[6−13]

 いまのところ風はますます強くなっているがこの調子ならダメージをもたらすような巨大なサイズの岩塊との衝突はなんとか避けられそうだった。むろん小さな岩や氷はしょっちゅうぶつかってくるが、秒速数十キロメートルで飛来するメテオロイドを想定して設計された船体はその程度の衝撃にはじゅうぶん耐えられる。
 そこまでウィリアムが考えて今回の危機もなんとかやりすごせるかも知れないと思いはじめたとき――突然視界が開け、サガは雲のない巨大な空間に突入していた。待ち望んでいた『目』に入ったのかとちらりと外を見た彼はしかしそのまま硬直してしまった。

「ユルグもだいぶ元気になったようだから安心して」
 舷窓からの眺めに唖然としている彼のかたわらに、たまたまコントロールルームに戻ってきていたらしいカシルが浮かびあがり、腕をからめて寄り添った。
「……それはよかった」
 答えつつ心ここにあらずといった様子の夫の視線をたどって彼女もまた身を硬くした。
「これっていったい……?」
 台風の目とは似ても似つかない形状の空間がぽっかり開いていた。さしわたし数キロにおよぶすり鉢――側面は渦巻く灰色の雲の壁からなっていてその回転する速度は底に向かうほど速くなっている。サガはいま秒速数十メートルの猛烈な速度で飛行しているが、それでも底面を形づくっている不自然なほど平らにならされた暗雲の流れの細部を見分けることはできない。その渦の中心に直径数十メートルほどだろう小さな穴が不吉に開いていた。あまりに小さいのでここからでは穴のむこうはどうなっているかはわからない。しかし重力を欠いたこの世界がどの方向にも等方的である以上、たぶんこちらと対称形のすり鉢があるのだろう。

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