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「こいつらは進入コースの邪魔にはならない?」
「思い出して。ジオデシック――『測地線』の名前のとおり『辺(エッジ)』は球面上の大円に沿って並んでいるのよ。ようするにいつでも『刺(スパイク)』の間をすり抜ける軌道を選べるってこと」
 夫の質問を予期していたかのようにカシルは早口に答えた。
「滑走路の進入灯みたいなもの。問題ないわ」
 彼女の言葉どおり『サガ』は極と赤道を結ぶ経線に平行に連なる『辺(エッジ)』の列に沿って次第に高度を下げていった。それにつれてジオデシック構造のスケールがますますはっきりと理解されてきて、ウィリアムはむしろほっと肩の力を抜いた。
 なにしろ『面(ファセット)』は一辺七、八十キロもの大きさなのに対して『辺(エッジ)』の太さはわずかに一キロ程度。キャリアが下りた予定地点から『ハルバン』を十数メートル外して着陸させただけで悔しがるカシルの腕をもってすればリアルタイムでコントロールできるクルーザー『サガ』をそこに激突させるようなミスはまず考えられなかった。
 細かい振動と身体にかかる力で『サガ』が空気抵抗をうけはじめたことがわかった。しだいにかん高い摩擦音が船内にも聞こえはじめる。たぶんクルーザーの下部シールドはすでに真っ赤に熱せられているだろう。シャッターを降ろした船内は空調がきき外部の熱は伝わってはこないから子供たちは耐圧シートのなかで何も知らずにくつろいでいる。しかしウィリアムは外部温度計の数値が摂氏千度を超えていることを知っていた。
 振動がさらに大きくなって数分ののち、こんどは急速にしずまっていった。身体がほっと軽くなり船内にかすかに残るのは耳なれない風きり音だけ。『サガ』はすでに大気圏内を終端速度で落下しつつあるのだ。

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