[2−4]

「でもいったん内部に入ってしまえば位置の修正は容易だろう。普通の惑星表面に降りるようにどんぴしゃりのランディングポイントを設定する必要はないよ」
「うん。パイロットにとってこれはかなり楽な星よ。進入角度さえきちんとコントロールしていれば大気が程よくブレーキをかけてくれる。仮にしくじったとしても地表に激突する心配すらない。ただ……」
 ウィリアムは妻の言葉のさきを予期してうなずいた。ただ唯一の不安材料がそのジオデシックの球殻なのだ。
 球殻は大気圏の『底』にある。通常の惑星と同じくその大気は真空の宇宙からじょじょに密度を増しながらジオデシック球殻の『地表』に達する。軌道上からハルバンの投下した小型観測器の報告によると『辺(エッジ)』上面の最低部分――つまり『辺(エッジ)』中央の『海抜ゼロメートル』ポイントでの気圧はほぼ九百ヘクトパスカル。いったん球殻内部に入ると惑星中心からの距離にかかわりなくほぼ一定になる。そこではあらゆる方向の重力が打ち消されてしまうからだ――もっとも大気そのものの質量がおよぼす一兆分の一Gのオーダーの重力で球殻中心の密度は若干増しているはずだが……。ともあれこの惑星は極めて薄い、しかし地球なみの質量をもつ球殻とその内外を満たす呼吸可能な大気から構成されているのだ。たしかに生命をはぐくむ環境を保持するのにこれほど効率のいい方法はないだろう。
 そもそも地球はその大気を保持するために五コンマ九七掛ける十の二十一乗トンの重さの酸素や珪酸やアルミニウムや鉄その他もろもろの元素でできた巨大な球体の作りだす重力を必要とする。その体積は約一兆立方キロメートル。しかしそのなかで生命が生息できる空間はごく限られる。ヒマラヤ山脈を飛び越えるアネハヅルの飛行高度はたかだか八千メートル。細菌のなかには上昇気流に乗って成層圏に達しなおかつ生き延びるものがある。しかし人間の千倍のDNA修復力を持つ放射線耐性菌ですら高度一万五千メートル以上でふりそそぐ紫外線や宇宙線の集中攻撃には耐えきれない。端脚類などの生存が知られているマリアナ海溝最深部は深度一万一千メートル強で、そこはモホ面と呼ばれる地殻が終わりマントル対流がはじまる深度でもある。これは便宜的に地中バクテリアの生存できる限界深度と考えてもいい。

戻る進む