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「うん? 細胞の断面のようだけど?」
「例の『タンポポ』よ。綿毛の付け根の細胞なんだけどちょっと興味深い細胞内器官があるの」
「どれどれ?」
 モニターの拡大映像を動かしながらカシルは説明した。
「この部分に見える染色したのがそう――一種の開閉弁ね。細胞質内のナトリウムイオンの濃度によって細胞壁の水分の出入りをコントロールしているらしいわ。神経細胞の情報伝達受容体のカリウムチャンネルにちょっと似ているわね。オジギソウと同じく通常は触れられたり強い風を受けたり綿毛に物理的な刺激を受けるとこの植物は付け根の細胞内の水分を減らして綿毛を畳み込むんだけど、塩分濃度が高いときにかぎってはこの弁が働いて水分の移動を制限するようになる。つまり綿毛をのばしたまま風を受けるようになるってわけね」
「ってことは?」
「つまり一見何の役にたつのかわからなかったこの綿毛は周囲の大気の流れを利用して自分自身の場所を移動するための器官――一種の帆と考えられるの。それだけじゃない。前にあなたが言ったように空中の水分をこまかな毛でキャッチする道具としても働いているらしいわ。両方ともたまたま塩分濃度の濃い水域に立ち入ってしまったとき脱出し生き残るための手段と思われるんだけど、結果的にこうした植物たちが群生して塩水面ではなく淡水面を好んで覆うことで『沼』全体の水分蒸発も低いレベルにおさえられている……」
「なるほど感銘をうけるね。植物だけじゃない。たぶん間違いなく例のゴキブリもまた『沼』の水量調節に重要な役割をになっているはずだよ。雨が降るたびに雲の中をとびまわって蜜ならぬ水分を集めてくるのさ。もちろん『サガ』のような濡れた表面をもつ物体があれば喜んで群がってくる――」
「それが事実ならようやく襲われたわけがわかったわね。ミツバチが蜜を集めるみたいに水を『沼』にもどして蒸発分をおぎなっているってわけかな? 植物にしろ動物にしろ自分たちの働きで自らの生存環境を最適にバランスさせている――」
「まあどこの環境でも生命はしたたかに適応していくものだろうけど――ちょっとこの星の生き物たちが愛おしく思えてきたな。あのゴキブリたちをも含めてね!」

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