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「誰かさんというのがひょっとしてわたしのことなら――遠慮します」
「飲んでみなけりゃわからないだろう? びっくりするほど美味しいかもしれないぜ」
「ふん! どんなアルカロイドが含まれているとも知れないフラワーティーなんてまっぴら」
「なるほど――ざんねんながら少なくともフラワーティーにはならないな。どうやらこいつは花じゃないようだ。よく見ると花そのものはべつにある」
 その植物の本来の花と思われる器官を新たに見つけて彼は言った。三ミリほどの白く小さい筒状のものが茎の根元に無数に群れている。内部には雄しべと雌しべらしきものもあった。間違いなくこちらのほうが本来の花なのだろう。
「しかしどうもこの綿状の毛は花よりよっぽど目立っている気がする。近くで眺めるとますますたんぽぽの綿毛に似ている――でも種子をとばすためにあるんじゃない。不思議だ」
「意味もなくそんな器官があるとは思えないわね」
「うん、何か大切な機能をになっているんだろう。空中の水分を凝縮するとか――」
「水分を凝縮? 水生植物が?」
「……ありそうもないか」
 たしかに地球の植物の生態をそのまま持ってくるわけにはいかないだろう。これもまたファーストコンタクトに違いないのだ。ウィリアムはその奇妙な植物をあらためてじっくり観察した。花の集合体の下から短い葉柄を介して円形の葉が広がっている。葉の裏から直接長いヒゲ根のようなものが水中に漂っていた。直径三センチほどの厚みのある円形の葉の表面には球形の水滴が付着し、縁をつまんでそっと裏返してみると予想どおりびっしりと繊毛が生えていた。表面の撥水性と繊毛の親水性の相互作用でこの葉は安定して水面を漂うことができるらしい。浮力でなく表面張力を利用した構造は地球の水蓮の葉と同じだ。たしかにこの葉の形はスイレン科のそれに酷似している。
「そうか、ここでは植物の姿勢の定位は水面を基準にしているはずだな。重力も太陽の位置もあてにならないからね。あるいはこの綿毛はそのためのセンサーなのかも知れない」
「そうかな。植物学者さん、でも野外観察は後回しにして。わたしたちのスイートホームが沼地に没しつつあるんだから」
「そうだった。了解」

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