[6−12]

 雹、豪雨、雷――天候はめまぐるしく変化した。ある瞬間には青空が覗き濡れそぼった窓から眩しい日の光が射し込むことすらあった。しかしつぎの瞬間には視界はふたたび雲で閉ざされ激しい雨粒が船体を叩きつける。メインエンジンを始動できないままセイジ一家を乗せたサガはなすすべなく気流に運ばれ次第に嵐の中心へと引き寄せられつつあった。
 ――いまいましい嵐め。腹をたて不安と焦燥にかられるいっぽうで、惑星学者としてセイジの心の一部は冷静に直面している気象現象の原因について考えをめぐらしていた。
 ――地球の大気では極と赤道との温度差がとても大きい。つまり緯度の高低に関しては気圧は『傾圧的』だ。そのため赤道近くの大気は自転する地表に取り残される形で西向きに進みながらも好んで両極方向に逸れ、結果コリオリの力の影響をともなってそこには長周期の蛇行……つまり『ロスビー波』が形成される。いっぽう木星に代表されるガス巨星の大気は『順圧的』――気流はもっぱら緯度線に沿ってまっすぐ進むだけで南北への逸脱は基本的にない。したがって台風のような強力な渦巻きはめったに発生しないのだが、しかしたとえ順圧的状態の大気でも速さの異なった帯状気流の境界面では小規模ながらロスビー波渦が生みだされるし、木星の大赤斑を見ればわかるようにいったんできたものはむしろ地球のそれよりずっと安定的ですらある。そして――ジオデシック球殻の外部に存在する大気を含めて考えれば――この惑星は規模こそ小さいものの地球よりはるかにガス巨星に似ているはずだ……。
 ウィリアムのなかで脱出のための青写真がしだいに形を整えつつあった。
 ――もしこの嵐が大赤斑に近い性格のものならいわゆる『台風の目』に相当するものがあるにちがいない。渦状の強力な低気圧は大気を一方的に巻き上げるがその中心ではぎゃくに下降する気流によるテーラー柱状の『目』が形成されなければならない。いったんそうした高気圧領域に入ってしまえば風が凪ぎEVAを行うチャンスもあるはずだ。ノズルに入った雨水を吸い出せばメインエンジンを始動できるし、うまくやれば『目』の中をつたって安全に嵐から脱出することもできるに違いない。

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