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 何よりまず船を『沼』から引き上げるのが先だった。まぎれもなく彼ら全員は危機的状況にあるのだ。人間にとって必要不可欠な液体――水、には一部の撥水性の物質をのぞいて物体表面をやたら濡らしたがるというやっかいな性質がある。入浴後タオルで身体を拭かなければならないのはまさにそのためなのだが――同じ液体である水銀とはまったく逆だ。いまも『サガ』の船体表面は徐々に『沼』の水によって取り込まれつつあった。アメーバ状のその液面が微小隕石で凹凸状のフラクタルになった船体シールドをはい上がる速度は幸い緩慢だがまた着実でもあり、傍観していてほかのバーニアまで水で覆われたら脱出の手段を完全に失ってしまいかねなかった。
 ゆっくりと船の周りを辿って彼は状況を子細に調べた。いまのところ水没しているのは四つあるうちのひとつ第三カウリングだけだ。姿勢制御用集合ノズルからメインエンジンベルの半分までがすっぽり『沼』に浸かっている――もっともシステムを手動に切り替えて残ったバーニアの推力を足しあわせればたぶん表面張力に打ち勝って脱出できるだろう。しかし第二カウリングの間近にも水は迫っていた。そのむねカシルに報告した後彼はつけくわえた。
「たとえ脱出できても問題は残るな。大量の『沼』の水が船体にくっついてくるぞ。たぶん十数センチの厚みで『サガ』を完全に包み込んでしまえる量だ。おそかれはやかれやがてはすべての噴射ノズルが覆われてしまう」
「半日晴天がつづけば蒸発してくれるでしょう」
「そうかも知れないけど、天気まかせというのはあまり気にいらないな。ともかく手始めに船体を回転させておいたほうがいい。経線方向にプラス十度ほど――時間がかせげるだろう。できれば船をもうすこし池から引き揚げておければ安心なんだがなあ」
「綱をつけてひっぱりたくても肝心の足場がないってわけね――」
「ちょっと待ってくれ」カシルの言葉をウィリアムは途中で遮った。

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