[4−11]
カシルは物入れから電子スコープを取り出しフェイスプレートに押し当ててしばらくながめていた。
「ふうん……なにやら蠢いているな。二匹のゴキブリが互いの位置をいれかわろうとしているようだわ」
やがて葉先からふたたびゴキブリが飛び去った。
「――つまり、斥候が交代したわけか」
湿ったタオルを小脇にはさみつつウィリアムはカシルの側まで歩み寄って言った。
「枝は先端まで筒状になって葉の中心に穴があいている。その穴は球根を通じて水中茎まで続いている――水中茎のネットワークとバスケット内部に出られる穴を通じて虫たちは自由に往来できる……」
「ねえ、ひょっとしたら、この『樹』は蘭の仲間なのかも知れない」
「え?」
「ほとんどの蘭科の植物は昆虫と共生しているのよ。受粉に利用するため花の構造が特定の昆虫の身体にあわせて見事に適応進化したり――この植物もそうなのかも知れないな。『樹』はあのゴキブリたちのために中空の茎を通路として提供している……」
「ふむ」
頭上に手をのばして『樹』の葉をめくってしばし観察してからカシルは言った。
「――そうか。ねえ、ゴキブリってじつはシロアリと近縁だって聞いたことがある?」
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