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「ユルグ、おまえ――池の中に頭をつっこんだな。それをしてはいかんと言っておいただろう? いつになったら一度で親の言いつけを聞くようになるんだ?」
「あなた……」カシルが彼のひじを取って言った。「そのぐらいにしておいて。――もう懲りたでしょ? ユルグ。ほらほら、乾かしてしまえばもう大丈夫。虫はこないわ。はやくミーちゃんのところに行ってやりなさい」
 曇ったヘルメットをタオルでふいてやりながらカシルは早口に言った。息子の顔はさすがに青ざめていた。生命の危険はないとしてもフェイスプレートをゴキブリたちに塞がれてかさばる気密服のなかで身動きひとつとれなかったのだからさぞ心細かったに違いないのだ。それでも血の気の失せた唇を頑固にひきしめて泣き出さないのはすべて自分のミスとわかっているためだろう。妻の直感したものを遅まきながら感じ取り息子に雷を落とそうとしたウィリアムはそれ以上の言葉を飲み込んだ。
「まあ、どうやらあいつの興味をよほどひくものが池のなかにあったんだろう」その場を逃げるように去っていく息子の後ろ姿を見送ったあと彼はその場でそりかえるようにして池を見上げた。「……なるほどこれか」
 はじめて周囲を眺め回したときには気づかなかったから、たぶん最近『沼』の反対側から漂いやってきたに違いない――他の『沼』の水生植物とはまた異なった『茂み』がそこに浮かんでいた。さしずめ地球で言う灌木にあたるだろう。ただひとつひとつの樹には幹はなくユリ根のように密集した部分から直接『枝』が出ている。くねくね曲がりながら絡み合いつつ長く延びた先端にそれぞれ三枚に分かれた葉が開いていた。葉柄らしいものを介することなく先端を縁取るように重なって直接葉がついているところをみると、あるいはこの『枝』自身葉が変形したものかもしれない。

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