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「どうしてそんなに急に気温が下がったのかな?」
「当然だよ。ここには海も陸地もないことを思い出してごらん」
「そうか、大地と海がないぶん大気も地球のように大量の熱を蓄えておくことができないわけね」
「ただ長波長の可視光と赤外線は夜の半球にもとどいているし、なにしろ厚みが膨大なので大気の大部分での温度は真夜中になってもそれほど急激に下がることはない。ゆいいつジオデシックの外殻に近いこのあたりの大気が宇宙空間に熱を奪われ薄い雲のベールができるわけだ」
「ガラス窓のすぐ側が寒いのといっしょ――放射冷却ということね。そうか、最初にハルバンを下ろした地点がなぜあんなに気温が低かったかようやくわかったわ。この薄い雲の層は明暗境界に平行して何十万キロもの幅と長さで広がっているはずね」
「壮大な夜具ってわけだ」
「綺麗は綺麗……だけど、この状況って遠近感がわからなくなる欠点はあるな」
 そう言いつつカシルがあくびを噛みころしているのをウィリアムは見逃さなかった。ひきもきらないアクシデントと発見の連続、くわえて完全な暗闇というものが訪れることがないこの環境ではともすれば睡眠時間が不足しがちだ。空虚な宇宙とはちがい大小の浮遊物が飛び交う空間でコンピューターまかせのオートパイロットを使うわけにもいかない。そろそろどこか安全な場所を見つけて停泊するべきときだ。妻の疲労を察して彼は考えた。
「見えるかい?――あそこに大きな岩塊が浮かんでるだろ」
「どこ? ……うん、うん。あの見事に球形をしたやつね」
「あのなだらかな表面からすると以前はすっぽり水で被われていたのかもしれない。浸食の影響であんな綺麗な形になったんじゃないかな?」
「調査したいの?」
「沼地のレポートがひととおりおわったからこんどはひとつ乾燥地帯を調べてみようと思っていたからね。想像どおりなら貝殻や化石のようなものが見つかるかも知れない。うまくいけば沼から湿地、乾燥地への生態学的な変遷も調べられる。どうかな? あの上に船を停めて一日ゆっくり休むというのは? そのあいだにグロブリンパッチも完成するだろうし、そうしたら新世界へ初上陸してみよう。家族そろって……こんどはもうすこし軽装でね」
「そうね。いいかもしれない――乾燥した土地なら危険な動植物の心配も少ないでしょうし……」
 例によってその予想はおおハズレだった。

つづく

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