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 ウィリアムがラボに入ったとき止まり木に片脚をからませるようにしてカシルはモニターを注視していた。
「どんな具合?」
 彼は妻の肩越しに画面をのぞき込んで言った。
「予想したよりかなり複雑だわ」
 彼女は沼の水のサンプルを挟んだプレパラートをマイクロスコープのスロットからひきぬきながら説明した。
「微生物の分布がおそろしく多様なのよ。その理由の第一はなによりこの『沼』では塩水と淡水が複雑にまじりあっているってことがあるの」
「ふうん? つまり地球で言うところの汽水ってやつかな?」
「まあそうね。塩水の塩分濃度は平均して約十五パーセント。各イオンの分量は低いけれど三十五パーセントの地球のものと元素比率はとてもよく似ている。惑星の進化はあなたのほうが専門だけど、赤道面に降着している岩石起源のものじゃないかな。原始地球で海水に塩分やミネラルを溶かし込んだプロセスがかつてここでも働いたんじゃ?」
「初期星系雲にふくまれた塩素や水が熱で分離結合し塩酸となって岩石中のミネラルを溶かし込む――たとえ惑星大に凝縮しなくてもある程度の数の微惑星が頻繁に衝突することで十分な熱が発生すれば可能かも知れないな……。太陽系のアステロイドにも過去幾度となく溶解した痕跡があることが知られているんだ。真空中では塩素ガスや水蒸気がすばやく失われてしまうだろうけど再凝結できる大気中という条件でなら大いにありそうなことだよ」
「惑星学者のお墨付きをいただけたようでなにより」
「――いっぽうで蒸発と凝固の循環は不断に淡水を生成するはずだね。ただ地球の陸地にあたるものがないので塩水と淡水がべつべつに存在することはできない、ということか」
「うん。さらに重力が働かないので河川と海が作る汽水域のように比重の働きで両者が二層にわかれることもない。それぞれがさまざまな体積の塊として混じり合ってる――多様性こそもたらされるけど個々の動植物にとってはあまり好ましい環境じゃないはずよ」
「なるほど……単細胞生物ならよけいにそうだろうな。塩分濃度が極端に違う領域がとなりあっているわけだ。間違った場所に入ったら最後浸透圧の関係でたちどころに細胞膜が破裂してしまう」

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