振り返った。
キルティアが東の将の要塞に戻ると、庭のあちこちに山猫のマーバルがいた。キルティアは兵達を置いて一人で将の間に戻った、するとそこには額に傷のある若々しい魔女がいた。
「ティズリか、わらわの命はそうすぐ尽きる、そなたの席を約束出来ぬ」
「それは我が母が確約してくれた、もはやお前など看取る程の用も無い」
「ならば好きにせよ」
ティズリの手から白い霧が噴き出てキルティアを包んだ、そして東の将は死んだ。ティズリが指をひねると、キルティアの氷の像は粉々に砕けた。
若い魔法使いは仮面をかぶると、空っぽの将の椅子の隣にある魔法使いの椅子に座った。
「しばらくは私がここの主だ、チャガ、神官兵の指揮官達を連れて来い」
山猫の長は短く鳴いて部屋を出た。
ユマールの将ライケンは目覚めると、体を起こして淡く光るトンポ・ダ・ガンダの海水の天井を見上げた。
「ここはどこだ」
ライケンの前に蝶のように羽を広げた海の妖精ミッチ・ピッチが現れた。
「ここはトンポ・ダ・ガンダ、海の藻屑となった者が流れ着く所」
ライケンは妖精の姿を見て驚いた。
「本当に存在したのか」
「あなたの前にザイマンの王もここを訪れた」
「ドレアントか、奴はどうした」
「すでに魂は消えた、あなたの魂もすぐに消えるでしょう」
「願い事は可能か」
ミッチ・ピッチはしばし考えた、そして小さな口で答えた。
「ユマールの将の言葉は世界の各勢力に影響を与えます、良いでしょう」
「息子に届け物をして欲しい」
そう言ってライケンは懐から空っぽの箱を取り出した。
「これは何です」
「悪魔の魂が入っていた箱だ、私の無念がここに詰まっている」
ミッチ・ピッチは恐れるように箱を手にした。
「トンポ・ダ・ガンダに留めてはならぬ物ですね、確かに受け取りました。ご子息の元に届けましょう」
ライケンの魂はほほ笑んだ、そしてかすれるように消えた。
ソンタールの元西の将マコーキンは、雪のランスタイン山麓のいくつかの村と町に滞陣して山越えの準備をした。やがて春が来るとマコーキンは全軍をタルミの里へ向かわせた。兵達の誰も知らぬ道であったが、ソンタール最良の将の一人であるマコーキンの命令に兵士達は黙々と従った。
だがマコーキンは道に迷った、そこである日女魔術師ミリアにたずねた。
「おかしいな、タルミの里はどこに行った」
「秤の魔法で大地の魔法が一度消え、また生まれたわ。その時に村そのものが山の中で消滅したのかもしれない」
その夜、野営のかがり火から外れた暗闇に三人の男が立った。ミリアが目ざとくその影を見つけてマコーキンの手を引いた。
「ペテアス、ランドリ、ザムロンあなた達どうしたの」
「お二人へ、最後のご恩を返すため」
ペテアスが木の生い茂った森を指さすと三人は消えた。
マコーキンは翌朝、その森を切り開いて進んだ。そしてやがて古い町の廃墟に辿り着いた。そこには木々と草が生い茂り、ほとんど建物の跡を覆い隠していた。
ミリアが驚いた。
「冬の間にこれほどの植物が育つなんて」
マコーキンは慎重に馬を進め、やがてソンタールとの国境の扉の前に立った。マコーキンは扉を見上げた。
「果たしてこの先に道はあるのだろうか」
その時、巨大な扉の上に天から竜が降り立った、竜はしばらくマコーキンを睨み付けていた。マコーキンは兜をかぶるとミリアと共に前に進み出た、その兜を見て竜の言葉がマコーキンとミリアの心に届いた。
(それは僕の親のうろこだね、この先に進むといいよマコーキン将軍、道はある)
そして竜は飛び去った。
マコーキン軍は行軍を続けた、そして雪が残る谷底を辿って軍はようやく山を越えた。そこで軍は再び道を見失った。やむなく野営をした翌朝、雪が残る山肌に三人の女性が立っていた。ミリアが叫んだ。
「カリバ、キリバ、エリバ」
三人はある方向を指差して微笑むと雪に消えた。マコーキンが横を見ると、ミリアが涙を流していた。
やがてマコーキン軍は山の麓に辿り着いた。道がやや広くなり、一行がホッとした時、道の彼方から大鬼ザークが歩いて来た。
「マコーキン、迎えに来た」
海賊王ドン・サントスの部下ベズスレンはエルセントの沖で戦況を観察していたが、そろそろグーノス島に戻る頃だと判断した。そして錨を引き上げようとしたが重くてあがらなかった。数人の部下に潜らせたところ、黒い何かが錨に絡まっているとの事だった。
ベズスレンは海賊の勘で部下に命じて苦労してそれを引き上げた、それは七本腕の石像だった。
「さあて、シャンダアイの女王はこれを幾らで買ってくれるだろうなあ。高くなるまでしばらく持っていようか」
ベズスレンは赤い鼻をこすりながらそう言うと、笑って船を出した。
(シャンダイア物語 第六部 統治の指輪 完結)
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