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 『イレギュラー』に近づくにつれ風向きが不安定になってきた。あきらかに突出したその形状が大気の流れを乱しているようだ。周囲の空間に雲が増えしばしば観測窓を雨粒が濡らす。カシルは操船にかなり苦労している様子だ。星系内クルーザーの球状の船体は乱気流のなかでの飛行を想定してデザインされたわけではないのだから当然といえば当然だった。
 すでに『サガ』は破断した『辺(エッジ)』から三キロほど距離をとったまま根元から先端部分にむかってゆっくりと移動しつつあった。カシルほど視力のよくないウィリアムにも『蜘蛛』たちの隊列が蠢くさまが肉眼で確認できる距離だ。隕石は『辺(エッジ)』が『頂点(ヴァーテックス)』に接する十キロほど手前の部分を直撃したらしい。近いほうの『辺(エッジ)』の付根は破断して折れまがり幾本かのケーブルのようなものでからくも支えられている。反対側の『頂点(ヴァーテックス)』の付根部分にも『辺(エッジ)』がえぐり取られた跡の巨大なクレーターが見える。しかしカシルが予想したような特殊な構造材の存在はすくなくともこの位置からでは確認できなかった。
「またまた予想を覆す結果だな。『辺(エッジ)』の構造全体が内部に埋め込まれた複数のケーブルで支えられているだけみたいね――たぶんカーボンナノチューブを織り上げたものでしょう」
「圧縮に強いダイヤモンド結晶格子は捻れには脆い。しかし引っぱり強度にすぐれたナノチューブなら耐えられる。なかなか理にかなった構造だな」
「理にかなっているかも知れないけど道理にはあっていないわよ。仮になにかの構造材が隠れているとしても、ああしてまがりなりにもケーブルでぶら下がっていられるということは『辺(エッジ)』全体は大した重量であるはずはない……」
 カシルはモニター画像を見ながら不機嫌そうに言った。

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