[6−1]

 ほぼ風速と同じスピードで飛んでいるためか予想したような圧倒的な風圧ではない。しかしEVAハッチから顔を出したウィリアムの襟首を気まぐれに吹きまくる風がさかんにはためかした。予想していなかったのはときどきそこにまじる雨粒――そしていまはまだ遠いものの暗い雲間を不気味に照らす雷光だった。雷は深刻な脅威だ。とにかく本格的な嵐がこないうちにユルグを救いださないと――ウィリアムはあくまで真空の無重力空間で使われる細い命綱をいささか心もとなげに留め具にセットしつつ決意をあらたにした。
 船体表面に設置された把手をつかもうと上体を乗り出すととたんに風の悲鳴が耳を聾する。骨伝導ヘッドセットのことをカシルはよく思いついたものだ――ウィリアムは感嘆した。静寂の宇宙空間とちがい乱気流のなかでの船外作業は何もかも勝手がちがっていることを覚悟しなければならないはずだ。
「カシル、カシル……聞こえるか? この世界じゃ磁気プレートはまったく信頼できない。うっかり手を離すと身体ごと吹き飛ばされるだろうな」
 ごうごうと耳元で唸る風音に負けまいとウィリアムは叫んだ。
「片手だけでスラスターをひきだせる?」
「いまやってる――なんとかなりそうだ」
 細い隙間を抜ける気流の負圧がそれを押さえつけるように働くらしい、外壁に設けられた引き出し式ロッカー扉を引き上げるのは一苦労だった。しかしいったん引き出してしまうとこんどは風はそれを一気に押し上げてウィリアムはあやうく宙に撥ね飛ばされかけた。

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