[6−4]

 回転速度がますます上がるいっぽうでスラスターの噴射ノズルはかえってそれを加速する方向に働きつづけている。雨水が回路の一部をショートさせたか――それとも宇宙空間では考えられないようなめまぐるしい動きでフィードバックシステムが処理の限界を超えたのかもしれない。いくら懸命にコントローラーをあやつっても噴射は止まらないのだ。彼の目にはかたわらのサガの船体も周囲の雨雲も、世界すべてがぐるぐると凄まじい速度で回転しているように見えた。気が遠くなる――。
 ウィリアムの指がひきつれるように動き胸元までずれてしまったベルトをまさぐった。薄れ行く意識のなかでかすかにベルトの留め金の感触をたしかめ決死の思いでリリース金具を引き抜くと、つぎの瞬間叩きつけられるような衝撃が全身をつらぬいた。

 ……どこかで自分を呼ぶ声が聞こえる。
 ウィリアムはゆっくりと意識を取り戻した。吐き気とともに手荒く振り回された頭ががんがんする。気がつくと自分は命綱の端で上下左右に大きく風にもてあそばれていた。
「……あなた! あなた! 聞こえる?! 答えてちょうだい!」
 目眩がまだ残り気分は最悪だったが彼は気力をふりしぼった。
「おーけい、聞こえるよ。あぶないところだったな」
「……ああ、マシンよ! よかった! 無事なのね?」
「なんとか――ロープの端にからくもぶらさがっているという情けない状態だけどね」
 音声マイクのとらえた深いため息がカシルの心情を雄弁に語っていた。
「……スラスターがひとりですっ飛んでいったときはまじで心臓が口から飛び出すかと思ったわ」
 ウィリアムはいっきに記憶をとりもどした。個人用スラスターは機構を簡略化するためにジャイロスコープで姿勢制御している。そしてジャイロはなにかの拍子に二軸が重なってしまうと自由度を失って役立たなくなる。つまり大航海時代以来の初歩的なトラブル――『ジンバルロック』で生命を失いかけたのだ。
「ユルグは無事だな?」
「まだあのまま――でも、どうしよう? スラスターなしで……」

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