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「高度十キロ。降下速度秒速五十四メートル。水平速度秒速三百二十メートル。主エンジン出力一パーセント。水平減速率コンマ五メートル毎秒毎秒」
いまで飛び過ぎるようだった『辺(エッジ)』の動きがしだいに遅くなり、やがて最後の一本がモニター画面からゆっくりと外れて行くと見えなくなった。カシルの指が閃きCGグラフィックのガイド画像に切り替わると色分けされた三角形がつぎつぎに画面の中心から外へふくれあがって消えていく。彼女はどんぴしゃり『面(ファセット)』のまん中を通り抜けるつもりらしい。
「高度1キロ……500……300……100、50メートル、念のためにランディングギア伸展します。40、30、20……5メートル。全エンジン停止!」
習慣で思わず身を固くしてしまった。しかし着陸のショックはいつまでたってもない。
「マイナス10メートル……マイナス20メートル……毎秒2メートルで等速降下中。やっぱりここの大気は重力だけで保持されていたようね」
いわずもがなの結論だったが、ウィリアムはほっとカシルに笑いかけた。
「温室のガラス窓にぶちあたる小鳥の運命ってのはぞっとしないからね。ともかくこれで無事『着陸』というわけかな……」彼はちらりとリスト端末を見た。「クレイドル暦四四二−二−一。セイジ一家が着陸したのは――惑星……ええっと?」
「条例にいわく……最初に正しい軌道要素を確定した者が当該天体の命名権を持つ――つまり、この星に名づけることができるのはわたしね。でもまだ早いんじゃない? 知的生命が存在する可能性は大きいのだし、だいいちランディングギアを地表につけない間は『着陸』とも呼べないでしょ?」
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