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 ふたたび取り込まれないよう慎重に距離をおいてホースをのばし当初の目的であったスラスターの推進剤――水をたっぷり補給して『サガ』は飛び立った。危機を脱したいまになってこれらのよどんだ水球に後ろ髪ひかれる思いがするのはわれながら不思議だ、とウィリアムは思う。たしかに地球の数十倍のスケールのこの生命圏のなかで浮遊する小さなこれらの『沼』など二度と見つけることはできないに違いないのだ。しかし広大な未知の世界を探検する彼らとしては通過する場所にいちいち未練を感じてもいられない。
「パイロットどの、何か問題は?」
「ぜんぜん平気。この速度ならノープロブレム」
 スチーム洗浄したエンジンを乾かすためにカウリングを開いたまま『サガ』は飛んでいた。球形船体を取り巻く四基のうち一基を停止している以上はしばらくフルスラストは使えない。バランスを取らなければならないこともあって実際に使えるのは対角線にある第二と第四エンジンの二基だけ――まあこの天体の引力をふりきって大気圏外へ脱出するのでないかぎり十分だろう。とはいえどんな緊急事態がおこってそれが必要になるかはわからなかったが……。
「来て見てごらんなさい。素敵な眺めよ」
 不意に弾んだ口調でカシルが叫んだ。
「ここ数分のうちにきゅうに頭上を雲が覆ったの――でもぜんぜん暗くはならない。光は『下』からあたっているから――赤く照らされたドーム型のスクリーンを見上げている感じだわ」
 彼女の横に浮かんでウィリアムも外をながめた。全開にした観測窓の外にかぎりなく続くピンク色の世界がひろがっていた。ジオデシックの天蓋もいまはまったく見えない。
「おう。ささいな悩み事なんてふきとびそうだな。世界はバラ色ってわけか」
「風もほとんどない。雲のなかで『ジェットスパイダー』たちと鬼ごっこしていた時は気づかなかったけど、この星の夕暮れ時はいつもこうなのかな」
 観測窓から身を乗り出すようにしてウィリアムは答えた。
「見事なまでに一様な霧状のスクリーンだな――こまかな氷の粒子からなっているんだろう。数分のあいだって言っていたね? たぶん過冷却状態の水蒸気がちょっとしたはずみにいっきに凝結したんだ」

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