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そうそう望んだとおり行くはずもなかった。子供たちはほんの数分でモップ掃除に飽きてしまい、その後ウィリアムとカシルは沼の淵から泳いでいる魚たちをつかまえようとしたり水草をひっぱりあげようとしたりする子供たちを叱ったり、なだめすかしたり、おだてあげたり、また叱ったりしつつ、船体に這いのぼろうとする沼の水と格闘していた。
「つまるところセイジ一家のいつものパターン」カシルは波紋とともに水をおしやりながら淡々とコメントした。「でもユルグがミヒョンの世話をみてくれるようになってずいぶん楽になったな……」
「ああ、このごろおにいちゃんらしい自覚がでてきたようだ。気づかないうちにいつのまにか成長しているのさ」
しかしほめるとろくな事がおこらないのもいつものパターン――数分もしないうちにミヒョンが懸命におぼつかない手つきで命綱をたぐりよせつつやってきて言った。
「おにいちゃんが虫にたかられてる!」
ふたりはあわてて息子のところに飛んでいった。エンジンカウルを迂回してまわると上半身をゴキブリの塊にしてユルグが呆然とすわりこんでいた。駆け寄ったウィリアムがうなり声をあげて追い払うものの虫たちは息子の身体からなかなか離れていこうとはしない。ぎゃくにふたりのフェイスプレートにぶちあたるとそのまましがみついてさかんにはい回るありさまだ。しかしいったんは硬質プラスチックの上にまとわりついても見かけに反してそこが乾いていることがわかるとじきに飛び立っていく。それに気づいてウィリアムは叫んだ。
「ユルグのヘルメットが濡れているせいだ――やはりこいつらの目当ては水分なんだ。水気をふき取ってやればいなくなるはずだ」
さいわい乾いたタオルは幾枚も準備してあった。カシルがユルグのヘルメットをぬぐってやると果たしてゴキブリたちは急に興味を失ったようにそこを離れてあたりを飛び回りはじめやがて気がつけば一匹のこらず姿を消していた。
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