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「だからこの星の生命たちはそれを防ぐための手段を進化の過程で獲得したの。彼らの戦略がようやくわかってきたわ。あなた『沼』に腕を入れたときのねっとりとした感触を覚えてる?」
「うん、粘度が異常に高い感じがしたね」
「それは水中に多量に含まれるポリマーのせいよ――プランクトンが自分自身を守るために分泌したものなの。面白いのは分泌した個体だけなくそれがつながって他の多種多様な微生物を含むコロニー全体を包み込むように膜状にひろがっているところ。このスクリーンが塩水と淡水の境を縁取ってイオンの拡散を防いでいるわけね」
「なあるほど――」
 ウィリアムは感心したようにうなずいて観測窓の外にひろがる『沼』を見下ろした。あののち家族全員スクレイパーで奮闘した結果『サガ』はなんとか水の魔の手からの脱出に成功し、当面の脅威が取り払われたことで彼らはじっくりとこの異世界の自然を研究するチャンスを得たのだ。
「――どうやらそれでわかった。けっこういろいろな動植物がいるということはそれだけこの『沼』が長いあいだ存在していたってことなんだが、正直どうもそこのあたりが腑に落ちなかったんだ」
「というと?」
「流れ込んでくる川もないのにどうしてそんなに長く『沼』が存続できるのかってね、ずっと疑問に感じていたんだよ。まあぼくらが遭遇したような雨が定期的に水分を補給することは間違いないんだけど、雨と蒸発まかせなんていつかしら決定的に供給と蒸発のバランスがくずれそうじゃないか?」
「うん、たしかに天候まかせじゃ危うい感じね」
「でもここの生態系は見事に安定している。そうとう長い期間にわたって環境が一定に保たれている証拠だよ。その理由のひとつがたぶんいまきみが言ったことに関係していると思う――たぶん高分子の膜に包まれた塩水塊の存在が『沼』の表面付近の飽和蒸気圧を低下させているんじゃないかな」
「海水は淡水より蒸発しにくい――なるほどね。地球上では塩分濃度が高い海水は低層にもぐりこむものだけどここは無重力だから対流はない。くわえて塩水を好む植物プランクトンは太陽光をもとめて主として『沼』の表面近くに好んでコロニーをつくる傾向がある。この高分子膜は微生物の棲み分けだけじゃなく『沼』の水分の蒸発そのものもコントロールしているのかもしれない。ふうん、面白いわ――ちょっとこれを見てくれる?」
 カシルはべつのサンプルをスロットにセットした。

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