[5−18]

「ユルグはどこにいる?」
 キャビンに飛び込むなり彼は尋ねた。無言でカシルが窓の外を指さす。百メートルほど離れた空間を小走りぐらいの速度で『プラットホーム』が遠ざかりつつあった。
「……『鮫』たちは?」
「わからない――怖くて見られない。ああ、どうしよう? 指が震えてうまく動かないわ!」
 ウィリアムは背後から妻の肩をしっかりつかんだ。
「落ち着くんだ。だいじょうぶ……なぜか連中は機材にもユルグにも関心はないみたいだ」
「ほんとに?」
「ああ、さっきの場所にまだいる。時間はあるからいつもどおりにやってくれ」
 カシルはため息をひとつつくとようやく緊急発進のシークエンスをてきぱきと片づけはじめた。パイロットとしてかたづけなければならない複雑な手順が子を気遣う母親のパニックから当面彼女を遠ざけてくれるだろう――ウィリアムは妻の側を離れると舷窓に漂いよって外を眺めた。
 岩塊の表面では二匹の『カナード鮫』がクレーターの底をなめるように繰り返し宙返りをうっていた。タープの紐はすでに切れてすこし前まで休日のキャンプシートに影をおとしていたそれが残った支柱にぼろぼろになった敗軍の旗のようにまとわりついている。少なからずみじめな思いでそうした光景を眺めたもののウィリアムは一方では安堵してもいた。どうやら『鮫』たちの狙いは子供たちを餌にすることではなかったようだ。単に『プラットホーム』とその上の人間が邪魔だっただけらしい ――。

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