[5−12]

「南氷洋?」
「地球の南極をとりまいていた海だよ。自己閉鎖した循環海流を持つために他の大洋からの暖流が入り込めない。そのために南極大陸はあんなに寒い……」
「関節技きめられたい? もちろんそんなことは知っているわよ。聞きたいのはプランクトンとの関係」
「んと、つまりねえ、植物プランクトンにとってじつは海氷ってのは居心地のいい場所らしいんだ。足場となって太陽光の豊富な海面近くにとどまることができるし海水温が低いぶん光合成につかわれる二酸化炭素濃度も高いためだろうな。南氷洋では氷山の底面にアイスアルジーと呼ばれる植物プランクトンが大量に発生して、それが動物プランクトンを、そしてクジラを頂点とする豊かな生態系を支えているんだ。その植物プランクトンの栄養分――地球の海だったら深層海流と南極大陸間近の湧昇流が運ぶミネラル分――の代わりになるものを、この星では自転による遠心力が作り出す赤道部分からの絶え間ない気流が供給しているとしたら、あの過冷却した氷の微粒子の表面で植物プランクトンが急激かつ大量に増殖していてもおかしくはない」
「――なるほど、ありえるかも」
「もしあのほとんど翼だけの生き物がマンタやヒゲクジラと同じような食生活をしているなら、巨体にもかかわらずわれわれにとって危険な生き物というわけではないと思うな……だが、まてよ」
 ウィリアムは眉をひそめた。遠目にその『マンタ』の周囲になにか素早く動くものがあるのだ。同じように黒い影だが大きさは十分の一程度。一見したところモニター画面のポインター、矢印によく似ている。素早く動くさまもそっくりだ。
 それが幾つもゆったりと羽ばたく巨大な黒い翼の周囲を飛び交っている――まるでシロナガスクジラの周囲をシャチが泳ぎ回っているようなかたちだ……。
「見えるかい? 新手の生き物らしい」

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