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「あの緑色はたぶん葉緑素だろうな。うまく水球のひとつにランデブーして水のサンプルを採集できないかな?」
「うーん、この世界で液体のなかに直接アームをつっこむのはちょっとね」
 カシルはうなった。無重力状態での液体の扱いがやっかいなのは宇宙で暮らす者なら誰でも――それこそ『身にしみて(シンク・ディープリイ)』――知っている。バケツ一杯の水でさえ人を溺れさせるのに十分な量なのだ。
「まんいちバーニアのノズルに大量に水が入るとやっかいだわ。でも風でとばされた水滴をキャッチするぐらいならできるでしょう」
 これらの岩の多くの成分が『辺(エッジ)』に降り積もっていた砂礫のように炭酸カルシウムからなっていることはたぶん間違いないだろう。はるか彼方からスペクトル分析によりこの惑星の大気の成分を決定した時点でウィリアムたちは生命活動の存在を確信していた。大量の遊離酸素とほとんど測定できないほど微量な二酸化炭素。両者とも通常の惑星の無機化学的な進化のプロセスでは説明できないのだ。結合力のつよい酸素が単体で存在するということは不断にそれを作り出す何かの過程が存在しなければならない。こんな低温低圧条件でそんなことが可能な化学反応は知られているかぎり生命のそれをのぞいてない。同時に地球で珊瑚虫や有孔虫がおこなっているように空中の二酸化炭素を水を通して固定する働きも進行しているだろう。たぶんその結果がこれら石灰岩なのだ。とはいえ『辺(エッジ)』をへし折ったような隕石の名残りも少なからず混じっているはずだ。地球や月にクレーターを穿つような大小の小天体がここではそのまま内部に浮遊しているだろうからだ。
「なるほど、そうか! そうなんだ! このまぬけめ!」
 とつぜん夫が叫んだのでカシルはつい制御噴射を長くかけすぎ、『サガ』の観測窓はあさっての方向を向いてしまった。

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