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「まさにカルノーサイクルか。――でもそれは疑問の答えになっていない。わたしが納得できないのは『イレギュラー』は単にからっぽのチューブであるようにしか見えなかったってこと、そして仮にこの滲みがメテオロイドで破壊された構造材の破片だとしてもそれらの運動エネルギーがあまりにも大きすぎるんじゃないかってあたりよ」
「わかっている。その謎の答えは見つかると思うよ。同時にこの天体の超高密度物質によるジオデシック構造がどうやって保たれているかの最終的な解答もね!」
夫の言葉に秘めた自信の響きを感じとってカシルはほっとため息をつくと身を起こした。
「ふうん? つまり登場人物を一同に集めていよいよ最後の謎解きというわけか。名探偵さん……かぶとを脱ぐわ。わたしには何がどうなっているのかさっぱりわからない。お願いだから真犯人を教えて」
「いいとも――えへん。思い出してほしい。事件の核心部分の謎、つまりぼくらがどうしてもわからなかったのはジオデシックの球殻が地球に匹敵する質量を持ったままなぜその中空構造を保っていられるのか?という問いだった。実際比重七十四万という密度は赤色矮星のそれをすらうわまわっている。とてもじゃないけどそんな高密度の物質をこんな華奢な骨組みに整形できるはずはない――」
「そう。でもすべての証拠がそれを事実だと語っている。マシンにかけてこれだけは言える……球殻は地球そのものに匹敵する重量を持っている、と」
「たしかにね。そして既知のどんな物質にも『辺(エッジ)』のわずかな断面積でそれだけの重量を支える圧縮強度はない」
「そのとおり――そうした疑問にどう答えるつもり? ホームズさん」
「ふん、初歩的なことだよ、ワトソンくん。真相はつねに単純なものさ。物質に充分な強度がないとしたら――物質以外のエネルギーを使えばいいんだ」
「純粋エネルギーフィールド? まじめに聞いていたらそんなオチ? あなたスタートレックにはまり過ぎじゃないの?!」
「おいおい話は終わりまで聞けよ。べつにSF的ガジェットを持ち出す必要はないのさ。ぼくらがよく知っていて日常的に使いこなしているある力があるじゃないか」
「ううん? というと?」
「船のエンジンはどうやって作動している? 核融合プラズマの超高温超高圧が反応室を吹き飛ばさないように守っているものはなんだい?」
「それは……超伝導コイルの生み出す電磁力――にきまってるでしょ」
「そのとおり。考えてごらん――物質の結晶構造もミクロの世界では結局電磁力が支えている。もしもそれで強度が足らないようならもっと強力なやつを使えばいいだけだろ」
「……このジオデシックの枠組みが電磁力で支えられている、って言いたいの?」
「ああ、ようやく真犯人にたどりついたね。解答は――電磁作用による『動的圧縮力(ダイナミック・コンプレッション)』さ」
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