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「こらこらおまえたち、泳ぎ回るんじゃない。まだ飛行中なんだからおとなしく席についていなさい」
 大気圏突入用気密服を脱いで開放感にひたった子供たちははしゃぎまわっている。
「うーん、なんとも妙な感じだな。ランディングが終わってまだ無重力状態というのは……まず船の姿勢を安定すべきね。軽いスピンをあたえましょう」
 聞き慣れない姿勢制御エンジンの鈍い響きがまず彼らを驚かした。
「そとは一気圧か……まさかこんな条件で宇宙船を操縦しようとはね。『サガ』のメインエンジンが放射能をまきちらさないタイプなのがありがたいわ」
「まさにそのために設計されたシステムさ。ふたりともこっちへおいで――ユルグ、ミーちゃんをふりまわすのはやめなさい。ほら、おかあさんが観測窓を開くよ」
 窓のまわりにセイジ一家が群がった。シャッターが開くとまずユルグが驚きの声をあげた。ミヒョンにいたってはまんまるく目を見開いているばかり。外には――子供たちがついぞ見たことのない――深い青色に染まった空間が見渡すかぎり広がっていたのだ。彼らがいるのはまさに蒼穹のただなか。ただしここは外殻に間近いのでジオデシックの巨大な平面が視界の半分をさえぎっていた。どこまでも続くその三角形の枠のまんなかになぜかときおり小さな丸い羊雲がひとつ律儀に浮かんでいる。それを飾り玉に見立てるとまるで三角形の梁で支えられた巨大なパーティ会場のガラス張りの天井のようだ。さしずめ『サガ』はその天井付近を飛んでいる小バエといったところ……ウィリアムは尻のあたりがむずむずした。
 微かに歪曲しつつ小さくなりながらその白い三角のパターンは見渡す限り繰り返し空気遠近法の青い霞のなかに薄れていっていた。だが完全に消え去ることはない。ゆっくり回転する窓からの眺めのどの方向でも眼をこらすと細かい網が大気の奥にかすかに確認できた。

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