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「いや、ここがじつはこの惑星表面で一番『低い』場所だ、と考えると妙な気がしてね。つまり――重力ポテンシャルで言えば『ハルバン』が降りた場所はまさにサドル型稜線のいちばん低い部分で『辺(エッジ)』の両端はそれより三十メートルほど『高い』ことになる。川があればまずここにあつまるわけだ。そもそも、だからこそ赤道地帯のこの場所を着陸地点に選んだのだけどね」
「みごとに期待はずれってわけね。川どころか水の流れたらしい跡もないじゃない。雨がふったとしても問題になる量じゃないってことだわ」ふん、と鼻を鳴らしカシルは言う。
「残念だけど大きな動物にお目にかかるのは到底無理みたい……豹の死骸ひとつなさそう」
三百六十度一周してふたたび北北東の方向をむいて止まったカメラがすこし顔をあげる。そちらの方向に大地はえんえんと続きはるか彼方で小さな一点に収束していた。『辺(エッジ)』の上面に限ればその地形が極端に細長いアーチ状になるためなのだが、球形の天体を見慣れた目にはどうしてもそういうふうには見えず、つい比較的間近に円錐形の小高い山をながめているような錯覚をいだいてしまう。『頂点(ヴァーテックス)』からのびる他の二本の『辺(エッジ)』は紫色にけぶって低くたなびく筋雲にしか見えない。そこにそびえ立つ細い『刺(スパイク)』も印象としてはせいぜい数百メートルの高さ。しかし実際にはすべてのスケールがその十倍以上あるのだった。
「とりあえずボーリングしてみましょう。微生物のサンプルぐらい取れるでしょう。なによりこの下がどうなっているか知りたいし……」
だまってうなずいてウィリアムはプローブに送るコマンドを打ち込むカシルの踊るような手つきをながめた。
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