[6−10]

 小刻みに振動するコントロールルームでカシルは夫の傍らに浮かびながらすばやくシステムをチェックした。
「まずいわね――たぶん雨が船体表面に大量に溜まってノズルを塞いでいるんだと思う。安全装置が働いて始動ができなくなっているんだわ」
「手動解除して強制点火したらどうかな?」
「可能だけど……すごく危険よ。反応室内の磁気バリヤーは核反応で生成した高エネルギー荷電粒子は強固に跳ね返すけど単純な水蒸気爆発に対する耐久性はほとんどないはず。侵入した水の量によってはエンジンそのものが破壊されるかもしれないわ」
「そうか――しかし困ったな。水を掻き出そうにもこの風ではEVAは無理だろうし、だいいちこの激しい雨が止まないかぎりはやるだけ無駄だ。……しばらくこのまま風に乗って待つしかないということか」
 幸いなことに以前『ジェットスパイダー』から逃げるために乱流につっこんだ時ほど船が不快に揺さぶられるということはなかった。強力な渦がかえって層流と呼べるぐらいまでに気流をそろえているせいだろう。しかし――ふたりは激しく雨がたたきつけている船窓を眺めながら同じ疑問を心にうかべた。はたしてこの嵐はいつまで続くのだろう? 風は強まりこそすれ弱まる気配はまったくないのだった。
「以前のあなたの素朴な疑問がいまや現実の問題になってふりかかってきたわね。いったい何がこんな激しい嵐を生むのかしら? 地球の海みたいに気化熱を供給するメカニズムはないのに――この膨大なエネルギーはいったいどこから?」
「わからない。しかしそれが何であれ当のエネルギーが枯渇しないかぎりこの嵐はやまないということだろうな」
「とにかくいまは打つ手がないってことね。……ふう、わるいけど操船をおねがい。もういちど子供たちの様子を見てくる」
「うん、とりあえずここはまかせてくれ」
 と言いつつもウィリアムの内心は穏やかではなかった。どうもこの嵐は奇妙なのだ――はっきりどうとは表現できないのだが、なんとなく「エネルギー勾配」が急すぎるような気がする。いま船は風に乗って嵐の中心へとじょじょに引き寄せられているらしいのだがこの先どこまで風が強くなるか予想がつかなかった。地上に固定された建造物と違い気流に乗って運ばれている堅牢な宇宙船が風の力だけで破壊されるとは思えないが、巻き込まれた岩塊と衝突でもしたら致命的なダメージをこうむる可能性はある。幸いいまのところバーニアは完全に働くから前もって危険を避けることはできるだろう。しかしこういう状況で一家の運命をオートパイロットにまかせるわけにはいかない。赤外線レーダーで周囲をくまなく警戒しつつウィリアムはひたすら操船に没頭した。

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