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水中がどうなっているのか知りたくてウィリアムは目の前の水面の小さな浮き草をそっとかきわけた。にごった水のなかを覗いてみるとこの植物の球根からは丈夫そうな水中茎が幾本か隣あった他の樹へと続いている。球根や茎の節々から細いひげ根が広がり、互いにからみあって水中に幾つも緊密なバスケット構造をつくっていた。たぶんこれら『バスケット』の編み目のなかにとらわれた水の表面張力が『茂み』の姿勢を安定させているのだろう。
バスケットのなかにちらりと動く影があることに気づいたウィリアムはさらに目をちかづけた。
「――ユルグにあんなに厳しく言っておいたくせに。自分こそもうすこしで頭をつっこみそうになっているわよ」
カシルにそう言われて再度タオルを手に持っていることを確認してから、彼はそっと水面にフェイスプレートを触れさせてみた。
「あ、ずるい……勝手な父親ね!」
「頼む――やつには内緒にしておいてくれ」
「自分でわかっているだろうけど、そうやって水に顔をつっこんでいる姿はかなりおマヌケよ」
「なんとでも言ってくれ。好奇心には大人も子供もないさ」
「あの子が何に気をとられたのかわかった?」
「うん、たぶんこいつだ――バスケットの中に例のゴキブリがいるんだ」
「死んでいるの? 食虫植物かな?」
「いや……元気に泳いでいる。タガメみたいに水陸両棲らしい。しかも……」
ウィリアムは水面から顔を離すとすばやくタオルで水をふきとった。
「直感なんだけど――どうも連中は密接な関係があるようだな。この『樹』と」
そうつぶやくとそりかえるようにして彼は『茂み』の周囲に目をはしらせた。一匹の『ゴキブリ』がすばやく視界を横切った。その飛跡をたどっていたウィリアムは枝のひとつを指さしてカシルに言った。
「あの枝の先を見てくれ……」
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